東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第312話 逃げ出した2人の背中とその背中を見て前に進む2人

「能力を……封印?」

 俺は思わず、母さんの言葉を繰り返してしまった。封印術は干渉系の技だ。俺には効かない。まぁ、過去の俺に干渉系の技が効いたのかはわからないが。

「うん。響ちゃんには干渉系の能力が効かないからかなり苦労したみたいだけどね。一回、封印を弾かれたって落ち込んでた」

 どうやら、過去の俺も干渉系の能力が効かなかったようだ。じゃあ、どうやって封印したのだろうか。そう母さんに問いかけたが、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんね。私もわからないや。あの子に封印したって話を聞いただけだから」

「……まぁ、しょうがないか。今もその封印は残ってるのか?」

「ちょっと待ってろ」

 俺の疑問に答えたのはリョウだった。目を閉じて小さい声で言葉を紡ぎ、術式を組み上げる。その途中で、何故か首を傾げるがすぐに目を開けてそっとため息を吐いた。

「……残ってるみたいだが、もう何年も経ってるから劣化してるな。このまま放っておいたら勝手に壊れる」

 つまり、いつかは『時空を飛び越える程度の能力』が発動してしまう。その前にコントロールできるようにしなければならない。だが、問題は今の俺に『時空を飛び越える程度の能力』の練習をする術がないことだ。能力を使おうにも封印されているし、使い方そのものわからない

「方法は一応あるぞ」

 悩んでいるとリョウが腕を組みながら言った。その表情は暗い。

「どんな方法だ?」

「意図的に封印に傷を付ける。そうすればその時間跳躍の能力を少しだけ使えるようになるはずだ」

「……そのデメリットは?」

「封印が壊れるのが早くなる。それと……」

 そこで言い辛そうに口を閉ざしてしまった。それほどまずいことなのだろうか。

「教えてくれよ。別にその方法に決まったわけじゃないんだから」

「いや……なんていうか説明しにくくてな。あたしはこの封印はギリギリまで残しておきたい」

「封印に何かあったのか?」

「……お前に施されてた封印にはいくつかの効果があった。1つはさっき言ってたお前の能力を封じる効果。そして――お前のとある感情を抑制する効果だ」

「とある感情?」

 リョウの言葉を信じられなかった。感情を抑制されていた感覚がなかったから。

「それでその感情って何なの?」

 霊夢がリョウに説明するように促した。促された本人は少しだけ視線を逸らした後、そっと言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「恋愛感情」

 

 

 

 

「……はい?」

「つまり、お前は人からの好意、自分の想いに気付きにくい体質だったんだよ。多分、あたしのように吸血鬼の血のせいで人を襲うことがないようにしたんだろうな」

 リョウが俺を産んだ母親を襲ったのは吸血鬼の血による女体化のせいだ。男としての生殖本能が働いたのだ。

「でも、恋愛感情だけだったら意味ないんじゃないのか? 好きとか嫌いとか関係なく襲うだろ」

 リョウの言葉に納得できなかったドグが湯呑のお茶を注ぎながら呟く。

「……響、聞きにくいこと聞くけどいいか?」

「あ、ああ……」

 ドグの呟きを聞いてリョウは俺の方を見ながら聞いて来た。とりあえず、頷いておく。

「抜いたことあるか?」

「……抜く?」

「だから、自慰行為をしたことがあるかって聞いてんだよ」

 自慰行為――ああ、そういうことか。

「あるに決まって……あれ?」

 俺だって男だ。人並みの性欲はある――はずだ。でも、今思い返してみるとそう言った行為をした覚えがない。

「封印の効果に性欲を抑えるのとそれに気付かないように記憶を誤魔化す――さっきみたいに深く考えないとわからないようにするものがあった。つまり、お前はこの封印がある限り、人のことを好きになることもなければずっと不能だってこと」

「……」

 必死になって記憶を掘り起こしてみるがリョウの言ったように俺は欲求不満になった覚えがない。その事実を初めて認識して冷や汗が流れた。

「あの子……自分の息子を不能にするって。何考えてるの」

 母さんも知らなかったようでため息交じりにそう吐き捨てた。ドグは俺に対して可哀そうな人を見るような目を向けている。その時、突然霊夢は立ち上がった。

「霊夢?」

「……ちょっと用事を思い出したわ。後でわかったこと、教えてちょうだい」

「あ、ああ……」

 そう言って居間を出て行ってしまう霊夢。どうしてしまったのだろうか。

「……話を戻すぞ。もし、封印に傷を付けたらお前は異性を好きになってしまうかもしれない。それに今まで抑えつけられていた性欲もどうなるかわからない。だから、あまりお勧めはしない」

 確かに何が起こるかわからない。封印に傷を付けるのは得策ではないか。

『いや、そうでもない』

 不意に話しかけて来たのは翠炎だった。

(どういうことだ?)

『私の能力は白紙に戻すことだ。ならば、お前の性欲も0の状態に戻せばいい』

(そんなことできるのか?)

『現状では何とも。だが、今の響は性欲がない……いや、性欲が限りなく0に近い状態だから戻せるとは思う。封印されていた時の魂波長に合わせればいいからな。さすがに恋愛感情までは戻せないが』

 翠炎が白紙にできるのは体の状態だけだ。性欲は溜まるものなので翠炎で白紙に戻せるが、感情だけは翠炎ではどうすることもできない。

 とりあえず、翠炎の話をリョウたちに話した。母さんは翠炎を知らないので彼女について始めから説明する羽目になったが。

「……でも、やっぱり不安だ。性欲を失くせるとはいえ、人を好きになったらお前が苦しむことになるぞ」

 リョウはそう言いながら両手を強く握りしめていた。俺は人間だが、吸血鬼の血が混ざっている。もし、俺が人を好きになってその人と結ばれれば問題がいくつも出て来るだろう。もちろん、原因は吸血鬼の血だ。

「そんなの関係ない」

 だが、俺は躊躇するわけにはいかなかった。

「お前……苦しむってわかってるのにッ!」

 リョウも吸血鬼の血に苦しめられた1人である。俺が苦しまないように殺そうとするほどだ。声を荒げるのも無理はない。わざわざ苦しい道を選ぶ息子が目の前にいるのだから。

「駄目なんだよ。吸血鬼の血がどうとか、種族の違いがどうとか。その苦しみを……覚悟を受け入れて歩み寄ってくれた子を知ってる」

 瀕死だった俺に血を飲ませてくれたフラン。彼女はどれだけ悩み、苦しみ、涙を流したのだろう。俺には想像もできない。過去の記憶もそこの部分だけ抜け落ちているのでわからない。だが、彼女が苦しい思いをして俺に血を飲ませてくれたことには変わらない。

 

 

 

「だから、俺はその苦しみを背負う。フランが背負って兄である俺が背負わないわけにはいかない。それが……『皆と一緒に生き残る覚悟だ』」

 

 

 

 リョウの目を真っ直ぐ見ながらそう言い放つ。

「本当に、いいんだな?」

「ああ」

「……わかった」

 俺の覚悟がわかったのかリョウは渋々、頷いた。

「でも、皮肉な話だな」

「何がだ?」

 自虐的な笑みを浮かべている彼女に質問する。

「だって、お前とフランドールは真っ直ぐ前を向いて進んでいるのに……父親であるオレと姉のレミリアは背負い切れずに崩れてしまった。情けないな」

「それは違う」

 リョウの言葉を否定した。まさか否定されるとは思わなかったのか、それとも同情されたのかと思ったのか彼女は俺をギロリと睨んだ。

「違うって……何がだよ。事実だろうが」

「確かにお前とレミリアは吸血鬼の血から逃げた。無様にな。お前は吸血鬼の血に怯えて八つ当たりして、振り回されて。レミリアは罪悪感に押し潰されて、リョウから逃げて、後悔して。でも、それだけじゃないんだよ。自分の妹のために苦々しい思い出を本にした。吸血鬼の血が混じっている息子に苦しい思いをして欲しくなかったら殺そうとした。妹に、息子に、覚悟があるかどうか確かめた。俺とフランはリョウとレミリアの背中を見たから……覚悟を決められたんだ」

 レミリアがフランを試そうとしなかったら。リョウが俺に会いに来なかったら。きっと、俺とフランは彼らと同じように吸血鬼の血から逃げていただろう。

 

 

 

 

「俺とフランが前に進めるのはお前とレミリアがいてくれたからだ。だから、誇ってくれよ……何も知らない息子を正しい道へ導いたんだ。誇れよ、父さん」

 

 

 

 

「……辛い道だぞ」

「ああ」

「途中で逃げたくても逃げられないんだぞ」

「わかってる」

「……頑張れよ、響」

 そう言ったリョウ――父さんの目から涙が一粒だけ零れた。

 




次回第8章完結。

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