東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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久しぶりの予約投稿です。
学会発表頑張ります。


第350話 崩壊の序曲

 こいしたちと旅を初めて早1か月。

 最初はなかなか皆と仲良くなれなかったキョウだったが、今ではすっかり仲良くなっていた。何より桔梗の人気が爆発した。可愛らしい人形が楽しそうに飛び回っているのだ。人気が出るのも不思議ではない。桔梗も子供たちと遊ぶのが楽しいのかあんなに懐いていたキョウと別行動を取ることもしばしば。その間、咲がキョウを独占するのだが、初心なせいで距離は微塵も縮まることはなかった。もう少し頑張って欲しいものである。最初よりはまだマシにはなったのだが。

「キョウ、これ運んで」

 手刀で叩き折って倒した大きな木を指さしながらこいしがキョウに指示を出す。いつもなら咲と釣りをしている時間だが、今日はこいしに頼まれて彼女の仕事を手伝っているのだ。

「はい」

 桔梗【翼】を装備したキョウが頷いて空を飛び、木を持ち上げる。一般の大人でも持ち上げられないような大きな木でも桔梗【翼】を装備していれば重力を操ることができるので軽々と持ち上げることができるのだ。

「いつ見てもすごいね」

 5歳児が大きな木を持って浮遊しているのを見てこいしが苦笑を浮かべながら感想を述べる。確かに何も知らない人がこの光景を見たら目を丸くして驚愕するに違いない。

「そうですか?」

「だって、5歳児が空を飛んで大きな木を運んでるんだよ?」

「……えっと、こいしさん、これどこに運びますか?」

 こいしの言葉を聞いてキョウは若干顔を引き攣らせ、誤魔化すように質問する。己の異常性を実感したのだろう。

「ああ、ゴメンゴメン。広場にでも置いておいて。皆で手分けして細かくするから」

「わかりました。桔梗、お願い」

「了解です!」

 キョウの言葉に従い、桔梗が翼を操作してゆっくりと前に進み始める。こいしはそれを見届けると別の場所へ歩いて行った。他にもやることがあるのだろう。それからしばらく会話をしながら広場に向かう。

「あ、キョウ君! お疲れ様」

 その途中、釣竿を持った咲と鉢合わせた。今日も大漁だったようで彼女の腰に括り付けられていた籠にはたくさんの魚が入っている。

「うわ、大漁ですね!?」

「うん。ここら辺、魚がたくさんいたの」

 咲の場合、いつでもどこでも大漁なのだが。因みにキョウは日によって大漁だったり一匹も釣れない時もある。それが普通であって常に大漁の咲が異常なのである。

「でも、一人ですか?」

 籠を覗き込んでいたキョウが意外そうに咲に問いかけた。無理もない。ベースキャンプにしている広場に近いと言っても妖怪に襲われたら逃げる間もなく殺されてしまうのだ。朝にキョウが空から偵察して近くに妖怪がいないと知っていたとしても一人で行動するのは危険すぎる。

「近くにこいしお姉ちゃんもキョウ君もいたから安心かなって」

 言い訳をする咲だったが、私はそれだけで何となく察してしまった。キョウとこいしがここで作業をするとは誰にも言っていない。それなのに咲は知っていた。つまり、キョウたちの後を付け、作業する場所を特定し、その近くの川で釣りをしていたのだろう。そして、恋する乙女の勘でキョウが広場に戻ることを察知し、偶然を装い合流した。何と言うか、恋ってすごい。そして、何故それほど行動力があるのにキョウと対面したらヘタレるのだろうか。

「安心って……すぐに駆け付けられないんですからもうちょっと、警戒してくださいよ」

「はーい」

 年下のキョウに説教された咲は嬉しそうに笑っている。それを見てキョウはため息を吐くと何か思いついたのかすぐに口を開いた。

「あ、そうだ。乗って行きます?」

 どうやら、運んでいる大きな木に咲を乗せるつもりらしい。まぁ、重さは桔梗【翼】で運べば関係ないし、咲も大漁の魚が入った重い籠を携えたまま、歩くのは辛いだろう。

「え? いいの?」

「はい、この木に跨ってください」

 木を地面に下した後、キョウの指示で咲が木に跨った。そして、ちゃんと咲が座ったのを確認してキョウは再び大きな木を持って浮上する。

「おお! すごい!」

「ゆっくり行きますが、落ちないように気を付けてくださいね?」

「うん!」

 キョウと一緒に帰るのがうれしいのか咲はニコニコ笑いながら彼とお喋りをし始める。恋心を自覚した頃の彼女は話すことすら難しかったのだが。私としてはもうちょっと積極的になって欲しいところだが、まぁ、最初よりはマシだ。もしかしたらそろそろキョウも咲の気持ちに気づけるかもしれない。キョウは何かと勘がいい。きっと、何かきっかけがあれば。しかし――。

「よ、妖怪だあああああああ!」

「「っ!?」」

 ――そんな考えは悲鳴によってすぐに中断させられた。

「咲さん! 僕に捕まって!」

 ただならぬことが起きていると瞬時に把握したキョウが咲に向かって叫ぶ。先ほどの悲鳴は広場の方から聞こえた。今まさにベースキャンプにいる子供たちが妖怪に襲われているはずだ。急がなければ犠牲者が出てしまう。

「え!? あ、うん!」

 最初は困惑していた咲だったがすぐにキョウの腕にしがみ付き、それを見たキョウは木を離して一気に高度を上げた。

「しっかり、捕まっていてください!」

「わかった!」

 さすがに照れている状況ではないとわかっているのか真剣な表情で頷く咲。それから咲を落とさないように注意しながら急いで広場に向かった。

「なっ!?」

 広場に到着したキョウはそのあまりの惨状に声を漏らしてしまう。手が4本生えた巨大な妖怪が広場で暴れ回っていたからである。救いなのはまだ犠牲者は出ていないことか。子供たちは小さな体を上手く利用して妖怪の攻撃を躱している。だが、それも時間の問題だろう。キョウもそれがわかっているのか広場から少しだけ離れた場所に着陸し、咲を地面に下した。

「咲さんはここにいてください!」

「キョウ君!?」

「絶対、動かないでくださいね!」

 心配そうにしている咲に釘を刺したキョウは再び空を飛び、広場に移動した。だが、キョウが広場に戻って来た直後に子供が妖怪に捕まってしまう。

「やめろおおおおおおおおお!!」

 今にも食べられそうになっている子供を発見した彼は背中の鎌を持ち、妖怪の背中を斬りつけた。斬られた痛みで妖怪が絶叫し、捕まえていた子供を離す。空中に放り出された子供をキョウが上手くキャッチしてすぐに地面に降ろした。

「大丈夫!?」

「う、うん」

「ここは危ないから逃げて!」

 助けた子供に怪我はないようですぐに走って逃げていく。その間に妖怪がキョウに向かって突進して来ていた。斬られたことが相当頭に来たようで顔を歪ませている。

「マスター!」

 それにいち早く気づいた桔梗が絶叫し、キョウは振り返る。しかし、その頃にはすでに妖怪はすぐそこまで迫っていた。

「【盾】!」

 咄嗟に桔梗【盾】を装備して迫る3つの拳を受け止める。桔梗【盾】は防御すると同時に衝撃波を発生させ、勢いを殺す。だが、さすがに3つの拳をほぼ同時に受け止めたのは無茶だったようで桔梗【盾】で防御したにも関わらず、吹き飛ばされてしまった。

「ぐっ……」

 何とか空中で桔梗【翼】に変形させて体勢を整えるも妖怪が連続で拳を振って来る。一撃でもまともに食らえば戦闘不能にさせられるだろう。それをキョウも理解しているのか振動を駆使して紙一重で躱していく。

「マスター! 振動、そろそろ出来なくなります!」

「嘘!?」

 だが、振動を使いすぎたようで桔梗が焦った様子で叫び、キョウも顔を引き攣らせた。『振動する程度の能力』を持つ桔梗だが、それを使いすぎるとオーバーヒートを起こしてしばらくの間、動けなくなってしまう。今、桔梗が動けなくなったらキョウは鎌1本で妖怪と戦わなくてはならなくなる。さすがのキョウでも負けてしまうだろう。私の力を使わなければ。これは、覚悟を決めた方がいいかもしれない。

 しかし、私がキョウに力を譲渡する前に桔梗の言葉に気を取られた彼は妖怪に接近されてしまい、胸ぐらを掴まれてしまう。

「……え?」

 まさか掴まれるとは思わなかったようで硬直してしまうキョウ。そのまま妖怪は大きく振りかぶり、思い切りキョウを投げた。

『まずい!』

 こんな勢いで投げられたらキョウの体はすぐに壊れてしまう。急いでキョウに力を譲渡し、彼の体を強化した。

「ええええええええええええええええっっ!!?」

 絶叫しながら彼は回転しながら飛ばされてしまう。どんどん広場から離れていくが、今桔梗の振動を使ったら体を強化したとしてもキョウの体は裂けてしまう。

「き、桔梗! 止めてええええええ!!」

「む、無理です!! 今、振動したらマスターの体が裂けちゃいますよ!」

「嘘おおおおおおおおお!?」

『これは、ちょっとやばいかも』

 回転しながら飛び続けるキョウの体を守りながら私は冷や汗を掻く。私はキョウの体を守るだけで(キョウの体を借りれば何とかなるかもしれないが、桔梗に私の存在がばれてしまうので強化しかできない)精いっぱい。桔梗の振動は使えない。つまり、回転が落ち着くまで私たちは飛ばされ続けるのだ。その間、子供たちはどうなる? このままでは――。

(こいし……)

 すでに小さくなってしまった広場の方を見ながら私は祈るようにこいしの名前を呟いた。

 


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