東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

366 / 543
第357話 偽る現実

 午後2時。

 放送室に到着した私たちはすみれの巧みな話術と悟の賄賂(響のブロマイド)で放送担当の子を買収し、放送室の使用権を得ることができた。放送の準備を進める悟と携帯でどこかに連絡しているすみれを見つつ、まだ寝惚けている奏楽を背負い、不安そうにしているユリの手を握りながら励ます。完全に保育園の先生状態な私だが、悟とすみれから感謝された。緊急事態だからか子供たちのお世話をしている暇がないそうだ。まぁ、私も彼らのように頭を使って対策を立てるのは苦手なので適材適所というやつである。

「それでどうするの? 放送しても外には逃げられないと思うけど」

 ユリの気を紛らわせるためにあっち向いてホイをしながらメモ帳に何かを書いている悟に質問する。黒いドームは外からも中からも通り抜けることはおろかどんな攻撃でも弾いてしまうほど頑丈なのだ。何より校舎はもちろん、校門やグラウンドを含めた敷地内全てが黒いドームに覆われている。そのため、今、学校から脱出することができないのだ。たとえ、どこかに誘導したとしてもパニックになるだろう。

「確かにそうなんだけど何もしないよりはマシだ。それにパニックにならない方法が一つだけある」

「え、そんなのあるの?」

「あ、雅ちゃんの負けー!」

 悟の言葉に思わず、彼の方を見てしまう。それと同時にユリが悟がいる方に指を差したようで負けてしまった。ちょっと悔しい。

「あー、負けちゃったー……それでその方法って?」

「手品」

「……は?」

「シャチョさん、こっち準備オッケーだよ」

 悟の不可解な発言に首を傾げるがそれについて追究する前にすみれが悟に声をかけた。どうやら、すみれは悟の作戦がどのようなものなのか知っているらしい。

「よし、それじゃ放送中に手で合図するからすみれちゃんお願いね」

「任せてー」

「雅ちゃんは奏楽ちゃんとユリちゃんのお世話よろしく」

「う、うん……」

 頷いた後、ユリの手を引いて部屋の隅に移動する。ここなら多少小さな声で話しても放送に声が紛れることはないだろう。

「それでは放送開始まで3、2……」

 すみれが指を折りながらカウントダウンしてスイッチを押した。放送中を示す赤いランプが灯る。

「――あーあー。マイクテスマイクテス」

 すぐに悟が声を出してマイクテストをする。放送室の扉の向こうから放送特有のエコーがかかった悟の声が聞こえた。

「音量オッケー?」

 そう言いながらこちらに視線を向ける悟。一応、ここからでも廊下の放送は聞こえるので大丈夫だろうと判断し、頷く。

「よし……あー、皆さんこんにちは。株式会社O&Kの影野悟です」

 メモ帳に視線を落としながら自己紹介する悟。つまり、悟はO&Kの社長として放送しているのだ。

「高校の文化祭でいきなり会社の社長が放送しているので驚いている方も多いと思います。ただ少々……どころではない問題が発生しまして放送室をお借りしました」

 彼の言葉に思わず、目を丸くしてしまう。まさか少々どころではない問題――黒いドームのことを正直に話してしまうのだろうか。だが、正直に話しても信じる人はほとんどいないだろうし、信じたとしてもパニックに繋がるだけだ。あの悟がそれに気付かないとは思えない。そう思っていると携帯を持ったすみれがこちらにやって来た。

「重要なお知らせなので一度、手を止めて聞いていただけると幸いです。生徒会の人たちや先生たちが見て回りますので彼らの指示に従ってください」

「生徒会?」

「さっき頼んでおいたの。こっちで聞いてって言っても聞かない人はいるからね。もちろん、先生たちも動いてくれてるよ」

 小さな声ですみれが教えてくれた。まさかこの短時間で生徒会たちだけでなく、先生たちすら動かしているなんて思わなかった。私の表情から色々察してくれたのかクスリと笑ってすみれは口を開く。

「生徒会はもちろん、先生たちもお兄さんのファンだからね。影でお兄さんを守ってたって話もファンの中では有名だし。シャチョさんに対する信頼は篤いんだよ。だからお兄さんを守ることに繋がるって説明すれば協力してくれるんだ」

 先生としてそれは大丈夫なのだろうか。まぁ、そのおかげでこちらは助かっているのだが、響のカリスマ力は相変わらずである。ここにはいない主に対してため息を吐いているとすみれが携帯に視線を落とした後、悟に手を挙げて合図した。

「それでは説明します。まず、私たちO&Kは秘密裏にとある企画を進めていました。わが社で開発したVRゲームの体験プレイです」

「は?」

 VRゲームの体験プレイ? いきなり何の話をしているのだろうか。

「本来の企画では参加者を募り、抽選で当選した人にプレイしていただく予定でした。ですが、テストプレイの際、システムの範囲設定を間違えてしまい、この学校の敷地内にいる全ての人を巻き込んでしまいました。現在、皆さんは仮想空間にいます」

「なっ……」

 あまりにも突拍子のない嘘に言葉を失ってしまった。唐突にここはVRゲーム内の仮想空間だと言われても信じるわけがない。ましてやO&Kが開発したVRゲームの不具合で関係のない人を巻き込んでしまったと言えば、O&Kの信用は落ちてしまう。

「おそらくほとんどの人が信じていないと思われます。なので、証拠と言いますか……ゲームで登場させる予定だったNPC……自動で動くキャラクターを召喚します。いきなり現れますので驚かないでください」

 そう言った後、悟は手を挙げた。それを見たすみれがすぐに携帯を操作する。すると、突然、目の前に人が現れた。

「ッ――」

 悲鳴を上げそうになったユリの口を塞ぐ。無理もない。廊下にお客さんたちの悲鳴が響いている。大人でも悲鳴を上げてしまうのだ、小学生ならなおさらのこと。だが、この人は一体? この学校の制服を着た男子生徒。見た目は格好良くもなければ不細工でもない。不気味なほど普通な人だ。見覚えはない。いや、待て。廊下でも悲鳴が上がったってことは他の場所にも何かが現れたことになる。そして、ここに来る前に悟はリクに連絡を取っていた。じゃあ、この目の前に現れた人はリクの『投影』で創り出した分身なのではないだろうか。つまり、悟の目的は――。

「落ち着いてください、ただのNPCです! これで信じていただけたでしょうか。先ほども言ったようにここはVRゲームの仮想空間です。現在、皆さんを安全に現実世界に帰すために作業を進めております。ですが、人数が人数ですので少々お時間をいただきます」

 ――『投影』をNPCと偽り、ここが仮想空間だと信じ込ませること。そう、手品と一緒だ。話術や視線、大げさな身振りでタネや仕掛けを隠し、騙す。今回もそれと同じ。事実を隠し、ここが現実ではなく仮想空間だと偽る。だが、ここを仮想空間だと信じ込ませたところで何になる? 確かにここが仮想空間だと言い、校門から脱出できないこととここが安全であることを伝えればある程度、パニックは抑えられるかもしれない。しかし、ここは仮想空間でもなければ安全とも言い難い。

「もちろん、巻き込んでしまった人全員にお詫びの品を用意します。ですが、こちらで用意したお詫びの品では納得しない人も必ずいると思います。なので、1人1人に欲しい物を聞いて後日、ご自宅に発送するつもりです。ただ申し訳ないのですが、用意できるのはO&K製品のみとなっておりますのでご了承ください」

 そう思っていると悟が賠償の話をし始めた。確かにお詫びの品と言ってタオルを貰っても納得する人はほぼいないだろう。

「こちらのミスで皆さんを巻き込んでしまったあげく、身勝手なお詫びをしてしまい、申し訳ありません。また、皆さんの要望を聞くために一度グラウンドに集まっていただきます。なお、今から移動する時の注意事項を言いますのでよく聞いてください」

 彼の言葉を聞いて私はすぐに首を傾げた。悟はお客さんたちを一箇所に集めようとしている。何か問題が起きた時に守りやすいからだろうか。だが、いきなりVRゲームの仮想空間にいると告げられ、お詫びの品を聞くためにグラウンドに集まれと言われてもすぐに動ける人はいないと思う。

「まず、仮想空間と言っても痛覚はあります。お気を付け下さい。また、ここはゲームですのでMOB――つまり、敵キャラも出現する可能性があります。敵キャラが出現するタイミングと場所はランダムです。もちろん、敵キャラがいるということは味方のキャラもいます。敵キャラが出現してしまった場合、味方キャラが助けに向かいますのでご安心ください。この放送が終わり次第、今、皆さんの近くにいるNPCが誘導します。NPCたちの指示に従って行動してください。皆さんの要望は必ず聞きますので押したり、走ったりせずゆっくり移動してください」

 そんな説明で納得する人はいない。ゲームなのに痛覚がある? しかも、敵キャラが襲ってくる? 味方キャラがいると言っても安心できるわけがない。むしろ余計パニックになるだけだ。だが、私は忘れていた。

「最後に音無響公式ファンクラブ会員諸君に連絡です。NPCだけでは全員を安全に誘導できないと思いますので皆さんで協力して移動してください。また、今回の一件が無事に終わったらお詫びとしていつもより豪華な特典を発送します。後、皆さんの動きはNPCを介して見ていますので皆さんの動き次第で特典が増えるかもしれません。では“頑張ってください”」

 響のカリスマ力を。




なお、現在この学校にはファンクラブ会員がお客さんの内、3分の2ほどいます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。