お詫びの次話は今日の正午に投稿します。
『O&K』の社長室。その部屋にある大きな長机に数枚の書類とサンプルのあの黒い首輪が置いてある。書類の一枚を手に取った悟が口を開いた。
「まず、俺たちはこの黒い石の成分を調べた。これは言ったよな?」
「ああ、確か普通の鉱石とほとんど変わらなかったって」
「そう。やっぱり分析結果を見ても目立つ箇所はなかった。これがその分析結果」
「……いや、見せられてもわからないから」
『それもそうか』と納得した彼は机の上に置いてあった書類を全てファイルに仕舞って鞄の中に入れた。全部分析結果だったのか。
「その次にお前の指摘を参考にしてこの石が何なのか徹底的に調べたんだ。皆、笑顔で協力してくれたよ」
「おい、皆って誰だ。もしかしてここの社員か?」
「……まぁ、それは置いておいて」
本当らしい。『O&K』は今、注目されている会社だがこんな変態な集団だとは誰も思わないだろう。もはや宗教である。こっちのことはいいから普通に仕事して欲しい。
「なかなか見つからなかったよ。なんせこっちの手がかりはあんまり役に立たない分析結果と異能の力を吸収するってことだけだったしな」
そう言った後、悟は鞄から一つの石を取り出し、机の上に置いた。隣に置いてある首輪と同じ黒い石だ。どこかで手に入れたらしい。
(あれ……)
しかし、よく見ると先ほど悟が取り出した鉱石には綺麗な光沢があるが、首輪の方にはない。
「調べた結果、この石は黒曜石に似た鉱石だってのがわかった。黒曜石って言うのは真っ黒な鉱石のことでものすごく硬い。昔、矢じりの先とかに使われてたほどだ」
「でも、黒曜石じゃないんだろ? 俺だって名前ぐらい聞いたことあるから黒曜石の成分と今回の分析結果と比較すれば一発でわかるだろうし」
「そう、そこなんだよ。この黒曜石に似た鉱石は……成分も似てる。でも、黒曜石にはない成分も出て来たんだ。そのせいで黒曜石だって断定できず、最後まで答えが出なかった」
「……つまり、まだ鉱石の正体は分かってないんだな」
「ああ、すまん。ただ推測だけど異能の力を吸収する理由がわかったから報告しようと思ってな」
それだけでも十分だ。メモするためにスキホからペンと紙を取り出す。
「まず、この鉱石……そうだな。適当に黒石って呼ぶか。黒石と黒曜石は似てる。成分も性質もだ。でも、無視できない程度の相違点があるんだ」
その一つに光沢の有無があるのだろう。見た目以外にも何かあるのかもしれない。
「だから黒曜石の意味にも無視できない程度の相違点が存在すると仮定した上で話を聞いて欲しい」
「黒曜石の意味? そんなのがあるのか」
「ダイヤモンドとか真珠とかにもあるぞ。パワーストーンとして黒曜石も有名だからな。お前の能力ってそう言ったのに敏感なんだろ?」
「……多分、触れただけで俺の体に影響を及ぼすレベルで、な」
『合力石』やこころのお面で派生能力が生まれたり感情が変化したのだ。きっと、黒曜石に触れたらすぐ何か起こる。それが良い影響なのか悪い影響なのかまではわからないが。
「そんなにか……まぁ、黒曜石の意味はそこまで悪い意味じゃないから変なことは起きないはずだ。触れてみろよ」
「まずはその意味を教えてくれ。さすがに何も知らないまま、触れたくない」
「おっと、すまん。焦り過ぎた。えっと、黒曜石には強力な力が秘められていて持っている物の眠っている力を目覚めさせる。後は、ストレスを取り除いたり、安心感を与えたり……感情のバランスを保つんだとよ」
意外にいい意味だった。パワーストーンと言うのだから当たり前だが。感心していたのだが、言葉を区切った悟の目が鋭くなったのに気付いてすぐに聞く体勢に戻る。
「ここからが問題だ。黒曜石には……悪い気。否定的なエネルギーを吸収する力があるらしい」
「否定的な、エネルギー?」
「ネガティブな思考とかだな。前向きになるんだよ。ほら、似てるだろ?」
確かに似ている。雅たちの力を吸収した黒い首輪。そして、否定的なエネルギーを吸収する黒曜石。だが、所詮それは“似ている”なのだ。結局、この鉱石の正体はわからない。せめて黒石の本当の名称がわかればよかったのだが。
「……手詰まり、か」
「ああ、黒石については今後も調査を続けるけどあまり期待しないでくれ。皆、栄養ドリンク片手に頑張ったんだ」
「普通の業務を頑張ってくれよ……」
よくこの会社、潰れなかったな。そのおかげで黒石について少しだけわかったが。
「とにかく今度、犯人がまたちょっかいをかけて来たらこの首輪に触れないように戦うしかないみたいだな」
「そうだな。響の能力に関して詳しくは聞かないけど警戒して損はないと思う。干渉系の能力も効かないみたいだけど道具でもそうなのかわからないしな」
悟はそう言うが十中八九、道具の干渉は受けるだろう。そもそも、俺が何故か持っている干渉系の能力を無効化する能力は何かを経由すれば簡単に抜けられる。能力を道具に付加して使えばそれだけで経由していることになるのだ。それに道具そのものにそう言った効果、もしくは伝説などがあればそれだけで俺の本能力が発動し、罠に嵌めることができる。自分の能力に振り回されるとは情けない。
『しょうがないわ。貴方の能力はそれだけ強大な力を持ってるのよ。人間にコントロールしろって言う方がおかしいわ』
(そうは言っても……もっと上手く使えそうなんだよなぁ)
物に触れる時、その物の言い伝えや伝説、名称がわかっていればある程度、予測はできる。しかし、その予想が外れた場合、周囲にどんな影響を与えるかわからない。そのせいで今も黒曜石や黒石に触れられない。能力が暴走した時、その被害に遭うのは俺の目の前でニヤニヤ笑っている悟なのだから。
「……何で笑ってんだよ」
「いや、真剣に悩んでるなーって」
「お前、他人事だと思って……こっちは結構、大変なんだぞ」
「わかってるよ。能力に振り回されるのはお互い様だしな」
「……どういうことだ?」
そう言えばまだ悟の能力について聞いていなかった。確か暗視能力があったはず。
「お前も知ってるかもしれないけど真っ暗な中でも色々と見えるんだよ。ある物からない物まで」
「ある物からない物?」
「例えば部屋を真っ暗にした時、壁とか机とか椅子とかはっきりと見える。ただ……他にも何か見えるんだよ。ない物ははっきりと見えないけど。日によって大きさとか明るさも変わるし。それが気になってぐっすりと眠れないんだよ。目を閉じたらそのもやもやした物しか見えなくなるから余計、目立ってな」
幽霊の類だろうか。だが、いつも見えるようだし、常に近くに幽霊がいるとは考えにくい。今も幽霊の気配は感じられないことから悟が憑かれているわけでもない。それに目を閉じている時も見えるとは一体、どういうことなのだろうか。
(あ、そうだ)
「奏楽を呼ぼうと思うんだがいいか?」
「奏楽ちゃんを? 何でまた」
「奏楽は幽霊とかに敏感だからな。幽霊以外にも反応したりするし」
俺ですら感知できないほどの微弱な気配さえも感じ取ったこともある。
「なるほど……俺が見えてる何かを探って貰うってことか」
「そう言うこと。まぁ、奏楽のボキャブラリーに該当する言葉があればいいけど。だから、今日……奏楽をお前の家に泊めてやってくれないか?」
「……は?」
「だって、真っ暗な場所でしか見えないんだろ? なら夜一緒に寝た方が効率いいじゃん」
今の言葉は建前で実はあの誘拐事件から何かと奏楽は悟に会いたがるのだ。しかし、あれ以来、黒い首輪や文化祭の準備で忙しく俺の家に来ることが減っていた。この機会に会わせてやろうと思ったのだ。
(それに多分、奏楽は……)
以前の俺ならば気付かないような気持ちを悟に抱いているらしい。まぁ、俺もそう言った気持ちに疎かったせいで推測の域を越えられないのだが。多分、霙ならば奏楽の気持ちを知っているに違いない。今度さりげなく聞いてみよう。
「……はぁ。わかったけど奏楽ちゃんがいいって言ったら――」
「失礼しまーす」
そこまで言った時、俺の隣に雅が現れた。その顔はとても疲れ切っている。服も少しだけ乱れているし。
「雅、どうした?」
「……奏楽、悟の家に行けるってすごいテンション上がってるから早く引き取ってくれない? 早くしないと霙の毛がなくなっちゃう」
式神通信で奏楽に事情を説明したのが裏目に出てしまったようだ。おそらくテンションが上がり過ぎて力のコントロールが出来ず、霙の毛をむしっているのだろう。
「それじゃ頼むわ」
「へいへい。何でそんなにテンション上がるんかねぇ」
そう呟きながら立ち上がり、出かける準備をする悟。雅もそれを見て帰って行った。
「あ、そうだ。お前の能力名って何なの?」
「……それ聞いちゃう?」
「聞いちゃう」
ジッと俺の目を見ていた彼だったが諦めたのかそっとため息を吐く。
「紫に教えて貰ったんだけどさ……『暗闇の中でも光が視える程度の能力』らしい」
「……そのまんまだな」
「ああ、ただの暗視能力って……使えねー」
肩を落とす悟だったがまぁ、無理もない。後、紫と接触していたことに驚いた。
「はいはい。聞いた俺が悪かったよ。早く行こう、霙の毛が心配だ」
「おーう」
俺と悟は並んで社長室を後にする。余談だが、霙の毛は大丈夫だった。本人はむしられた箇所を泣きながらペロペロ舐めていたが。
因みに『O&K』は『Otonashi Kyo』の略です。
この会社は響さん100%で成り立っています。