午前11時。望たちが通う高校の文化祭が始まる時間だ。しかし、その時刻になっても俺たちは校内に入らず、近くの路地にいた。
「さて……とりあえず、皆すまん」
頭を下げた俺に対して皆、苦笑を浮かべるだけだった。高校に着いたのはいいが、校門前で文化祭が始まるのを待っていた人たちが俺に気付き、騒ぎ始めたのだ。危うく、警察にお世話になるところだったが、その前に俺たちは校門前から離れ、この路地に逃げ込んだのだ。
「それにしてもどうする? 俺も失念してたけど、お前が校内に入った瞬間、さっきの騒ぎよりも大きくなるのは間違いない。下手すると文化祭そのものが中止になる」
「さすがにそこまで……いや、ありえるのか」
否定しようとするが皆の目が突き刺さり渋々、頷く。実際、問題になりかけたので強く出られなかったのだ。
「まぁ、方法はある」
「そんな簡単に解決できるの? 変装しても響から溢れるカリスマ力の前じゃ無意味だよ?」
俺の言葉を聞いて怪訝な表情を浮かべる霊奈。後、溢れるカリスマ力とは何なのだろうか。
「溢れるカリスマ力に関しては触れないでおくけど……変装って言うより、魔法を使って俺を別の姿に見せるんだよ」
そう言いながら変化の魔法を使う。ただ、この魔法の問題点は俺の知っている姿にしかなれないこと。しかし、ここにいる人はもちろん、学校にいる望たちの姿にはなれない。かといって幻想郷の住人に変化して向こうの世界を知っている人に出会ってしまったら面倒なことになる。だからこそ――。
「ッ!?」
変化した俺の姿を見て母さんが驚愕する。俺は今、病死した父さんの姿になっているからだ。
「母さん、ごめん。父さんしか変化できる人がいなかったんだ」
「……ううん。気にしないで。久しぶりにあの人の話す姿を見れて嬉しいから」
「ありがと。それじゃ、行こうか」
少しだけわくわくしている自分に苦笑しながら俺たちは路地を出た。
俺たちが卒業したと言ってもまだ2年ほどしか経っていないので校舎内にさほど変化はない。まぁ、それに関してはこの前、開催されたファンクラブのイベントで知っていたのだが。しかし、文化祭となれば校内の雰囲気も普段と変わり、とても賑わっている。
「お、響。見てみろよ。霊夢のコスプレしてる人がいるぞ」
いくつかの店を見て次、どこに行こうか話していると悟が霊夢のコスプレをしている人を指さす。因みにここにいるのは俺と悟、奏楽の3人。霊奈とリーマ、弥生は先ほど寄ったクラスにまだいる。丁度、生徒たちが作った衣装を使ってファッションショーを開くそうで残ったのだ。母さんとドグ、擬人モードの霙(路地で擬人モードになった。俺の変化の魔法を応用して耳と尻尾は隠した)は途中で合流したリョウと一緒に別行動している。何故か奏楽は俺と悟と一緒に行くと言って聞かず、悟に抱っこされていた。
「へぇ。初めて見たわ」
「高校最後の文化祭で俺たちが披露した出し物のおかげで『東方project』も一気に有名になったって噂だからな。映像は残ってない……と言うか、紫が消したみたいだけど」
「こっちで『東方project』が有名になればなるほど幻想郷に迷い込む人も増えるしな」
博麗大結界は常識と非常識を隔てる結界。しかし、幻想郷が常識となってしまったら色々な問題が起こってしまうだろう。わざとオカルト方面の力を世間に晒し、手品だと思わせることもできるがやり過ぎに注意しなくてはならない。
「おにーちゃん、悟! あっち行きたい!」
悟の頬をぺちぺちと叩きながら奏楽。楽しそうにしている彼女を見て俺と悟は笑い合った後、奏楽が指さす方へ向かった。
「……」
午後12半。そろそろお昼ご飯を食べようと別行動している皆に連絡を取るがお昼時と言うこともあってかなり混んでいる。10人でまとまって一つの場所でお昼を済ませるのはお店側に迷惑をかけてしまいそうだ。なので、お昼は別々の場所で済ませることにした。したのだが。
「なぁ、奏楽。ホントにここで食べるのか?」
「うん!」
「……」
俺たちは今、望たちのクラスの近くにいる。お店の名前は『音無響喫茶』。そのまんまであった。チラリと中を覗くと黒板に俺をデフォルメしたようなちびキャラがたくさん書かれている。問題は行列ができていることか。望たちのクラスメイトらしき女子生徒が『ただいま1時間待ち』と書かれた看板を持って行列が他の人の邪魔にならないように大声を上げて整理していた。
「どうする? かなり待つみたいだけど」
キラキラと目を輝かせている奏楽を抱っこしている悟に問いかける。俺としてはあまり入りたくない。望たちのお店だとしても半分、見世物にされている本人がここに入るのはいささか勇気がいる。
「……くくく」
いきなり悟が笑い始めた。何か思いついたらしい。だが、唐突に笑うのは気持ち悪いから止めて欲しい。
「悟、きもーい!」
「きも……い、いや! そんなことより、響。面白いこと思いついた。協力してくれ」
奏楽に笑顔できもいと言われ、ショックを受けたような顔をした彼だったがすぐに俺に向かってニヒルな笑みを浮かべながらそう言う。
「別にいいけどきもーい」
「きもーい!」
「……奢るんで勘弁してください」
今日のお昼代が浮いた瞬間だった。
「で、これがお前の思い付いた面白いことか」
「おう、サプライズサプライズ! 後はお前のカリスマ力に任せた!」
「……カリスマ力ねぇ」
俺のカリスマ力がどれほどなのかはわからないが、とりあえず気持ち悪い笑みを浮かべている幼馴染の言葉を信じてみよう。
「おにーちゃん、暗くない?」
未だ悟に抱っこされている奏楽が少しだけ心配そうに俺を見ていた。そんな姿を微笑ましく思いながら彼女の頭を撫で、前を向く。そこは望たちの喫茶店『音無響喫茶』の入り口。行列に並んでいる人たちは俺たちを見て何事かとひそひそ話をしていた。まぁ、無理もないか。
「あのー、お客様? 申し訳ありませんが列に並んでいただけますか?」
看板を持った女子生徒が訝しげな表情を必死に隠そうとしながら話しかけて来る。
「いやー、申し訳ない。俺はこういう者でして」
それに対応したのは悟だった。そう言いながら公式ファンクラブの会員証を女子生徒に見せる。
「は、はい……ッ!? こ、公式ファンクラブ会長!?」
確か公式ファンクラブカードは偽造できないように色々と仕掛けを施されているらしい。もちろん、カードを作っているのは『O&K』。
「いやはや、響を題材とした喫茶店があると聞いて様子を見に来たしだいで。繁盛してますねー」
「あ、あの! これはっ」
「ああ、大丈夫大丈夫。響本人の許可を得てるのは知ってるから」
パニックを起こしかけている女子生徒を落ち着かせようとする悟。まぁ、パニックを起こしてもおかしくない。ファンクラブを立ち上げた人が目の前にいるのだから。
「お店に入る前に責任者の人とお話しようかなって思ったけど……混んでるみたいだから俺たちも並ぼうか」
「ちょっとお待ちください! 今、色々と確認して来ますのでえええええ!」
行列に並ぼうとするが女子生徒は急いで教室の中に入った。
「さて、これで雅ちゃんが出て来てくれればいいんだけど……お」
悟の呟きが天に届いたのかウェイトレス姿の雅が先ほどの女子生徒を引き連れて教室から出て来る。そして、俺を見た瞬間、顔を強張らせた。
「ちょっ!? なんで!?」
「雅ちゃん、それ以上はいけないよ。さて、責任者さん? 多分、色々とわかったと思うけど……どうする?」
「……はぁ。こっちにも事情があるんだからね? 色々利用させて貰ってもいい?」
「最初からそのつもりだってば。な?」
確認するように俺に向かって聞く悟。黙って頷く。
「それじゃこの喫茶店の責任者である尾ケ井 雅がお店を案内します。こちらへ」
雅の後を追って俺たちは教室の中へと入る。しかし、そんな俺たちを見て行列に並んでいた人たちが文句を言い始めた。横入りされたからのだから怒るのも仕方ない。
「……ちょっと行って来る」
さすがにこのまま放っておくのはお店の迷惑になってしまうため、悟と奏楽に一声かけて行列の方へ向かう。いきなり、俺が近づいて来たので行列に並んでいた人たちは警戒し始める。
「えっと、横入りしてすみません。ですが……事情があって」
そう言いながら被っていたフードを行列に並んでいる人たちに見えるように少しだけ脱ぐ。そこでやっと俺の正体がわかったのか彼らは目を丸くした。
「おっと、静かに。続きは教室の中で」
しーっと口に人差し指を当てながらウインクする。あまりこういうことはしたくないが、効果はあったようで行列の人たちは黙って頷いてくれた。フードを深く被り直し、教室の前で待っていてくれた悟たちの元へ戻る。
「手慣れたもんだな」
「できればやりたくないけどな……それじゃ行くぞ」
雅を先頭に教室の中へ突入した。
「おー!」
奏楽が楽しそうにキョロキョロと教室の中を見回している。教室の中は意外にも落ち着いた雰囲気だった。
「……もっとべたべた写真を貼ってるかと思った」
「そんな下品なことしないって。ここは響のファンクラブに入ってる人たちが楽しくお喋りする場所でもあるんだから。あ、ここに座って」
俺の呟きが聞えたのか苦笑いを浮かべて説明する雅。感心しながら雅に指定された椅子に座った。丁度、教室の真ん中に位置するテーブルである。パーカーのフードを深く被っているからかまだ俺が響だと周囲の人にはばれていないようだ。奏楽は悟の膝の上に座った。
「こちらがメニューとなっております」
雅からメニューを受け取って開く。
「……」
感心した俺が馬鹿だった。ケーキセットや紅茶セット、サンドウィッチセットなど色々なセットメニュー。それに加え、単品でも頼めるようでわかりやすく書かれていた。だが、問題は特典。
「おい」
「何でございましょうか、お客様」
「お前ら外道か?」
「特典には限りがございますので抽選になります。抽選権は500円ごとに1枚お渡ししますので頑張って響様の秘蔵写真を当ててください」
そう、まさかの抽選だったのだ。倍率はそこまで高くないみたいだが、さすがにこれは酷い。もはやソシャゲのガチャだ。
「……とりあえず、サンドウィッチセット3つ」
「私、ケーキ食べたーい!」
「あ、俺も」
「……食後にショートケーキ3つ追加」
まぁ、ここの支払いは悟だから俺も頼もう。
「かしこまりました。では、続きは通信で」
丁寧にお辞儀をした雅はそのまま黒幕で隔てられた裏へ引っ込む。
『響。それじゃ続き話すけどいい?』
(ああ、大丈夫だ)
『いやー、最初どうなるかと思ったけど……少しわくわくして来た』
(……俺も)
さて、どんな風にここにいる人たちを驚かせようか。
響さんのカリスマ力:だいたいの人をウインク一つで従わせられます。