「な、何なんだよ……この空間」
「一筋縄じゃ行かないと思ってたけどここまでとは思わなかったわ」
血の海が広がる地面に降り立った矢先、俺はその場に座り込んでしまう。女も両手を血で濡らしながら呟く。
「このコスプレが持ってるスペルを全部使っても壊れないとは……どんだけ頑丈なんだ?」
因みに表の俺がこのコスプレの能力で『リピートソング』の制限を破壊したらしく、ずっと同じ姿だ。
「まぁ、魂だからね。少しの衝撃で壊れてしまったら意味ないもの」
「それにしたって傷一つ付かないのはおかしいぞ」
そう、俺と女がどれほど攻撃しても全く効いていないのだ。
「……まずいわね」
「ん? 何が?」
「表の貴方とそのコスプレ――フランドール・スカーレットが戦闘を始めたわ」
「見えてるの? 外の様子」
「ええ、狂気と少しだけ繋がってるから」
「へ~、で? 何がまずいんだ?」
表の俺と戦ってくれた方が周りへの被害が少なくなる。戦いに夢中になるからだ。
「考えてみてよ。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。彼女らはその能力を使いながら戦ってるの。少しでも照準がずれたら?」
「木端微塵か……」
そうなる前にここを破壊しないといけない。
「まぁ、貴方はこのままの方がいいと思うけど……」
「は? 何言ってんだよ。このまま、狂気に体を譲れって事かよ?」
「考えなかったの? どうして、魂を分けたか」
そう言われればそうだ。
「もしかして、狂気か?」
「そう、完全に貴方と狂気を離さないと貴方が狂気に飲み込まれていたのよ」
「じゃ、じゃあ、もしこの空間を壊したら?」
「……貴方と狂気。どちらが勝つかしらね?」
俺の問いに答えるのではなくニヤリと笑って女はそう言った。
「……いいぜ。やってやる」
「本当にいいの? 結局、飲み込まれるかもしれないわよ? ただ、壊した方が可能性あるってだけで、確実じゃないの。そこはわかってる?」
「わかってるよ。でもよ? 逆に言えば俺が勝つかもしれないだろ? このまま諦めるなんて出来ねー」
俺が一番、嫌いな事でもある。その場でうじうじするなら突っ込んで玉砕した方がいい。動かなければ何も変わらないのだから――。
「……この空間は打撃じゃ壊れない。でも、壊す方法が一つだけあるの」
「ほ、本当か?」
「ええ、本当は無理だったんだけど貴方はとことん運がいいみたいね?」
「は?」
意味が分からず、呆けてしまった。
「そのコスプレよ。貴方、今までに見えなかった物が見えてない?」
「今までに見た事がないもの?」
辺りをキョロキョロと見渡す。
「いや、そんなのみえ……ん?」
そう言おうとしたが、女の体に一つの光が見えた。
「見えたようね。それは『目』よ」
「『目』……確か、緊張する一点だったっけ?」
「あ、知ってた? そのコスプレは『目』を右手に集めて壊せるの」
『目』を壊してしまったらその物体は破壊される。
「じゃあ、これを使えば……」
「そう言う事。貴方の能力でこの空間の『目』を破壊すればいいってわけよ」
「な、なるほど! 早速、やってみるわ!」
再び、見渡す。
「……あった!」
淡い光が浮かんでいる。それを右手に集めた。
「これを握ればいいんだな?」
「私は見えないから分からないけど多分ね」
「無責任だな。まぁ、いいけど……」
そして、俺は力強く右手を握った。
「す、すごいです……」
思わず、呟いてしまう。
「本当にあいつは強いよ。ま、弾幕ごっこでは私の方が強いけどな!」
丁度、フランさんが響ちゃんを吹き飛ばして壁に激突させている。
「そりゃ、コピーが本物に勝てるはずがないでしょ?」
レミリアさんは最初から心配などしていなかったようだ。
「そのようね」
急に後ろから声が聞こえ、振り向くとパチュリーさんと足に包帯を巻いた咲夜さんがいた。
「お? パチュリーじゃないか。来たのか?」
「来たからここにいるのよ。無駄足だったようだけど」
「そうみたいだな!」
魔理沙さんが大笑いして、答える。咲夜さんはそんな魔理沙さんの隣を横切り、レミリアさんの元へ駆け寄る。
「……」
皆が安心している中で霊夢さんだけは深刻そうな表情を浮かべていた。
「もう終わり?」
壁に埋まった敵に声をかける私。
「……」
返事はしなかったが代わりに壁を能力で破壊し、這い出て来た。
「まだ戦えるみたいだね。でも、貴女は私には勝てないよ? コピーだもん」
「ふ、ふふふ……」
急に敵は笑い出した。
「?」
「どうして、狂気(私)がこの体の中にいるのか。疑問に思わなかった?」
「……」
それは最初から気になっていた。
「気になってるようだな。じゃあ、これからもっと面白い物を見せてやろう」
「面白い物?」
「さぁ、第2回戦と行こうか?」
(よくわかんないけどまずい!)
「禁弾『スターボウブレイク』!」
スペルを発動し七色の矢を放つ。
「もう、遅い」
矢が着弾する前に敵の呟きが聞こえた。
「……あれ?」
何回も手を握るが空間は壊れない。
「どうしたの?」
「壊れないんだ」
「え!? 嘘!?」
「本当だって! 確かに『目』を右手に集めてるし能力も発動してる。でも、壊れない!」
もう一度、握るが何も起きなかった。
「どうなって……ん?」
空間をよく見るともう一つ、光があった。
(ま、まさか……)
「おい! 女!」
「何!? こっちは他の方法がないか考えてるんだけど!」
女も焦っているようだ。
「この空間って本当に狂気がいた空間だけなのか?」
「……いえ、私がいた空間も混ざってる。どうやら、魂逆転の衝撃でくっ付いちゃったようなの」
「それだ! この空間には『目』が二つある!」
一つは狂気のいた空間の『目』でもう一つは女がいた空間の『目』。物理的に不可能だが、ここは魂の中。何が起きたって不思議じゃない。
「じゃ、じゃあ! 二つとも破壊しなさい!」
「無理!」
即答する俺。
「ど、どうして!」
「さっきからやってるからだよ! 多分、俺には二つ同時に破壊する事は出来ない。まぁ、フランドールって奴は出来ると思うが……」
「もしかして、能力を上手く使いこなせていないの?」
「そう言う事。もっと言うとコスプレの能力は全体的に使いこなせない。紫の時だってスキマを開く時、扇子がないとダメだし」
「そ、そんな……せっかく、ここまで来たのに」
(ここまで?)
「どういう事?」
今の言葉に違和感を覚え、質問する。
「……貴方は考えなかったの? どうして、私や狂気が普通の人間だったはずの貴方の中にいる事を」
「あ……」
「何年前だったかしら? 貴方は……ッ!?」
語り始めた女が急に顔を歪めて胸を押さえる。
「ど、どうした!?」
「まずいわ。狂気が私を吸収する気みたい」
「きゅ、吸収!?」
見ると女の翼が消え始めていた。
「う、受け取りなさい!」
呆然とその様子を見ていると女の人差し指が俺のおでこに触れる。
「な、何を……くっ!?」
意味が分からず、困惑していると何かが頭の中に流れ込んでくる気配がした。
(な、何なんだよ。これ!)
視界が白くなる。そして、何かの映像が視えた。小さい頃の俺と固く閉ざされた大きなドア。俺の手には本があり、それを声に出して読んでいるようだ。どうやら、ドアの向こうにいる誰かに読み聞かせているらしい。
「問題は『目』を破壊する方法ね。何かおもいつ……ああっ!?」
女が悲鳴を上げる。丁度、女の下半身が消えたところだ。残るは胴体と頭のみ。
「だ、大丈夫か!?」
「いいから、考えなさい! 方法を!」
「方法ならなくはないが……無理だ」
「言ってみなさい」
そう言われ、方法を女に伝える。
「それで行きましょう」
「はぁっ!? 無理に決まってるだろ!? だって――」
「知ってる?」
俺の言葉を遮った胴体もない女は微笑んだ。
「な、何を?」
「幻想郷には常識は通用しないのよ?」
「常識……」
「貴方と私は繋がった。だから、外の様子も狂気を通して私に。私を通して貴方にも見えるようになった。こっちはどうにかするから貴方もどうにかしなさい! この作戦は貴方とあの子の力が必要なんでしょ? 私が繋ぐから!」
「お、おい!! まだ、話は終わってない!」
「頑張りなさい。響」
女はそう言い残して完全に消えてしまった。
「どうにかって……どうする事も」
映像はまだ続いている。俺は図書館で本を読んでいるようだ。そこに現れる今、俺が着ている服と同じ服を着た小さな悪魔――フランドール・スカーレット。
(え?)
この映像が本物なら小さい頃にフランドールと会っていた事になる。つまり、俺は幻想郷に来た事がある。
「ま、待てよ!」
誰もいない空間に響く悲鳴。こんな記憶、俺は覚えていない。確かに年齢は5歳ぐらいだから覚えていない事もあるはずだ。
「っ!?」
映像の中で俺はフランドールに八つ裂きにされた。これほどまでに強烈な記憶を忘れるなんてあり得ない。
「何が……どうなってやがる」
静かにそう呟いた。
「何が……どうなってるの?」
敵の背中から新たな翼が生えた。お姉様のような漆黒の翼。だが、筋は私の翼の枯れ木のようになっている。まるで、お姉様と私の翼を組み合わせたような翼だった。
「フラン! 危ない!」
「え?」
お姉様の声で正気に戻る。その刹那、お腹に凄まじい衝撃が襲った。
「がっ……」
何が起こったか分からない。一瞬、浮遊感を覚えた後に真後ろに吹っ飛ばされた。勢いで体が出鱈目に回転する。そのまま後ろにいたお姉様たちを軽く飛び越え、紅魔館の長い廊下をノーバウンドで突き進む。
(う、嘘……でしょ?)
ぐるぐる回る視界。どちらが上か下か。右か左か分からなくなる。回転速度は勢いを増し、吐き気を催す。
「――ッ!?」
どれほど長い廊下でも終わりはいつか来る。私は背中から壁に衝突。あまりにも威力がありすぎて、クレーターが出来る。その声にならない悲鳴が漏れた。
(そ、そんなコピーなんかに……)
遠くにいる敵の勝ち誇った笑顔を見ながら私は意識を手放す。最後に見たのは右腕を突き出した格好でこちらを見てニヤリと笑っている敵の姿だった。