東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第335話 片鱗

「ほら! どこからでもかかって来なさい!」

 桔梗が色々な薬草を食べて子供たちの病気を治した後、こいしから模擬戦をやらないかと提案され、桔梗がそれに乗ってしまった。

「そう言われましても……」

 気合いの入っているこいしを目の前にしてキョウは困惑した様子でそう呟く。急に戦うことになったのはもちろん、周囲で楽しそうに応援している子供たちが気になるようだ。

「ほらほら! 桔梗のご主人様は戦う前からやる気ないみたいだけど!」

「マスター! こいしさんに遠慮なんかいりません! さっさとやっつけちゃいましょう」

 こいしの挑発に桔梗がまた乗せられ、キョウの頬をペチペチと叩きながら叫んだ。それを見た彼は呆れたようにため息を吐く。

「わかった。わかったからまずは準備をしよ?」

「はい!」

「桔梗【翼】!」

 やっと戦う決心がついたのかキョウが桔梗に指示して翼を装備し、背中の鎌を手に持って構えた。人形だった桔梗が変形したのを見て周囲の子供たちがどよめく。

「咲! 合図、よろしく」

 キョウの準備が整ったのを見て笑ったこいしが咲に審判役をお願いする。

「あ、はい! では、始め!」

「振動!」

 咲の合図とともに低空飛行でこいしに突進したキョウは翼を振動させて一気に加速した。

「おお!?」

 予想以上のスピードにこいしは目を見開き、回避するために右へ飛んだ。

「左翼、ロール!」

 それを見たキョウが咄嗟に右へスライドしてこいしの後を追いかける。キョウの強みは桔梗の変形を用いた変則的な戦い方だ。桔梗の翼は一見すればただの翼にしか見えないが、今のように振動を利用することでアクロバティックな飛行を可能とし、相手の意表を突くことができる。

「そんな無茶苦茶な!?」

 その証拠に迫って来るキョウを目の当たりにしてこいしは驚いて硬直している。少しばかり体勢を崩しているが彼は思い切り鎌を振るう。

「うわ!?」

 だが、妖怪特有の身体能力を活かして彼女は鎌を回避。躱されたキョウはそのままこいしを追い抜く。

「拳!」

 すぐに体の向きを反転させ、桔梗【拳】を左手に装備し、ジェット噴射でこいしに追撃を試みる。「えいっ!」

 しかし、拳を頭を傾けることで躱したこいしはそのままキョウの腕を掴んで背負い投げの要領でキョウを投げた。

「ちょっ!?」

 投げられた彼はジェット噴射の勢いもあって地面に叩きつけられるのではなく、空中に投げ出される。

「翼!」

 慌てて桔梗【翼】に変形させ、体勢を立て直した。

「今度はこっちの番だよ!」

 その直後、ニヤリと笑ったこいしが何発もの弾を射出する。弾速はそこまで速くないが弾数があまりにも多すぎる。これを回避するのは難しいだろう。

「盾!!」

「はい!」

 キョウも回避出来ないと判断して桔梗【盾】を装備し、弾を受け止めた。弾が盾にぶつかる度、衝撃波が発生する。

「これで終わり!」

 弾を防ぐことに気を取られていたからか、いつの間にかキョウの後ろにこいしが回り込んでいた。勝利を確信しているのか彼女は笑いながら弾を放つ。

「翼で弾いて!!」

 だが、キョウもまだ負けていなかった。咄嗟に桔梗【翼】で背後の弾を弾いた。それを見たこいしは感心したように声を漏らす。

「せいっ!」

 そんな彼女に向かって裏拳をするように鎌を振るうキョウだったが簡単に躱されてしまう。

「そんな攻撃、攻撃に入らないよ!」

 躱した勢いのまま、キョウの真上に移動したこいしはそう言いながら弾を撃つ。

「振動で急降下! そのまま、低空飛行!」

 キョウの指示を聞いて桔梗が上に向かって振動し、弾から離れる。落ちている間に体を回転させ、地面の方を向き、そのまま地面すれすれを飛ぶ。その直後、こいしの弾が地面を抉った。

「逃げるだけじゃ勝てないよ!」

「急上昇!」

 こいしの挑発を無視したキョウは方向転換して彼女の方へ突進する。

「そうそう! そうでなくっちゃ!」

 向かって来るキョウを見て楽しそうに笑うこいし。そして、今までよりも密度の濃い弾幕を放った。だが、キョウはそれを見ても怯むことなくジッと観察する。

「――ロール!!」

 弾幕とぶつかる寸前で弾幕の穴を見つけたらしく、右にスライドして弾幕をやり過ごした。躱されるとは思わなかったようで目を丸くしながら防御をしようと身構えるこいしだったが、その横をキョウは通り過ぎる。

「え!?」

 攻撃されると思っていたからかこいしは声を漏らしながら通り過ぎたキョウを目で追った。

「旋回!」

 大きく旋回しながらキョウは鎌に魔力を込め、先端へ集中させる。鎌の先端が青白く光った。

「突撃!」

「はい!」

 キョウの叫びを聞いた桔梗が一気に急降下して下にいるこいしに突撃する。

「まぶしっ……」

 上にいるキョウを見ようとした彼女だったが、キョウの背後にあった太陽を見てしまい、目を庇った。キョウは最初からこれを狙っていたのだろう。

「これで!!」

 魔力を開放し、鎌の刃を巨大化させた彼は怯んでいるこいしに向かって鎌を振り降ろした。

『――ッ!』

 その瞬間、魂の中にいた私は何かを感じ取り、少しだけ力を開放して弾く。

(今のは……)

「……なんちゃって」

 首を傾げているとキョウを見ていたなかったはずのこいしがその場で体を捻って鎌を躱した。

「え?」

「はい、終わり」

 躱されるとは思わなかったようで呆けていたキョウの背中に向かって弾を撃つこいし。

「やば――」

「マスター! 危ない!」

 キョウを庇うため変形を解除し、人形の姿に戻った桔梗にこいしの弾が直撃する。

「き、桔梗!」

「きゃあああああ!!」

 悲鳴を上げながら吹き飛ばされる桔梗をキョウが受け止めた。

「ガッ――」

 しかし、勢いを殺すことができずにそのまま地面に叩きつけられてしまい、気を失ってしまう。それと同時に私に体の所有権が移った。

(……そういうことね)

「キョウ! 桔梗! 大丈夫!?」

 一人で納得していると慌てた様子でこいしが駆け寄って来る。

「……」

 私は気絶している桔梗を抱き、ゆっくりと立ち上がる。

「よかった……あ、ゴメンね。あの時、ちょっと……キョウ?」

 私が何の反応も示さないことに気付いたのか謝ったこいしが首を傾げる。そして、またあの感覚。今度は完全に防いだ。まさか能力を弾かれるとは思わなかったのか彼女は訝しげな表情を浮かべた。

「キョウ?」

 そう、こいつはあの時、キョウの心を覗いたのだ。咄嗟に防いだから私の存在までは知られなかったみたいだが。しかし、それでも私は少しばかり怒っている。これは模擬戦だ。キョウの力を見せるための戦い。それなのに負けそうになって、ムキになって、能力を使って、キョウを傷つけた。ああ、イライラする。キョウの能力に“干渉系の能力を防ぐ”というものがあって本当に助かった。もし、これがなければこいしに私の存在がばれていただろうから。早くキョウもこの能力を使いこなせるようになって貰わなければこいしのような干渉系の能力を防げるようになって貰わなければならない。

 まぁ、いい。今はそんなことより――。

「……皆! 離れて!」

 ――この妖怪をどう懲らしめてやろうか。

「で、でも!」

「大丈夫! キョウは大丈夫だから!」

 子供たちを安心させるために叫ぶこいしだったが、今の私には大人ぶった子供にしか見えない。

「キョウ! どうしたの!?」

 ずっと下を向いているから向こうから私の表情を見えないだろう。それが不安なのか少しだけこいしの声は震えていた。

(これは、お灸をすえる必要がありそうね)

 恐怖するなとは言わない。だが、それを表に出すなどリーダーの風上にも置けない。ほら、そんなお前を見た子供たちが更に不安そうに身を縮めている。お前はリーダーに向いていない。

「ねぇ!」

 そして、何より――得体の知れない存在に話しかけるな。どんなことが起きてもいいように身を構えろ。それが先ほどまで笑っていた仲間だったとしても。

「……」

 私は説教するのをグッと我慢して顔を上げた。きっと、言葉にするより実際に体験して貰った方がいいだろう。そっちの方がずっと効率的だ。

「ッ!?」

 私の顔を見たこいしが目を見開き、半歩あとずさった。

「きょ、キョウ?」

「……」

 恐怖しながらも話しかけて来るこいしを無視して桔梗を地面に寝かせる。自分を犠牲にしてまでキョウを守ろうとしてくれてありがとう。ここからは私の仕事だ。一度だけ桔梗の頭を撫でた後、再びこいしを見た。

「どうしちゃったの!? キョウってば!!」

「…………」

 無言のまま、ひたすらこいしの目を見続ける。それに耐え切れなかったのかこいしはとうとう一歩、あとずさった。すかさず、私も一歩だけ前に出て鎌を構える。

「え!? ま、まだやるの!?」

(ええ、やるわ。あなたに色々と教えなきゃならないもの)

 心の中でそう呟いた後、地面を蹴ってこいしに接近する。吸血鬼の力を開放しているのでこいしの相手なら桔梗なしでも余裕でできるだろう。

 そう、思っていた。

「ッ……」

 こいしに向かって鎌を振り降ろそうとした刹那、勝手にキョウの能力が発動した。いきなり目の前が真っ白になったのだ。だが、次の瞬間、こいしの横顔が目に入る。気持ちを切り替えて鎌を振るう。だが、振り降ろす前にまた視界が白に染まった。

(これ、はッ……)

 能力の暴走。この能力は本来、キョウの物。それをイレギュラーである私がこいしの能力を弾くために使ってしまったせいで暴走したのだ。何度も白い空間とこいしがいる空間を行き来する。コントロールが効かない。私にできることはこいしが目に入る度に鎌を振るうことだけ。

「ごめ、ん……キョウ……」

 そう呟いた後、能力の連続使用による地力不足で私は気を失った。

 




と、いうことで追いつきました。
長かったです。ほぼ1年かかりました。


次話から毎週土曜日に更新しますが、土曜日のどこかで投稿します。また、書くのが遅れて日をまたいでしまってもお詫びのもう1話は物理的に厳しいのでなしとさせていただきます。



これからも東方楽曲伝をどうかよろしくお願いします。

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