東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第310話 事件の原因

「もういきなり殴るなんて酷いよ、響ちゃん」

 博麗神社の居間。そこで頬を赤く腫らしながら怒る白衣の女。怒っているが反省のために正座されられているので迫力など全くない。

「もう一発行くか?」

「本当にすみませんでした」

 腕を組みながら低い声で言うと白衣の女は土下座して謝る。

「……お前たち、知り合いなのか?」

 それを見て顔を引き攣らせていたリョウが俺たちに問いかけた。まぁ、いきなり殴って正座させればそう思うだろう。

「……俺の母親だよ」

「……すまん、もう一回言ってくれ」

「音無響の母でーす」

「響、もう一発殴っていいぞ」

「すみませんでした」

 リョウの言葉で白衣の女――母さんは額を畳にこすり付けて謝罪する。リョウも色々、大変な思いをしているようだ。

「さてと、響ちゃんの怒りもそれなりに鎮火したところで自己紹介しておこうかな。改めまして、響ちゃんの母親でリョウちゃんの妻である静(しずか)です。博麗の巫女さん、よろしくねー」

 何年間も一緒に暮らしていただけあって声音のみで俺の機嫌がわかるようだ。

「ええ、よろしくお願いするわ。お義母様」

「もうっ! 霊夢ちゃんったら大胆なんだから!」

「……って、待て。今、なんて言った?」

 頬に手を当ててくねくねしている母さんの肩を掴んで言う。聞き捨てならない言葉を言っていたような気がする。

「霊夢ちゃんったらだいた――」

「違う。もっと前」

「響ちゃんの母親でリョウちゃんの妻――」

「妻? リョウの妻!?」

 叫んだ後に縋る思いでリョウの方に顔を向けるが向こうも絶望したような表情を浮かべながら弱々しく頷く。ドグも『あちゃー』と言いたげにため息を吐いた。

「あ、そうそう! 響ちゃん、この子が貴方の新しいお父さんだよ」

「……」

「ん? やっぱり驚いちゃった? そりゃ、リョウちゃんは女の子だもんね。でも、リョウちゃんから聞いたんだけど元々、男の子だったんだって! 戸籍上、セーフ!」

 いや、アウトだよ。何もかも。

「はぁ……色々把握した」

「へ?」

 俺の呟きを聞いて不思議そうに首を傾げる母さん。

「まず、母さんはずっと幻想郷にいたのか?」

「うん! なんかいつの間にか迷い込んじゃってて。で、森の中を彷徨ってたらリョウちゃんに会ったの! その後、保護してくれて――」

「――それで俺たちを置いて行ったのか?」

 母さんの言葉を遮って問いかけた。俺が高校3年生の時、母さんは蒸発した。『運命の人に会った』と言って。

「響ちゃん?」

「母さんがいなくなって……どれだけ大変だったと思ってんだよッ!!」

 怒りを抑え切れずに拳をちゃぶ台に叩き付ける。力の制御ができなかったのかちゃぶ台は粉々に割れた。それを目の当たりにした母さんは珍しく目を見開いて驚愕する。

「望は気持ちが不安定になって壊れかけた。俺だって何度も死にかけた。そして、何より、心配するだろ……母さんは血が繋がってなくても、俺の母さんなんだから」

「……ゴメンなさい」

「まぁ、落ち着け。響」

 シュンと肩を落とす母さんの肩に手を置くリョウ。何かあったのだろうか。

「静と会った時、こいつは必死に家に帰る方法をあたしに聞いて来た。『家に娘がいるから急いで帰らないと』って。それに泣きながらお前のことも、な」

「ちょ、ちょっとリョウちゃん! それは言わない約束!」

「ああ、懐かしいな。すぐに帰られないってわかったら何度も家に電話をかけて奇跡的に繋がったと思ったら心配させないように運命の人に出会ったって嘘まで吐いて」

「ドグううううううう!」

 母さんは顔を真っ赤にしてドグの首を掴み、締め上げた。首を絞められているのに苦しくないのかドグは笑いながら母さんの手をタップする。

「……はぁ。母さん」

「な、何?」

「心配させた罰として望にちゃんと謝ること。約束してくれるなら許す」

「きょ、響ちゃん……」

「この件に関しては、な」

 それを聞いた母さんの顔は見るからに青ざめていく。自分勝手な行動をした罰だ。

「リョウと結婚したんだろ?」

「は、はい……」

「運命の人に会ったって嘘を吐いてまで誤魔化したのに……本当に運命の人になったわけか」

「その通りです」

 どんどん小さくなっていく母さんだったが問題は次だ。

「……俺とリョウの関係は知ってるのか?」

「響ちゃんとリョウちゃんの関係? 私とリョウちゃんが結婚したから親になったんじゃないの?」

 この反応を見ると母さんは俺とリョウの関係を知らずに結婚したみたいだ。

(何と言うか……これも運命なのかな)

『こんな酔狂な運命はあまり受け入れたくないわね』

 吸血鬼の言う通りである。俺が幻想郷に迷い込み、俺を探すために母さんまで幻想郷に来て、俺の実の父親であるリョウに助けられ、結婚してしまった。こんな偶然あるのだろうか。まるで、“誰かに操られているかのような”。

(まぁ、今は置いておこう)

「母さん、実は……リョウは俺の父さんなんだよ」

「うん、そうだよ?」

「いや、そうじゃなくて実の父親なの。さっき母さんが言ってたけど、リョウが男の頃にできた子供が俺なんだって」

「……詳しく話して」

 突然、目を鋭くさせる母さん。それを見て驚きながらも俺はリョウとの間に起きたことを話した。

「なるほどね。うん、だいたい把握したよ。そっか、リョウちゃんが響ちゃんの……」

「その様子だと何か知ってたみたいだな」

「まぁ、ね。響ちゃんを産んだあの子に頼まれたぐらいだし。まさかあの人と結婚して戸籍上だけどお母さんになるとは思わなかったけど」

「ッ……お前、あいつのこと知ってるのか!?」

 まさかリョウの俺の本当の母親を母さんが知っているとは思わなかったようで驚いていた。後、母さんが言ったあの人は2番目の父親のことだろう。

「友達だったんだよ。色々あって響ちゃんのことを頼まれてね。その頃はすでに響ちゃん、あの人に引き取られてたからたまに家に行って遊ぶ程度だったけど……望の本当の父親と別れた後、ちょっとナイーブになっちゃっててさ。あの人と響ちゃんに慰められてコロッと」

 リョウの件と言い、今話した件と言い、母さんはちょっと惚れやすい人みたいだ。リョウもそう思っているようで苦笑いを浮かべている。

「でも、何でリョウは母さんと結婚したんだ?」

「……いや、別に何でもない」

「響に精神を壊された後、静に一生懸命看病されて惚れたらしいぞ。元々、静はカウンセラーだったらしいからリョウの本心を聞くの上手くてな。あの時にはすでにリョウの過去についてほとんど聞き出してたし」

「ドグうううううう!」

「主人のは洒落にならないから止めてくれ!!」

 リョウの影がドグに迫るが何とか関係を繋いで防御するドグ。暴れている2人を放っておくことにし、母さんに再度顔を向ける。

「整理すると……俺を探していた母さんは幻想郷に迷い込んですぐにリョウに助けられた。しかし、家に帰りたくてもすぐに帰られないとわかり、望に電話をして誤魔化した」

「博麗の結界が緩めば外の世界に繋がることはあるわ」

 そこで霊夢が補足してくれたので軽く頷いてみせてから情報の整理に戻る。

「その後、リョウに保護されて生活していたら、惚れてしまった」

「あはは、なんか面目ないです」

 嬉しそうに頭を掻いている母さんにデコピンをした。ついでにまだ喧嘩しているリョウたちに雷撃を飛ばして強制的に喧嘩を止めさせる。

「うぅ……響ちゃんが知らない間に強くなってる。なんか異能の力使ってるし」

「それについてはまた後で説明するよ。母さんがリョウに惚れた所まで話したよな。で、あの地底の事件だ。俺のスペルでリョウの精神が壊れてドグはカウンセラーだった母さんに助けを求めた。合ってる?」

「ああ、リョウを助けられそうだったのは静だけだったからな」

 因みに外の世界で母さんはカウンセラーとしてちょっと有名だった。

「助けて貰ったリョウも母さんを好きになって……ゴールイン」

「なんか息子に馴れ初めをまとめられると恥ずかしいね」

「言うな」

「問題はここからなんだよ」

 そう、ここまで言ったことは俺が一番、気になっていた事件の原因だ。

「母さんはリョウと結婚して妻になったんだよな?」

「そうだけど?」

「リョウは外の世界にいたことあるか?」

「……ああ。お前の母親と出会ったのも外の世界だからな」

 やはり、俺の思った通りだ。母さんも言っていたではないか。『リョウは元々男で戸籍上、セーフ』だと。つまり、外の世界でリョウは男として生きていた。戸籍上、男だったのだ。そのおかげでリョウの体が女になっても母さんと結婚できた。

「やっとわかったんだよ。どうして、“俺の能力が変わったのか”」

 俺が高熱を出し、能力が使えなくなったあの日。そのせいで望たちが誘拐され、助けるのに時間がかかったあの事件。その原因は――。

 

 

 

 

 

「母さんがリョウと結婚して“俺の苗字も変わったんだ”」

 

 

 

 

 

 ――俺の名前が変わったから。

 


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