東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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Bパート:1話


第315話 O&K

『音無響公式ファンクラブプレゼンツ。音無響のスクール見学!』

 でかでかとプロジェクターに映し出された見たくもないタイトル。それを見た俺はそっとため息を吐く。他の人にばれないように透明化の魔法を使って天井付近でこっそり見ているのだが、ため息でばれそうだ。

 今日は大学の文化祭。やっとと言うべきか、とうとうと言うべきか。今日まで頑張って準備を進めたおかげで何事もなく準備が整った。だが、何故か俺には一度も完成した映像を見せてくれなかったのだ。そこで俺は黙って会場に潜り込み、映像を見てやろうと思ったのである。すでに後悔しているが。

<音無響のサークル見学うううううう!>

 スピーカーから悟の絶叫が響く。そして、真っ白だった画面には腕を組んだまま冷たい目の俺が映った。その瞬間、会場に来ていた観客が歓声を上げる。

『人気者ね』

(嬉しくない……)

 くすくすと笑っている吸血鬼に言い返してそっと額に手を当てた。頭痛がする。

<……何だこれは>

 映像の中の俺が面倒臭そうに悟に質問した。因みに悟の姿は一切映っていない。俺だけである。

<何って文化祭の出し物に決まってるだろ>

<決まってねーよ……とりあえず、サークル見学すればいいのか?>

≪早速、ツンデレを魅せてくれた響様。我々の心を鷲掴みにする何とも罪なお方だ≫

 副音声のような悟のナレーション。問題はその内容だった。『誰がツンデレだ!』と叫びそうになったが何とか飲み込む。

<その通り! 普段のお前で見学して来い。勝手に撮ってるから>

<……わかった。でも、行く場所くらい指示してくれよ?>

≪文句を言いつつ頷いてくれた。最後に浮かべた笑顔が美しく間近で見ていた撮影班はいつの間にかその微笑みの虜になっていた≫

『響、抑えないとばれてしまうぞ?』

 トールが笑いを抑えながら忠告して来る。それがなければ今すぐあのプロジェクターを破壊していただろう。必死に拳を握って怒りを抑えていると映像はテニスサークルの見学シーンに映っていた。

<はぁ……>

 映像の俺は女子用のユニフォームを着ながらため息を吐いている。今の俺もため息を吐きそうだ。

≪我々が用意した女子用のユニフォームを身に纏い、憂いの表情を浮かべる響様。実は男子用のユニフォームも用意していたのだが我々の我儘に付き合ってくれる響様は本当に優しい。だからこそ、人を惹き付けるのだろう≫

「男子用……あったのかよ」

 文句を言えば女子用のユニフォームを着なくて済んだと知り、項垂れる。魂の中から吸血鬼たちが慰めてくれた。闇だけは嬉しそうに『きれー!』と笑っていたが。

≪早速、響様の試合が始まった。事前に話を聞いたところ、響様はテニスをするのは初めて。上手く出来るのか撮影班は心配だったが、それも杞憂だったようだ。最初は上手く返せなかったが徐々にコツでも掴んだのか笑いながらボールを打ち返している。楽しそうにテニスをプレイする響様。なびく綺麗な黒髪。ほとばしる汗。聖女のような微笑み。いつしか撮影班はもちろん、テニスサークルのメンバーでさえ彼の姿に魅了されていた≫

 悟のナレーションと共に俺がテニスをする映像が流れる。楽しそうにボールを打ち返すシーンやボールを追いかけるシーン。ポイントを取って小さくガッツポーズも取っていた。

『あの時は楽しそうだったからな。映像からでもよくわかる』

(頼むから何も言わないでくれ……めちゃくちゃ恥ずかしいんだから)

 何故か嬉しそうに感想を述べた翠炎にお願いしていたらいつの間にか試合が終わっていた。映像には汗を流して物足りなさそうな顔をしている俺の姿。

<響、本気出し過ぎだっての! ――さん、めっちゃ震えてただろ!>

<いや、だって楽しくて>

<子供かっ!>

≪不慮の事故で対戦相手を怯えさせてしまった響様。彼も少しやり過ぎたと思っているのか目を逸らす。そんな表情を浮かべる響様も美しかった≫

 そこでテニスサークルの見学が終わった。色々と問題はあったが、テニスボールが半壊したところや対戦相手の名前を伏せていたのはいいと思う。

<よーし、バイオリンいってみよー。懐かしいなー>

 次の見学先は音楽サークルだった。綺麗なドレスを着た俺はバイオリンを手に取って懐かしそうに眺めている。そして、何も言わずに弾き始めた。

≪目を閉じてバイオリンを弾く響様。これには我々撮影班も驚愕した。まさかバイオリンを弾けるとは思わなかったからだ。しかし、すぐにそんなことどうでもよくなった。バイオリンを弾く響様がとても綺麗で、儚げで……幻想的だったから。音楽サークルの人たちも響様が奏でる音を聞き逃さないと言わんばかりに真剣に聞いていた。バイオリンを弾き終わった後、バイオリンを弾けたのかと質問したところ、少し寂しそうな表情を浮かべる響様≫

<ああ、父さんが、な>

≪静かにそう答え、愛おしそうにバイオリンを撫でる。普段はクールな姿で勉学に励んでいる彼だがそれとは違った一面を我々に見せてくれた。これからも我々は響様を静かに見守りたいと思う≫

 そう締めくくった後、別のサークル見学へ移った。しかし、俺はそこで気付かれないように会場を後にする。やはり自分の姿を見続けるのは耐えられない。まぁ、観客は嬉しそうに見ていたからよかったが、とりあえず悟を殴るか。

 

 

 

 

 

 

「正直すまんかったとは思ってる。でも、後悔はしていない」

「もう一発いっとくか?」

「すみませんでした」

 頭を深々と下げて謝る悟。彼の頭を殴った手を軽く擦りながらため息を吐く。絶対に反省していない。

「お前、ファンクラブが公式になってから遠慮なくなったな」

「そりゃ公式なんだから遠慮なんてするわけないだろ」

「……」

 公式になったのは俺のせいでもあるから悟ばかり責めるわけにも行かず、この苛立ちを無理矢理抑え込んで近くのソファに座った。高いソファなのかとても座り心地がいい。

「それにしても……お前、本当に社長なんだな」

 悟が作った会社――『O&K』の社長室を見渡ながら呟く。あの会見を見た後、すぐに悟に連絡したら1人でここに来るように言われたのだ。

「まぁなー」

 あっけらかんと答えるが悟は今も書類に目を通している。その姿を見ると嘘ではないと嫌でもわかる。

「なぁ、なんで会社なんか作ったんだ?」

 悟が社長だと知った日と同じ質問をする。すでにその答えは聞いたがまだ納得できていない。

「言っただろ? お前を守るためだって」

「だから何で俺を守ることに繋がるんだよ!」

 そう、『O&K』が出来た理由が『音無響を守るために権力を得ようとした結果、いつの間にかここまで大きくなっていた』だったのだ。理由を聞いて大声でツッコんだ時、悟も少しだけ苦笑いを浮かべていた。こんなふざけた理由で作った会社がまさかここまで大きくなるとは当時まだ15歳だった彼も思わなかったのだろう。

「前にも言ったけどさ。お前を利用しようとする奴らは少なからずいるんだよ。そいつらからお前を守るためにはどうしても権力とかお金が必要だった。純粋な力も大事だが組織を相手にする場合、絶対に負ける。数は暴力ってな。だから、こっちも数を揃えた。会社って名義だけどな」

「それは前に聞いた。その点に関しては感謝してる。でもな……ここの社員全員、俺のファンだってのはどう説明する気だ?」

 この会社に初めて来た日、ビルの中に入った瞬間、その場にいた全員が俺に向かって頭を下げたのだ。それを見て戸惑っているとすぐに執事らしき人が現れ、社長室へと案内してくれた。それはいいのだが、移動中、モーゼが海を割ったかのように社員たちは俺たちに道を譲り、頭を垂れていた。

「あー……会社を作った時にな? 社員を集めるためにちょっとお前のことを話したんだよ。そしたら、あれよあれよと仲間が増えて行って……今じゃこの会社の利益の3分の1はファンクラブのために使ってる。今日の文化祭で上映したあのプロモーションビデオのDVDも無料配布するし」

 つまり、この会社が出来た時からいる社員は俺のファンらしく雪玉を雪の上で転がすように社員(俺のファン)が増えて行き、ここまで大きな会社になってしまったようだ。途中、倒産の危機にも陥ったようだが、『響のために頑張るんだろ! ここで踏ん張らなきゃ響がどうなるのかわかってんのか!』と悟が叫び死にもの狂いで会社を立て直すために新商品を開発したそうだ。因みにその新商品が望たちが誘拐された時に使われた対テロリスト制圧用の催眠ガスグレネード『KAGEROU』らしい。従来の催眠ガスとは違い、人体に余計な悪影響を与えず、ガスが消える時間も短縮され、警察などで重宝されているらしい。

「DVDって……自分で言うのもなんだけど何で有料じゃないんだ? それなりに稼げるだろ」

「お前を利用して金儲けはしないって最初から決めてんだよ。それに元々ファンクラブはお前に関わるつもりはなかった……なのに博麗のリボンとか付けるから」

「……なんかすまん」

 書類に判子を押した後、俺を睨む悟に謝った。

「あ、そうだった。響に報告することがあったんだ」

「報告?」

「この前言ってた黒い石についてだ」

 そう言った悟の目は鋭い。何か嫌な予感がする。

 




Bパート:響さん

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