東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第330話 楽しい時間の最後

『みなさーん! こんにちはー!』

 午後12時45分。黒板の前でマイクを持った(混乱が起きた時のために用意していたらしい)雅が大きく手を振る。何事かとお客たちは雅に注目し始めた。

『えー、まずは音無響喫茶に来ていただいて誠にありがとうございます! 話は変わりますが、響様の写真は抽選でのみ獲得できます。しかし、皆様もお察しの通り、当たる人もいれば当たらない人もいます。そこで! この場にいる皆さん、そして外で待っているお客様のみビッグチャンス! 響様の写真を賭けたジャンケン大会を開きたいと思いまーす! 外で待っているお客様にはすでに整理券を配布しており、じゃんけん大会が終わった後でも再び列に並んでいただければ優先して入店できますのでご安心を。ですが、さすがに全員は教室に入れませんので整理券を持っている人のみ、教室に入ってくださーい。あ、押さないでねー。ウェイトレスさんの指示に従ってねー』

 雅の言葉を聞いたお客さんは嬉しそうにウェイトレスさんの指示に従って教室に入って来た。どうやら、整理券は有限のようで配られなかった人たちは悔しそうに教室の中を覗いている。まぁ、行列に並んでいた人は俺の存在を知っているのでこの後の展開が読めているのだろう。

『これで全員かな? はい、オッケーみたいですね。さて、それではさっそくジャンケン大会の方を――と、言いたいところですがー! ここで特別ゲストの登場でーす! どうぞー!』

 笑顔で叫んだ雅の言葉を聞いて俺は席から立ち、雅の隣に移動する。まだフードを被っているので最初から教室の中にいた人たちと雅を除いた望たちのクラスメイト(クラスメイトにも俺の存在を教えていなかった)は不思議そうな表情を浮かべていた。

『それでは自己紹介をお願いします』

 俺にマイクを向ける雅は口元をひくひくさせて笑うのを堪えていた。

『……えー、皆さんこんにちは。音無 響です』

 そう言いながら俺はフードを脱ぐ。一瞬だけ教室の中が静まり返り、目の前に俺がいると認識したのかここにいる全員が口を開け、悲鳴を――。

 

 

 ――パンッ!

 

 

 ――あげる前に俺は手を一回だけ叩いた。たったそれだけでお客さんや生徒たちは黙ってしまう。別に難しいことをしたわけではない。ちょっとだけ音に霊力を乗せただけだ。お呪いに近いだろう。こちら側を知っていたり、俺に何も関心が無ければ効かないほど弱いお呪いだが、幸いか不幸か。ここにいる人たちは俺のファンである。この場を支配することなど造作もない。

「他の人に迷惑をかけちゃうから静かに、ね」

 黙りこくっている皆に見せつけるように人差し指を唇に付けながら注意する。今、騒げば先生たちに目を付けられてしまう。下手すれば営業停止を命じられるだろう。

『さて……改めまして、音無 響です。えっと、何だか気恥ずかしい話ですが、こうやって皆さんと一緒にイベントに参加できて嬉しいです』

『と、いうわけでスペシャルゲストはこの喫茶店のテーマというか目玉と言いますか……音無 響さんです。皆さん、拍手ー!』

 雅の合図で割れんばかりの拍手が教室に響き渡る。まぁ、これぐらいなら大丈夫だろう。頭を下げて挨拶しておく。

『さて、短い間ですが、響様と一緒に盛り上がって行きたいと思います』

『なんかお前に様付けされるの慣れないな……』

『だって、しょうがないでしょ! 付けないと怒られるんだから!』

『怒られるの!?』

『とにかく文化祭の間は様付けるからね!』

 俺と雅のやり取りが面白かったのかお客さんたちは笑顔を浮かべている。まあまあの滑り出しだ。

『それじゃさっそくじゃんけん大会をして来たいと思います! もちろん、じゃんけんをするのは響様! さぁ、響様を倒して響様の写真を手に入れるのは――』

『――あ、ちょっとストップ』

『ちょ、いきなり止めないでよ……どうしたの?』

『写真をプレゼントしたら抽選の倍率上がるんだよな? 数、減るんだし』

『まぁ……数に限りがあるから』

 何だかそれは申し訳ない。せっかくお金を払って貰っているのに景品なしはあまりに可哀そうだ。

『俺にじゃんけんで勝ったら一緒に記念撮影をしてそれを渡すってのはどう?』

 俺の提案を聞いたお客さんたちは歓喜の声を漏らした。

『私たちからすれば願ってもない提案だけど……いいの? あんまりこういうの得意じゃないでしょ?』

『まぁ、せっかく来てくれたんだし。今日ぐらいは、ね』

 悟に視線を向けると腕を組んだまま、頷いてくれる。ファンクラブの会長の許しも得た。奏楽も嬉しそうに拍手しているし。

『えっと……それではちょっとルール変更! じゃんけんに勝った人は響様とのツーショット写真をゲットできます! 何人くらいまでオッケー?』

『そうだな……じゃあ、10人かな』

『では、皆さんツーショット写真をゲットできる10人になれるよう頑張ってくださいね! 準備はいいですかー?』

 雅の掛け声に歓声を上げるお客さんたち。だが、俺とのツーショット写真がそんなに欲しいのか、少しギスギスした空気が流れていた。これはちょっとよろしくない。ちらりと雅にアイコンタクトを送ると彼女も俺と同じことを思っていたのか頷いてくれた。これぐらいなら式神通信を使わなくても意思疎通できる。

『あ、生徒さんたちもどうぞ。じゃんけんに入っていいですよ』

『じゃあ、私も』

『お前は司会に集中しろ』

『あだっ!』

 空気を変えるためにちょっとしたコントを披露。その甲斐あってギスギスした空気は一瞬にしてなくなった。

『では、行きますよー! 勝った人だけ残ってくださいねー。あいこか負けた人はその場にしゃがんでくださーい! それじゃ、響様お願いします』

『はーい。あ、俺最初グー出すので皆さん、チョキ出してくださいね』

『おっと、いきなり心理戦になったぞ! 響様のお願いを聞くのか、それとも自分の欲望を優先するのか!』

『最初はグー! じゃんけんポンっ!』

 宣言通り、グーを出す。

『あいこと負けの人はしゃがんでくださーい……って、全員チョキなんだけど』

『なんかごめん。そして、ありがとう』

 まさか全員負けてくれるとは思わなかった。逆に申し訳なくなる。

『はーい、やり直しー。響様、もうお茶目はなしでお願いしますね』

『へいへい。それじゃもう一回行きますよー。最初はグー。じゃんけんポンっ!』

 こうして、急遽開催されたイベントは大いに盛り上がった。最初どうなるかと思ったが、こういうイベントをやるのも悪くないかもしれない。

「おにーちゃん、だっこ!」

「……お前、じゃんけん強いんだな」

 最後まで勝ち残ったのが奏楽だったのには驚いたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後1時半。無事にイベントも終わり、俺は独りで校内を歩いていた。あの後、はしゃぎ過ぎたのか元々寝不足だった奏楽はちょっとだけぐずり始めたのだ。そのため、『音無響喫茶』の控室を借りてお昼寝中である。イベントのおかげで更に客足が増えたからか、雅たちが快く貸してくれて助かった。まぁ、寝ている間も悟の服を掴んで離さなかったせいで悟も控室に残る羽目になったが。もちろん、変化の魔法を使って父さんに変装中である。

「あ、お兄さん」

 その途中で不意に声をかけられた。振り返ると柊の友達である星中 すみれの姿。

「……よく俺だってわかったな」

「目はそれなりにいいから。変装上手いね」

「ちょっとした特技だよ……ん?」

 すみれの後ろに誰かいることに気付き、覗き込む。

「あ、あわわ……」

 何故か奏楽の友達であるユリちゃんがいた。きょーちゃん人形を力いっぱい抱きしめながらパニックを起こしている。やはりちょっと変な子だ。

「もうユリったら……妹ったら人見知りが激しくて。ほら、ユリ。挨拶は?」

「あ、あの! あの、こ、こんにち……こん、こおおおおおおおお!」

「……はぁ」

 このままではユリちゃんが壊れてしまいそうなので変身を解く。もちろん、人払いの結界を貼った後でだ。人払いと言っても俺たちに注目しなくなるタイプの結界だ。まぁ、俺が一歩でも動けば壊れてしまうような弱い結界なので普段は使えないが。

「あ、あれ……響、さん?」

「おう、久しぶり。ユリちゃん」

「知り合いだった?」

「うちに住んでる子と友達みたいでずっと前に遊びに来たことがあるんだよ。奏楽って子なんだけど」

「あ、ああ! あの子ね! どこかで見たことがあると思ったらユリの友達だったんだ!」

 あの誘拐事件の時は世間話をしている暇などなかったからしょうがないとはいえ、まさかユリちゃんがすみれの妹だとは思わなかった。

「あれ、あれれ? でも、さっきおじさんがいたのに……響さんになって。あれ?」

 まぁ、当の本人は絶賛混乱中だが。どうしたものか。

「ユリちゃん」

「は、はい!?」

「実は俺、魔法使いなんだ」

 とりあえず、遊んでみよう。この子の反応は一々面白いからついいじってみたくなってしまう。昔の俺ならこんなこと考えもしなかったが、雅をいじりまくった弊害かもしれない。

「やっぱりそうなんですか!?」

「やっぱりってそう思ってたの!?」

 しかし、彼女の反応は予想外だった。

「だって、空とか飛んでたじゃないですか!」

「あれはそう言うマジックで……」

「それに響さんの美しさは魔法って説明された方が納得できます! どんな魔法なんですか!? やっぱり、血とか飲むと永遠の美貌が手に入るとかそんな感じなんですか!?」

「……なんかごめんなさい。この子、お兄さんの大ファンで」

「いや……俺も悪かった」

 俺の顔が女っぽいのは吸血鬼の血が混じっているのが原因なので『血』という点に関しては見事に的を射ている。ユリちゃんは勘の鋭い子なのかもしれない。

「――ッ」

「ん? どうしたの、お兄さん」

 すみれは少しだけ訝しげな表情を浮かべながら問いかけて来る。

「……いや、何でもない。あ、そうだ。今、奏楽は『音無響喫茶』の控室で寝てるから遊びに行ったらどうだ? ユリちゃんも奏楽と一緒に回りたいんじゃないか?」

「え? 奏楽ちゃんも来てるんですか!? はい、一緒に回りたいです!」

「なら、行っておいで。悟って奴も一緒にいるから」

「お兄さんは?」

「……俺はちょっと用事が出来たからそろそろ帰るよ。悟に帰ったって伝えておいて」

 何か言いたげだった彼女だったが、俺の目をジッと見た後、渋々と言った様子で頷いてくれた。それでいい。名残惜しそうに俺に向かって手を振るユリちゃんを見て苦笑を浮かべた後、振り返った。

「これでいいのか?」

「うんうん、いい判断だね。もし、一緒にいたら……きっと私に殺されてたから」

 振り返った先にいたのはニコニコと笑っている幼女。着物を着ており、その姿は現代の日本に全くそぐわない。まるで日本人形のような恰好だった。

「それじゃ行こうか。ついて来て」

「……その前に変身魔法使っていいか?」

「あ、大丈夫大丈夫。お前の姿も周りの人には見えてないから」

 ニシシと笑う彼女。

「……喰えない奴」

「そういう妖怪なもので。ニシシ。さぁ、行こうか」

 そう言って幼女は歩き始める。彼女にぶつかりそうになった人々は操られるように左右に避けた。俺の時も同じように避けていく。不気味だ。何もかも。

「ほら、早くおいで。じゃないとここにいる人たち、全員殺すよ」

「……わかった」

 どうやら、楽しい時間はここまでのようだ。ため息を吐いた後、俺は彼女の後を追いかけた。

 


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