東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第352話 焦りと八つ当たり

「おはよ、キョウ」

「おはよう、霊夢」

 いつものように隣の布団にいる霊夢に朝の挨拶をして体を起こす。昨日は早く寝たはずなのに少しだけ気怠かった。右肩をぐるぐる回して体の調子を確かめていると後ろから霊夢の視線を感じたので振り返る。そこにはジッと僕のことを見ている霊夢がいた。

「どうしたの?」

「……何か私に隠してること、ない?」

 その言葉を聞いてドキッとしてしまう。まさに僕は彼女に隠し事をしているから。

「そんなことないよ。ほら、早く起きないと。今日も忙しいんでしょ?」

 この前、妖怪が侵入して来たせいで結界に綻びができてしまったのだ。外からの侵入を防ぐことに重点を置いた結界だったので侵入された時の設定が疎かになっていたらしい。その結果、結界に不具合が生じた。それを数日前に霊奈が発見し、霊夢に報告。神社を覆っている結界を弄れる人は霊夢しかいないので彼女が対処に回っている。そのため、最近の霊夢は何かと忙しいのだ。

「……そうね」

 忙しい自覚はあるのか不貞腐れたように布団から出て畳み始めてしまう。それを見て全て話してしまいたくなったが、話したら絶対止められるのでグッと我慢する。

(ゴメンね)

 心の中で謝った僕は隣でまだ眠っている桔梗を起こすために立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 桔梗【弓】の練習が終わった僕は地面に座って目を閉じていた。

「『ぎゅーん』……『ぎゅーん』……」

 体の中にある霊力を慎重にお腹の下当たり――丹田に集める。前、一気に集めようとした結果、集めた霊力が爆散して後方に吹き飛んでしまったのだ。運よく怪我はほとんどしなかったものの、近くで見ていた桔梗とななさんに心配をかけてしまった。

「……ッ!」

 限界まで霊力を溜めた後、一気に解放する。抑えつけられていた霊力が僕の体を駆け巡り、そのまま霧散した。失敗である。

「うーん……上手くいかない」

 額の汗を袖で拭った後、僕は寝転がって空を見上げた。綺麗な青空が僕を見下ろしている。でも、僕の心は曇っていた。

「マスター、大丈夫ですか?」

 そんな僕の顔を覗き込むように浮遊している桔梗が不安げに問いかけて来る。大丈夫だと言ってあげたかったが、修行が上手くいかないせいで見栄を張ることさえできなかった。仕方なく苦笑しながら彼女の頬を撫でるとくすぐったいのか桔梗は身を捩らせる。

「キョウ君、少し休憩しましょうか」

 倒れている僕に水筒を差し出しながらななさんがそう提案して来た。確かにそろそろ朝ご飯の時間だ。今日の修行はここまでにしよう。

「ありがと……何で上手くいかないんだろう」

「『ぎゅーん』は出来ているようですが、問題はその後の『パーン』ですよね。何となく私も霊力を感じ取れますが、解放した瞬間にコントロールを失っているように思えます」

「……本当にななさんって何者?」

 記憶喪失なのに家事が出来たり、変な経験がありそうだったり、霊力を感じ取れたり。記憶を失う前の彼女の姿が全く想像できない。でも、少なくとも普通ではなかったと思う。

「ななはななですよ」

 くすくすと笑って冗談を言った後、僕の手を掴んで引っ張る。体重の軽い僕は簡単に引き起こされたが、霊力の使い過ぎのせいで体に力が入らず、そのままななさんの胸に顔を埋めてしまった。

「焦らなくていいんですよ」

 すぐに離れようとするがそれを遮るように僕の体を抱きしめるななさん。いつもなら暴れる状況だがななさんの言葉に思わず、身を硬直させてしまった。

「事情はわかりませんがキョウ君は今、焦ってるんだと思います。ですが、それでは何も上手くいきません。むしろあなたの身を滅ぼしてしまうことに繋がるかもしれません」

 目だけでななさんの方を見ると彼女は微笑んでいた。まるで、自分の子供をあやす母親のような笑み。他の子共はわからないが、僕にとってそれは見慣れない笑顔だった。僕はいつも独りだったから。

「大丈夫です。あなたには私や桔梗ちゃんがついています。もちろん、ここにいない霊夢さんや霊奈さんも。あなたはもう、独りじゃありませんよ」

「……そうなのかな」

 彼女の言葉を聞いて僕は思わず、反論してしまった。まさか反論されるとは思わなかったのか、ななさんの拘束が緩んだ。その隙に彼女から離れる。

「それは、どういう意味でしょう?」

「確かにここに来てから桔梗と出会って、色んな人に助けて貰ったよ。そのおかげで僕はここまで強くなれた。でも……」

 そこで言葉を切ってななさんから視線を逸らす。わかっているのだ。こんなこと言っても無意味だと。この感情は自分勝手で、独りじゃない幸福を知ってしまったから生まれてしまったものだと。この気持ちと僕の焦りは無関係で、ずっと想っていた願いだということも。

 

 

 

「……でも、やっぱり僕は、お父さんとお母さんも一緒がいい」

 

 

 

「マスター……」

 僕の言葉で桔梗は目を伏せる。ななさんなど言葉を失っていた。そんな2人の様子を見ていたたまれなくなり、気付いた時には駆け出していた。後ろから桔梗とななさんの声が聞こえるが無視してがむしゃらに走る。きっと修行のストレスのせいだ。僕が弱音を吐いたのも、ななさんに八つ当たりしてしまったのも。

「あっ……」

 木の根に足を引っかけてしまい、転んでしまった。体中擦り傷だらけでヒリヒリする。それでもすぐに立ち上がって歩き始める。

 ――どうして?

 その時、どこからか声が聞こえた。聞き覚えのない、懐かしい声。立ち止まって辺りを見渡すが誰もいなかった。気のせいだったのだろうか。それとも、自分に対する疑問が声になって聞こえたのだろうか。

 ――どうして、焦ってるの?

「どうして……なんだろうね」

 自分でもよく分からなかった。あの奥義書を読んで『夢想転身』を習得しようと心に決めた時から僕は焦っていた。早く覚えなければ。何としてでもものにしなければ。そんなことばかり考えていた。

 ――あなたは十分強いのよ?

「違う。僕は弱いよ」

 その言葉を首を振って否定した。強かったらあの妖怪など簡単に倒していたはずだ。しかし、実際は違った。僕はボロボロにされ、もう少しで霊夢も傷つけられそうになった。あの時、桔梗【弓】に変形できなかったらどうなっていたのだろう。想像もしたくない。

 ――だから、あなたは強くなりたいの?

「……」

 そう、なのだろうか。よくわからない。自分のしたいことが、気持ちがわからない。

 ――しょうがないわ。だってまだあなたは“子供”なんだもの。

「そんなの言い訳にもならないよ」

 子供だから仕方ない。それで誰も傷つかないのならば僕はずっと子供のままでいい。だが、現実はそこまで甘くないことを知っている。僕のことをずっと心配して、傍にいて、笑ってくれたあの人の死で嫌と言うほど。

「ねぇ、教えてよ。僕はどうすればいいの? よかったの?」

 ――それは……。

 声は戸惑ったような声音でそう言って沈黙してしまう。駄目だ。また八つ当たりしてしまった。こんなの僕じゃない。いつもの僕は――。

 

 

 

(――いつもの僕って、どんな子だっけ)

 

 

 

「あああああ! もう!」

 心の中がもやもやして無意識の内に近くに立っていた木に拳を叩きつける。そして、殴られた木はそのまま折れて地面に落ちた。ズシンと地面が揺れる。

「……何、今の」

 思わず、自分の手を見つめてしまった。力いっぱい殴ったのは本当だが、木が折れるほどの力が込められていたとは思えない。じゃあ、何か別の原因が?

「あれ、キョウ?」

 唖然としていると草むらを掻き分けて顔を見せたのは霊奈だった。どうやら、いつの間にか彼女が修行に使っている広場の近くまで来ていたようだ。不思議そうに僕を見ていたが、すぐに折れた木を見つけて目を見開く。

「な、何かあったの!? 妖怪!? また妖怪なの!?」

「ち、違うよ。僕が殴って折ったんだよ」

「あ、そっかー。キョウが殴って折ったん……ってそっちの方が問題だよ!」

 混乱しているようで僕に駆け寄って来て僕の手と木を交互に見ていた。その姿が何だかおかしくて思わず、笑ってしまう。

「キョウ?」

「ごめんごめん……ねぇ、霊奈」

「なに?」

 霊夢とはちょっとぎくしゃくしている。桔梗とななさんの前だと八つ当たりしてしまう。でも、自分じゃどうにかできない。だからだろうか。気付けば僕は――。

「ちょっと、相談があるんだ」

 ――そう、霊奈に言っていた。


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