「「……」」
小鳥の鳴く声が微かに聞こえる中、何故か僕と霊夢はジッと見つめ合っていた。そして、僕たちの間で気持ちよさそうに眠っている桔梗。霊奈はすでに起きているようで霊夢の背後に綺麗に畳まれた布団が見える。
「「……」」
それにしても何故、霊夢はジッと僕のことを見ているのだろう。まぁ、僕も霊夢と同じように彼女の目を見ているのだが。
「……おはよう」
「……おはよ」
僕の挨拶に対して少しだけ照れくさそうに返す霊夢。挨拶を交わしたことに満足したのか彼女は布団から出てテキパキと畳み始める。僕も桔梗を抱っこして布団から出してから布団を畳む。
「桔梗ってお寝坊さんなのね」
「うん。朝ごはんの匂いを嗅いだら起きるよ」
布団を畳み終えた僕は桔梗を胸に抱き、霊夢の後を追って居間に向かう。
「ねぇ、霊奈はどうしたの?」
「朝の修行よ。よく続くわね。私には絶対無理」
「ふーん」
霊奈は霊夢と違って真剣に修行に励んでいる。博麗の巫女になるために頑張っているのだ。
「だから」
「ん?」
「……だから、朝起きてすぐキョウの顔を見れてちょっと……嬉しかった」
『それだけよ』と言い、スタスタと歩みを早め、最終的に駆け足になって廊下を曲がった。恥ずかしかったのだろう。
「……」
「ふわぁ……あ、まふたー、おはよーございま、すやぁ……」
「まだ朝ごはん出来てないから寝てていいよ」
「はぁーい……」
とりあえず、朝ごはんでも作ろう。居間に桔梗を置いて僕は台所に向かった。
「美味ーい!」「美味しいですー!」
ガツガツとご飯をかきこみながら叫ぶ霊奈と桔梗の湯呑にお茶を注ぐ。やはり美味しそうに食べてくれるのは作る側として嬉しい限りである。
「少し落ち着いて食べなさいよ。喉に詰まらせるわよ」
「「うぐっ」」
「……言わんこっちゃない」
苦しそうに顔を歪めながら湯呑に入ったお茶を飲み、今度はお茶の熱さで騒ぐ2人を見て霊夢はため息を吐く。
「霊夢」
「何よ」
「美味しい?」
「……ええ」
「そっか」
よかった。まだ霊夢から料理の感想を聞いていなかったから不安だったのだ。
「そう言えば、霊奈ってどんな修行してるの? あ、飲み込んでからでいいよ」
僕の質問に答えようとする彼女だったがパンパンに膨れた両頬を見てすぐにそう言った。きっと何を言われてもわからなかっただろう。
「普通に瞑想とかお札投げたりとか結界作ったりとか」
「へぇ」
博麗の巫女は幻想郷を覆っている大きな結界を管理しているらしい。妙に納得してしまった。
「あ、そうだ! キョウ、修行に付き合ってよ!」
「え……いや、そう言われても結界とか作れないし」
「大丈夫! 少し戦うだけだから!」
つまり、模擬戦のようなことがしたいのだろう。確かに個人で練習するのもいいが実践も大切である。
「どうする桔梗」
「私はマスターの指示に従うのみです」
そう言う桔梗だったがちょっとだけうずうずしていた。最近、戦っていなかったし感覚を取り戻すという意味でも戦った方がいいかもしれない。
「うん、なら少しだけやってみよっか」
こうして、僕は霊奈と模擬戦をすることになった。
「よっしゃー、頑張るぞー!」
僕たちの前で霊奈は肩をグルグル回して気合を入れている。因みに霊夢は縁側に座ってお茶を飲みながら審判役をするらしい。
「マスター、どうやって戦います?」
「とりあえず、霊奈の出方を見るために【盾】で行こう」
「わかりました」
頷いた桔梗は僕の右腕にくっ付いて変形し、大きな白黒の盾になった。
「おおー! 桔梗が盾になった!?」
「こっちの準備はオッケーだよ」
驚いている霊奈に声をかけて自分の体を守るように盾を構える。さて、どんな攻撃をして来るのかな。
「よーし! それじゃ行くよー!」
嬉しそうに叫んだ彼女は数枚のお札を取り出し、真上に放り投げる。だが、すぐにお札が霊奈の両手に貼り付いて半透明の鉤爪を形成した。そのまま僕たちに向かって来る。腰を低くして霊奈をジッと観察する。
「せいっ!」
霊奈はジャンプして一気に鉤爪を振り降ろす。冷静にそれを盾で受け止めた。そして、接触した刹那、ドン、という衝撃波が盾から発生し霊奈を吹き飛ばす。
「わっ」
まさか吹き飛ばされるとは思わなかったようで慌てて空中でバランスを取りながら着地する霊奈。すぐに左手の鉤爪を消して懐からお札を取り出し、僕たちの方へ投げた。何となくあのお札から力を感じるので当たったらそれなりのダメージを受けるだろう。でも、桔梗【盾】の前じゃそんな小細工は通用しない。盾を前に突き出すように構えてお札をガードする。当たる度に衝撃波を発生させているので僕には一切衝撃は伝わらない。
「やっ!」
だが、いつの間にか僕の後ろに回り込んでいたのか霊奈がまた鉤爪を振り降ろして来た。今から盾を動かしても間に合わない。すぐに左手で背中の鎌の柄を掴み、鍵爪に鎌の柄をぶつけた。
「【拳】!」
「はい!」
鎌の柄で鉤爪を防御している間に【盾】から【拳】に変形させ、大きな手の指先を霊奈に向ける。そして、指先のハッチが開き――。
「発射!」
――銃弾を1発だけ放った。
「ッ!?」
僕が放った銃弾は霊奈の顔のすぐ横を通り過ぎる。しかし、それだけでも霊奈には十分衝撃的なことだったようで目を丸くして慌てて僕から距離を取った。でも、それは悪手である。
「【翼】!」
背中に桔梗【翼】を装備し、低空飛行で一気に霊奈へ接近して右翼の刃を彼女の喉元に当てた。キラリと右翼の刃が光る。
「はい、そこまで」
霊夢の声が聞こえて右翼を霊奈の喉元から離す。少し怖かったのか霊奈はそのまま尻餅を付いてしまった。やりすぎたかもしれない。
「霊奈、大丈夫?」
「だ、大丈夫……じゃない。すごくこわかった……」
まぁ、銃弾が飛んで来たり刃物を突き付けられたら怖いよね。
「ごめんね」
「う、ううん、霊奈が頼んだんだし! 気にしないで!」
謝りながら手を差し出すとすぐに笑って僕の手を掴んでくれた。嫌われていないようで安心した。霊奈を立ち上がらせて僕たちは霊夢のいる縁側に向かう。
「キョウ、すごいのね。桔梗の変形は聞いてたけどあそこまで戦えるとは思わなかったわ」
「色々あったからね」
「マスターはすごいのです!」
何故か【翼】のままでいる桔梗は嬉しそうに叫ぶ。
「それにしても桔梗ってたくさん変形できるんだね! 他に何ができるの?」
「えっと、【バイク】とか【ワイヤー】とかかな……よく使うのは【翼】だけど」
空も飛べるし翼の刃ですれ違いざまに相手を斬りつけることもできる。機動力、攻撃力共に優れた変形だと思う。
「あの盾は? 霊奈の体ごと吹き飛ばしてたけど」
「あれは桔梗の能力で相手を吹き飛ばしただけだよ。振動して衝撃波を発生させたんだ」
相手の勢いを弾き返すので並大抵のことでは僕に衝撃は伝わらない。まぁ、連続で攻撃されたらすぐに桔梗がオーバーヒートを起こしてしまうのでその点には注意しなければならないけれど。
「卑怯ね……鉄壁じゃない」
「でも、意外にあの盾って重いから霊奈みたいに簡単に後ろに回り込まれるけどね」
あの時、鎌でガードしていなければ負けていたのは僕たちだ。
「今回は負けちゃったけど次は負けないよ! だからまた戦ってね!」
僕たちに負けたのが悔しかったのか気合満々で霊奈が再戦を望んで来た。
「うん。ほどほどにね」
僕の願いは叶わず1日1回、霊奈と戦うことになるのだが、それはまた別のお話。