東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第320話 こまち先生

「よーし! 今日も特訓だ!」

「はい、先生!」

(……はぁ)

 もう1人の私――キョウはこまち先生の声に頷いた。それを見て思わず、ため息を吐いてしまう。正直言ってこまち先生は教えるのが下手くそ、と言うよりも教えるのが適当だった。キョウに素振りをさせてみたと思ったら今度は走り込み。はたまた、瞑想など。鎌の使い方を教えているはずが挙句の果てに料理まで教え始める。全く意味のないことまで吹き込む始末だ。料理はこまち先生よりキョウの方が上手いし。

 フランの血を飲んだ後、意識を失くした私が次に目を覚ましたのはキョウと同じタイミングだった。どうやら、キョウが見たことや聞いたこと、感じたことは私にも伝わるらしい。それはいいのだが、吸血鬼の血を少し飲んだことで身体能力が高まったキョウは少しだけはしゃいでいる。少し心配だ。何かあれば私が無理矢理にでも体の所有権を奪えばだいたいのことは何とか出来るにしてももうちょっと落ち着いて周りを見て欲しい。特にこまち先生。絶対キョウで遊んでいる。目を見ればわかる。

「さて、今日は……何にしようかな」

 ほら、今日に至っては特訓メニューすら考えていない。いつものキョウならこまち先生のポンコツっぷりに気付くはずなのだが、今のキョウは年相応の思考回路になっている。いや、キョウは確か5歳だったはず。これが当たり前なのかもしれない。あれ、じゃあおかしいのは私なのだろうか。まぁ、私が生まれてからさほど時間は経っていないから私の常識は一般的なものではないのかもしれない。そう考えると非常識なのは私になり、常識人が今のキョウやこまち先生となる。それは何だか悔しい。

「よし、お昼寝をしよう」

「先生、さすがにそれはないと思います」

 ……やっぱりおかしいのはこまち先生だった。私は常識人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなポンコツ先生の元で修行をしているキョウだが、次第に鎌の扱いにも慣れ、今では自由自在に操れるほどにもなった。決してこまち先生のおかげではない。キョウの努力の成果だ。

「……さてと。そろそろかな」

 そんなある日、キョウはすやすやと眠っているところにこまち先生がやって来た。因みに今はこまち先生の家で暮らしている。

「出ておいでよ、吸血鬼。いるのはわかってるんだ」

 何故、来たのか不思議に思っていると不意に私を呼んだ。まさか呼ばれるとは思わず、驚愕してしまう。

「……何で知っているのかしら?」

 一時的にキョウの体を借りてこまち先生に話しかける。私はキョウが眠っている、もしくは気絶している間なら自由にキョウの体の所有権を得ることができるのだ。私には睡眠は必要ないから周囲を警戒する時にも役立つ。もし、キョウが寝込みに何者かに襲われても私が対処すればいいのだから。

「ちょっととある奴に聞いてね。あんたと話しておけって言われてるんだよ」

「……そう。で? 私に何の用?」

「いや、別に」

「は?」

 用事もないのに私を呼んだ? 意味がわからない。

「何となく今が話すべきタイミングだって思ってね。あんたのことを教えてくれた奴は話しかけるタイミングまで教えてくれなかったから」

「……」

「そう訝しげな表情を浮かべるんじゃないよ。可愛いキョウの顔に皺が残っちゃう」

 それは駄目だ。可愛いキョウのお顔に皺を残すなんて誰が許しても私が許さない。外の世界に戻ったらキョウが寝た後、こっそり体を借りてスキンケアでもしようかしら。

「それにしても……本当に吸血鬼がいるとはねぇ」

「何よ。居ちゃまずいの?」

「そんなこと言ってないだろ? あんたがいなかったら今のキョウはいないんだろうし」

「……それも私のことを教えた人が言ってたの?」

「いんや。キョウからは吸血鬼の気配がほんの少しだけするからね。何かあったことぐらいすぐに想像つくよ」

 フランの血を飲んだことでキョウの気配に吸血鬼のそれが混じってしまったらしい。ちょっとそれはいただけない。何とかしないと吸血鬼ハンターのような存在に気付かれて攻撃されてしまうかもしれないから。

「そう焦らなくてもいいと思うけどねぇ。吸血鬼の気配なら吸血鬼であるあんたがどうにかできるんじゃないか?」

「……私は生まれたばかりからそう言った知識を知らないのよ。知ってたら教えて欲しいくらい」

「教えてやってもいいよ」

「ッ! し、知ってるの!?」

「何、簡単なことさ。もう少しキョウを信じてやればいい。今のあんたはキョウといつでも体を交換できるように準備しているんだよ。言っちゃなんだがでしゃばり過ぎだね」

 確かにこまち先生の言う通り、私はいつでもキョウと体を交換できるように用意をしていた。そのせいで私がキョウの体に悪影響を与え、吸血鬼の気配が混じるようになってしまった。その解決方法は簡単。私の存在をもう少しだけキョウの魂の奥に引っ込めてやればいい。おそらく引っ込めてもキョウと感覚は共有しているからまたあんな暗い場所に戻る羽目になることはないと思う。ただの推測だが。

「……教えてくれてありがと」

「キョウはあたいの弟子だからねぇ。こんな頼りない先生なのに心の底から信頼してくれるって何だかんだ言って嬉しいことなのさ。だから……鎌に限ったことじゃなく色々なことを教えてやりたい。そう思うのが人情ってもんだろう?」

 そうか。こまち先生は教えるのが適当なのではなかった。ただ、教えたいことがたくさんあってごちゃごちゃになってしまったのだ。まぁ、ごちゃごちゃになっている時点でやっぱりポンコツなのだが。

(何よ……いい先生じゃない)

 でも、悪くない。少なくともロボットのように教える先生よりずっとマシだ。勘違いしていたことが少しだけ恥ずかしかった。

「……人間じゃないくせに」

 だから素直にお礼など言えず、毒を吐く。まぁ、視線を逸らしてしまったのでばれているだろうけれど。

「はは。人間じゃないのはお互い様だろう?」

「それもそうね。人間なのはキョウだけで十分よ」

 私にとって大切なのはキョウだけなのだ。他の人なんてどうでもいい。だからいらない。

「もしキョウに守りたい人が出来たら……どうする?」

 私の表情から何か読み取ったのかニヤリと笑いながら問いかけて来るこまち先生。意地悪だ。キョウに守りたい人が出来たら――私も同じように思うって知っているはずなのに。

「私はキョウ、キョウは私……それが答えよ」

「そう言うと思ったよ。相変わらず……いや、いつも通りで安心した」

「え?」

 私と会ったことのあるような言い方だった。それについて聞こうとするがその前にこまち先生の人差し指が私の――キョウの唇を抑える。

「無粋な質問はしちゃいけないよ。いずれわかることさ。後、これだけはあんたに伝えたい……キョウを、頼んだよ」

「……ええ、わかっているわ」

 こまち先生の人差し指が離れた後、そっぽを向きながら答えた。私はキョウで、キョウは私。キョウのためは自分のため。だからこそ、私はここにいる。

「あ、どうだい? 一杯、付き合わないかい?」

「キョウはまだ未成年よ、飲んだくれ。独りで飲んでなさい」

 まぁ、とりあえず今はこまち先生からキョウを守るとしよう。これも私の役目だ。


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