2時10分。
「はーい、では皆さんグラウンドへ移動しまーす。走らず、押さず、ゆっくりとついてきてくださーい」
悟さんの放送が終わると教室から生徒会の人が現れ、指示を出す。すると、生徒はもちろんお客さんも生徒会の人の指示に従い、移動し始めた。
「幹事さんは1階の様子を見て来て。僕は3階に行って来るので」
「りょうかーい。数人借りて行くわね。ああ、それと外にも数人配置しておこうかしら。グラウンドに集合って言ってたけど並び方までは指示されてなかったからね。こっちで指揮しちゃいましょう。あと、幹事さんはやめて」
「わかった。じゃあ、他の奴らにも……って携帯通じないか。ゲームの中だし」
「あ、でも、この学校にいる人には通じるみたい。さっき、後輩ちゃんに電話かけたら出たよ」
「なら、連絡も楽だな……それじゃそういうことで幹事さんよろしく」
「ええ、幹事さんじゃないけどよろしくされたわ」
更にファンクラブメンバーらしき女の人と眼鏡の人が廊下で話し合っている。さっそくファンクラブの人が動き始めたらしい。その光景を見ているといつの間にか生徒会メンバー数人とファンクラブらしき人たちが手を組んで誘導していた。彼らはどこかで特別な訓練でも受けていたのだろうか。
「す、すごいね……」
弥生ちゃんが顔を引き攣らせて呟く。確かにすごいとは思うが、少し前にお兄ちゃんと一緒にO&K本社に遊びに行った時、ロビーにいた会社員全員が同時に頭を垂れた光景を見たことがあったのでそこまで驚かなかった。
「あ、幹事さん、悟たちがグラウンドに行くから本部的なの作っておいて欲しいんですけど大丈夫ですか」
「オッケー、任せて!」
そして、何より霊奈さんが幹事さんと呼ばれていた女の人に指示を出していた。きっと、大学ではもっとすごいことになっているのだろう。本人がいないところでもここまで発揮するとはお兄ちゃんのカリスマ力には本当に驚かされる。そんな中、リーマちゃんはため息を吐いた。
「はぁ……まぁ、これならパニックは起こらないと思うし。私たちも移動しましょ」
「うん、できれば他の人とも合流したかったけど……」
「幹事さーん! 私たちが屋上に向かったって響関係の人たちに伝えておいてくださーい!」
「いいよー!」
私の言葉を聞いた霊菜さんはすでに階段を登り始めていた幹事さんにお願いしてくれた。ファンクラブネットワークを利用すればすぐに伝わるだろう。
「響関係って……幹事さんわかるの?」
「さ、さぁ?」
リーマちゃんと弥生ちゃんが困惑した様子で話しているが、まぁ、大丈夫だろう。お兄ちゃんを見守るというルールがある以上ファンクラブの人はお兄ちゃんに近づかない。つまり、お兄ちゃんの近くにいる人はお兄ちゃんの関係者か、ファンクラブではない人となる。もし、お兄ちゃんが誰かと一緒にいるところをファンクラブの人が見つけた場合、ファンクラブ本部へ連絡し、お兄ちゃんの関係者かどうか判断して貰うことになっているのだ。関係者であればお兄ちゃんたちを見守り、部外者であればお兄ちゃんに気づかれないように排除する。まぁ、お兄ちゃんの友好関係は狭いのでほとんどのファンクラブメンバーはお兄ちゃんの関係者を暗記しているのだ。
「これでよし……それじゃ屋上に行こう」
手を振って幹事さんを見送った霊菜さんが歩き出した。私たちもその後に続く。誘導の邪魔にならないように移動したので少々時間かかってしまったが、無事に屋上に到着した。
「……これは」
屋上に出た私は思わず、声を漏らしてしまう。一見、何の変哲もない屋上だが、何かある。しかも、とてもよくないものだ。今すぐにでもここから立ち去りたいと思ってしまうほど禍々しい何かがここにはある。
「青竜」
『うむ、間違いない。これは霊脈だ。しかも……なんと愚かなことをしよって。反転しておる』
頭に青竜さんの声が響く。念話を飛ばしてくれたようだ。だが、霊脈を反転とは一体?
「霊脈を反転、させた? そんなこと可能なの?」
青竜さんの言葉を理解したのか霊奈さんが顔を引き攣らせた。あまりよくないことのようだ。
『それこそ天災レベルの惨事だ。自然現象でもほぼ起こりえない現象を人の手で行うなど不可能に近い。だが、この霊脈は異質も異質。明らかに天然物ではない。更に他4つの地点に繋がっている。放っておけば何が起こるかわからんぞ』
「つまり、この霊脈は人工的に造られて反転までさせて他のポイントと繋いだってこと?」
『うむ』
霊奈さんの言葉に青竜さんは頷いた。結局、霊脈を反転させることによってどのような影響があるのかわからない。そんな私の視線に気づいた霊菜さんがすぐに口を開いた。
「霊脈を反転させると良くないものが集まりやすくなるの。悪霊とか」
「じゃあ、ここは今、悪霊とかが集まりやすくなってるってこと?」
「それだけならよかったんだけど……青竜の話だと他の霊脈と繋がってるから結構、まずいかも」
リーマちゃんの質問にそう答えた霊奈さんはポケットから数枚のお札を取り出し、地面に貼り付けていく。術式を組んでいるのだろう。
「霊脈っていうのは扱い方を知っていれば利用することができるの。さすがに使い過ぎたら乱れて使い物にならなくなるし、下手したら霊害も起きちゃうものなの」
「霊害?」
聞き慣れない単語があったので思わず、呟いてしまった。
「霊力の爆発が起きちゃって悪霊が発生したり、物理的に物が壊れちゃったり……まぁ、霊力が原因で起こる災害のことだよ。それこそあの“ヒマワリ神社”も霊媒師たちからは霊害の一つだって呼ばれてるみたい。事実を知ってる私たちからしてみれば見当外れにもほどがあるけど」
「あー……」
ヒマワリ神社と聞いてリーマちゃんが口元を引き攣らせる。あの向日葵はお兄ちゃんがリーマちゃんとの戦闘中、『風見幽香』になって生やしたものだ。しかし、それを知っているのはお兄ちゃんの身内のみ。他の人から見ればいきなり向日葵が大量発生したように見えたはずだ。それが霊害扱いされているとは思わなかったが。
「青竜、これでどう?」
『……とりあえず、他の霊脈との繋がりは阻害できているようだ。だが、相変わらず反転したままである。放っておけば結界も破壊されるだろうな』
「うーん……駄目か」
「霊奈さん、一体何をしたんです?」
青竜さんと話していた彼女に質問する。すると、霊奈さんは別の術式を組みながら説明してくれた。
「さっき言ってたまずいことを防ごうとしたけど……駄目だったみたい。普通なら悪霊が集まるぐらいで終わるんだけど他の霊脈と繋がることで相乗効果が生じちゃうの。運が悪ければ妖怪が目の前で生まれる。しかも、相当強力なのが、ね。この霊脈は人工的に造られた上、今、学校はあの黒いドームに覆われてるからドーム内にどんどん力が溜まっちゃうから外の世界でも弱体化しないし」
「それだけじゃない」
霊奈さんの説明の途中で屋上の扉が開いた。そこには柊君、望ちゃん、種子ちゃん、風花ちゃんの4人の姿。しかも、柊君は『モノクロアイ』を発動しているのか、黒目がチェス盤のようになっている。
「柊君、どういうこと?」
「……おそらく霊奈さんや青竜は霊力を感じ取っただけだから気付いていないと思う。でも、俺には“はっきり視える”。この霊脈、術式の一部だ」
「術式の一部!? それって霊脈で術式を描いてるってこと!?」
私の疑問に答えてくれた柊君だったが、それを聞いた霊奈さんは目を丸くした。それほどあり得ないことらしい。
「ああ、どんな術式なのかはわからないけど……いや、待って。霊奈さん、俺の目を見てくれ。伝えるから」
『モノクロアイ』の能力の一つである『以心伝心』を使うのだろう。数秒ほど見つめ合った二人だったが、すぐに霊奈さんが奥歯で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「なるほど……想像以上にマズイ状況かも。とりあえず、結界は解除」
霊奈さんはそう言いながら足元に貼ってあったお札を剥がした。
『何かわかったのか?』
「柊君の言ったように霊脈で術式が組んである。人工霊脈だからこそできる反則技ね。しかも1人では組み上げられないほど高度な術式がいくつも組み合わさってる。見たことない術式もあるけど『認識阻害』、『霊力爆破』、『妨害感知』、『切断感知』……ほとんどがこの霊脈を破壊した瞬間に『霊力爆破』が起こるような仕掛けばっかり。まさに爆弾ね。柊君、霊脈の流れは見える?」
「……ここを中心に4方向へ流れてる」
「やっぱり……多分だけどこの霊脈はただの霊力タンクで青竜が言ってた他のポイントに別の術式が組んであるんだと思う。本来であればここの霊脈を解体すればいいんだけど、さっき言った仕掛けのせいで下手にいじればこの学校はドカン」
霊奈さんの説明が終わった後、誰かが生唾を飲みこんだ。私たちの足元に学校を丸ごと爆破できるほどの特大の爆弾があるのだ。緊張するのも無理はない。そして、再び屋上の扉が開き、ほとんどの人が肩を震わせて驚いていた。
「あ、皆いる……ってどうしたの?」
そこには見知らぬ女の子と手を繋いだ雅ちゃんがいた。その後ろには悟さんとすみれちゃん、気持ちよさそうに眠っている奏楽ちゃんを背負っている霙ちゃんがいる。確か霙ちゃんはお母さんたちと一緒にいたはずだが、どこかで別れてしまったのだろうか。
『……揃ったか』
不意に青竜さんが神妙な声音で呟いた。どうやら、青竜さんの呟きが聞こえたのは私だけのようで他の人は雅ちゃんたちの方を見ていた。それにしても揃ったとはどういうことなのだろうか。青竜さんはお母さんたちが学校に来ていることを知っているのに。そのせいか私は不思議と青竜さんの言葉が気になった。