東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第345話 仲間を信じて

 パラパラと黒い破片が舞い散る。そんな中で俺はただ目の前で倒れているぬらりひょんを見下ろしていた。彼女の胸では小さな翠色の炎が揺れている。

「ニシシ……一杯喰わされたってことかな」

 引き攣った笑みを浮かべながらぬらりひょんは空を見上げていた。その視線の先ではきっと黒いドームが今にも崩れ落ちそうになっていることだろう。だが、そんなことよりも俺は自分に起きた異変に戸惑っていた。

『ねぇ、さっき……』

(……ああ)

 どうやら、吸血鬼もその異変に気付いているようで声を震わせている。『フォーカスサーチャー・改』を使用した瞬間、俺と吸血鬼は文字通り、一つになった。視界も聴覚も、思考も全て重なったのだ。だが、それが当たり前のように俺たちはそれを受け入れた。まるで、“最初からそれが本当の形だった”と言わんばかりに。

「……おい」

 何とも言えない気持ちを抱いていると不意にぬらりひょんが声をかけて来る。翠炎はすでに彼女の肩や腰にまで至り、数分と持たずに彼女は存在を燃やし尽くされるだろう。

「何だ?」

「最期に聞かせろ。どうやって翠炎を撃った? あれは他の力と並行して使えなかったはずだ」

 『魂同調』や『シンクロ』中に翠炎を使うと魂波長が元に戻り、解除されてしまう。また、神力で創造した武器も同じ。だからこそ、翠炎を使用する際、他の力を頼ることはできない。しかし、俺はあろうことか吸血鬼の狙撃銃の空薬莢に翠炎を込め、銃弾として放ったのだ。

「……俺だってまだちゃんと理解してるわけじゃないけど、魂波長が存在してる物は翠炎じゃ燃やせない。その翠炎で燃やせなかったってことはあの狙撃銃はちゃんとした武器だったってことだろ」

 例えば『神鎌』。あれは俺の神力を使って創造した武器だ。これは魂波長を持たない『虚』から生まれた武器なので翠炎で燃やし尽くされる。つまり、『虚』から生まれた武器でなければ翠炎では燃やせないのだ。むしろ、傷や汚れがなくなってしまうだろう。

 翠炎に燃やされなかった吸血鬼の狙撃銃は魂波長を持つ武器となる。だが、吸血鬼は俺の魂に住む存在。吸血鬼本人には魂波長はあるが、あの狙撃銃は魂の中でしか取り出せないものだ。そんな狙撃銃に魂波長があるとは思えないが、実際、狙撃銃は燃えなかった。それがあの武器に魂波長がある証拠になる。

「そっか。うん、やはり強いな、音無 響」

 すでに上半身が翠炎に包まれたぬらりひょんはニタリと口元を歪ませた。その笑顔を見て思わず、背筋が凍りつく。

「……ッ」

 俺は急いで上を見上げた。黒いドームはもう原型を留めていない。だからこそ、おかしい。ドームが壊れたにも関わらず、雅たちと連絡が取れないのだ。

「ニシシ。気付いたか? 気付いちゃったかな?」

 足元でぬらりひょんが楽しそうに呟く。そんな彼女を無視して携帯を取り出し、望に電話をかけた。何度もコール音が響くだけで繋がらない。

「……くそ」

 悪態を吐きながら携帯をポケットに仕舞って足元の彼女に視線を向ける。今にも存在を燃やし尽くされそうになっているのにぬらりひょんは楽しそうに笑っていた。

「囮、だったのか」

「そう、そうだ。私は単なる囮。きっと、あいつらは私でもお前を倒せないと思ってたんだろうな。できるだけ時間を稼げって言われた。まぁ、私は本気で殺そうとしてたんだけどな」

 『ニシシ』と笑い、彼女はわずかに残っている右手で胸の炎に触れ、そのまま自分の頬に当てる。それだけで右手に燃え移った翠炎が彼女の顔を犯し始めた。もう彼女は話すことすらできないだろう。

「ニシ、ニシシ」

 それでもぬらりひょんは笑い続けた。翠炎に燃やし尽くされるその瞬間まで。

「……」

 俺を苦しめた妖怪の大将軍がこの世から消え去った後も俺は動けなかった。ぬらりひょんは囮。つまり、今もなお望たちは戦っているはずだ。一応、黒いドームに阻まれていても雅たちとの繋がりが完全に消えるわけではない。そして、彼女たちとの繋がりは今も健在なので殺されてはいないのだろう。だが、それも時間の問題だ。

『どうする、響』

「……」

 翠炎の声に対して無言を突き通した。今から学校へ戻ってもあの黒いドームのせいで中には入れない。あのドームを破壊することは可能だが、それは『魂同調』を使えば、の話である。ぬらりひょんに『翠弾』を当てた時、俺自身も撃たれたので体の調子は万全だが、翠炎はしばらく使えない。ドーム内の様子がわかっていない現状、『魂同調』で強引に黒いドームを破壊するのは得策ではないだろう。なら、俺のすべきことは――。

「吸血鬼」

『……何?』

「さっきのあれを完璧にするぞ」

 俺と吸血鬼が一つになったあの現象。あれはきっと俺たちの新たな力になる。いや、違う。あれが本当の形なのだ。

『完璧にって……どうするの? 私もどうやったのかわかってないのに。今からじゃとても間に合わないわ』

「いや、そうでもない」

 俺の予想だが、あの現象を俺は一度だけ見たことがある。それを参考にすれば何とかなると思う。いや、何とかしなければならない。

『だが、肝心の突入法はどうするのだ? 響たちの新技に賭けるのは不安要素が多すぎると思うが』

「……ドーム内の状況によるけど可能性はある」

 もはや賭けとも言えないほど可能性は低い。もし、俺の思惑通りに運んだ場合、偶然や奇跡ではなく、運命だったと言わざるを得ないだろう。

 不安はないわけではない。失敗すれば望たちは死んでしまうのだから。だが、今はそれしかない。少なくともこの新技が完成するまでは。

(それに……)

 チラリと学校がある方角へ視線を向ける。ここからでは見えないが、学校をすっぽりと覆うように黒いドームが展開させているだろう。その証拠に学校周辺に人払いの結界が張られているのが視える。これでは近隣住人が学校の異変に気付くことはない。携帯を取り出して、時刻を確認する。午後2時半。俺が学校を出てすでに1時間が過ぎていた。それなのにまだ黒いドームは消えていない。

「あそこにはあいつらがいるからな」

 俺は今もなお、頑張っている仲間を信じている。やっと、信じられる。これまでずっと裏切り続けて来たのだ。そろそろ信じてやらなければ怒られてしまうだろう。

『……ふふ。そうね』

 それを聞いた吸血鬼は楽しそうに笑う。ああ、そうだ。今は信じよう。この困難を乗り越えて皆で笑い合える未来が来ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭、1週間前。

「……美味い」

「そう? それならよかった」

 大きな紅いお屋敷のテラスに2人の幼女と1人のメイドの姿があった。幼女の1人は紅魔館の主、レミリア・スカーレット。そして、もう1人の幼女はレミリアの元恋人のリョウ。再会して初めてのお茶会を開いている彼女達だったが、レミリアもリョウも緊張はしていないようで自然体で過ごしている。

「それにしてもまさかこんな日が来るなんて思わなかったわ」

 紅茶を口に含んだ後、微笑みながらレミリアがそう呟く。それを聞いたリョウも腕を組んで頷いてしまった。彼女たちは恋人関係を築いていたが、レミリアが無断でリョウを吸血鬼にしてしまったことにより、その縁はズタズタに引き裂かれてしまったのだ。それから時は過ぎ、リョウの体は女になった。昔、再びリョウと紅茶を飲めるようになりたいと願ったことのあるレミリアだったが、まさか女になってしまったリョウと紅茶を飲むようになるなんて予想もできなかった。リョウも同じ気持ちなのか深いため息を吐いている。

「咲夜、今日の茶請けは何かしら?」

「はい、弟様から教えていただいたクッキーでございます」

「ほう? 響から?」

 レミリアの背後に立っていたメイド――咲夜の言葉を聞いてリョウは思わず、言葉を漏らしてしまった。リョウの実の息子である響と仲直りしたとは言え、仲良くなったわけではない。なので、響が料理を得意としていることを知らないのだ。

「ええ、彼、料理が上手だから咲夜もたまにレシピを聞いているみたい。食べたことないの?」

「この前、博麗神社で再会してから会ってないからな。あの時は静と望がわんわん泣いてそれどころじゃなかったし」

 そこまで言って不意に用事を思い出したのか彼女は姿勢を正してレミリアの目を見つめる。リョウの視線を受け止めたレミリアは不思議そうに首を傾げた。

「実は今度、望の学校で文化祭があるらしくてな」

「文化祭……そう言えば、昔、響がそんな話をしていたような気がするわ。確か、学生が色々なお店を出すお祭りだとか何とか」

「まぁ、そんなもんだ。それに呼ばれたんだけど……何着て行けばいいと思う?」

「……待って。色々聞きたいことができたわ」

 リョウの相談に待ったをかけ、眉間に皺を寄せるレミリア。昔のリョウはそんなことを気にするような性格ではなかった。一緒に暮らしていた頃はレミリアが言わなければ同じ服を2日連続で着ることだってあったほどである。それなのに今、リョウは文化祭に着て行く服で悩んでいた。それだけでも昔の彼を知っているレミリアを混乱させるには十分だったのだ。

「えっと……着て行く、服だったかしら? 今のような服装でもいいんじゃないの?」

「これか? うーん、どうなんだろう。文化祭とか行ったことないから何とも言えん」

 リョウは自分の着ている白いワンピースを眺めながら頭を掻いた。因みにリョウのワンピースを用意したのは静である。苦手な裁縫だったが、リョウのためならばと手を文字通り、真っ赤にして作ったのだ。他にも何着かあるが、今、リョウの着ているワンピース以外、どこかしら静の血が付着しているため、どこかに着て行くことはできないのだが。

「それこそ妻に相談すればいいじゃない」

 リョウの話を聞いたレミリアは突き放すように言う。レミリアにはリョウの話は惚気にしか聞こえなかったのだ。誰だって元恋人が他の女性と仲良くしている話を聞くのは嫌だろう。

「それが……なんか真っ黒なゴスロリを着て行けばいいとか言い出して。絶対、違うよな?」

「……ええ、それはさすがに駄目なんじゃないかしら。似合いそうだけど」

 一瞬、真っ黒なゴスロリ衣装に身を包み、漆黒の傘を持ったリョウを想像してしまったが、すぐに否定する。幻想郷では受け入れられると思うが、外の世界でそのような衣装を着ている人はいないと、コスプレはしたくないと響が愚痴を零していたのだ。

「うーん……なら、響に相談してみるか」

「ええ、その方がいいわ。常識はあるから。色々と異常だけど」

 もちろん、異常なのは彼の体質である。

「あー……うん。そうする。さて、そろそろ帰る」

「あら、もう? まだ30分と経っていないわよ?」

「あたしにだって色々用事があるんだよ。それじゃ、またな」

「ええ。またね」

 カップに残っていた紅茶を飲み干し、クッキーを1枚だけ食べたリョウはそのまま、影に沈んで行った。普段、彼女は影の中を移動しているのである。

「……お嬢様、あのことは言わなくてもよろしかったのでしょうか?」

「ええ、いいのよ。そう言う運命じゃなかったから」

 少しだけ不安そうにしている咲夜を見てレミリアは微笑む。悪魔の犬と呼ばれている彼女もれっきとした人間。特にリョウはレミリアの元恋人であり、響の実の父親。気にするには十分だった。

「はぁ……楽しかったわ」

 そう言いながら彼女はクッキーを齧る。その破片が零れたのか、それとも別の要因があったのか。すでに冷たくなってしまった紅茶の水面がピチャンと揺れた。

 




Bパート完結。

これからDパート、学校側のお話がAパートとCパートの間に入ります。なお、視点はBパートとは違って、色々と変わる予定なのでちょっと読みにくいかもしれませんがご了承ください。

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