正直、私は桔梗を見くびっていた。キョウを守るという同じ使命を持った仲間だが、彼女には彼を守る武器がなかった。だからこそ、桔梗が力を発揮するのはずっと後だと思っていたのだ。
しかし、キョウが猪に襲われ、上空に弾き飛ばされた時、桔梗は真っ先に駆け付けた。そして、想いを力に変えて、体を翼に変えてキョウを救った。そう、彼女は武器を手に入れたのだ。『自分の体を変形させる程度の能力』。それが桔梗の力。
「すごいよ! 桔梗!」
それを聞いたキョウも嬉しそうに桔梗を褒めた。しかし、褒められた本人は苦笑いを浮かべている。どうやら、桔梗自身、よくわかっていないので素直に喜べないようだ。変形は自分の意志で出来るが、肝心の『素材を食べて武器を作る』というアリスが施した魔法の詳細は不明である。桔梗自体、奇跡にも近い形で産まれたのでアリスも予期せぬ現象が起きているのだ。
「必ずしもそうとは言い切れないの。確かに変形には何か理由があるんだろうけど、私が施した魔法は……」
そこまで言ったアリスだったが、何かに気付いたようで言葉を区切る。
「どうしたんですか?」
「ねぇ? 今も桔梗に魔力を注ぎ続けてるの?」
「え? あ、はい」
「……キョウ君。今まで、何か変な事なかった?」
「変な、事……」
アリスの質問を受けたキョウは黙ってしまった。
(まぁ、変なことだらけだったものね……)
私が生まれた時点でキョウは瀕死だった。他にもこまち先生に鎌の使い方を教わったり、今にも消えてしまいそうな女の子と再会の約束をしたり。キョウも私と同じことを思い出したのかアリスに今まであったことを簡潔に教えた。
「……ここに来る前に誰かに会った?」
キョウの話を聞いたアリスは少し驚きながら更に質問を重ねる。
「はい。色々な人に助けて貰いました」
「名前、言える?」
「えっと……美鈴さん、レミリアさん、パチュリーさん、フランさん。こまち先生ですかね? 小さい女の子は名前、聞けませんでした」
「つまり、紅魔館には結構、滞在してたのね……え? 咲夜は?」
「さ、くや?」
聞き覚えのない名前だった。まぁ、私の場合、産まれてすぐ紅魔館を離れてしまったのでさくやという人があの場所にいなかっただけかもしれないが。
「ほら、紅魔館のメイド長よ」
「メイド長? いえ、さくやさんって言う人はいませんでしたけど……」
しかし、キョウも知らないようで戸惑いながら首を横に振る。
「どういう事……それにこまち先生って人に鎌を習ったのよね?」
「は、はい……」
「その人、急に遠くに行ったり近くに来たりしなかった?」
「しました!」
「なら、小町で間違いないわね……でも、確か小町は鎌を使えなかったはず。それって……いやでも、あり得ない」
アリスは何かに気付いたようだが、自分でそれを否定していた。だが、おそらく彼女の推測は合っている。さすがに私も気付いた。
『キョウは……時間跳躍をしている』
魂の中で私の声が響く。
さくやというメイド長の有無。こまち先生の鎌修行。変わる景色。
これらのことからキョウはアリスから見て過去の紅魔館に行き、未来のこまち先生に鎌を習った。これなら全ての辻褄が合う。景色の変化も未来から過去、過去から未来に行けば変わるに決まっている。あの石に付着した苔が少なくなっていたのも納得がいく。何より、あのこまち先生の意味深な言葉。私やキョウを知っていたような口ぶりの説明もできるのだ。
そして――私はその原因を知っている。
「私の推測なんだけど……キョウ君には『時空を飛び越える程度の能力』があるかもしれない」
冷や汗を掻いているとアリスが自分の考えを述べた。それを聞いたキョウと桔梗は驚きのあまり、叫んでしまう。
だが、アリスの推測は少しだけ違う。『時空を飛び越える程度の能力』などという陳腐な能力ではない。『時空を飛び越える程度の能力』はただの派生。『時任 響』という名前から生まれた能力なのだ。私自身、キョウの本当の能力は知っていた。いや、インプットされていたと言うべきか。私が産まれた時点ですでに私の知識として脳に刻み込まれていた。
『でも……まさか名前だけで』
正直、名前だけで時空を飛び越えてしまうほどの能力が生まれるとは思わなかった。だからこそ、私は恐怖している。もし、悪い奴がキョウの能力を利用とすれば――簡単に世界の常識が変わる。下手をすれば滅んでしまうかもしれない。それほどキョウの能力は影響力がある。それも簡単に派生能力が生まれてしまう。それ以上にキョウ自身、自分の能力の危険性に気付いていないことはおろか、能力の存在そのものを知らないことが一番危険だ。自分の能力を熟知していないと暴走した時に対処できないのだから。
(問題は私もキョウの能力についてわからないことだらけってところね)
キョウが自分の能力に気付いていなくても入れ替わって対処すればいい。しかし、私がわかっていることはキョウの能力名のみ。その能力名から色々推測出来る。だが、確証のない対処法はただの賭け。それはキョウを守ると誓った私が許さない。
『さて、どうしようかしら』
ただの戦闘ならばキョウが負けたとしても私が代わりに戦えば十中八九、勝てるだろう。だが、キョウの能力を利用しようとした場合、入れ替わったとしても上手く回避できるとは思えない。何か確実な対処法を考えなければ。
「その魔術師は時間を操作して過去に起きた事をなかった事にしようとしたの。言い換えれば、過去の改変ね。でも、キョウ君は時間旅行よ」
その時、アリスの言った言葉が気になった。時間旅行。それは一体、どういう意味なのだろう。
「言い換えれば、“キョウ君がその時代にやって来る事は改変ではない”って事。未来からしたらキョウ君が過去の紅魔館に行ったのも、未来の小町に鎌を習ったのも、小さな女の子に会ったのも、ましてやこうやって私がキョウ君の能力に気付いたのも“過去の出来事”。未来から操作されたわけではないの」
「「???」」
キョウと桔梗はアリスの説明を聞いてもわからなかったようだが、私には理解出来た。つまり、キョウの時空移動はイレギュラーではないということだ。アリスの言葉を借りるならキョウの時空移動は歴史。時空移動した先でキョウがしたこと、考えたこと、与えたこと。それら全てが歴史の一部であり、起こらなければならない現象なのだ。
(……それって)
不意に私は思い当たってしまった。
キョウの魂に私が存在していることも必要なのだろうか。私の存在はキョウにとってイレギュラーではないのだろうか。
そう考えたら少しだけ気持ちが楽になった。ずっと、思っていたことだから。いつか私の存在がキョウの邪魔になるのではないか、と。私の存在に気付いた彼から拒絶されるのではないか、と。
だが、少なくとも今は――今だけはここにいてもいい。そう言われたような気がした。たったそれだけで私は安心してしまう。ちょっとした精神安定剤となる。そして、再び心に誓った。キョウの能力を狙う奴がいたら何としてでも排除する、と。
「っ!?」
『え、何!?』
すると、いきなりキョウの体から光が漏れ始めた。“初めて”見る光景に目を丸くしてしまう。
「あ、アリスさん!? き、来ます!」
「え?」
「時空を飛び越える前兆が起きたようです! もし、アリスさんの推測が正しかったら、また僕は別の時代に行っちゃいます!」
「「『ええ!?』」」
キョウの言葉に私たちは同時に叫んでしまった。この光が時空移動の兆候らしい。それを知っていると言うことはこの光をキョウは見たことがあるのだろう。しかし、私は今初めて光を見た。これもキョウの能力のせいなのだろうか。よくわからないけれど、頭の隅に置いておこう。
「アリスさん、本当にありがとうございました」
「いいえ、私も君に会えてよかった。完全自律型人形にも会えたし。桔梗も頑張ってマスターを守ってあげるのよ?」
「もちろんです! アリスさん、マスターに私を作る機会を作ってくださってありがとうございました!」
時空移動の準備が整い、アリスにお礼を言ったキョウと桔梗。私もアリスには感謝していた。キョウの友達を作る機会を与えてくれたこと。私に希望の光を見せてくれたこと。何より、私がこれからやるべきことを教えてくれた。
「じゃあね。二人とも」
笑顔を浮かべてお別れを言うアリスに見送られながら私たちは時空を飛び越えた。
トランキライザー:精神安定剤