……まぁ、導入なので完全にギャグですが。
季節は10月末。秋も終わり、冬に変わる季節の境目だ。
「雅ちゃん、忘れ物ない?」
「ちょっと待って……うん、大丈夫」
私の後ろで鞄の中を覗き込んだ雅ちゃんは忘れ物がないか確認した後、私に頷いてみせた。玄関のドアノブを握り、もう一度、“自分の影”を一瞥する。
「よし、それじゃ行って来まーす」
そして、玄関を開けてまだ家の中で家事をしているお兄ちゃんに向かって言い、扉を開けた。
「おーう、後で合流なー」
「はーい」
遠くから聞こえるお兄ちゃんの声に返事をして雅ちゃんと一緒に外に出る。そう、今日は――文化祭だ。しかも、今年の文化祭はお母さんも新しいお父さんも一緒。うん、楽しみだ。
「おはよー」
学校に到着した私たちは朝早くから準備していたクラスメイトたちに挨拶する。彼らも準備をしながら適当に挨拶を返してくれた。
「それは……あっちだ。あー、おい。黒板班、漢字間違えてるぞ」
「む、どこだ?」
「だから――っと、音無妹、尾ケ井来たか」
黒板にチョークで文字を書いていた望ちゃんに注意していたのは柊君だった。近寄ったことで私たちに気付いたのかこちらに視線を向ける。因みに私たちの出し物は『音無響喫茶』。身内である私がいるのと他の誰よりもお兄ちゃんとじゃれている雅ちゃんがいたせいでクラスメイト達からお願いされてしまったのだ。特に雅ちゃんはお兄ちゃんと仲がいいと校内でも有名であり、皆から期待されていたらしく、頼られることが好きな彼女は渋々ながらも交渉してみると言ってしまったのである。
「柊君、何かやることある?」
「いや、特に。こっちはそろそろ終わるから今日の段取りでも確認しておいてくれ。尾ケ井は念入りに、な」
「わかってるって……はぁ」
念を押すような言葉を聞いて雅ちゃんは鬱陶しそうにため息を吐く。交渉して来たからか『音無響喫茶』の責任者になってしまったのである。
「おい、りゅうき。どこが間違えているのだ?」
「響が饗になってんだよ!」
「何!? 私としたことが!」
放置されて少しだけふてくされている望ちゃんに叫びながら柊君は黒板の方へ行ってしまった。よく廊下で“決闘”している二人だが、やはり幼馴染だからか仲がいい。私には幼馴染がいないのでちょっとだけ羨ましくなってしまう。
「望ー、段取り確認しに行くよー」
「あ、うん」
鞄を抱えた雅ちゃんの後を追って私たちはウェイトレス班と合流した。
「ふぅ……」
段取りの確認も終わり、1時間もせずに文化祭が始まる。本番前の休憩ということで私と雅ちゃん、柊君に望ちゃんは休憩を取ることにした。
「……なんで生徒会室に来るかなぁ」
熱いお茶の入った湯呑を傾け、お茶を一口だけ含み和んでいるとすみれちゃんがため息交じりにそう呟いた。他の役員たちは文化祭の準備に追われているらしく、この場にはいない。その隙を突いて生徒会室でお留守番をしていたすみれちゃんを巻き込み、プチお茶会を開いたのだ。
「こっちは書類整理があるのに……」
「もう終わってんだろ?」
「まぁねー」
すみれちゃんは【メア】のおかげで思考回路の回転率がとんでもないことになっている。それに付け加え、眼力強化により書類整理などほんの一瞬で終わらせてしまったのだろう。まぁ、どんなに処理が早くても体が追い付かないので処理が終わってからそれなりの時間が経っているのにも関わらず書類をフォルダに挟む作業をしているのだが。
「それにしてもよく許可出してくれたよね。りゅうたちのクラスの出し物」
「まぁ、身内と式神がいるからな。さすがに音無兄も拒否できなかったんだろ」
「え? 響の許可は取ってないよ?」
すみれちゃんと柊君の会話に首を傾げながら答える雅ちゃん。どうやら、お兄ちゃんの許可は取っていないらしい。許可うんぬんは全て雅ちゃんに任せていたから知らな――。
「って、えええええ!? 取ってないの!?」
「おいおい? さすがにそれはまずいんじゃないのか?」
「あ、響の許可は取ってないけど奏楽がオッケーしてくれたから大丈夫だよ。ラッピングも手伝ってくれたし」
そう言いながら何故か制服からお兄ちゃんの写真が入った袋を取り出す雅ちゃん。確かに一つだけ他の袋に比べてラッピングの拙さが目立つものがあった。きっと奏楽ちゃんが作った袋なのだろう。
「しかし……お兄さんも怒るのではないか? 勝手に自分の写真を景品に使われるのだぞ」
「……言えると思う? 『クラスの出し物で響を見世物にするけどいい?』って。言えると思う!? しかも、写真を景品するとか! 言った瞬間、絶対におしおきされるに決まってるじゃん!」
切羽詰まったように叫ぶ雅ちゃんに対し、私たちは顔を引きつらせることしかできなかった。確かに言えるわけがない。特にお兄ちゃんはそういったことがあまり好きじゃないので余計言い辛い。ましてや、いつもいいようにおもちゃにされている雅ちゃんがそんなことを言えば何をされるかわかったものじゃない。因みに私が見た中で一番えぐかったおしおきは神力で創った無数の手で雅ちゃんの体を固定し、色々なところをくすぐるというもの。字面は可愛らしく見えるかもしれないが、実際にされた人はたまったものではないだろう。しかも、くすぐっている手の数は2桁を超える。地獄と言っても過言ではない。実際、雅ちゃんは笑いながら涙を流し謝っていた。まぁ、お兄ちゃんはそれを聞いても『何言ってるのかわからないから駄目』と言って続行していたが。お兄ちゃんは雅ちゃんにだけ少しSになるようです。まぁ、あの時は雅ちゃんが悪いのでそれぐらいされても仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「だから、もう強行突破しようってことにしたの。悟も写真提供してくれたし、共犯者だよね?」
「……その時、説明は?」
「してないよ。『ファン増やして来る』って言って誤魔化した」
「アウト、かな」
事情を説明した上で写真をくれたのならまだしも、誤魔化してしまっている時点で共犯者もない。
「……ばれたらおしおきされるかな」
「うん、間違いなく」
頷いた私を見ておしおきされた時のことを思い出したのか体を震わせる雅ちゃん。そんなにおしおきが怖いならちゃんと許可を取ればよかったのに。
「で、でも! 始まっちゃえばこっちのものだよね! うん、だいじ――」
話している途中で雅ちゃんの姿が消えた。おそらくお兄ちゃんに勘付かれて強制的に召喚されてしまったのだろう。
「尾ケ井……」
「なんということだ」
「惜しい子を失くしちゃったね」
消えてしまった雅ちゃんを見て私と同じことを思ったのか柊君たちは嘆いていた。さほど悲しそうにしていないのは今回も完全に雅ちゃんが悪いので同情する必要がないからだろう。それから10分ほど経った頃、雅ちゃんが帰って来た。
「あ、おかえり」
「……うん」
どんよりとした空気を纏った雅ちゃんはおもむろに席を立って生徒会室の隅っこに移動し、その場で三角座りをしてしまった。その背中には『話しかけないで』と書かれている。
「落ち込むのはいいが……ばれたんだろ? どうなったかぐらい教えてくれ」
呆れたように言った柊君の言葉はもっともだ。もし、お兄ちゃんがNGを出した場合、『音無響喫茶』は開店できないのだから。
「……許可は、出してくれたよ。ちゃんと写真も景品にするって言った上でいいって言ってくれた」
「何だ、てっきり駄目だと言われて落ち込んでいるかと思ったぞ。ならば何故、そんなに落ち込んでいるのだ?」
「……おしおき、がね。リーマが作った鞭でひたすらお尻を叩かれるって奴だったんだけど」
いきなりマニアックなプレイを口にする雅ちゃん。まさかの発言に顔を引き攣らせる柊君たちに対し、今回は優しい方だな、と思ってしまった私はもう駄目かもしれない。
「そ、そっか。うん、大変だったね」
ドン引きしながらフォローに入るすみれちゃんだったが、雅ちゃんは首を横に振った。どうやら、落ち込んでいる理由はおしおきではないらしい。
「確かに……痛かったし、お尻ぺんぺんみたいなことをされてすごく恥ずかしかったってのもあったけど……けど」
「けど?」
「こういうの、ちょっといいかもって思ってる私もいたことが一番ショックでした……」
その時、生徒会室の空気が凍りついた。
「……よーし、そろそろ文化祭が始まる時間だ。準備するぞ」
「うむ、準備だ準備。特に望は最初からシフトが入ってるから急いだ方がいいぞ」
「そうだね、早く準備しに行かないと」
「あ、もしもし先輩? 書類整理終わりました。私もそろそろ巡回の準備をしますので留守番役変わってください」
「露骨すぎるよ! なんか言ってよ!」
『私はMじゃなあああああい!』と叫んでいる雅ちゃんを無視して私たちは生徒会室から出た。雅ちゃんはお兄ちゃんに対してMになるようです。
因みにくすぐりの刑の時、雅は響にまたたびをぶっかけました。
またたびは響さんの唯一と言ってもいい弱点です。それが初めて露見した話ですね。
その時のお話は番外編でやろうかなと思いますので詳しい話はそちらで。