東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第307話 舞踏会

 血だらけのまま倒れている響を見下ろしながらそっと息を吐いた。『影牢』を解除し、空を見上げる。すっかり夜になってしまった。満月が淡く輝いている。

(勝ったのか……)

 響は予想以上に強かった。前、地底で戦った頃よりもずっと。特に『四神憑依』と『魂同調』。もし、『四神憑依』に時間切れがなかったらやられていたかもしれない。『魂同調』も術式をいくつも組み合わせて強化しなければ一瞬の隙を突かれてそのまま倒されていた。正直、あたしが勝ったのはほぼ運だ。

「さてと」

 これで目的が達成できる。そう思いながら響に視線を向けた刹那――。

 

 

「魂装『炎刀―翠炎―』」

 

 

 

 ドス、とあたしの腹部に何かが突き刺さった。それと同時に翠色の炎が響を包んでいる。

「なっ……」

 確かに響は倒れていた。『魂同調』も解除されていたし、ブースト系のスペルを使っていたからこんなに早く復帰できるわけがない。『魂同調』は一度、解除されると魂に6時間拘束されるはずだ。ブースト系のスペルなど使用したら一時的に該当する力を使えなくなる。今回、響が使ったブーストは『霊力』、『魔力』、『妖力』、『神力』の4つ。それなのに響はゆっくりと立ち上がっている。右手に持った翠色の刀をあたしに突き刺しながら。

「翠炎……矛盾の炎。その効果は俺の状態を戦う前に戻す白紙効果。そして、炎刀で刺された相手にかけられた呪いや強化を全て解除する」

 響の説明を聞いてあたしはすぐに自分の状態を確認した。すると、響の言う通り、今まで重ね掛けしていた術式が全て破壊――いや、なかったことにされている。その代わり、刀で刺されているのに痛みはない。しかし、この刀が刺さっている限り、術式を組むことはおろか影を操作することすらできない。

「くそっ!」

 急いで響から距離を取ろうとしたが、すぐに響のツインテールが伸びてあたしの両手に絡みつく。いつもならすぐに振り切れるのに術式がなくなっているせいで上手く外せない。その間に響はいつものヘッドホンと音楽プレーヤー2つを携帯からワープさせ、装着する。まずい。このままではいつか『シンクロ』を使われてしまう。

「亡き王女のためのセプテット『レミリア・スカーレット』!」

 だが、最初に再生されたのがあの忌まわしきレミリアの曲だったらしい。驚きのあまり、視線を響に戻す。一瞬だけ目が合う。『コスプレ』の影響か目が紅かった。

「光撃『眩い光』!」

 その瞬間、響から眩い光が発せられ、目が潰されてしまう。目を閉じてすぐに気配を探る。刀はすでに消えていた。おそらく翠炎は響にも影響があるのだろう。

「シンクロ『レミリア・スカーレット』!」

 術式を組もうとした時、一番恐れていたことが起きてしまった。今のあたしは術式が掻き消され、目が潰されている。刀はもうないので影は操ることは可能だが、それだけでは『シンクロ』に勝てない。やはり術式を完成させなければ。

「――」

 しかし、あたしの口は動こうとしない。金縛りにあったような感覚。何が起こっているのかわからず、混乱していると不意に目の前に誰かの気配を感じる。あまり気配を探るのは得意ではないので響かどうかわからない。

「魂召『王女の舞踏会』!」

 響がスペルカードを使った。すると腕の拘束が解ける。すかさずバックステップをしようとしたら今度は左手を握られ、腰に手を回された。まさかこの状況で腰に手を回されるとは思わず、目を開けてしまう。まだぼやけているが目の前にいる奴が誰かすぐにわかった。

「レミ……リア……」

「久しぶりね、リョウ」

 やっと普段通りに目が見えるようになってあたしは声を震わせて彼女の名前を呼んだ。レミリアは少しだけ顔を引き攣らせながら挨拶する。

「何で、お前がこんなところに」

「『シンクロ』で魂に引き寄せられた私を響が召喚したのよ。スペルの効果だから私もあまり自由に動けないけど」

 それを聞いてレミリアの背後にいる響に視線を向ける。そこには綺麗なドレスを着た響がいた。髪はいつものポニーテールに戻していて背中から黒い翼が生えている。レミリアとの『シンクロ』だから生えたのだろう。そして、目は紫色に光っていた。推測だが、今の響は『魔眼』を発動し、『シンクロ』の効果で目が紅くなっていたから青と赤が混ざって紫になったのだろう。

「さて、そろそろ始めましょう。響、お願い」

「ああ」

 頷いた彼は携帯から1つのバイオリンを取り出して弾き始めた。すると、体が勝手に動き始めてレミリアとダンスを踊り出した。

「な、なんだよ、これ……」

「あなたは今、響のスペルのせいで音楽を聞くと体が勝手に踊ってしまう。私はそれの相手ってわけよ」

「何でお前なんかと踊らなくちゃならないんだ」

 口では文句を言うがレミリアの言う通り、体は言うことを聞いてくれない。どうにかして抜け出さないと。術式を組み上げようとするがその瞬間、声が出なくなってしまった。あたしの術式は声に出さないと構築することができない。

「駄目よ? 今、私と踊ってるんだから。踊ってる相手を退屈させるのは禁止」

 その場でクルクルと回りながらレミリアがウインクする。本当にこいつは昔から変わっていない。だからこそ、“オレ”は顔を歪ませた。

「そんな嫌そうな顔しないで楽しんだら? このスペル中はどうすることもできないんだから」

「お前なんかがいて楽しめるかよ」

「そう? 私は楽しいわ。昔に戻ったみたいで」

「……お前が、変えたんだろ? 全部」

 そうだ。こいつがオレに血を飲ませたからこんなことになったのだ。オレの体は時が経つにつれどんどん女体化が進み、今はもう完璧な女になってしまった。背も声もレミリアへの感情も全て変わってしまったのだ。

「……ごめんなさい」

 オレの言葉を聞いてレミリアは顔を俯かせて謝った。

「謝って許せることじゃねーんだよ」

「そんなこと知ってるわ。あなたの人生を狂わせたのは私だもの。でも……本当に私はあなたを救いたかった。病で倒れ、やつれていくあなたを見ているのが辛かった」

 レミリアの声は震えていた。本当に後悔しているようだ。

「……だからってそれは免罪符にならない。オレはずっと苦しんだ。独りで変わっていく体に恐怖しながら耐えた」

「……」

「そしたらどうだ。一回の過ちで……残してしまったんだよ。あいつを」

 レミリアの前から逃げ、路頭に迷っていたオレを助けてくれた人がいた。その人はオレの事情を知るととても優しく接してくれた。それをオレは仇で返した。吸血鬼の血が混ざり、どんどん人間の血が殺され、女体化が進んでいたオレは男としての生存本能が働き、その人を襲ってしまった。その人は抵抗できたはずなのに同情したのか全く抵抗しなかった。そして、産まれたのがあそこでバイオリンを弾いている音無響である。

「だから響を殺そうとしたの?」

「……ああ、そうだ」

 レミリアの質問に簡潔に答えた。そうだ。オレは何としてでも響を殺さなくてはならない。

「それは……響のため、なのよね?」

 彼女の言葉に思わず、目を丸くしてしまった。

「図星みたいね。理由まではわからないけど、リョウが響を見る目が私を見てる時と違ったから。まるで、心配してるようだった」

「何が言いたい?」

「別に特別なことを言うわけじゃないわ。ただ、あなたも父親なんだなって。理由、聞かせてくれるかしら?」

 そこでオレはどうしてこんなことを話しているのか不思議に思った。目の前にいるのはオレの人生を狂わせた元凶だ。そんな相手に何故、弱音を吐いている? どうしてこれほどまでにスムーズに言葉にできる?

 しかし、そんな思考の裏ではこのまま話してしまおうと考えている自分もいた。その考えはどんどん大きくなり、不思議に思っている自分は“いつの間にか消えていた”。

「オレのように苦しんで欲しくないだけだ。自分がどんどん変わっていくのがすごく怖かった。最初から前の自分なんかいなかったかのように……人間だった頃のオレが思ったこと、感じたこと、触れたことが全て泡のように消えて行った。今じゃもうほとんど思い出せない。残ってるのはお前に対する憎悪だけ。そして――」

 響もいずれ女になるだろう。すでに顔は女そのものだ。それと同時に男の頃の記憶はほぼ消えてしまう。だが、それ以上に怖いことがあった。

「――今の……女のオレの記憶もなくなり始めてる」

「え?」

「すでにオレの血は吸血鬼の血しか残っていない。でも、オレは元々人間だ。血は吸血鬼でも体は人間なんだよ。そして、今、吸血鬼の血は体に侵食し……蝕んでいる」

 だからこそ、オレは色々な術式を組み合わせて吸血鬼の血を抑制していた。少しでも“長生き”するために。

「どういう、こと?」

 レミリアは唖然とした様子で問いかけて来た。その声は震えている。すでに答えに行きついているようだが、信じられないらしい。

 じゃあ、それが答えだと教えてやろう。

 

 

 

「オレは……もうすぐ死ぬ。そして、響も女体化した後、オレと同じように体が蝕まれ、死ぬはずだ。記憶がなくなると共に」

 

 

 

 だから、オレは響を殺す。消えていく記憶を必死になってかき集める苦しさを味わってほしくないから。それが響を残してしまったオレにできる親としての最初で最後の務めだ。

 


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