僕のお願いを聞いた霊奈は笑顔で頷き、霊奈がいつも修行で使っている広場に移動した。
「それで? 相談って?」
休憩する時に使っているという丸太に座った霊奈は首を傾げながら問いかけて来る。
「うーん……」
しかし、霊奈の隣に腰掛けた僕は腕を組んで唸ってしまった。相談したい気持ちはあるが言葉にするのが難しく、どう説明しようか悩んでしまったのだ。
「相談があるんじゃないの?」
「どう説明しようかなって……僕もよくわかってなくて」
「何それ? 難しいこと言われてもわかんないよ?」
「難しいこと、なのかな?」
「とりあえず、何があったのか教えてよ」
それから僕は先ほどあったことを霊奈に説明した。修行が上手くいっていないこと。桔梗とななさんに八つ当たりしてしまったこと。ななさんが言うには僕は焦っているらしいこと。
「ふーん……そんなことがあったんだ」
話を聞き終えた霊奈は意外そうに僕を見ていた。何故、そのような表情を浮かべているのかわからず、目を細めてしまう。
「あ、ごめんごめん。霊奈の中でキョウって何でも簡単に出来ちゃう人だったから」
「僕だって悩むことぐらいあるよ」
「でも、焦る必要はないと思うけどなぁ……別に期限があるわけでもないし」
「あー……」
期限はないわけでもない。僕の能力が発動してしまったら強制的にこの時代から別の時代に飛んでしまうのだ。そうすればあの奥義書は読めなくなってしまうし、ななさんに手伝って貰えなくなってしまう。まぁ、奥義書の内容はすでに覚えてしまった上、ななさんがいなくても修行はできるので焦る要因ではないだろう。
「んー……何でだろうね。やっぱり霊奈には難しいことわかんないや」
「あはは……聞いてくれただけでもよかったよ」
だが、結局、問題は解決していない。このまま修行を続けても上手くいかないだろう。何とかしないと。
「よし!」
その時、不意に霊奈が立ち上がって僕の方を見た。嫌な予感がする。
「悩んでる時は体を動かすのが一番! 一緒に修行しよ!」
「……いやいやいや!」
霊奈の提案に思わず、声を荒げてしまった。今、ここに桔梗はいないのだ。修行しようにも桔梗のいない僕ではすぐにやられてしまうだろう。
「キョウはもっと自分の力を信じるべきだよ! 確かに桔梗は強いけど、もしもの時はどうするの?」
「もしもの……時?」
「今みたいに桔梗がいない時だよ! ずっと桔梗が傍にいるわけじゃないんだよ?」
「うっ……」
霊奈の言う通りだ。必ずしも桔梗がいるわけではない。僕一人でも戦えるようにしておかなければ対処できず殺されてしまうだろう。
「……わかった、やろう。でも、最初は軽くね? 桔梗がいない時の動き方の確認をしたいから」
「オッケー!」
嬉しそうに頷いた彼女は僕から距離を取った。さて、修行をやるとは言ったもののどうしよう。今の手札は博麗のお札と背中にある鎌。そして、まだ成功したことのない奥義のみ。どれだけ桔梗に頼った戦い方をして来たのかわかる。
「それじゃ行っくよー!」
霊奈がそう言った後、お札を投げて両手にいつもの鉤爪を作った。急いで鎌を手に取り、構える。
「やー!」
(とにかくやるしかない!)
霊力で肉体強化でもしたのか凄まじい勢いで突っ込んで来る霊奈。鎌に魔力を流して刃を大きくしつつ、肉体強化に使おうと練っていた霊力を博麗のお札に流し、左手で地面に向かって投げた。地面に当たったお札は小さな爆発を起こし、砂煙を巻き上げる。霊奈の視界が塞がっている間に鎌を横薙ぎに振るって魔力刃を飛ばした。
「うわっと!?」
博麗の巫女特有の直感が働いたのか霊奈は魔力刃をジャンプして躱す。そして、鉤爪に引っ掛けてあったお札を後ろに放って爆破させた。その爆風に乗って真っ直ぐ僕に向かって来る。慌ててお札を投げるが彼女は体を捻ってそれを回避し、鍵爪を振るった。肉体強化している時間はない。襲って来るであろう衝撃に備え、腰を低くした直後、鎌に鉤爪が直撃した。
「ぐっ……」
しかし、身体能力が上がっている霊奈の攻撃力には勝てなかったようで魔力で大きくした刃が粉々に砕かれてしまう。すぐにバックステップして距離を取り、お札を連続で投げる。霊奈はそれらを鉤爪で引き裂き、また近づいて来た。鎌の刃を大きくして僕も駆け出す。走りながら霊力を体に流して身体能力を向上させ、僕と霊奈はほぼ同時に得物を振るった。鎌と鉤爪が激突し、火花を散らす。
「そんな技もあったんだね」
鍔迫り合いの状態(両方共鍔はないけれど)で霊奈は僕に笑って言う。魔力で鎌の刃を大きくする技は危険なので今まで使ったことはなかった。だが、桔梗がいない今、手加減しながら勝てるわけがないので使ったのだ。
「じゃあ、霊奈も新技いっちゃうよ」
彼女はそう言った後、ドンと右足を地面に叩きつける。すると、裾から博麗のお札が落ち、彼女の右足に貼り付いた。
(まさかっ!?)
咄嗟に魔力を鎌に流して刃を更に大きくし、霊奈の体を押し返す。そして、鎌の刃を地面に突き刺し、即席の盾にした。
「せいっ!」
体を押され、バランスを崩しているのにも関わらず、霊奈は右足をその場で振るう。彼女の右足に形成されていた鉤爪が伸び、鎌の刃に激突した。その衝撃で吹き飛ばされそうになったが、何とか踏みとどまる。しかし、霊奈の攻撃は終わっていなかった。次々と博麗のお札が鎌の刃に直撃したのだ。刃に皹が走った。
「これで!」
今度は右手の鉤爪を伸ばし、鎌を切り裂く。魔力刃が砕け、宙を舞った。そして、その先には3枚のお札。ああ、駄目だ。当たる。負ける。
――諦めるの? あの時はあんなに必死だったのに?
その時、あの声が聞こえた。
諦める?
嫌だ。諦めたくない。
――じゃあ、何で何もしないの?
僕だってこのままやられるなんて嫌だ。でも、鎌はすぐに動かせない。お札だって投げる暇なんてない。後はあの未完成の奥義だけ。
――まだ……あるじゃない。地面を蹴る両足が。希望に伸ばす両手が。決して折れることのない不屈の心が。あなたにしかない最強の武器が。
「……ッぁ!」
迫り来るお札に向かって僕は右手を伸ばす。無我夢中で。我武者羅に。一心不乱に。
そうだった。何もできないなら見つければいい。それで自分が傷つくことになろうとも。僕はもう諦めるという行為を捨てたのだから。何もしないという手段を放棄したのだから。
足を動かせ、手を伸ばせ、ハッピーエンドを望め。どんなに手札を用意しても、力を付けても、絶対に最初の一歩は気持ちが動かすのだから。気持ちだけは、心だけは負けちゃ駄目なのだ。それさえ忘れなければ僕は何度だって立ち上がれる。手を伸ばせる。最良の結末を望める。もう、あんな結末を迎えるのは嫌だから。
心臓がうるさいほど鼓動を打つ。体の底から何かが湧きあがる。視界には迫るお札しか入らない。
「『ぎゅーん』……」
小さな声でそう呟き、伸ばしていた手を握って拳を作った。すると、湧き上がって来た何か――霊力が一点に集まる感覚を覚える。そして――。
「『パーン』!!」
――それを一気に解放し、解放した霊力を伸ばしていた拳に乗せ、撃ち出す。僕の手から放たれた紅い旋風がお札を吹き飛ばし、そのまま霊奈に向かって突き進んだ。
「え? え? えええええ!?」
まさか反撃されるとは思わなかったようで霊奈は目を丸くし、旋風に飲まれて後方へぶっ飛んだ。そのまま地面を転がり、気絶してしまったのか動かなくなった。
「はっ……ぁっ……はぁ……はぁ……」
僕は肩で息をしながらまだ震えている右手を見る。無理矢理霊力を撃ち出したからか、ズタズタになってしまった手の平から血が流れていた。不思議と痛みはない。
「あれは、一体……」
すぐに撃ち出してしまったのではっきりとは言えないが解放した霊力を僕は一瞬だけコントロールしていた。もしかしたらもう一度やれば何かわかるかもしれない。
「あ……れ?」
だが、ぐにゃりと視界が歪み始める。手足に力が入らない。それからほどなくして僕は地面に倒れ、意識を失った。