「……ふぅ、ご馳走様でした」
「はぁ、はぁ……や、やっと終わった」
桔梗が糸を食べ始めてから十数分後、やっと暴走が終わったのか満足そうにため息を吐いた。その後ろでは女が肩で息をしている。何度か糸の排出速度より桔梗の吸引速度が勝り、手を食べられそうになったからか顔は青ざめていた。
「大丈夫ですか!?」
桔梗の暴走に巻き込まれないように遠巻きに見ていたキョウが女に駆け寄り、声をかけた。その声で桔梗も正気に戻ったのか慌てた様子で頭を下げる。
「すみません! 私、また暴走しちゃって!」
「いや、いいけど。はぁ……それじゃ、私は行くね。その糸、回復を促進させる効果があるから骨折程度なら1週間で治るよ」
「ありがとうございました!」
疲れた様子でそう言った女はキョウたちに背中を向けて歩き出す。キョウはすぐに頭を下げながらお礼を言うが、頭を上げた頃には彼女の姿はどこにもなかった。
「行ってしまいましたね」
「うん。あ……名前、聞き忘れちゃった」
名前を聞かずに別れてしまったことに気付き、落ち込むキョウだったがすぐに気持ちを切り替えたようで桔梗の方を見る。
「あの人、骨折は1週間で治るって言っていましたけど、今は……」
「そうだね。急いでこいしさんのところへ行かないと」
私もキョウの言葉に頷く。こいしは心が読める。しかし、それは相手に理性がある場合だ。あの妖怪との戦いは短いものだったが、理性があるとは思えない。更にあそこはベースキャンプ。子供たちを守りながら戦うとなると厳しいものになるだろう。
「急がないと……」
キョウがそう呟きながらベースキャンプのある方角へ歩き出した瞬間、近くの森が白く光った。
「何、あれ?」
「どうかしましたか? マスター?」
思わず足を止めてしまったキョウを見て桔梗が不思議そうに問いかける。彼女の反応を見るにあの白い光が見えていないらしい。
「え? 桔梗、見えないの?」
「何がですか?」
やはり桔梗には見えていなかった。だが、キョウにも見えているので私の見間違いではない。なら――。
『キョウの能力に関係してる?』
「桔梗! 【翼】であそこまで行ける?」
キョウも私と同じ結論に辿り着いたようで白く光っている場所を指さしながら桔梗に質問する。子供の足で向かうには少しばかり遠いからだ。
「あ、はい……低空飛行で短距離なら大丈夫ですけど」
「よし、お願い!」
すぐに背中に桔梗【翼】を装備して白く光っている場所へ向かう。2分ほどで目的地に到着したが、その頃には白い光は消えていた。だが――。
「これは……」
「じ、地面に何か突き刺さっていますよ!」
「……猫車?」
キョウの言う通り、地面に何か――猫車が突き刺さっていた。だが、問題はその周囲だ。森の中なので地面は雑草で覆われているのだが、猫車の周りだけポッカリと穴が開いたように地面がむき出しになっているのだ。また突き刺さっている猫車も異常だった。右側面に細くて長い傷があり、他の部分もボロボロだ。戦場をあの猫車を押して駆け抜けたと言われたら納得してしまうだろう。
「桔梗、あれ、食べられる?」
「へ?」
『……キョウ?』
突然、キョウが桔梗に質問した。何か考えでもあるのだろうか。
「あれを食べながら僕の言う物を浮かべて。それに変形できるように……それと、もう一つ」
「え、ちょ、マスター! 注文が多いですよ!」
「もう一つだけでいいんだ。今まで食べて来た物を思い出して。そして、それを組み込めない?」
「組み込む、ですか?」
首を傾げる桔梗だったが私には理解できた。今まで素材一つに対して変形一つだったが、他の変形に今まで食べて来た素材を利用できるのではないかとキョウは考えたのだ。
「……なるほど。やってみる価値はありそうですね」
キョウの説明を聞いた桔梗も賛成したので早速試してみることにした。
「まず、基となる変形を思い浮かべよう。桔梗には乗り物に変形して欲しいんだ」
「乗り物ですか……しかし、猫車は乗り物に適していませんよ?」
「今までの変形だって食べた素材よりも複雑な……というか全然形が違ったよ。嘴から盾になったり」
「あ、そう言えば……それでどのような乗り物がいいんですか?」
「バイクってできるかな?」
キョウの言葉に思わず、私は驚いてしまう。しかし、すぐに納得した。車の場合、敵に襲われた際、窓から身を乗り出さなければ反撃することができない。また、どうしても幅ができてしまうので森の中では走り辛いだろう。それに比べ、バイクならばすぐに反撃できる上、森の中でもある程度、自由に走れるはずだ。まぁ、振動は凄まじいものになりそうだが。
「バイク……二輪車ですか。試してみないことには何とも言えませんが、出来る限りやってみます」
「うん、ありがとう。じゃあ、次は素材を利用できるかなんだけど……」
「これもやってみないことには……」
初めての試みだ。やり方などわからなければ成功する保証もない。それはキョウも知っている。だが、何故か彼は笑顔を浮かべて桔梗の頭に手を乗せた。
「大丈夫。桔梗ならできるよ」
その言葉に迷いはなかった。まるで成功すると確信していると言わんばかりに。
「っ……はい! 私、頑張ります!」
キョウの信頼を目の当たりにした桔梗は気合いを入れて猫車の方へ飛んで行った。
「いただきます」
そして、地面に突き刺さったままの猫車を食べ始める。バリバリという音が森の中に響き、数分ほどで猫車は桔梗の胃の中(本当に胃があるかわからないが)に消えた。
「……どう?」
食べ終わってもなお動かない桔梗の背中におそるおそる問いかけるキョウ。ゆっくりと振り返った彼女は嬉しそうに笑っていた。
「マスター、成功したようです!」
「ホント!?」
「はい! 【バイク】に今までの素材を基にした機能を付けられました!」
それから桔梗は桔梗【バイク】の説明をし始める。
燃料はキョウの魔力で速度によって消費される魔力が変動するらしい。また、バイクのサイズはキョウの体に合わせられる。これで子供のキョウでも乗れそうだ。
次に機能。桔梗の『変形する程度の能力』が基になった桔梗【翼】を参考にした飛行能力。桔梗【翼】は重力操作で飛行するのに対し、こちらは『振動する程度の能力』を利用する。だが、飛行している間、翼を振動させているので熱が発生――つまり、オーバーヒートしてしまうため、長時間の飛行は望めないとのこと。更に飛ぶ時にマフラーからジェット噴射して進むらしく、余計熱がこもりやすいそうだ。これは桔梗【拳】のジェット噴射を利用した。
他にも青怪鳥の嘴からシールド。先ほど食べた糸からワイヤーとアンカーなど色々な機能が備わっていた。
「運転は?」
「マスターもできますし、私が代わりに運転することも可能です」
「なら、今回は桔梗に運転任せていい? さすがにこの腕じゃ……」
そう言いながらキョウは顔を歪ませて右腕を見た。片腕が折れている状態で運転などできるわけがない。
「わかりました、任せてください!」
頼られたのが嬉しかったのか桔梗は嬉しそうに自分の胸を叩いた。その仕草が可愛らしくキョウも私も思わず、笑みを零してしまう。
「それじゃあ、行こっか」
「はい!」
頷いた彼女は桔梗【バイク】に変形した。車体は黒一色で染められている。それにキョウが跨り、桔梗【バイク】に魔力を注いだ。するとバイクのエンジンがかかると同時にライトが点いて目の前を照らす。
「桔梗、お願い!」
「行っきますよー!!」
しっかりとハンドルを握ったのを確認した桔梗がエンジン特有の騒音と共にバイクを発進させた。すぐにハンドル付近からシールドがせり上がる。これで森の中を走っても枝からキョウを守ることが出来るだろう。
「桔梗、もっと早く!」
「はい!」
シールドに枝が当たる中、キョウは桔梗に向かって叫ぶ。速度が上がった。
「もっと!」
更に速度が上がる。
「もっと!!」
速度が上がれば上がるほど振動が激しくなった。その度にキョウは顔を顰める。振動で骨折した右腕が痛むのだ。だが、彼は泣きもしなければ速度を落とそうとしない。それどころかどんどん速度を上げ続ける。そして――。
「ッ!」
おそらく大きな木が倒れていたのだろう。猛スピードで走っていた桔梗【バイク】の車体が浮いた。このまま地面に着地すれば桔梗が運転していたとしても転倒してしまうだろう。
「飛んで!」
キョウの絶叫に応えるようにバイクのフットレフト付近から翼が飛び出し、振動し始め、マフラーからジェットが噴射した。
「いっけええええええ!」
キョウはハンドルを掴んでいる左腕に力を込めて車体を斜め上に向ける。すると桔梗【バイク】は重力に逆らい、上昇し出した。どんどん高度を上げ、木々を突き破り、森を抜ける。すっかり夜になってしまったせいか私たちの目の前に星空が広がった。
「このまま行くよ!」
「わかりました!」
車体を平行に戻し、キョウと桔梗は目指す。こいしが――私たちの仲間がいるベースキャンプに向かって。