「で、出来た!!」
嬉しそうに頬を緩ませたキョウはできたばかりの人形をギュッと抱きしめながら叫んだ。人形の作り方を教えていたアリスも彼の子供らしい笑顔を見て微笑んでいた。
「初めてにしては上出来よ。これなら魔力の糸で操ってもそう簡単に壊れないわ」
アリスに褒められて嬉しかったのか照れくさそうに笑ったキョウだったが、すぐに人形を体から離してアリスの方を見た。
「次はどうするんですか?」
「そうね……とりあえず、試運転でもしましょう。魔力の糸は作れる?」
「いえ……さすがに」
キョウは少しだけ悲しそうに首を横に振る。当たり前だ。少し前までただの人間だった彼に魔力を操れるわけがない。しかし、操れないだけで魔力は確かにあるのだ。しかも、私の分もキョウは使えるから子供にしては多い方である。どうやら、私がキョウの魂に居続けるためには自分の力を少しだけキョウに与えなければならないらしい。まぁ、渡した分だけキョウも強くなるので私としては構わないのだが。
「コツとかありますか?」
そんなことを考えていると彼はアリスに魔力の操り方を聞いた。
「え? う、う~ん……私はもう慣れちゃったから感覚的に出来ちゃうのよ。そうね、最初は1本だけ伸ばして人形の頭に繋いで軽く動かせるように練習しましょうか」
「はい!」
アリスの言葉に力強く頷くキョウ。その姿に思わず、感動してしまった。キョウ、頑張れ。
それからキョウはひたすら魔力を操る練習をした。時々、魔力の流れを感じ取れるように私の方から魔力をキョウに送って手助けをした結果、次第に魔力を操れるようになった。キョウにはセンスがあるかもしれない。私が手助けしたとはいえ、ここまですんなり魔力を操れるようになるとは思えなかったからだ。
「いい? ゆっくり伸ばしていくのよ?」
「は、はい……」
そして、今は人形の頭に魔力の糸を伸ばす練習をしている。これが難しいのかすでに20回以上失敗していた。それでもキョウは諦めず懸命に魔力の糸を伸ばす。大丈夫。キョウならできる。私はずっと見て来たのだ。
『(大丈夫……出来る)』
キョウの思考と私の言葉が重なった時、とうとう人形の頭に魔力の糸が届いた。
「……で、出来た?」
確認のためにアリスに質問するキョウ。傍で見守っていたアリスは笑顔を浮かべながら頷く。
「出来てるわ。成功よ」
「や、やったああああああ!!」
やっと努力が実り、彼は両手を挙げて喜んだ。だが、魔力の糸が切れそうになったのかすぐに冷静になる。
『……っ。キョウ、待って!』
キョウが人形の頭を動かすために魔力を注ごうとした時、不意に何かを感じ取った私は叫んだ。しかし、私の声は届かずキョウは人形に魔力を流してしまった。その刹那――。
「え!?」「なっ!?」
突然、人形が光り出した。私はキョウと感覚を共有しているので咄嗟に目を庇ってしまう。
(何? 何が起きたの!?)
急いで周囲を警戒するが脅威となりそうな反応はなし。じゃあ、あの光は一体? 人形が光るなんて現象は普通ありえない。
「きょ、キョウ君。大丈夫?」
「え、ええ……何とかってあれ?」
光が弱まり、やっと目を開けられるようになった。すぐに卓袱台の上にある人形を見た。
『人形が、ない?』
しかし、卓袱台の上に件の人形はいなかった。キョウとアリスもそれに気付いて困惑している。私も集中してキョウの魔力の流れの先を辿った。すると、縁側の方に反応を見つける。
『ッ!? う、嘘!?』
その反応は少しずつだが動いていた。私はその反応の正体を知っているからこそ驚いた。
「んー、あっちですかね?」
キョウも魔力の流れを辿って縁側に行きつき、そちらへ向かう。
「マスタあああああああああああ!!」
「うわっ!?」
縁側に出た瞬間、横からタックルされたキョウはそのまま地面に落ちた。咄嗟に魔力を送ってキョウの防御力を上げておいたから痛みはそこまでないはずだ。それよりも問題が――。
『どうして、人形が動いてるの?』
――今、キョウにタックルした人形だ。この人形はキョウが作ったあの人形である。人形が意志を持って動いていること自体、ありえなかった。何が起きているのだろう。
(……ああ、そうか)
そうだ。キョウの能力のせいだ。この人形は先ほどまではただの人形だった。しかし、“キョウが作ったこと”と“キョウが魔力を注いだ”ことにより、自我が生まれ動き始めた。そう、人形に命を吹き込んだのだ。本当にキョウの能力は面倒である。ただ人形を作っただけで完全自律型人形になってしまうのだから。それに、時空移動だってキョウの名前――『時任 響』が原因で起きている現象だ。こまち先生の時代から移動した時、私はそれに気付いてしまったのだ。キョウはまだわかっていないようだが。
「そうだね……『桔梗』、なんてどう?」
『……はぁ』
今ほどキョウと会話できないことが悔やまれる。確かに人形に名前を付けるのは主人であるキョウの役目だ。しかし、安易に名前を付けた結果、『世界が崩壊する』可能性だってある。それほどキョウの能力は影響力が高いのだ。それなのに気軽に名前を付けるなど見ているこっちの心臓に悪い。今回は『桔梗』という綺麗な名前でよかった。花言葉も『誠実』や『従順』。人形――いや、桔梗にはピッタリな名前だ。キョウはなかなかセンスがある。今度、私の名前も考えて貰おうかな。まぁ、そのせいで世界が崩壊したら困るので頼みはしないが。
「私、武器とか持ってません。マスターを守る為の武器を用意してくれると助かります」
名前を貰って喜んでいた桔梗だったが、自分に武器がないことに気付きアリスに相談していた。キョウには私がいるのだから別に武器はなくてもいいのだが、人形として、従者としてそれは許せないのだろう。私もしょっちゅう外に出ていたらキョウを完全な吸血鬼にしてしまいそうだ。私からもお願いしたい。
アリスは少し考えた後、素材を集めて桔梗本人に改造させれば武器を扱えると言った。アリスの傍にいる人形は半自律型人形である。ある程度自分で考えて動くことはできるがやはりアリスの命令がなければ満足に動けないのだ。しかし、桔梗は完全自律型人形。もはや人形などではなく生きている人間だ。だからこそ、操られるだけの人形とは違い、武器を自分で操らなければならない。人間が武器を扱うために訓練するのと同じように桔梗も訓練が必要なのだ。ましてや、人から貰った武器を即座に操れるとは思えない。ならば、最初から自分に合った武器を自分で作ればいくらかマシだろう。後は桔梗の努力次第だ。
「本当に生まれて来てくれてありがとう。これから、よろしくね。桔梗」
「は、はい! マスター!!」
まぁ、この様子だとどんな困難が待っていても桔梗なら越えられるだろう。それが全てキョウのためとなるならば。
じゃあ、私も応援しようではないか。私と桔梗はキョウを守る役目を担っている。いわば仕事仲間。いや、仕事と言うのはいささか気分が悪い。
そう――同じ人を愛した仲間、と言っておこう。私がキョウのために何でも出来るように桔梗もキョウのためなら何でもするだろう。それこそ自分を犠牲にしても。
(桔梗……頑張ってね)
新しく仲間になった桔梗を応援しながら私は目を閉じる。気分はとてもよかった。