「ガッ……」
力が溢れると同時に体が軋み始める。『シンクロ同調』の負荷があまりにも大きすぎるのだ。1分も持たないかもしれない。これでぬらりひょんに対抗できるような技が出てくれなければそこで俺たちの負けだ。祈るようにスペルカードを手にして唱える。
「運壊『ミョルニルの運命と破壊の槌』!」
宣言すると同時に両腕に『メギンギョルズ』が巻かれ、目の前に巨大なハンマーが出現する。柄は『ミョルニルの槌』とは違い、とても長い。俺の身長以上あるかもしれない。その柄の先には赤熱したヘッド。バチバチと火花が散っている。更にヘッドの右側面にはピンクの宝玉が3つ、左側面には紅い宝玉が3つほど施されていた。本当に武器なのかと思ってしまうほど綺麗だった。ぬらりひょんも赤熱したハンマーを呆然とした様子で見ている。
そのハンマーを俺はいつの間にか両手に装備していた『ヤールングレイプル』でしっかりと掴む。持てるか不安だったが、両腕の『メギンギョルズ』のおかげかさほど重く感じない。これならば思い切り振り回せるだろう。これが、俺たちの絆の証。
「行くぞ……ぬらりひょん!」
まだこのハンマーにどんな効果があるかわからない。しかし、俺は確信していた。これがぬらりひょんを倒すきっかけになる、と。
俺はハンマーを掲げて――地面に向かって一気に振り降ろす。だが、地面にぶつかる前に何かがハンマーに当たり、砕ける音が響いた。
「ッ――」
その瞬間、ハンマーの真下にぬらりひょんが姿を現す。最初からそこにいたかのように。彼女は慌てて脇差を突き出してハンマーにぶつける。赤熱しているハンマーと妖力を纏っている脇差が激突し、衝撃波が地面を抉った。ぬらりひょんは――消えない。本体だ。やっと捉えた。
「くっ、ぉ……おおおおおお!」
ハンマーの重量と『メギンギョルズ』でブーストされた俺の怪力に潰されまいと彼女は顔を歪ませながら絶叫する。一瞬だけ俺のハンマーが押され、その隙にバックステップして離脱するぬらりひょん。支えを失ったハンマーはそのまま地面を叩く――前に再び、何かに衝突し、破壊する。ガラスが割れるような音が響いた。その刹那、俺の視界がブレてぬらりひょんの背後に瞬間移動する。ハンマーはすでに横薙ぎに振るわれていた。背後に回り込まれたことに気づいたのか振り返ろうとするが、その前に赤熱したヘッドが彼女を捉え、スパークを起こした。雷にも匹敵する電撃がぬらりひょんを襲い、声にならない悲鳴を上げる。
「フラン!」
『えいやっ!』
魂の中でフランに声をかけると同時に左側面の紅い宝玉が1つ、音を立てて砕け散った。そして、スパークを起こしているヘッドから爆炎が噴出する。電撃と炎を撒き散らすハンマーを強引に振り抜き、ぬらりひょんを吹き飛ばした。
「が……ぐっ……」
吹き飛ばされた彼女はその勢いを利用して地面を転がり、燃えていた体を消火する。しかし、ダメージが大きかったのかぬらりひょんは血を地面に吐き捨てながら立ち上がった。妖力を纏っていたのか大きな傷は見受けられない。あれほどの電撃と爆炎を零距離で喰らったのにもかかわらず。
「なるほど……そういう武器か」
どうやら今の攻防でこのハンマーの性能がばれてしまったらしい。
『運壊『ミョルニルの運命と破壊の槌』』。『ミョルニルの槌』にレミリアとフランの能力を付加した武器。つまり、レミリアの『運命を操る程度の能力』とフランの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を備えたハンマーだ。このハンマーで攻撃し、対象に当たらなかった場合、“運命を破壊して対象に当たる運命を引き寄せる”。また、それは“対象に当たるまで何度でも繰り返される”。一言で言ってしまえばこのハンマーは『必中』なのだ。躱されても、受け流されても、受け止められても、直撃するまで何度でも襲い掛かる絶対の一撃。更に赤熱したヘッドに当たった瞬間、電撃が対象を襲う。加えて紅い宝玉を割れば爆炎も追加される。わかったところでどうすることもできない必中の絶対的一撃。
しかし、デメリットがないわけではない。チラリとハンマーの右側面を一瞥し、ピンクの宝玉が1つだけ砕けているのを確認する。そう、回数制限だ。最大3回まで運命を破壊し、引き寄せ、対象に攻撃を当てることができる。つまり、後2回でぬらりひょんをどうにかしなければならない。それに――もう、体が限界だ。急がなければ。
(迷ってる暇はない)
ハンマーの柄を握り直した後、適当に振り下ろした。またガラスの割れる音がする。運命が破壊されたのだ。引き寄せた運命により、振り上げた姿勢のまま、ぬらりひょんの真上にテレポートする。
「今度は真上かよ!」
悪態を吐きながら脇差を真上に突き出す。俺もハンマーを思い切り振り下ろした。だが、ハンマーと脇差が激突する直前で運命が砕ける音が響く。そして、俺はぬらりひょんの前に移動し、がら空きの顔面に向かってハンマーを叩きつけた。もちろん、ヘッドが彼女の顔面を捉えた瞬間に紅い宝玉を割るのを忘れない。再び、電撃と爆炎が彼女を襲った。閃光と爆炎の光でチカチカする視界の中、両腕に力を入れてそのまま彼女の体を地面に叩きつける。地面が砕け散り、瓦礫が周囲に飛び散った。すぐに後ろにジャンプして彼女から距離を取り、もう一度ハンマーを振り下ろす。砕ける音がした。目の前にボロボロになったぬらりひょんがいる。今度は妖力を纏う隙がなかったのか服は焼け焦げ、体中から血を流していた。
「砕け、散れえええええええ!」
そんな彼女に最後の一撃を叩きこむ。最後の紅い宝玉が割れ、電撃と爆炎がぬらりひょんを襲い、俺たちを囲む黒いドームの壁に叩きつけた。その勢いにドームは耐えられなかったのか亀裂が走る。天井付近からパラパラと黒い破片が落ちて来る中、俺はハンマーの柄を地面に突き刺して体を支えた。服のあちこちが血で染まっている。『シンクロ同調』の反動で皮膚が千切れ始めたのだ。だが、これでぬらりひょんに大ダメージを与えることができた。
「後は――」
「――お前が死ぬだけだな」
ドス、と俺の心臓から脇差が生える。
ゆっくりと振り返ると左腕を失ったぬらりひょんが笑いながら俺を見ていた。
「左腕を、犠牲に……」
『運壊』は直撃するまで運命を破壊し、引き寄せることができる。だが、言い換えれば“直撃さえすれば終わる”のだ。左腕を切り離してハンマーにぶつけたのだろう。
「どうせ、翠炎で復活するんだろうけど……もう、油断しない。本気で行く。この手で殺してやる」
そう言い終えた彼女は脇差を持った右腕を捻る。幻影とは比べ物にならないほどの怪力で。実体の幻影より本体の方が強いのだろう。そんな怪力で脇差を半回転させたからか、俺の心臓が捻じ切れた。
「……」
薄れゆく意識の中、俺はその時が来るのを待つ。翠炎が俺の体を包み込んだ。ぬらりひょんはジッと翠炎が消えるのを待っている。翠炎に触れたら存在を燃やし尽くされてしまうからだ。だが、翠炎が消えた瞬間、俺はもう一度殺されるだろう。
だから、ここで勝負を決める。
「『フォーカスサーチャー・改』」
「なっ……」
俺と吸血鬼の声が重なり、翠炎から十字のマーカーが飛び出し、ぬらりひょんの胸に直撃する。翠炎によって消されるのは魂波長が変化している現象やぬらりひょんのような魂波長を持たない存在である。つまり、通常の技である『フォーカスサーチャー・改』は消されない。
「『捕まえた』」
視界に十字のマーカーが出現するのを確認した後、ぬらりひょんに吸血鬼の狙撃銃の銃口を向ける。自分の胸に刻まれたマーカーを見ていた彼女は舌打ちをしながら気配を操り、姿を消した。だが、もう俺たちからは逃げられない。視界を移動するマーカーを狙って引き金を引く。
「くっ……」
姿を現したぬらりひょんは体を捻って銃弾を回避する。そこへもう一発、銃を放つ。今度は脇差で銃弾を一刀両断された。悔しそうに顔を歪ませながら胸のマーカーを睨み付けるぬらりひょん。
「『どうした? これでおしまい?』」
「……んなわけ――ガッ!?」
俺たちの挑発に乗ったぬらりひょんがこちらへ駆け出した瞬間、彼女の胸から血が迸る。背後から撃たれたのだ。目を見開きながら前へ倒れる彼女に再度、銃口を向けて発砲。銃弾がぬらりひょんの胸に直撃し、彼女の体が後方へ飛んだ。血は出ていない。また妖力で弾いたのだ。さすがに衝撃までは殺せなかったようだが。
「くっそたれえええええ!」
血だらけのまま、ぬらりひょんが叫び、彼女の周囲に何十体もの幻影が出現した。幻影を盾にするつもりらしい。俺たちに向かって突進して来る。それを狙撃銃と2丁拳銃で駆逐していった。ぬらりひょんのマーカーは動かない。
((そろそろね))
狙撃銃を前方に見えるマーカーに向けた。小さく息を吐き、狙撃銃に力を籠める。ゆっくり、ゆっくりと確実に。2丁拳銃の狙撃により、どんどんぬらりひょんの幻影が消えていき、やっとマーカーの付いた本体の姿を視認できた。
((これがラストチャンス……一発で決める))
「『装填』」
カチャリ、と狙撃銃から音がした後、引き金を引く。その瞬間、前方にあったマーカーが消えた。
「死ねええええええ!」
『ゾーン』
背後から迫るぬらりひょんを“もう1つの視界”で見つけた。俺たちが引き金を引くタイミングで俺たちの背後に回ったのだろう。銃弾に当たる前に殺せばいい。常に狙われているのなら一瞬の隙を突けばいい。そう考えたのだろう。ああ、そうだ。きっと、俺たちはこのまま黙っていれば脇差に斬られ、死に至る。翠炎によるリザレクションも先ほど使用した。リザレクションどころかぬらりひょんを倒すための白紙効果でさえ、『魂装』すら展開できないほど消耗している。
スローモーションの世界でゆっくりと背中に脇差が迫る。それと反比例するように俺たちが放った1発の弾丸のスピードが落ちていく。何かに引っ張られるように。
『フォーカスサーチャー』は対象にマーカーを付けて常に相手の位置情報を知らせる技だった。それを吸血鬼は改良し、『フォーカスサーチャー・改』を編み出した。そう、『追尾機能』である。だからこそ、“躱したはずの1発目の弾丸は反転し、ぬらりひょんの心臓を背後から貫いた”のだ。
じゃあ、今、目の前で完全に空中で停止している弾丸はこの後どのような軌跡を描くのだろうか。決まっている。俺たちの背後にいるぬらりひょんを射抜こうと“戻って来る”。そして、戻って来る弾丸は――翠色。
「『翠弾――』」
俺たちは狙撃銃を構えたまま、翠色の弾丸に心臓を射抜かれた。しかし、翠色の弾丸は止まらない。目標にたどり着くまで止まることはない。止めてつもりはない。全てはこの一撃のために繋いだ俺たちの――絆だ。
「『――『矛盾を撃ち抜く弾丸』』」
俺たちの体を貫通した翠弾はそのまま、背後にいたぬらりひょんの胸を貫き―—その
次回(といっても3週間後)、Bパート完結。