「くっ」
レミリアは顔を歪ませてフランから距離を取った。吸血鬼特有の超高速再生ですでに血は止まっているがさすがに部位欠損となると元に戻るまで時間がかかる。更に今のフランは力のコントロールを放棄している状態だ。近くにいたら何をされるかわからない。
「逃げたら駄目だよ」
フランも黙って逃がすわけもなくニヤリと笑いながらレミリアの後を追う。2人の速度はほぼ同じ。しかし、レミリアは後退しているのに対し、フランは前進。どうしても、後退しているとバランスを崩してしまう。だからだろう。
「えいっ!」
「うっ……ああ!」
右手に出現させた炎の剣をレミリアは躱し切れず、胸を浅く斬られてしまった。斬られた箇所は火傷し、爛れる。そのせいですぐに回復できなくなってしまった。慌てて紅い霧から鎖を出現させ、フランの動きを止めにかかる。
「無駄だよ」
炎の剣を消して右手を握り、鎖を破壊した。その直後、4人に分身してレミリアを包囲した。後退できなくなってしまったので床に足を付けて相手の出方をうかがうレミリア。
「あらあら」
「囲まれちゃった」
「お姉様」
「カゴメ。カゴメ」
「どうしましょう。どうしましょう」
「あはは」
「あははは」
「あはっ!」
くすくすと笑い、レミリアの周囲をグルグルと回るフランは目をギラギラと光らせている。まるで、獲物を狩る肉食動物のようだった。
「……」
そんな中、レミリアは油断せずにジッと観察し続ける。
「「「「死んじゃえっ!」」」」
そして、フランがほぼ同時にレミリアに攻撃をしかけた。2人が上から炎の剣で斬りかかり、残り2人は少し遅れて左右から突きを放つ。
「はぁっ!」
だが、レミリアも慌てずに突きを放って来た2人を弾幕で牽制し、上から来た2人の剣に欠損していない左手と右足をぶつけて軌道を逸らした。まさか対処されるとは思わず、フランたちは目を丸くして体を硬直させる。その隙に上の2人を弾幕で片づけた。
「「やぁ!」」
分身が消されたことで正気に戻り、炎の剣を投げる2人のフラン。
「あっぐ……」
1本は躱したが、残った1本はレミリアの右肩に突き刺さる。すぐに引き抜くが右肩に大きな穴が開いてしまった。それを見てフランは思わず、“気が緩んでしまった”。
「ッ――」
「え!?」
右肩が抉られていてもレミリアの速度は変わらなかったのだ。すぐに分身を消され、レミリアの貫手がフランのお腹を貫通する。
「いっ……」
激痛で顔を歪ませるがレミリアは止まらない。高速で移動し鋭い爪でフランの体に切り傷を付けていく。
「はぁ……はぁ……」
服も体もボロボロのフランはその場に膝を付いた。
「さっきまでの勢いはどこに行ったのかしら?」
攻撃しながら挑発するレミリア。しかし、フランは動けない。
(少し焦ったけど……こんなものか)
力のコントロールを止めると言っていたので暴走するかと思ったがそんな気配を見せなかった。レミリアは動けないフランに失望していた。そして、気付く。
(……あれ?)
フランは力のコントロールを止めると言って攻撃して来た。なら、どうして“フランの体を覆うピンク色のオーラは消えていないのだろうか”。響はすでに戦闘不能。更にコントロールを放棄したフランだって『ラバーズ』を維持するのも難しいと思う。じゃあ、どうして――。
「翠炎」
「ッ!?」
不意に背後から聞き覚えのある声が聞こえ、急いでその場から離脱。振り返ると翠色の炎を纏った響が低空飛行でフランに向かって飛んで来ていた。
(何、あの炎!?)
初めて見る炎にレミリアは目を丸くするがすぐに気を取り直す。あの様子ではフランに突っ込んで自爆するだろう。
「フラン!」
「お、お兄様!」
だが、2人は求め合うように手を伸ばし、ぶつかる。凄まじい勢いで翠色の炎が燃え上がった。その勢いにレミリアはまた距離を取る。
「何、あれ……」
緑の炎は渦を巻くように昇り続け、天井を焼いていた。しかし、よく見れば天井は焼けていない。
「魂装『炎刀―翠炎―』!!」
その時、炎の中から響の声が響き、翠色の炎が響の右手に集まる。そして、翠色の刀が出現した。その隣には紅色の炎の剣を持ったフラン。2人の顔は2色の炎で照らされていた。
「嘘……」
『魂同調』のデメリットを無視して動いている響もそうだが、あれだけ傷つけたフランが完全回復しているのに気付き、驚愕するレミリア。
「はあああああああっ!」
レミリアが我に返った時にはすでにフランは彼女の懐に潜り込んでいた。炎の剣を何度も振るい、レミリアを攻撃する。レミリアも混乱しながら炎の剣を防ぎ続けた。だが、それは長く続かない。
「二刀『突きの炎』!」
フランが攻撃を止め、しゃがんだと思ったらその後ろから凄まじいスピードで翠色の刀を持って響が突っ込んで来たのだ。どうやら、翠色の炎を足の裏から噴出させてスピードを上げているらしい。
「がっ……」
刀をお腹に突き刺され、レミリアは襲って来るだろう痛みに備える。だが、いくら待っても痛みは襲って来なかった。
「やぁっ!」
その代わり、下からフランの拳が飛んで来る。訳の分からないことが立て続けに起こったせいで動きが遅くなってしまい、レミリアはその拳を顔面で受け止め、吹き飛ばされる。そのまま、壁に叩き付けられた。お腹に刺さった刀が壁に突き刺さり、磔にされる。
「縛界『縛術符』!」
すぐに響が博麗のお札を何枚も取り出し、レミリアに向かって投げた。お札が空中で繋がり、一本の縄となってレミリアの両手を壁に縛り付ける。
「こんなものっ!」
響のお札は強力だが、レミリアの全力ならば引きちぎることは可能だ。そう、“全力”ならば。
「……え」
力を入れようとするが入らない。
「翠炎……矛盾の炎」
「その炎はね? どんな呪いも怪我もなかったことにしちゃうの」
その声で前を見ると響とフランが笑っていた。
「それは『霊力のブースト』も含まれる。つまり――」
「――お兄様の刀が刺さってる限り、お姉様はさっきまでの力を出せない」
そして、刀を抜くためには両手を縛っているお札を引き千切る必要がある。だが、そのお札を引き千切るためには刀を抜く必要がある。そう、レミリアは詰んでいた。
「……私の、負けね」
その呟きを聞いた響たちは満面の笑みを浮かべて喜び合った。
「なるほど……翠炎で『魂同調』のデメリットをなくしたのね」
紅魔館の図書館。そこで俺はレミリアからリョウについて聞くことになった。フランも気になるのか一緒にいる。
「さっきの戦いの解説はこんなもんでいいだろ? 早くリョウについて教えてくれよ」
確かに先ほどの戦いはレミリアに見せたことのない技ばかりを使った。そのせいでレミリアから質問されて答えていたのだが、もう我慢の限界だった。
「……そうね。先延ばししても意味ないもの」
そっとため息を吐いたレミリア。その顔には哀愁の色。やはり、何かあったらしい。
「まずはどれくらいリョウについて知ってるか教えてくれる?」
「リョウは小さな女の子だ。丁度、レミリアやフランぐらい。能力は『影に干渉する程度の能力』。そして……お前と仲が良かった。ここからは俺の推測だが、リョウは元々男で何かあって女になったんじゃないか?」
「結構知ってるじゃない。私が話すことなんて――」
「――今更逃げんな」
勘が教えてくれる。リョウにはもっと何か重要な秘密がある、と。
「……本当に、話してもいいの? 正直、この話を聞いたら後悔するわ」
「後悔? 何でだ?」
「……リョウとあなたには切っても切れない縁があるの。それでも聞く?」
真剣な眼差しで問いかけて来るレミリアに対し、俺は黙って頷いた。
レミリア戦、終了です。
さぁ、また1つ謎が解けますよぉ。