「はぁ……はぁ……」
「……」
私が現場に辿り着いた頃にはお姉様は跪いていた。そして、私と同じ服を着た敵が炎の剣をお姉様に向けている。
(あのお姉様が負けた?)
「禁忌『レーヴァテイン』!」
急いでスペルを発動し、炎の剣を片手に敵に突っ込む。
「――」
こちらをちらっと見た敵はほんの少し口を綻ばせる。それからバックステップして距離を取った。
「ふ、フラン?」
「ゴメンね。遅くなっちゃった」
お姉様の前に立ち、敵と対峙する。自然と目が合い、感じた事を素直に呟いた。
「お前は私だ」「私はお前だ」
私にはわかる。敵の中の狂気は私と同じ。
「どうしてその体の中に?」
「答える必要性はない。戦え」
「どうして?」
「お前と戦ってみたい」
「……そう」
私は剣を構えて、答えた。懐かしい感覚だ。何かを壊したくなったのだ。
「本気で行くよ?」「本気で行くぞ?」
自分自身との戦い。これで2度目だ。私と敵は同時に床を蹴った。
「こっちよ!」
霊夢さんの案内で紅魔館をものすごいスピードで飛ぶ。
「本当に便利だよな」
「そうですね」
魔理沙さんの呟きに頷く。霊夢さんの勘は当たる。
「! いたわ!」
その声に反応して前を向く。そこにはフランさんと戦っている響ちゃんの姿があった。
「す、すごい衝撃波ね……これ以上、近づけないわ」
霊夢さんの言う通りでこれ以上、近づけない。仕方なく、その場に着地した。
「あやややや~! あのフランドール・スカーレットと互角に戦うとは……」
文さんは写真を取りながら感想を漏らす。
「おい! レミリア!」
その時、急に魔理沙さんが走り出した。
「ん? あら? 来たの?」
廊下に座ったままレミリアさんが振り返ってこちらを見た。所々、血が流れている。
「だ、大丈夫なのか?」
「ええ、これぐらい。フランと遊ぶ時よりはましよ」
(どんな遊びですか……)
声に出さずにツッコむ。
「それより、あれについて知ってる?」
レミリアさんは響ちゃんを指さしながら質問して来た。
「あれは音無 響。万屋だ」
魔理沙さんが答える。
「響……いや、あり得ないか。苗字も違うし」
「ん? どうかしましたか?」
声が小さくてよく聞こえなかったが何か呟いたレミリアさん。
「何でもない。それより、何なのあれ? どうしてフランの姿を?」
「それは私から説明するわ」
霊夢さんが簡単に響ちゃんの能力の説明をする。
「変な能力ね。それにフランになって暴走って……」
「あいつ、お前の姿にもなってたぞ?」
魔理沙さんが箒を廊下の壁に立てかけながら言う。
「え!? 本当!?」
「ああ、その時、丁度昼間で外にいたから……な?」
「……」
それを聞いたレミリアさんは震えだす。想像してしまったのだろう。
「あの耳に付けてる紐を引っこ抜いたら変身が解けたから大事には至らなかったけどな」
「そう、あれはもう経験したくないわ。じゃあ、あの紐を抜けば暴走は止まるのね?」
「ええ、近づけられたらね? でも、無理よ」
霊夢さんは一度、頷くがすぐに否定した。
「レミリアなら行けるんじゃないか? わたしたちより体は丈夫だろ?」
「バカ言ってんじゃないわよ。よく見なさい」
「ん?」
フランさんと響ちゃんはお互いに炎の剣を左手に持ってぶつけ合っている。だが、右手は先ほどから握ったり広げたりを繰り返していた。
「も、もしかして……」
フランさんの能力を聞いていたので恐ろしい事に気付く。
「そう、あの子たち能力も使ってるの。お互いに能力で能力を打ち消し合って壊されないようにしてる」
つまり、フランさんが右手を握って能力を発動し、響ちゃんを破壊しようとする。それを響ちゃんが右手を握って能力を破壊。逆に響ちゃんが右手を握ればフランさんが防ぐ。
「あの中に入って行ったら私の体が壊れるどころか消滅してなくなるわ」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「黙って見ているしかない」
魔理沙さんは最初から気付いていたようで床に座って胡坐を掻く。
「ほら、女の子は胡坐を掻くもんじゃないわよ」
霊夢さんも正座する。文さんは写真を取る為に移動していたので座る気はないらしい。
「早苗も座れよ」
「は、はい……」
魔理沙さんに促されてその場に安座した。
――少し、時間は遡る。
「ぱ、パチュリー様……この振動は?」
「敵が来たって事ね」
読んでいた本を閉じて立ち上がる。
「行きますか?」
「ええ、役には立てないと思うけど一応ね」
「し、失礼します……」
図書館から出ようとしていたところに咲夜がやって来る。
「どうしたの……ってその足」
咲夜の左足から少なくない血が流れている。どうやら、皮膚だけではなく血管も傷ついているようだ。
「はい、やられてしまいました。今、お嬢様が戦っている最中です」
「そうなの……椅子を」
「は、はい!」
私の指示で小悪魔が椅子を咲夜の元へ持って行き、咲夜はそれに座った。
「よくここまでたどり着けたわね。その足で」
「飛んで来ましたので……後で、垂らした血をお掃除しないといけませんね」
血を流し過ぎて貧血を起こしているらしい。咲夜はふらふらだった。
「でも、どうしてここに?」
「すみません。この傷は一人じゃどうする事も……」
「まぁ、確かに。包帯」
「はい、どうぞ」
小悪魔から包帯を受け取って咲夜の足に手を翳す。体の中にある魔力を手に集める。治癒魔法だ。
「少し染みるけど我慢ね。それに血を止めるだけしか出来ないから傷が完治するまで痛むと思うから」
「はい、わかりま――っ!?」
言葉の途中で咲夜が目をきつく閉じた。それほど染みるらしい。
「ぱ、パチュリー様……」
「何?」
「傷に指が……」
「あら」
「――こんな感じです」
手当している間、咲夜に先ほどよりも詳しく今の状況を聞いていた。
「そ、ありがと。こっちも終わったわ」
「ありがとうございます」
「それにしてもフランの姿をしていたなんて……何者かしら?」
「私にもわかりませんがお嬢様ならきっと、勝てますよ」
足を動かして調子を見ながら咲夜が断言した。
「どうかしら?」
だが、私は一言で否定する。
「……どういう事ですか?」
「レミィにだって勝機はあるわ。敵にフランの能力がなければの話だけど。だって、フランのスペルを使ってたんでしょ?」
「は、はい……」
「じゃあ、能力を使っても不思議じゃない。しかも、相手は狂気に飲まれてる」
後は言わなくてもわかるはずだ。
「お、お嬢様っ!?」
私の話を聞いて不安になったのか飛ばずに走り出す咲夜。
「ちょっと待ちなさい」
「で、ですが――」
「貴女が行っても足手まといだわ」
「くっ……」
咲夜は足の怪我を見て奥歯を噛んだ。
「まぁ、見てるだけなら行ってもいいけどここまで余波が来るんだからあまり近づけないわよ?」
「それでも私は行きます!」
「……そう、なら私も行くわ。元々、そのつもりだったし。でも、貴女が手を出しそうになったら全力で止める。いい?」
「はい、わかりました……でも、いいんですか?」
咲夜が困った顔をしながら聞いて来る。
「ん? 何が?」
「小悪魔ですよ。お使いに出したままじゃないですか?」
そう言えば、咲夜の治療の途中にお使いを頼んでいた。
「ああ、いいのよ」
手をひらひらと振って宙に浮き、図書館を後にする。
「あ、待ってください!」
咲夜も急いで私に続いた。戦いは先ほどよりも激しくなっている。紅魔館全体が揺れるほどまで。
(壊れないかしら? 紅魔館)
そう、思いながら飛行を続けた。