東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第331話 修行の日々

「よっ」

 3枚のお札を適当に置かれた大きめの石に向かって投擲する。3つの内1つだけ当たった。それを見ながら懐から追加で2枚のお札を取り出し、木に向かって投げる。今度は2枚とも命中。最後に両手に3枚ずつ持って霊力を先ほどよりも多く流し、追尾効果を付加して真後ろに放る。すると、追尾効果によりお札たちは何かに導かれるように岩の上に――右手首に白黒のリングを装備している“霊夢”に向かっていった。

「はい、不合格」

 向かって来るお札を見てため息交じりに呟いた彼女のすぐそばを6枚のお札は通り過ぎる。そのまま草むらの向こうへ消えてしまった。

「あちゃー……」

「ここまでにしましょう。そろそろ朝ごはんの時間だし」

「うん、わかった」

 岩から降りた霊夢に駆け寄り、霊夢から反省点を指摘されながら神社に向かう。霊夢曰く、霊力の流し込みが甘いらしい。そのせいで追尾効果も弱くなってしまい、霊夢に当たらなかった。

「私が桔梗【盾】を使うことになるのはいつになるのかしらね」

「そんなのすぐに決まっていますよ! 今に見ていてください!」

 霊夢の皮肉に白黒のリングに変形している桔梗が反論する。もし、お札が霊夢に命中したら危ないのでそれを防御して貰うためにリングに変形していた。修行を始めた頃は霊夢の傍にいただけだったが、2日ほど前に輪っか状の鍋敷きを食べた結果、リングに変形できるようになり、霊夢がそれを装着することになった。その方が桔梗【盾】を展開しやすいのだ。

「桔梗の期待に応えられるように頑張るよ……でも、なかなか難しいね」

「まぁ、1週間でここまでできるようになったのは純粋にすごいとは思うけど実戦で使えるかって聞かれたらすぐに否定するレベルね」

 肩を落としている僕を見てフォローしようとしたのか今の僕のレベルを教えてくれた霊夢だったが、余計悲しくなってしまった。もっと上手くならないと。

「あ、霊夢ー! キョー! お腹空いたー!」

 神社が見えて来た頃、僕たちの帰りを待っていた霊奈が縁側に座りながらブンブンと手を振る。それを見て僕と霊夢は顔を見合わせ、苦笑しながら神社へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕と桔梗が博麗神社に来てからすでに1週間が経つ。だが、まだそれだけしか経っていないのかと少しだけ吃驚するほどこの1週間は忙しかった。

 博麗のお札が使えるとわかった後、霊奈にお札の修行に付き合って欲しいとお願いしたのだが、自分の修行で精いっぱいだと言われて断られてしまったのだ。念のために霊奈の1日のスケジュールを聞いたところ。

『朝起きたら修行! 朝ご飯食べたら修行! お昼ご飯食べたら修行! 晩御飯食べてお風呂入って寝る! あ、そうだ。お昼ご飯の後、組手頼める? キョウと戦えば実戦経験積めそうなの!』

 逆に組手を頼まれてしまう始末。組手をするのはいいのだが肝心のお札の修行ができない。じゃあ、どうしようかと悩んでいたら霊夢が仕方ないと修行に付き合ってくれることになった。付き合ってくれるとは言ってくれたがまずは止まっている的に当てることと博麗の巫女特有の技能『追尾』を覚えてから本格的な修行をするらしい。しかし、その二つでも今の僕じゃ満足にできなかった。しかも、壁にぶつかっているのは僕だけじゃない。

「あ、当たらないよぉ!」

「あはは……」

 涙目になって鉤爪を振るう霊奈。それを苦笑しながら桔梗【翼】でホバリングしつつ、ひょいひょいと回避する。たまに振動を使って左右にロールすれば――。

「あ、あれ!?」

 ――いきなり目の前から消えたと錯覚する。そのまま驚愕している彼女の後ろに回り込んで覚えたてのお札を投げた。お札から漏れる霊力を感じ取ったのか慌てて振り返った霊奈は鉤爪を振るい、お札を弾く。それを見ながら桔梗【拳】を装備して手首からワイヤーを伸ばした。ワイヤーは霊奈の鉤爪に引っ掛かり、思い切り腕を引いて霊奈のバランスを崩す。

「あ、あわわっ……」

「はい、おしまい」

 前のめりに倒れそうになった霊奈を桔梗【拳】で受け止めた。

「あー……また負けちゃった」

 僕が敵だったら桔梗【拳】で殴られていたと察したのか彼女はため息を吐く。霊奈は僕と組手をしてから僕を倒すことを目標にしているらしい。

「何で負けちゃうんだろ……」

 だが、手札が多い僕に翻弄されてしまい、未だに攻撃を当てられたことがなかった。それが悔しいのだろう。

「んー……霊奈は鉤爪とお札しか攻撃手段がないから対策立てやすいんだよ。鉤爪で攻撃して来たら翼とかワイヤーで躱せばいいし。お札を投げて来たら盾で防げばいいから」

「むぅー。新しい技か……うん、頑張ってみる!」

 まぁ、霊奈は前向きな子だからきっとすぐに僕を驚かせてくれるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にも日課が増えていたりする。

「……おはよう」

「……おはよ」

 目を覚ましたすぐ後の霊夢との朝の挨拶だ。寝る時は天井を見ているのだが、朝起きてみれば必ずと言っていいほど僕たちは向かい合って寝ている。それに加え、ほぼ同時に目を覚ますので最初に目にするのは霊夢の寝惚けた顔なのだ。一度だけ霊夢にこのことについて聞いてみたが、彼女も不思議そうに首を傾げていた。まぁ、問題はないので放っておくことになったがちょっとだけ照れくさい。少し前まで朝の挨拶をすることなんてなかったから。

「ねぇ」

「ん?」

「……何で手、繋いでるの?」

「……さぁ?」

 霊夢の指摘で彼女と手を繋いでいることに気付いたが、その原因は当事者である僕たちでもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桔梗」

 そんなことがあった夜、僕はテーブルの上でゴロゴロ転がって遊んでいた桔梗を呼んだ。

「はい、何でしょう?」

「新しい服ができたから試着してくれる?」

「ホントですか!? ありがとうございます!」

 嬉しそうに飛び回る桔梗を捕まえて新しい服を渡した。ニコニコ笑いながら受け取った彼女だったが、すぐに首を傾げる。

「あれ、これメイド服じゃありませんよ?」

「今回は嗜好を変えてみたんだ。どうかな?」

 ここで暮らし始めて毎晩のように服を作っていたのですでに桔梗の服は4着目。しかし、完成させた服は全てメイド服だったので別の服を作ってみようと思ったのだ。

「私のためにそこまで……感謝の言葉で喉が詰まってしまいそうです!」

「もう大げさだなー」

「では、さっそく着て来ますね、と言いたいのですが……巫女服の着方がわかりません」

 そう、今回作ってみたのは巫女服なのだ。巫女服にした理由は単に僕たちが博麗神社で暮らしているからである。

「しょうがないわね、教えてあげるわ」

 そんな僕たちをお茶を飲みながら見ていた霊夢が湯呑を置いて立ち上がった。

「ありがとうございます、霊夢さん。よろしくお願いします」

 丁寧にお辞儀をした後、霊夢の後を追う桔梗。因みに霊奈はお風呂に入った後、すぐに寝てしまうので寝室にいる。霊奈が桔梗の巫女服姿を見るのは明日になりそうだ。

「お待たせ」

 散らかっていた布を集めていると霊夢が戻って来る。だが、肝心の桔梗の姿はない。

「あの、どうでしょう?」

 そう思っていると霊夢の後ろから桔梗がおそるおそる出て来た。メイド服以外の服を着るのは初めてだったので自信がなかったようだ。

「うん、似合ってる。可愛いよ」

 霊夢たちが着ている巫女服を参考にしたかいがあったのか桔梗の巫女服姿は様になっていた。サイズも合っているようで直さなくてもいいみたい。

「あ、ありがとう、ございます……」

 褒められた桔梗は顔を真っ赤にして霊夢の後ろに隠れてしまった。もっと見ていたいのだが、巫女服に慣れていないからか恥ずかしいらしい。

「本当に裁縫が得意なのね」

 キャーキャー言っている桔梗から目を離した霊夢が呆れた様子で呟く。

「まぁね。あ、巫女服見せてくれてありがとう。そのおかげで素敵な服ができたよ」

「それほどでも……まぁ、博麗の巫女服は別なんだけどね」

「別?」

 何か特別な装飾でもあるのだろうか。それなら是非見てみたい。

「……それはいいとして今日はもう寝ましょ? 結構、いい時間だもの」

 霊夢の言葉を聞いて時計を見ればすでに日付が変わっていた。明日も修行がある。寝不足の状態では満足に修行もできない。

「それじゃ片づけるね。桔梗、手伝ってくれる?」

「は、はい! あの……今日はこのまま寝てもいいですか?」

「うん、大丈夫だよ」

 新しい服が嬉しかったようで許可を出すと桔梗は満面の笑みを浮かべる。

(今度は桔梗のパジャマでも作ろうかな)

 そう考えながら裁縫道具の片づけを始めた。

 


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