東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第317話 今後の楽しみ

「吸、血鬼?」

 私の言葉を聞いたピンクの吸血鬼は目を丸くして呟いた。推測だが、この子を普通の人間だと思っていたのだろう。魔法の子と悪魔、金髪の吸血鬼も驚愕しているようだし。

「う、嘘だよ! だって、キョウの気配は普通の……あ、あれ?」

「……気配が吸血鬼に変わってるわね。けほっ」

「驚くのはいいけど時間がないの。お願い、力を貸して」

 今、この子の体は吸血鬼――いや、純粋な吸血鬼ではないけれど、人間より頑丈に、なおかつ傷が治りやすくなっている。しかし、吸血鬼特有の治癒能力をもってしてもこの子の傷は治り切らない。純粋な吸血鬼ならばすぐに治ったのだろうけれど。このままではこの子は死んでしまう。私にできるのは時間を稼ぐことだけ。

 そのことを皆に手短に説明する。

「……それじゃキョウは純粋な人間ではなく、少しだけ吸血鬼の血が混じってるの?」

「私も詳しいことはわからないけれどおそらく。私がこの子の中にいる理由はそれしか考えられないもの……それより、魔法さん? さっきから咳してるけど風邪?」

「ごほっ。喘息よ……魔法さんって私のこと?」

「魔法使ってこの子の寿命を伸ばそうとしてるから」

「……私は、パチュ――げほっ!」

 魔法さんはパチュと言うらしい。それからピンクの吸血がレミリア、悪魔が小悪魔と名乗った。後は金髪の吸血鬼だけなのだがこの子の話を聞いてからずっと俯いたままだった。

「どうしたの? 吸血鬼さん?」

「え、えっと……もし、キョウを助けた後、ずっと吸血鬼がキョウの体を乗ったままなの?」

 どうやら、ずっとこの子の心配をしていたようだ。優しい子。そして、そんな子に心配されるほどこの子はいい子なのだろう。早く会ってお話ししてみたいな。それは決して、“叶うことのない願いだけれど”。

「いいえ、私がこの子の体を借りてるだけよ。そうでもしないともうこの子は死んでたから。私が体を借りても、パチュの魔法があっても傷が癒える前に死んじゃうけれど」

「わ、私はパチュじゃなくてパチュ――けほっ。パチュ――ゴホゴホ」

「わかってるわ。何度も言わなくていいのよ、パチュ」

 『だ、だから』と何か言いたそうしているが魔法を長い間、使っているためか咳が酷い。大丈夫だろうか。ここ、図書館みたいだし埃っぽいから余計心配である。

「それで? キョウを助けるためにどうすればいいのかしら?」

 レミリアが本題に入った。それを聞いた瞬間、金髪の吸血鬼がビクッと肩を震わせる。

「簡単よ。この子の傷が治り切らないのは吸血鬼の血が弱いから。なら、吸血鬼の血を飲んで治癒能力を向上させればいいの」

「それでキョウが吸血鬼になったらどうするの!!」

 こちらが吃驚するほど大きな声で叫ぶ金髪の吸血鬼。見れば顔を青くさせて震えている。

「……ふふ」

 それを見て私は思わず、笑ってしまった。

「どうして笑うの!? 笑い事じゃないんだよ!」

「ええ、わかってる。吸血鬼は確かに強い種族だけれどその分、弱点も増えるし自分の知らない間に人間から人外に変わっていたらこの子の気がおかしくなるかもしれない」

「なら!」

「でもね? 確かに聞いたの。生きたいって。この子の叫びを」

 私はその叫びを聞いて産まれた。私の役目を果たすため。この子を死なせないため。

「ありがとう。この子の心配をしてくれて」

「……だって私のせいでキョウがこんなことになっちゃったから。私の、せいで」

 そこまで言って金髪の吸血鬼は再び、ポロポロと涙を零し始めた。あらら、この子が原因でこうなっちゃったのか。ずっと後悔や心配、この子を傷つけてしまった悲しみと恐怖に心を蝕まれていたのだろう。右手の人差し指が千切れていることからこの子に血を飲ませようとしたが、その直前で吸血鬼になる可能性を思い出したのかもしれない。

「そっか。でも、大丈夫。この子ならきっと許してくれるわ」

 まだ会ったことないけれど何となくそう思う。だって、あんなに優しそうな声だったのだから。

「そのせいで吸血鬼になっちゃったら? 私、嫌われちゃう」

「ふふ。もう心配性ね。もし、この子が吸血鬼になっちゃって貴女のことが嫌いになっちゃったら私が説得するわ。『吸血鬼さんは最後まで拒んでたけど私が無理矢理飲んだ』って。それに生きたいって強く願ってるのはこの子なのだから感謝すると思、うけれ、ど――ッ」

 そこで口からまた血が吹き出した。タイムリミットが近いらしい。パチュも変な呼吸になっているし。私とパチュが死にそうだから早くしなければならない。

「きょ、キョウ!」

「だから、私、はこの、子じゃないっ、て……吸血鬼、よ。貴女は?」

「……フラン。フランドール」

「フラン、ね。お願い……貴女、の血を、飲ませて? この子、のために」

「……うん」

 まだ怖いのかこちらに差し出した右手は震えている。人差し指から血が床に落ちてピチョンと音を立てた。

「ありがとう」

 動く左手でフランの右手を優しく握ってお礼を言う。それから口元まで移動させて彼女の人差し指を咥えようとして言わなければならないことを思い出した。

「あ、吸血鬼の、血を飲んで、もこの子、吸血鬼化し、ないから」

「「「「え?」」」」

「それじゃ、いただきます」

 呆ける4人を見て笑いながらパクリと指を咥える。血特有の鉄の味が口いっぱいに広がった。吸血鬼にとって吸血鬼の血は毒になると言われているがこの子は純粋な吸血鬼ではない。毒で死ぬ可能性もあったがもしそうならば口に入れた瞬間、拒絶反応が起こるので何とかなったようだ。

 フランの血を飲んだ影響はすぐに出た。まず、ずっと感じていた痛みがどんどんなくなっていったのだ。それからすぐに傷が治り始めていく。それを見ていたパチュがほっと安堵のため息を吐いて背中から後ろに倒れた。慌てて小悪魔が駆け寄る。やはり限界だったらしい。パチュがいなければフランを納得させる前に血を飲まなければならないところだった。やはり血を提供してくれる相手の了承は得なければこの子の今後に悪影響を与えるだろうし。

 この子の傷が半分ほど治ったところでフランの指から口を離した。

「もう、いいの?」

「ええ。十分、吸血鬼の力は向上したから。それにこれ以上飲んだらこの子でも吸血鬼化しちゃうもの」

 あ、左足生えて来た。他の吸血鬼より自己再生能力が高めなのかもしれない。

「そうそれよ! 普通、人間が吸血鬼の血を飲めば拒絶反応を起こして死ぬか最終的に吸血鬼になるわ。それなのにどうしてキョウは吸血鬼にならないって断言できるの?」

 レミリアがぐいっと顔を近づけて質問して来た。その顔はとても歪んでいる。何か嫌なことでも思い出したのだろうか。

「この子は元々、吸血鬼の血が混じってたの。吸血鬼化しないほど少量だけどね。でも、吸血鬼の血に慣れるには十分だったのよ。確か人間が吸血鬼の血を飲んで吸血鬼化するのは吸血鬼の血が人間の血を殺して吸血鬼の血が増えるからよね?」

「……ええ、そうよ」

「つまり、この子の血は吸血鬼の血に強いの。抗体があるって言った方がいいかも。そのおかげで少しぐらい吸血鬼の血を飲んでもこの子の体は人間のまま。まぁ、飲みすぎるとやっぱり人間の血が吸血鬼の血に負けちゃうんだけど。それにこれからは私がある程度、吸血鬼の血をコントロールするし」

 そう言えば、どうして私は“そんなこと”を知っているのだろうか。自分の存在すら知らなかったのに。まるで、“最初から知識を与えられていた”みたい。

「それじゃ……キョウは人間のままなんだね?」

 不安そうにフランが問いかけて来た。

「ええ、大丈夫よ。後は安静にしていれば時期に目を覚ますわ。さてと……そろそろ私も帰るわね」

「帰るってどこによ」

「この子の中。言ったでしょ? 私はただこの子の体を借りてるだけこれからはこの子の中からこの子を見守ってるわ」

「そう……もう貴女には会えなさそうね」

 私の答えを聞いたレミリアは少しだけ残念そうに呟く。寂しいと思ってくれているのかもしれない。それはとても嬉しい。

「この子に何かあればまた会えるわ。私としてはそうならないことを願ってるけどね」

「それには同感。フランがまた癇癪起こしそう」

「お、起こさないよ!」

「あら? 癇癪起こしてキョウをこんなにした子は誰だったかしら?」

「お、お姉様……って、吸血鬼?」

 フランの声が遠くなる。ああ、そっか。時間なのか。ゆっくりとこの子の体を動かし横になる。あのままだったら背中から後ろに倒れてせっかく治りかけている傷がまた開いちゃうから。

(楽しみね)

 次の目を覚ますのはきっと、この子が目を覚ます時だ。私はこの子、この子は私。私たちは運命共同体。いつまでも魂の中で見守っていよう。この子に危機が迫り、私の命を引き換えにこの子を守る、その時まで。

 


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