東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第311話 響の名前

 俺の能力は些細なことでも変化する。いや、変化というより追加されると言った方がいいだろう。例えば、俺の右手の中指にある指輪。この指輪には合力石と呼ばれる石が装飾されている。この石によって俺は『合成する程度の能力』を得ることができた。そして、人間の時の能力は自分の名前で能力が決まる。

 『音無響』では『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』だった。

 『音』は音楽や曲などを表す。

 『無』は存在しない。現実ではない――つまり、幻想を表す。

 『響』は共鳴を表す。

 このように俺がコスプレできたのは『音無響』という名前があったからだ。

「逆に言えば名前が変わっただけで能力変化が起きるんだ。母さんがリョウと結婚したことで『音無』から別の苗字になったからそれが起きた。その時は二つ名を霊夢から貰って能力を強引に戻した……いや、戻したんじゃなくて追加したんだ」

 ここにいる皆に誘拐事件のあらましを説明した後、俺の推測を述べる。

「なるほど。多分、合ってると思う。でも、まさかあたしたちが結婚した影響が響に出てるとは……」

「響ちゃん、本当にゴメンね。私たちのせいで辛い目に遭わせちゃって」

 俺の話を聞いたリョウは納得しながら驚き、母さんは申し訳なさそうな表情を浮かべて謝った。

「それと前にも言ったけど二つ名は私が決めたんじゃなくて皆で決めたのよ?」

「知ってるって。ちゃんとお礼しに回ったし。後、もう終わったことなんだから気にしなくてもいいよ」

「……うん」

 母さんが頷いたのを見て俺はリョウの方を向く。一番重要なことをまだ聞いていないのだ。

「リョウ、お前は俺の実の父親だよな?」

「ああ」

「じゃあ、俺の実の母親と結婚は?」

「してない。子供が出来てたこと自体、お前を見て初めて知ったぐらいだ」

 リョウから得られる情報はこれぐらいだろう。リョウ自身、俺が生まれた後のことは知らないからだ。

「次に母さんに質問するけど、父さんと結婚したのはいつ?」

「んー、響ちゃんが9歳の時かな?」

「父さんが俺を引き取ったのは?」

「7歳とか8歳だったような……でも、正式に引き取ったのがそれぐらいってだけであの人と私が交代で響ちゃんの面倒をみてたよ。あの子、すごく忙しかったから」

 それを聞いて俺は思わず、言葉を失ってしまった。

(俺が親だと思ってたのは……違う人だった?)

 過去の記憶は曖昧になっているが、よく独りで晩御飯を食べていたのは記憶に残っている。しかし、必ずと言っていいほど寝る時間には父さんと母さんのどちらかが俺の様子を見に来ていた。俺はその2人が実の両親だと“勘違い”していた。その2人こそ後に結婚し、俺の義理の両親になってくれた父さんと母さんだったのだ。もしかするとこれがリョウの言っていた吸血鬼の血による記憶忘却なのかもしれない。

「……母さんは知ってるだろ? 俺の苗字は4回変わってるって」

「あー、そう言えばそうだったね」

 先ほども言ったように過去の記憶は曖昧だ。でも、苗字が4回変わった事実は覚えている。最も長く使っていた『雷雨』。少し前まで使っていた『音無』。だが、1つ目と2つ目の苗字は忘れてしまった。

 そして、今その1つが明らかになる。

 

 

 

 

 

「1つ目の苗字は……リョウ、お前の苗字だよな?」

 

 

 

 

 

「待て。俺はあいつと結婚しなかったんだぞ?」

「でも、お前が俺の父親という事実は変わらない」

 その証拠に俺は4回も苗字が変わっている。1つ目はリョウの苗字。2つ目は実の母親の苗字。3つ目は父さんの『雷雨』。4つ目は母さんの『音無』。そして、5回目はリョウの苗字。

「じゃあ、なんであたしの苗字からあいつの苗字になったんだよ。あれ以来、会ってないのに」

「3つ目の苗字になったのは俺が7歳から8歳の間。つまり、それまでは1つ目か2つ目の苗字だった。4つ目の音無は父さんが病気で死んだから変わった。そう、父親が死ぬと苗字は変わるんだ。変えないこともできるだろうけど」

「でも、あたしは生きてる」

「そうだ。リョウは生きてる。でも、法律的に死んでるんだ」

「法律?」

 外の世界を知らないドグが不思議そうに言葉を繰り返した。霊夢も外の世界に住んでいたことがあるため、それほど不思議には思っていないらしい。

「そう、法律。その中でもリョウは失踪扱いされてたんだと思う」

 母さんがいなくなってから俺は失踪について調べた。その中に『失踪したと思われる時から7年過ぎた場合、その者を死亡扱いする』というものがあった。つまり、7年間生存が確認されなかったら死んだと扱われるのだ。リョウがいなくなったのは俺が生まれる前。大雑把に1年だとすると俺が6歳の時に死亡扱いされる計算になる。それから1年後か2年後に俺は『雷雨』になった。

「だとすると響ちゃんは1~2年だけあの子の苗字になった計算になるね」

「ああ。全部、俺の推測だけど計算は合ってる。勘だけど間違ってないと思う」

「私も合ってると思うわ」

 霊夢も頷いてくれた。彼女の勘は恐ろしいほど当たる。博麗の巫女特有の能力だ。

「なぁ、リョウ。お前の苗字を教えてくれよ。過去の記憶が曖昧で覚えてないんだ」

「……そうか。響もそれなりに症状が進行してるんだな。それは後で話すとして――」

 吸血鬼の血による記憶忘却を思い出したのか少しだけ顔を強張らせたリョウは深呼吸した後、口を開いた。

 

 

 

 

 

「――時任(ときとう)。オレは時任涼(ときとう りょう)だ」

 

 

 

 

 

 ああ、そうか。だから過去の俺は『時空を飛び越える程度の能力』を持っていたのか。しかも、自分ではコントロールできない。“時に任せている”のだから。“響”という字の意味は『共鳴』。つまり、共鳴した時代に勝手に飛んでしまう能力――いや、体質になったのだろう。

「それじゃ、今の俺は『時任響』ってことか」

「外の世界でもそう名乗るの?」

「いや、音無のままにする。なんで名前が変わったのか説明できないし」

 母さんの問いかけに首を横に振って答えた。このことを教えるのは仲間にだけだ。望や俺の式神たちはもちろん、悟や霊奈にも教えるつもりである。

「名前によって能力が変わるんだろ? なら、今の能力は何なんだ?」

 そう質問して来たドグだったが、それを聞いて俺は思わず、顔を引き攣らせてしまう。今の能力は過去と同じであれば『時空を飛び越える程度の能力』。なら、過去の俺と同じように勝手に時空を飛んでしまう可能性が高い。そうなるとこの時代に戻って来るのは難しいだろう。的確に戻って来られる保証などないのだから。

「響、どうしたの?」

「……実は――」

 皆に過去のことを簡単に話した。

「そうか……それはかなりまずいな。今のところ、能力は発動していないみたいだけどいつ発動するかわからないんだろ?」

 リョウが腕組みをしながら質問して来る。俺は黙って頷いた。他の人も今の状況を知り、黙り込んでしまう。

「あ、その点に関しては大丈夫だと思うよ」

 しかし、母さんだけは笑顔でお茶を飲んでいた。

「何でそう言い切れるんだ?」

「ふふふ、響ちゃん忘れてるー。私は響ちゃんのお母さんなんだよ? 響ちゃんの過去はある程度、あの子に聞いてるから」

「……どういうこと?」

 訳が分からず、質問を重ねた。俺の過去を知っているからと言ってこの能力をコントロールできるとは思えない。

「響ちゃんが小さい頃、幻想郷に行ったこと自体、知ってたの。まぁ、幻想郷って場所については教えてくれなかったけど、能力のせいで遠い場所に行ってたってあの子が教えてくれてね」

 母さんの言ったことが本当だとすると俺の母親はこちら側――異能について知っていることになる。まぁ、リョウを保護した時点でそれを知っている人だとは思っていたが。

「その時に私はすぐに質問したよ。『じゃあ、その能力が発動したらどうするの?』って。そしたら、あの子笑ってこう言ったの」

 くすくすと笑っている母さん。昔を思い出しているからかその表情はとても楽しそうで――寂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

「響ちゃんの能力はきちんと封印しておいたから……って。だから大丈夫だよ。響ちゃんは今もあの子に守られてるんだから」


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