東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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予約投稿です。
また、必ず活動報告をお読みください。
とても……というわけではありませんが投稿に関することなのでよろしくお願いします。


第353話 破損と怪我

 妖怪に投げ飛ばされてからしばらく経ち、キョウと桔梗は草木に突っ込み、やっと止まった。しかし、飛んでいる途中でキョウは気絶し、桔梗も意識が朦朧としているようだ。

(周りには……何もいないみたいね)

 付近の気配を探るが妖怪はもちろん、獣もいない。とりあえず、キョウたちの安全は確保できた。

「ますたぁ……無事ですかぁ?」

 目を回しているのかいつもより言葉が拙い桔梗。人形でも目を回すらしい。まぁ、桔梗はすでに人形とは呼べない存在なので不思議ではないが。

(答えない方がいいわよね?)

 キョウは気絶しているので一時的に体を借りて動くことはできるが私の正体がばれる可能性もある。ここは様子を見た方がいいだろう。

「……マスター?」

 やっとキョウに意識がないことがわかったのか桔梗は不安そうに彼の名を呼んだ。声を出して安心させたいがここはグッと我慢する。

「あ……」

 何度かキョウを呼んでいた桔梗だったが、何かに気付いたようで声を漏らす。私もすぐに気付いた。桔梗【翼】の右翼が折れていたのだ。桔梗の様子を見るに痛みなどはないようだが、飛ぶことは難しいだろう。相当な距離を投げ飛ばされたはずなのでこいしたちがいる広場まで相当距離がある。桔梗【翼】がないと皆のところへ戻るのに時間がかかってしまう。

「くっ……」

 その時、キョウの口からうめき声が漏れた。やっと意識を取り戻したらしい。

「マスター! 大丈夫ですか!?」

「な、何とか……」

 そう言いながらキョウが体を起こす。それを見て安心したのか桔梗は安堵のため息を漏らすが、すぐに落ち込んだ様子で口を開いた。

「……ですが、こちらが」

「え?」

 桔梗の声を聞いて振り返る彼だったが、見たのは折れていない左翼。すぐに桔梗が右翼を見るように言って翼が折れてしまったことを教えた。

「桔梗、大丈夫!?」

「私に痛みはありませんが……このまま、飛ぶのは難しいです」

 桔梗【翼】は重力を操作して飛んでいるので折れていたとしても飛行は可能である。しかし、もし敵に襲われ、振動を使わざるを得ない状況になった場合、右翼は振動できず、下手をすれば破損が広がり、桔梗本体が壊れてしまう可能性だってあるのだ。

「一度、人形に戻ってまた、翼になれば!」

「……やってみましょう」

 キョウの提案を聞いた桔梗は覇気のない声で頷く。自分の体のことなので上手くいかないことを察しているのだろう。その証拠に実際にやってみたが右翼は折れたままだった。

「そんな……」

「時間が経てば直ると思います。しかし、すぐには……」

「じゃあ、どうすれば!? うっ」

 彼も桔梗【翼】がなければこいしたちのところへすぐに戻れないことを理解しているのだろう。焦ったような声で叫び、すぐにうめいた。まさか、キョウもどこか怪我を?

「マスター!?」

 キョウのうめき声を聞いて桔梗が人形の姿に戻り、彼の体を診てすぐに顔を青ざめさせる。

「マスター! 右腕が、折れてます」

「嘘っ!?」

「ほら」

 袖を捲るとそこには酷く腫れた右腕があった。草木がクッションになってくれたとは言え、さすがに全ての衝撃を吸収してくれたわけではなかったようだ。

『ごめんね、キョウ……』

 私がいながらキョウに怪我をさせてしまった。それがショックで聞こえるはずのない謝罪をしていた。もちろん、その謝罪に対する言葉はない。

「ど、どうしよう……」

「マスターがこんな状態で動かすわけにもいきません」

 こいしや咲がいれば折れた右腕に添え木をしてくれただろう。しかし、今はキョウと桔梗しかいない上、縛る物もない。このまま動いて悪化させてしまうかもしれない。病ならば桔梗【薬草】で治せるのだが、怪我はどうすることもできないのだ。

(吸血鬼の自己再生能力があれば)

 骨折などほんの数秒で完治するだろう。だが、私はすぐに頭を振ってそんな考えを消した。吸血鬼の自己再生能力をキョウに譲渡、もしくは発現させた場合、必ずキョウの血に吸血鬼の血が混ざる。そうなったら彼は人間でも、吸血鬼でもない存在――言うならば半吸血鬼になってしまうだろう。それだけは避けなくてはならない。

「お? こんなところに人間?」

「「っ!?」」

「それに、人形? 珍しい組み合わせだね」

 不意に声が聞こえ、キョウと桔梗が驚愕する。私も驚いた。いつの間にか近づかれてしまったらしい。ショックを受けている場合ではない。キョウが振り返るとそこには短めの金髪ポニーテールに黒いふっくらとした上着。その上にこげ茶色のジャンパースカートを着ていてスカートの上から黄色いベルトのようなものをクロスさせて何重にも巻き、裾を絞った特徴的な服を着た女がいた。

「ん? どうかしたの?」

 唖然としているキョウを見て首を傾げる女だったが、先ほどの言葉からして妖怪だと思われる。今、キョウは腕を折っていて、桔梗【翼】が使えない。下手に刺激して攻撃されてしまえば一巻の終わりである。

「あ、あの!」

 だが、桔梗が切羽詰ったように話しかけてしまった。いつでもキョウの体を乗っ取れるように身構える。

「え!? 人形が喋った!?」

「マスターが腕を折ってしまって動けないんです! どうか、助けてください!」

 桔梗が言葉を発したことに驚いている女に桔梗は助けを求めた。確かにこの妖怪ならもしかしたらキョウを助けてくれるかもしれない。もし、悪い妖怪なら油断していた隙にキョウを殺せたはずだから。

「腕を折った? ちょっと見せて」

 桔梗の言葉を聞いてすぐに女はキョウの腕を診る。そして、本当にキョウの右腕が折れていることを確認した後、少し待つように言い、こちらに背を向けてしまった。

「これでオッケー」

「それは?」

 振り返った女の手にあった白い糸のような物を指さすキョウ。糸にしては少しばかり太いような気がする上、魔力とは違った力が込められている。妖怪だから妖力だろうか。それに糸を出したと言うことはこの女は蜘蛛の妖怪かもしれない。

「私の糸だよ。これで、腕を固定すればマシになると思う」

 女は糸をキョウの首にかけ、折れた腕を吊り、固定しながら言った。これで一先ず安心だ。だが、状況は芳しくない。早くこいしたちのところへ戻らなければ手遅れになってしまう。

「どう? 痛くない?」

「大丈夫です。本当にありがとうございました」

「いやいや、困った時はお互い様だよ……ん」

 キョウと話していた女が急に訝しげな表情を浮かべる。それとほぼ同時にキョウの中に何かが侵入して来た。慌てて魔力を少しだけキョウに譲渡し、それを打ち消す。

「ちょ、マスターに何するんですか!?」

 そして、違和感を覚えたのは桔梗も同じだったようで女に向かって絶叫する。いや、違和感を覚えたというより、女が何をして来たか理解しているようだ。

「桔梗?」

「マスター! この人、マスターを病気にさせようとしました!」

「へ!?」

 桔梗の言葉にキョウだけでなく、私も驚いてしまった。この女には病を操る能力があるのはもちろん、助けてくれたとは言え、初対面の子供を病にするような人がいるとは思わなかったのだ。

「お? わかっちゃった?」

「じゃあ、本当に!?」

「挨拶代わりに、ね。でも、効かないか」

 挨拶代わりに病気にさせられそうになったこっちの身にもなって欲しい。私や桔梗がいなかったら今頃、キョウは病に倒れていただろう。

「何で!?」

「私なりの冗談だってば」

 ケラケラと笑っている女を呆れた様子で見ていたキョウだったが、ふと桔梗が沈黙していることに気付く。これは、まさか――。

「ん? 桔梗?」

「ください」

「えっ!?」

「その糸、ください」

 マズイ。桔梗の物欲センサーが反応した。このままではキョウの腕を吊っている糸が食べられてしまう。その拍子にキョウの腕が悪化する可能性もある。どうにかしなければ。

「すみません! この糸、出してください!」

「え?」

 キョウも今の状況に危機を感じたのか女にそう頼んだ。しかし、状況が上手く飲み込めていない彼女は不思議そうに首を傾げる。ヤバい、桔梗がキョウの腕に近づき始めた。

「いいから、早く!」

「あ、うん」

 女が手から糸を出すと魚のように糸の先端に食いつく桔梗。そのまま、麺を啜るように糸を食べ始めた。

「ええええ!?」

「糸を出し続けて! 手が食べられちゃいますよ!」

「あ、アンタの人形、どうなってんの!?」

 悲鳴を上げながら女は手から糸を出し続け、それを桔梗が食べ続ける。

(……めちゃくちゃ長いうどんを桔梗がひたすら食べてるみたいね)

 彼女には悪いが目の前の光景を見ながらそう思い、こんな状況だと言うのにくすりと笑ってしまった。


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