時空を超えた先で古明地こいし、咲、雪を助けたキョウと桔梗。それにしてもさっきの戦いはなかなか鮮やかだった。あのムカデとの戦いを乗り越えたからだろう。あの程度の妖怪なら私の手助けも必要ないはずだ。にとりに感謝だ。
「ありがとう」
こいしからお礼を受け取るために森の中を歩くことになったのだが、雪がずっと桔梗のことを見ていた。どうやら桔梗のことを気に入ったらしい。それに気付いたキョウが雪の元へ桔梗を送り出すと不意に咲からお礼を言われたのだ。
「え?」
「あの子。あまり、人と関わろうとしないの。でも、桔梗ちゃんにはあんなに心を開いて……」
首を傾げるキョウに咲は嬉しそうに話す。妹の人見知りを気にしていたのだろう。彼女たちは旅をしている。しかも、子供だけで大人は一人もいない。それがまだ10歳ほどの咲を大人にしたのだろう。咲の顔は10歳の子供が浮かべていい顔ではなかった。どこか、“安心したような”表情。もう自分がいなくても大丈夫だと少しだけ寂しそうな笑顔だった。
「そうだったんですか」
こいしの後に続いて歩いている雪とその隣で浮遊している桔梗を見ながら頷くキョウ。それから数秒ほど沈黙が続き、『そろそろ、歩こうか?』と咲は提案する。今日も素直に頷いた。
「念のために聞くけど……キョウ君って何歳?」
「5歳です」
「え!? 嘘っ!?」
「よく言われます」
歩き始めてから少しした後、キョウの年齢を聞いて咲は目を丸くする。まぁ、無理もない。キョウは5歳にしてはしっかりと物事を考えられるし話し方も5歳のそれとは大きく違う。5歳の子供の体に大人の精神が入っていると言われても納得してしまうほどキョウは大人びていた。まぁ、こまち先生の時のようにテンションが上がれば子供特有の無邪気な笑顔を浮かべてくれるのだが。
「だって、5歳ってことは雪よりも2つ下だよ?」
「私が何?」
咲が少しだけ小さな声で教えてくれたが、前を歩いていた雪の耳に届いてしまったようで桔梗を抱っこしながら振り返った。随分と桔梗と仲良くなったようだ。
「ううん、何でもない……って、あまり桔梗ちゃんに迷惑かけないようにね?」
「はーい」
「全く、あの子は……」
「まぁまぁ」
少しだけ抜けた返事をする雪を見て彼女は苦笑を浮かべる。それを宥めるキョウだったが、彼の表情はちょっとだけ寂しげだった。キョウはほとんど独りで過ごしていた。だから兄弟というものに憧れているのかもしれない。
『……あれ?』
不意に覚えた違和感。そう、どうして私は“目覚める前のキョウの様子”を知っていたのだろう。あの頃はまだ私というイレギュラーは存在していなかった。それなのに私は過去のキョウを知っている。
(本当に……何なのかしら?)
「咲さん、あれってどういう意味ですか?」
自分のことなのに何もわからない気持ち悪さに顔を顰めているとキョウが咲に質問した。話を聞いていなかったので質問の意味はわからなかったが。
「うーん……私も詳しいことはわからないけど、お姉ちゃんのお姉ちゃんと喧嘩したんだって。で、家出してる途中で私たちと会って……そのまま、どんどん人が増えて行って今みたいに大人数で旅をするようになったの」
「じゃあ、こいしさんと一番最初に会ったのは?」
「そう、私たち。親に捨てられて……森の中を彷徨ってる時にお姉ちゃんに会ったの」
「捨てられ――」
咲の話を聞いてキョウは絶句する。独りで過ごすことが多いキョウだが、寝る前には必ず両親が様子を見に来るので親が子供を捨てるという行為が理解できなかったのだろう。その様子を見た咲は悲しげな笑みを浮かべた。
「あはは……まぁ、あの人たちも大変だったんだよ。家を妖怪に壊されて畑もめちゃくちゃになって……もう、どうすることも出来なくて、ね」
家を破壊され、畑もめちゃくちゃ。そんな状況で子供3人を養っていくことなどはっきり言って不可能だ。誰かに頼ると言っても無償で手を差し伸べてくれる人もほとんどいないだろう。だから、咲たちの両親は咲たちを捨てた。理解はできる。納得もできる。しかし、理解できても、納得できても、それを受け入れられるかと聞かれれば首を横に振る。そんな葛藤が目に見えてわかった。特に咲は姉である。小さな妹たちを守るために頑張ったのだろう。今ではこいしという存在がいるから元気そうに見えるが、彼女が一体、どれだけ泣いて、叫んで、苦しんだのか想像もできない。
「もしかして、こいしさんと旅をしてる子供たちって……」
「うん。お姉ちゃんも言ってたけど捨てられた子ばかりだよ。後、森の中を親といた時に妖怪に襲われて親を殺されちゃった子とか」
そう語る咲は真っ直ぐ前を見ていた。きっと、その現実から目を逸らしてはいけないと理解しているのだろう。その現実から目を逸らしてしまえばすぐに死んでしまうのだから。
「キョウ! もうすぐ着くよ!」
そんな彼らに向かってこいしが叫んだ。そして、すぐに開けた場所に出る。その場所には大きな台車が3つとその周囲にテントらしき物が建てられていた。だが、そのテントは穴が開いていて長年使って来たのか汚れも酷い。あのような状態では熟睡などできないだろう。テントの様子を確かめた後、その周りにいる子供たちに目を向ける。咲よりも大きい子はいない。それどころか咲と同年代の子もいなかった。
「皆ー!」
こいしがそう声をかけると子供たちが一斉にこちらを見て口を綻ばせ、我先にと駆け寄って来る。その迫力に恐れをなしたのか桔梗が雪の腕から逃げてキョウの背中に逃げ込む。
「お帰りなさい! お姉ちゃん!」
「咲ちゃんもお帰り! 無事でよかった!」
「雪ちゃん、お帰り!」
20人ほどの子供たちがこいしたちを囲む。こいしはまだしも咲と雪はただの人間で子供だ。相当、心配していたのだろう。
「どうして、逃げて来たの?」
「い、いえ……何か、迫力があって思わず……」
背中から頭に移動して震えている桔梗に対してキョウは苦笑いを浮かべた。
「皆、落ち着いてってば! 今は薬草を月にあげないと!」
こいしが薬草を掲げながら叫ぶと子供たちは慌ててテントの方へ向かった。咲の妹である月に薬草をあげるための準備をするのだろう。
「最初はどうなるかと思ったけど皆の様子を見る分にはまだ大丈夫そうだね」
「うん……よかった」
わいわいと騒いでいる子供たちを見ながらこいしと咲は安堵のため息を漏らす。もし、月が手遅れになっていれば子供たちはあんなに騒がないはずだ。因みに雪はいつの間にかいなくなっていた桔梗を探してキョロキョロと辺りを見渡している。
「ください……」
そんな光景を見て微笑ましく思っているといつもより低い声で桔梗が呟いた。この反応はもしや――。
「ちょ、ちょっと!! さすがに桔梗、それはマズイって!」
嫌な予感が脳裏を過ぎった瞬間、キョウが飛び出しそうになった桔梗を掴んで止める。しかし、桔梗の力の方が上のようで止まらない。
「こ、こいしさん!!」
「ン? キョウ、どうしたの……って、何!? 桔梗がすごい目でこっちを見てるんだけど!?」
「ください! それ、ください!」
たまらずこいしの名前を呼ぶキョウ。だが、呼ばれた本人は桔梗の急変に驚いたのか体を硬直させてしまう。その間にはどんどん桔梗がこいしの持っている薬草を目指して前に進んでいた。
(……少しだけなら)
さすがに桔梗に薬草を食べられるわけにはいかないので吸血鬼の力を少しだけ開放できるように調節する。しかし、それでも桔梗は止まらない。
『でも、これ以上は……』
今は人間のままでいられているキョウだが、何度も吸血鬼の力を使っていればいずれ本物の吸血鬼になってしまう恐れがある。それに吸血鬼の力を開放すればこいしに気付かれる可能性もあるのだ。
「うぐぐぐ……そ、その薬草を早く!」
「え? あ、うん!」
どうしようか悩んでいるとキョウの指示を聞いて勘違いしてしまったのかこいしは桔梗に薬草を差し出した。
『あ……』
「あああああ!?」
「いただきまああああああすうううううう!!」
パクっと薬草を食べる桔梗。
「「「……」」」
もしゃもしゃと薬草を食べている彼女をこいしと咲は目を点にして凝視し、キョウはダラダラと冷や汗を流し始める。雪はいつの間にかいなくなっていた。子供たちの手伝いをしに行ったのだろう。
『あちゃー……』
「「あああああああああああああああああ!?」」
ため息交じりにそう呟いたすぐ後、こいしと咲は悲鳴のような声をあげる。
「すみません! 本当にすみません!!」
幸せそうな顔で薬草を食べている桔梗と腕に抱え、何度も頭を下げるキョウ。まさかこのタイミングで物欲センサーが働くとは。
「ど、どうしよう!? もう薬草を取りに行く時間なんかないよ!」
「あ、あぁ……月、ごめんね。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんねええええ!」
「桔梗、ぺってしなさい! ぺって!」
頭を抱えて叫ぶこいしと涙を流して妹に謝る咲。何とか薬草を吐き出させようと頑張るキョウだが、その努力も空しく桔梗は薬草を飲み込んだ。
「ぷはぁ……あ、あれ。私……」
やっと正気に戻った桔梗だったが目の前の惨劇を見て戸惑っている。そして、こいしの手に薬草がないことに気付いたのか、どんどん顔を青ざめさせていった。
「ま、マスター……まさかとは思いますが……」
「そのまさかだよ! あの薬草、食べちゃったの!」
「きゃあああああああ! すみません!」
やっと自分のしでかしたことを理解したのか桔梗は涙目になって謝る。だが、彼女の謝罪は2人の耳に入っていないようでまだ喚き散らしていた。
『少しは落ち着きなさいよ』
桔梗が薬草を食べたということは何かしらの力を手にしたことになる。しかも、薬草なんかで武器に変形できるとは思えない。つまり――。
「ッ! そ、そうです!」
私と同じ考えに至ったのか謝っていた桔梗はテントの方へ向かう。
「き、桔梗!?」
慌ててその後を追うキョウ。こいしたちもその後を追いかけた。
「雪さん!」
「あ、桔梗。やっと見つけた」
桔梗が向かった先は雪だった。彼女は水の入った桶を持っている。どこかに運ぼうとしていたようだ。
「私を月さんのところへ連れて行ってください!」
「? 丁度今から行くからいいよ」
「ありがとうございます!」
桶を持った雪の案内で月が眠っていると思われるテントに到着した。桔梗は雪にお礼を言った後、テントの中に入る。キョウたちもその後に続いた。テントの中には薄い布の上で寝ている女の子がいた。その女の子は苦しそうに顔を歪め、呼吸も乱れている。
「こいしさん! あそこで寝ている方が月さんですか!?」
「う、うん。そうだけど」
頷いたこいしを見て彼女は月のお腹に着地した。
「私の予想が正しければ!」
そして、おもむろに月の胸に両手を当てる。すると、桔梗の両手が緑色に光った。苦しそうに寝ていた月の顔色がどんどんよくなっていく。
「……これで、大丈夫です」
しばらくして両手から緑色の光が消え、頷いた桔梗。その頃には月の呼吸も安定しており、気持ちよさそうに眠っていた。
(やっぱり、能力になったみたいね)
キョウたちが言葉を失っている中、私は自分の予想が当たっていたのだと理解する。物欲センサーが働いたということはそれを食べることによって変形か能力を得られるのだ。今回の場合、桔梗は薬草を食べて能力を得た。そして、その能力を使って月を治したのだ。
「よかった……本当に、よかったよぉ」
自分の妹が助かったとわかったのか咲はその場にへたり込んでしまう。こいしが笑いながら咲の背中を擦る。その2人の姿は本当の姉妹のように見え、私は少しだけ嬉しくなった。独りで頑張って来た咲。でも、今は頼れるお姉ちゃんがいる。そう、思えたから。