東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第297話 音無響のサークル見学

「音無響のサークル見学うううううう!」

 悟がそう叫ぶとスタッフたちが拍手し始めた。それを俺は自分でもわかるほど冷めた目で見ている。

「……何だこれは」

「何って文化祭の出し物に決まってるだろ」

「決まってねーよ」

 それに文化祭まで後2週間もある。急に呼ばれたと思ったらいきなり企画の説明をされて撮影が始まってしまったのだ。因みにスタッフはカメラマン2人、マイク1人、音響1人、AD3人、悟の計8人いる。結構、本格的な撮影で驚いた。

 望たちにドッペルゲンガーの話をしてから約1週間。その間、比較的平和だった。まぁ、フランと色々試すこともあったので戦闘がなかったわけではないのだが。あれからドッペルゲンガーを送り付けて来た敵は動いていないのか何もして来なかった。そのおかげで例の件に集中できた。

「とりあえず、サークル見学すればいいのか?」

「その通り! 普段のお前で見学して来い。勝手に撮ってるから」

「……わかった。でも、行く場所くらい指示してくれよ?」

「任せとけって。まずはここだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本日は我がテニスサークルのけ、見学にお、お越しいただきあ、ありが、ありありいいいいい!」

 そこで挨拶をしていた眼鏡の男が背中から倒れる。それをすぐに他のサークルメンバーが運んで行った。

「おっと、いきなり響様の毒牙にやられてしまいましたね」

「毒牙ってなんだよ。口調変わってるし」

「一応、俺の声も入るからな。敬語で話しておこうかと」

「……とにかく、見学よろしくお願いしまーす」

「じゃあ、これに着替えてください」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 更衣室(女子用)で着替えた俺は悟を睨みながらテニスコートに入る。もちろん、ラケットを持って。

「じゃあ、メンバーと軽く練習試合でもしましょうか」

「待て。まずこの格好について説明しろ」

「普通のユニフォームじゃないですか」

「ああ、普通の“女子用”のユニフォームだな」

 スカートが気になって試合に集中できないのだが。そして、悟の狙いもわかった。

(こいつ、サークルごとに衣装用意してるな……)

 去年のファッションショーが大盛況だったから俺の衣装チェンジを提案したのだろう。正直、いちいち着替えるのは面倒だ。

「さぁ、お願いします!」

 俺のジト目を無視して悟がサークルメンバーに合図を送る。俺の相手は茶髪が映える女子だった。男対女で戦おうとしているのにどうして誰も文句を言わないのだろう。

「い、行きます!」

 わざわざ宣言した相手は軽めにサーブを打って来る。素早くボールの元に走り、返した。しかし、テニスをするのは初めてだったので力加減を間違えてしまったようだ。凄まじいスピードでボールが飛んでいき、コートの隅に突き刺さって、背後の壁にぶつかった。

「……」

 身動きすら出来なかったのか目を丸くして後ろに転がっているボールを見る女子。他の人も唖然としていた。

「あー……響、力みすぎ。あと、スカートなんだから少し気を使え。島崎さん、次お願いします」

 相手――島崎さんはガチガチになりながらもう一度、サーブを打った。

(力を抜いて……)

 パコンと軽くボールを返す。ホッとしたような表情をしてまたボールを打つ島崎さん。それからラリーが続いた。こんな風にスポーツをしたのは久しぶりだ。何だか楽しくなって来た。

「あぁ……響様が笑っていらっしゃる……」

「テニス、初めてのはずなのにあんなに上手いなんてさすが響様だ」

「カメラマン! 響の顔アップで!」

 せっかくいい気分だったのに外野がうるさくて気が散ってしまう。仕切り直すために強めにボールを打ち返してラリーを止めた。サーブもしたいので速攻でポイントを取りに行く。

「つ、つよ……」

 サーブ権が俺に移った頃にはすでに島崎さんの息は荒かった。まぁ、結構な時間ラリーが続いていたので普通の人間には辛いだろう。

「それじゃ、今度は俺がサーブを打つ番だよな」

 悟からボールを投げ渡して貰い、サーブを打った。鋭い弾道でボールがコートに突き刺さる。ちょっと本気を出し過ぎてしまったようだ。

「え……」

 目で追えなかったのかおそるおそる後ろを振り返る島崎さんだったが半壊したボールを見つけるとラケットを落とした。

「ストップストップ!」

 すでに満身創痍な彼女をサークルメンバーが連れて行く様子を見ていると悟が怒った顔で詰め寄って来る。

「響、本気出し過ぎだっての! 島崎さん、めっちゃ震えてただろ!」

「いや、だって楽しくて」

「子供かっ!」

 少しムキになってしまったようだ。申し訳ない気持ちになりそっと目を逸らした。

「カメラマン! 拗ねてる顏撮ったか!?」

「バッチリっす!」

「撮るな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は音楽サークルです! ここは軽音楽からクラシックまで様々な曲を弾くサークルですね。そのため、色々な楽器もあります。響様! 準備はいいですか?」

「……動きにくい」

 悟がサークル紹介をしている間に着替えさせられたのだが、渡された衣装はドレスだった。パッドまで用意されていて付けるのが面倒で翠炎に手伝って貰ったほどだ。因みに表に出て来られるのは俺の魂を別荘代わりにしている青竜と翠炎だけである。青竜はともかく翠炎が表に出て来られる理由はまだわかっていない。

「どの楽器を弾きますか?」

 悟の問いかけで用意された楽器を確かめる。グランドピアノやトランペット。バイオリンにギターなど本当に色々あった。

「じゃあ、ギターから……ってドレスのままじゃ弾きづらいな」

「あ、ギターを弾くなら別の衣装に――」

「よーし、バイオリンいってみよー。懐かしいなー」

 実際、バイオリンには何度か触ったことがある。病死した父がバイオリンを持っていて教えて貰ったのだ。

(あのバイオリンどこ行ったっけな)

 家に帰ったら倉庫でも漁ろうと考えながらバイオリンを弾く。1曲しか弾けないけどまだ感覚は覚えているようですんなりと弾けた。

「お、お前……バイオリン弾けたのか?」

 一息吐いていると目を丸くした悟が問いかけて来る。

「ああ、父さんが、な」

「あ……そっか。おい、カメラマン! 今の寂しげな表情撮ったか!?」

「バッチリっす!」

「もう、お前らどっか行けよ!」

 まぁ、沈んだ気持ちを紛らわせてくれたことには感謝しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お疲れー」

「ああ」

 撮影も終わり、家に帰って来た俺と悟はコップに入れた麦茶で乾杯する。あの後も色々とあったが無事に終わったのでよしとしよう。

「にしてもお前……どんな服着ても似合うって」

「……言うな」

 ジト目で俺を見る悟から目を逸らして麦茶を啜る。俺だって驚いているのだ。

「そう言えば、あの黒い首輪の結果がそろそろわかりそうだ」

「お? 本当か?」

 霊奈に付けられていた首輪を調べて貰っていたのだが、やっとその結果が出るらしい。

「ああ……でも、あまりいい結果にはならないだろうな」

「どういうことだ?」

「正直、あれはただの黒い石だってこと。成分とかも普通だったし」

「そうか……」

 ではどうやって雅たちの地力を吸い取っていたのだろう。そう思っていると“あの子の記憶”が断片的に脳裏に浮かんだ。

「……もしかしたら」

「何か気付いたのか?」

「いや……敵は俺の能力名を知ってた。だから、俺の能力をコピーしたのかも」

「……詳しく話せ。メモするから」

 目を鋭くして悟が鞄から紙とペンを取り出す。手探りで記憶を手繰り寄せ、その中で使えそうな物を選別する。やっぱり、“あの子はあいつに色々聞かされている”。あいつの顔までは視えなかったし、声もノイズのせいで聞き取り辛かったが何とかわかった。

「『合力石』と同じ原理だ。あの黒い鉱物には名前があってそれを利用して雅たちの地力を吸収した」

「……能力ってコピーできるものなのか?」

「ドッペルゲンガーがいい例だろ。能力はおろか俺自身をコピーしたんだから」

「確かに……ありえる。その辺も調べておくよ」

「おう……ところで、どうやって調べてるの?」

 前々から気になっていたのだ。あの電撃の出る警棒のこともあるし。

「お前も知らない裏の顔があるのさ。いつか話すよ」

「……ああ、わかった」

 誰にだって秘密はある。もちろん、俺にも。翠炎のことは皆に話したが、ドッペルゲンガーのことは消えたと嘘を吐いた。もし、“吸収して一つになった”と言ってしまったら心配されてしまうから。

 ドッペルゲンガーを吸収して変わったことは二つ。

 一つは俺の地力が増えたこと。元々、ドッペルゲンガーの中にあったのは地力の塊だ。それを丸ごと俺が吸収したので一気に地力が増えたのだ。

 そして――ドッペルゲンガーの記憶を少しだけ視ることができる。視られると言っても映像は途切れるし、音もノイズだらけでそこまで役に立たないが。

「そうだ。なぁ、明日どっか遊びに行かないか?」

 携帯でどこかに連絡していた悟だったが、電話を切ってそう提案して来る。

「あー……すまん。明日は無理だ」

「何かあるのか?」

「まぁ、色々な」

 明日は――レミリアと決着を付ける日なのだから。

 

 


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