「行っくよー!」
霊奈と新技を考えてから数日が過ぎた。今日もいつものように霊奈との模擬戦である。
「よっ」
彼女が投げたお札を桔梗【盾】で防ぎ、すぐに鎌を後ろに向かって一閃。僕の背後に回り込んでいた霊奈の右手の鉤爪と激突し、火花を散らす。
「伸びろっ!」
その瞬間、彼女は左手の鉤爪を伸ばした。
「ッ――」
切り裂かれる直前で体を大きく仰け反らせて躱す。しかし、そのせいで体勢が崩れ、鍵爪に鎌を弾かれてしまう。
「これで!」
勝利を確信したのか霊奈は笑顔でお札を投げようと左腕を引いた。その隙に桔梗【翼】を装備して体の前でクロスさせる。霊奈が投げたお札と翼が衝突し、翼から衝撃波が発生した。
「えっ……」
初めて見る技に目を白黒させている霊奈。そんな彼女に向かって鎌を――。
「あああああ! また負けた!」
境内で大の字になって寝転がっている霊奈は悔しそうに叫んだ。
「あはは……でも、前よりずっと強くなってるよ。今日は特に危なかったし」
そう、この数日で彼女は前よりもグッと強くなっている。僕が言った鉤爪の派生技のおかげもあるが、何より霊奈本人のやる気が今までとは段違いなのだ。気迫と言うか勢いと言うか。自分の戦闘スタイルを固定させたからか攻撃の手に迷いもないし、防御について全く考えていないから相手の隙を見逃さなくなって来ている。攻撃は最大の防御。まさにそんな感じだ。
「そんなこと言ってー……キョウだってまだまだ隠してる技あるんでしょ!」
ブスッと不満そうに霊奈が聞いて来る。確かにまだ桔梗【バイク】で飛んだり、鎌に魔力を込めて刃を大きくする技は見せていない。しかし、それは見せないのではなくこの模擬戦には適していないからだ。特に刃を大きくして攻撃すれば霊奈を傷つけてしまう。そんなことしないし、したくない。
「さぁ、どうだろうね」
まぁ、自ら手の内を明かすこともしないけれど。
「むぅ……じゃあ、午後の修行して来る」
『次は絶対勝つ!』と気合いを入れた彼女はそのまま修行をするために林の方へ消えて行った。
「マスター、お疲れ様です」
「桔梗もお疲れ様。それじゃ、僕たちも行こっか」
「はい!」
まずは洗濯物を干している霊夢のお手伝いかな。
「あ、なら蔵の掃除手伝って欲しいんだけど」
「蔵?」
洗濯物を干して次に何をするか霊夢に聞いたところ、今日は蔵の掃除をするらしい。面倒臭そうな霊夢が指さした方を見るとそこには古ぼけて大きな地震があれば簡単に崩れてしまいそうな大きな蔵があった。そう言えば、まだ蔵の中には入ったことがない。少し面白そうだ。
「うん、いいよ。雑巾とか必要かな?」
「まずは蔵の中にある物を外に出しましょ。バケツを倒したら面倒だもの」
確かに物を運ぶのに夢中になってバケツをひっくり返したら大参事だ。納得している僕にマスクを差し出した霊夢はそのまま蔵の方へ行ってしまう。慌ててマスクを付けてから彼女の後を追った。
「えっと、これだったかな」
カチャカチャと鍵の束を見比べた後、1つの鍵を蔵の錠前に挿して回す。錠前が外れて蔵の扉を開けた。
「うわ……」
霊夢の後ろから蔵の中を覗いた僕は思わず、うめき声を漏らしてしまう。蔵の中は薄暗くここからでも埃が大量に積もっているのが見えた。マスクを付けていないと咳き込んでしまいそうだ。
「私は細かい物を運び出すからキョウは大きな物、お願いしていい?」
「うん、大丈夫だよ」
桔梗【翼】を装備して引っ掛からないように折りたたんだ後、蔵に入る。桔梗【翼】を装備していると重い物も重力を操作して軽くできるのだ。入り口付近に置いてあった大きな箪笥を持ってぶつけないように注意しながら外へ出て邪魔にならないように入り口の傍に置いた。
それから僕たちはどんどん荷物を運び出す。大きな家具もあればよくわからない道具もあった。霊夢に聞くと儀式に使う物らしい。
「ん?」
蔵の中を大方、外に出した頃、後ろから霊夢の声が聞こえた。振り返ると何かアルバムのような物を開いて首を傾げている彼女の姿。
「どうしたの?」
「……何でもないわ」
首を横に振った彼女はパタンとアルバムを閉じて段ボール箱の中に戻した。
「霊夢?」
「ほ、ほら! 早くそこの荷物運んじゃって!」
「う、うん……」
霊夢の指示に従って別の段ボールを持ち上げる。しかし、古い段ボールだったのか底が抜けて中身が蔵の床に落ちてしまった。床の埃が舞う。
「もう、何やってるのよ」
「段ボールの底が抜けたんだよ……えっと、本かな?」
ボロボロな段ボールを置いて足元に落ちていた本を拾った。とても古く、タイトルは見当たらない。何となく開いた。
(『博麗の歴史』……)
昔話に出て来るような流暢な字だったが、何とか読むことができた。パラパラと流し読みしてみると博麗の巫女が誕生し、関わって来た事件や歴代の巫女に関して書いていた。最後のページには家系図のような物があり、一番の下には『博麗 霊夜』と刻まれている。
「ねぇ、霊夢」
「何よ」
ガサゴソと荷物を整理している彼女の背中に話しかけるとこちらを向かずに返事した。
「霊夢の師匠の名前って霊夜?」
「それは今の巫女の名前よ。私たちの師匠は先代巫女の……って、何で霊夜さんの名前を?」
首を傾げながら振り返った霊夢が僕の持っている本を見て――顔を顰めた。
「それ、見たの?」
「見たって言うか……読んだって言うか」
「……いや、あり得なくないか。博麗のお札も扱えるんだし」
ため息交じりに呟いた彼女は荷物の整理に戻る。彼女の言っている意味はわからなかったが、別に読まれても大丈夫な物だったらしい。
(えっと、霊夢の師匠の名前は……あれ?)
今の巫女の名前が『博麗 霊夜』。そして、霊夢と霊奈の師匠は先代巫女と言うことは『博麗 霊夜』の上に書かれている名前が彼女たちの師匠の名前だ。だが、僕はその名前を読むことはできなかった。
「ねぇ、霊夢」
「……」
そのことについて質問しようとするが僕を無視して霊夢は外に出て行ってしまう。この件に関しては話したくないと言わんばかりに。気になるが諦めるしかない。
(でも、どうして……名前が塗りつぶしてあるんだろ……)
真っ黒に塗りつぶされた名前をジッと観察した後、息を吐いて本を閉じた。こうしてはいられない。早く新しい段ボールに散らばった荷物を片づけなければ――。
「ッ……」
その時、僕の脳裏に何かが過ぎった。何と言えばいいのだろうか。とても良くない物が近づいて来ている。いや、現れたと言うべきか。急いで蔵の外に出た。
「霊夢!」
先ほど出て行った彼女の姿を探す。しかし、どこにもいない。蔵の掃除を放ってどこかに行くとも思えない。なら、一体どこへ。
「マスター、あそこ!」
翼から人形の姿に戻った桔梗が地面を指さした。そこには霊夢が持っていた荷物が散乱している。やはり何かが起きたのだ。散らばった荷物の傍まで駆け寄り、地面を観察する。すぐに霊夢の足跡を見つけることができた。その足跡は林の方へ向かっている。一度、神社に戻って鎌を背中に背負い、桔梗【翼】で低空飛行しながら霊夢の後を追った。
「いたっ!」
林の間を飛んでいると前方に霊夢の姿を見つける。そして、その傍には禍々しい姿をした化け物――おそらく妖怪だろう。その妖怪が霊夢に向かって爪を振るった。