東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第308話 運命と吸血鬼の王女が願うこと

「死ぬ……それは本当なの?」

 リョウの言葉を聞いたレミリアは目を見開き、震える声で問いかけた。

「ああ。自分の体のことは自分がよくわかってる」

「でも、どうして記憶までなくなるの?」

「吸血鬼の血が体を蝕んでるって言っただろ。脳も例外じゃない……ッ」

 そう答えた後、突然リョウは顔を歪ませる。彼女と踊っていたレミリアも目の前で容態が急変したリョウを見て驚愕した。

「リョウ!?」

「ぁ、ぐっ……」

 レミリアの声も聞こえていないようで苦しそうに何かに耐えていた。

 リョウは吸血鬼の血が体を蝕むのを長年培って来た様々な知識を使って組み上げた特殊な術式で抑制している。しかし、この戦いで彼女の術式は『魂装』によって無効化されてしまった。そのせいで吸血鬼の血が活発に活動を始め、リョウの体を破壊しようとしているのだ。元々、リョウの体はすでに限界で体が完全に壊れる前に術式が完成したのも奇跡に近かった。だからこそ、リョウは響を殺そうと躍起になった。この苦しみを味わってほしくないから。それが過ちを犯したリョウに出来る吸血鬼の血に対する最後の抵抗だった。

「しっかりしなさい! 貴方は間違ってるのよ! それがわかるまで死ぬなんて許さないわ!」

「まち、がい?」

 レミリアの言葉を掠れた声で繰り返した。リョウは響を殺すことが正しいと思っている。そのため、レミリアが指摘した『間違い』がわからなかったのだ。

「今まで響は何度も死にそうになったわ。そう、何度もよ! それでも彼は必死になって生き残った。自分には家族がいるから……自分がいなくなったら悲しませてしまう人がいるから。そう言って最後まで諦めずに前を見続けた! そして、今日まで生き残った! 貴女の息子は、すごく強いのよ!! 吸血鬼の血になんて負けるわけない!」

 

 

 

「――その通りだ」

 

 

 

 歪む視界の中、不意に聞こえた響の声。そこでリョウは気付いた。“バイオリンの音が聞こえないことに”。急いで振り返るとそこにはレミリアの衣装を身に纏った響がいた。

(何で……すでにレミリアと『シンクロ』してたはずなのに……)

 リョウと戦うまでの間、響はレミリアと共にリョウを倒す作戦を練っていた。そんな中、リョウの強さを考えると真っ向勝負ではまず勝てないと判断した。『魂同調』もリョウはすでに知っているので利用される可能性も高い。必然的にリョウの隙を突いて決着をつけるしかなかった。

 そこで響はとある技を強化することにした。それは『狂眼』である。翠炎でリョウの術式を無効化し、『狂眼』で体の自由を奪えば大きな隙ができると思ったのだ。だが、『狂眼』を使っても響の体の変化ですぐばれてしまう。だからこそ、“レミリアと『シンクロ』した振りをした”。そうすれば、響の両目が紅い(強化されて『狂眼』を使うと両目が紅くなる。『魔眼』も使っていたので紫になっているが)ことも、背中から翼が生えているのも不思議ではない。

 強化された『狂眼』は相手の体の自由を奪う他、ある程度相手の体を自由に動かすことや本音を吐かせやすくする効果が発現した。しかし、それは『狂眼』が使われていると気付いていない場合に限る。『狂眼』は身構えている相手や『狂眼』の効果を知っている相手には効き辛いのだ。だからこそ、ドレスとバイオリンを用意した。レミリアとの『シンクロ』の効果だと勘違いさせたのだ。ドレスは少し前に行われたサークル見学で来た物を借り、バイオリンは物置に仕舞ってあったのを引っ張り出した。

 今回の目的はリョウを殺すことではなく、レミリアとリョウの間に出来てしまった蟠りを失くすことだった。そうすれば響がリョウに狙われる意味がなくなると思っていたからだ。実際はリョウの歪んだ親心が原因だったが。

 当初は響がバイオリンを弾きながらリョウを説得する予定だったが、レミリア本人がリョウと話をさせて欲しいとお願いして来た。しかし、リョウと戦うのは外なのでレミリアがリョウと話せるのは夜の間のみ。だからこそ、響は少しでも時間を稼ぐために指輪の力や『魂同調』で粘っていた。そのおかげでレミリアはリョウと話し、リョウの本心を聞き出すことができたのだ。

「リョウ……お前は何もわかってない」

「な、にが……」

「俺は生きててすごく幸せなんだぞ。何度も死にそうになったからこそ、生きてて良かったって思える。例え、この先記憶がなくなるとしても……俺は多分、産まれて来て幸せだったって心の底から感謝できる。だから――」

 響はリョウが何のために自分を残したのかずっと不思議だった。レミリアのことを恨んでいるのにどうして、血縁を残そうと思ったのか理解できなかった。

 しかし、彼女は己の過ちを認め、響のために出来ることをしようとした。それが響の殺害という時点で彼女の精神はすでに崩壊していることぐらい容易に想像出来る。実際、響のスペルで一度、リョウの精神は崩壊しているのだ。

 リョウの話を聞いて響が思ったことはただ1つだけ。

 

 

 

「――俺を残してくれてありがとう。父さん」

 

 

 

 感謝の気持ちだった。リョウが過ちを犯していなかったら響はこの世に存在していなかった。そもそも、リョウの過ちは響が吸血鬼の血に苦しめられているという事実があって初めて成立する。つまり、リョウは正しいことをした。少なくとも響はそう思っている。他の人がどう思うかは知らないが、当事者である響がそう考えている時点で他の人の意見などどうでもよかった。

「なんで……オレは、お前に恨まれる、はずなのに」

「誰が恨むかよ。それこそ攻撃して来た方が恨むわ。実の息子を殺そうとするとか普通ありえない」

「……はは」

 響の言葉を聞いたリョウは乾いた笑いを零し、空を見上げる。そこには綺麗な満月――いや、少し欠けている十六夜の月があった。

「オレは、間違ってたのか……ぐっ、あああああああああああああああああああ!!」

 リョウが呟いた次の瞬間、絶叫をあげる。そろそろ限界なのだ。能力もコントロール出来ないのか彼女の影が出鱈目に周囲の地面を抉っていた。

「レミリア!」

「ええ!」

 リョウの傍にいたレミリアは響の隣に移動する。そのまま、響はレミリアの体を抱きしめ、スペルを取り出す。

「リョウ……俺たちはお前を受け入れる。だから、お前も俺たちを受け入れろ!! シンクロ『レミリア・スカーレット』!!」

 スペルを唱えた刹那、響の体が淡いピンクのオーラが覆う。オーラが消えると響の服装はピンクのタキシードに変化し、背中には黒い翼があった。ピンクのシルクハットの位置を右手で調整して『シンクロ』によって気絶したレミリアを地面にそっと降ろす。

「きョう……ニゲ、ろ……」

 理性がなくなりそうになっているのかリョウは目をドス黒い赤に染めていた。

「……俺は、すでにお前を受け入れたんだ」

 そんな彼女を見て響は静かに言葉を紡ぐ。

「だから、お前が消える運命なんて受け入れない。そんな運命……俺たちが変えてやる」

「―――――――――!!」

 とうとうリョウは暴走し始める。影が響の頬を掠め、切り傷を付けた。血が流れる前に傷が治る。

「運命『猶予(いざよ)う月に光る弾丸』」

 『運命』のスペルを使用する条件は――十六夜の月の下にいること。十六夜の意味は『躊躇』、『揺蕩う』、『停滞』。銃弾を受けた対象の運命を1つだけ停滞させる。つまり――。

 響の右手にピンク色の拳銃が出現し、リョウを狙う。そして、発砲。

 拳銃から放たれた一発の銃弾は真っ直ぐ進み、リョウの心臓を捉えた。

 

 

 

 ――この瞬間、リョウの『吸血鬼の血によって体が崩壊する』という運命が停滞した。しかし、このスペルは運命を停滞させるだけで元には戻らない。

 

 

 

「レミリア、後は頼んだ」

『任せなさい。貴方の父親を死なせはしないわ』

「改変『王女の願い』」

 だからこそ、もう一発銃弾を撃ち込む。『フルシンクロ』状態に移行させた後、響はまた拳銃の引き金を引いた。ピンクの閃光が拳銃から飛び出し、そのままリョウの体へ到達し先ほど撃ち抜いた部分から彼女の体の中へ侵入する。

『リョウ……リョウ!!』

 すでにボロボロになってしまったリョウの中を移動しながらレミリアは願う。レミリアとリョウはもう昔には戻れない。そんなこと知っている。だが、やり直せないわけじゃない。

『私は貴方と一緒に居れて楽しかった。一緒にお茶を飲んだり、お話ししたり、満月を見上げたり……だから、今度は貴女と一緒に時を過ごしたい。すれ違ってしまった分、取り戻したい。恋人のようには戻れないけど、友人として笑い合いたい!』

 レミリアはリョウの魂に辿り着いた。彼女の魂は吸血鬼の血に汚染され、いつ壊れてもおかしくない状況だった。

『こんな運命……変えてやるッ!!』

 『改変』の効果――『一度だけ対象の運命を変える』。スペルの発動条件は『レミリアが心の底から対象の運命を変えたいと願うこと』。運命と吸血鬼の王女は停滞した『吸血鬼の血によって死ぬ運命』を変えるために魂の中心に移動した。『改変』のデメリットは運命を変えた後、どのような運命になるかわからないこと。しかし、レミリアにとって『吸血鬼の血』で死ぬことだけは許せなかった。

『リョウ、目を覚まして!』

 ギュッと目を閉じて願う。その刹那、レミリアの体が光り始めた。その光はとても暖かくて優しかった。光はどんどん大きくなり、いつしかリョウの体全体を覆うほどまでに広がっている。

「……成功、か」

 光が消えた後、響が目にしたのは地面で倒れているリョウの姿だった。暴走している様子はない。

「よかっ……た……」

 仕事を終えたレミリアが響の魂に戻って来るのを感じながらその場に倒れそうになる。『運命』と『改変』のせいですでに限界だったのだ。

「……お疲れ様」

 響が気絶する直前に感じたのは懐かしい香りと温もりだった。

 




これにてリョウ戦終了です。
次回から後日談的な感じで色々と解説して行きます。

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