東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第363話 脅威と光

「霊奈、状況は?」

「えっと――」

 悟さんに問いかけられた霊奈さんが手短に今の状況を説明し、悟さんたちも顔を俯かせる。術式のせいでこの霊脈は解体できない上にここからでは他の霊脈にどのような術式が組んであるのかわからない。対策を立てようにも情報が少なすぎる。状況は芳しくない。

「悟さん、お母さんたちを知りませんか?」

 霊脈に関する情報は一通り共有したので気になっていたお母さんたちの行方を聞いた。

「オレたちはここにいるぞ」

 すると、お父さんの声と共に霙ちゃんの影から小さな手が伸びる。どうやら、お父さんは影の中にいたらしい。こんな状況なのにもかかわらず影から生えた小さな手に思わず、苦笑してしまった。

「霙ちゃんたちと合流する前に幹事さんに響の関係者が屋上に集まってるって聞いてな。リョウたちはファンクラブの人たちに認識されていないから問題が起こる可能性があったんで合流してすぐ隠れて貰った……って、いい加減出て来ていいんだぞ?」

「望ちゃーん、やっほー。ほら、ドグもやりなさい」

「……へいへい」

 悟さんを無視してお母さんらしき手がお父さんの手の隣から伸び、すぐにドグさんらしき人の手も出て来た。シュールな光景に皆、苦笑している。少しだけ空気が軽くなったような気がした。

「まぁ、いいか。それで今後の方針だけど……手分けして他のポイントの様子を見て来るしかないか」

「それに加えてここの見張りとグラウンドに集まって来るお客さんの護衛、校内にお客さんが取り残されていないか見回る人も必要かも」

「リクの能力を使えば見回る必要はないぞ。俺の代わりに悟が指示してくれたから早めに配置できたし。今、月菜と雌花、雄花がリクの護衛に付いてる。偵察もしてくれてるみたいで何かわかったら連絡が来ることになってる」

 悟さん、すみれさん、柊君が相談している。それにしてもリク君の『投影』は便利である。『投影』で創り出した分身は軽く叩かれただけで消滅してしまうほど脆いが、本体のリク君と感覚を共有できるので索敵や誘導に使うのに最適なのだ。感覚を共有すると言っても視覚や聴覚だけなので分身を攻撃されても【メア】を少しだけ消費するだけでリク君には何も影響はない。ただ、能力を使用している間、リク君は無防備になってしまうので護衛が必要なのだ。

「つまり、ここと他の4つの霊脈、グラウンドに行けばいいのかな。特にグラウンドは戦える人がいないともしもの時は困るよね」

「後、リクのところにブレインがいないと指示が間に合わないかもしれないぞ」

「なら、すみれちゃんは後輩君のところに。グラウンドの護衛は……他のところを決めてからの方がいいか。俺は確定だけど」

 すみれちゃんと柊君の意見を聞いた悟さんがそう結論を出した。この中でブレインを務められるのは悟さん、すみれちゃん、柊君の3人。そして、悟さんはお兄ちゃんのファンクラブ会長としてグラウンドに行かなければならず、柊君は戦える。リク君のところにはすでに月菜ちゃんたちがいるので貴重な戦力である柊君を配置するのは勿体ないのだ。だからこそ、非戦闘要員かつブレインを務められるすみれちゃんがリク君のところに行くべきだと悟さんは思ったのだろう。すみれちゃんも納得しているようで何も言わずに頷いた。

「霊奈、この霊脈は解体できないのか?」

「慎重にやればできないことはないよ。時間はかかるけど」

「じゃあ、霊奈はここで霊脈の解体をやって欲しい。後は他の霊脈の様子を見て来る人か……誰にする?」

「前提として飛べる人だな」

 悟さんの呟きに柊君が答えた。ここから霊脈までそれなりの距離がある上、今はお客さんたちが避難している。地上を移動するのは現実的ではないだろう。

「なら、私たちが行くべきね。式神通信を使えばすぐに伝えられるし、奏楽が残ってくれればリアルタイムで指示を出せる」

 悟さんたちの会話に割り込んだのは雅ちゃんだった。黒いドーム内でも式神通信は使えるなら雅ちゃん、霙ちゃん、リーマちゃん、弥生ちゃんにそれぞれの霊脈の様子を見に行って貰えば奏楽ちゃんを通して情報を共有することができる。

「よし、それで行こう。でも、危険だと思ったらすぐに帰って来いよ? ピンチになってもすぐに助けに行けないからな」

「わかってるよ。どっかの誰かさんと違って無理はしないから」

 雅ちゃんはここにはいない主をからかうように言い、奏楽ちゃん以外の式神組を集めて話し合いを始めた。誰がどこに向かうか話し合っているのだろう。

「奏楽ちゃんは俺と一緒に来た方がいいか。ユリちゃんも」

「悟といっしょー!」

「か、神様と一緒ですか……」

 話し合いをするために霙ちゃんから奏楽ちゃんを受け取った悟さんがそう言うと2人は素直に頷いた。しかし、ユリちゃんが悟さんのことを神呼ばわりしているのは何故だろう。

「ちょっといいか」

 その時、私の影から顔だけを出したお父さんが悟さんに話しかけた。いつの間に私の影に移動していたのだろうか。気付かなかった。

「オレたちを見回り組にしてくれ。連携とかできないからな」

「あー……そうだった。見回りも必要だったか。でも、おばさんは大丈夫なのか?」

「オレの影に収納しておく」

「物扱い!?」

 お父さんの言葉にお母さんも影から首だけ出して叫んだ。傍から見ると生首が並んでいるように見える。ユリちゃんも首だけのお父さんとお母さんを見て悲鳴を上げていた。

「望、ちょっと」

 再び、私の影に沈んで行った2人を見送っていると雅ちゃんに声をかけられる。何だろうと首を傾げながら雅ちゃんに近づいた。因みに他の式神組は少し離れた場所でまだ話し合っている。リーマちゃんと弥生ちゃんは友達だったのでお互いの手の内を知っているが霙ちゃんが二人と一緒に戦うのはこれが初めて。念のために確認しているのだろう。

「どうしたの?」

「1回だけでいいから霊脈を視て欲しいの。やっぱり何も情報がない状態で向かうのは、ね……」

 申し訳なさそうにお願いする雅ちゃん。彼女は私の能力が体に負担かけることを知っている。本当は私の能力に頼りたくはないのだろう。

「うん、いいよ」

 でも、私の能力で皆が助かるなら少しぐらい苦しい思いをしても構わない。きっと、能力を使うことを躊躇したせいで皆が傷ついた方が苦しいはずだから。

「何も視えなかったらごめんね」

 私の能力は発動しても視えないことが多い。そのため、雅ちゃんにそう言ってからここからでも見える校門に視線を向け、意図的に能力を発動させた。

「――ッ」

 そして、視た。今まさに解き放たれそうになっている悍ましい何かを。更に個々の力はそこまで強くないがその数が異常だった。全て解き放たれてしまったら黒いドーム内にいる生物は蹂躙される。たとえどんなに強い力が思っていたとしてもそれが個々の力なら数の暴力には勝てない。まずい。このまま放置していたら私たちは――。

「――み! 望!」

「ッ……み、やび、ちゃん」

「大丈夫!? 酷い汗だけど」

 肩を揺すられて我に返る。隣を見ると雅ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。気付けば額に冷や汗が滲んでいる。

「大丈夫、じゃないかも」

「……何か視えたの?」

「うん……早く皆に伝えな――」

「望!」

 能力を使ったからか、それとも視た光景で心が折れたのか、足に力が入らなくなり、その場でバランスを崩したが地面に倒れる前に雅ちゃんが支えてくれた。

「師匠!?」

 雅ちゃんの声で悟さんたちが私たちに駆け寄る。少し力が入らないだけなので深刻そうな表情を浮かべられると申し訳なくなってしまう。

「望、これに座れ」

 そう言ってお父さんが私の影を椅子の形に変形させてくれた。すぐに雅ちゃんが私をその椅子に座らせる。自分の影に座る日が来るなんて思わなかった。

「ありがと……」

「それで何が視えたの?」

 それから私は皆に能力を使って視た光景を話す。上手く言葉にできたかわからないけど話し終えた時、皆の表情は暗かった。

「数の暴力……霊脈組の人数を増やすか?」

「増やしたところで焼け石に水だと思うけど。霊脈組は偵察に集中して貰って情報を集めた方がいいかも」

「……いや、それもどうだろう。少しでも数を減らしておかないと反撃する時、数で押し切られる。雅ちゃんたちには無理しない程度にその何かの数を減らして貰う。幸い、個々の力はそこまで強くないみたいだからな」

「でも!」

 だからと言って単独で突撃させるのはあまりにも危険すぎる。せめて二人組を作って――。

「大丈夫だよ、望」

 その時、ポンと私の肩に手を置く雅ちゃん。すぐに振り返って食い下がろうとするが、彼女の表情を見て口を噤んだ。

「雅、ちゃん……」

「これぐらいのことできなきゃ……響の傍にはいれないから。だから、大丈夫」

 そんな雅ちゃんの言葉に霙ちゃん、リーマちゃん、弥生ちゃんも頷いた。覚悟はできている、ということなのだろう。

「悟、他の場所は決まったの?」

「……ここの霊脈には霊脈を解体する霊奈、それを護衛する築嶋ちゃんと椿ちゃん。後、師匠。グラウンドは俺、奏楽ちゃん、ユリちゃん。それと護衛として柊、種子ちゃん、風花ちゃん。他の場所はさっき言った通りだ」

 雅ちゃんに問いかけられた悟さんが淡々と答えた。霊奈さんは霊脈の解体に集中するため、彼女を護衛する人も必要だったのだ。おそらく私がここに配置されたのは能力の制限を考慮したからだろう。私の能力が発動する条件として『視なければ』ならない。屋上からならグラウンドはもちろん、他の霊脈ポイントも見えるので能力が発動しやすいのだ。

「……」

 確かに霊脈組に回す戦力はない。でも、やっぱり心配だ。雅ちゃんたちも、そして彼女たちが自分のいないところで傷ついたと知ったお兄ちゃんのことも。

『……はぁ』

 唐突に誰かのため息が聞こえた。いや、脳内に響いた。だが、おかしい。ため息を吐いたのは“女性”だったのだ。

『せっかく相性のいい人を見つけたっていうのに……まさかここまでお転婆だったなんてついてないわ』

『ふふ、そう言って……ちょっと楽しそうではありませんか?』

 最初にため息を吐いた女性が嘆き、可笑しそうにそう指摘した別の女性。一体、どこから?

『なんだ、もう目覚めていたのか』

 呆れたようにそう言った青竜さん。彼女たちは青竜さんの知り合いのようだが――まさか。

『全員起きてるわよ』

『ええ……とっても不機嫌そうですけれど』

『他人事みたい言いおって……ほら、お主らも何か話せ』

『……あ?』

 青竜さんに促されて威圧するように声を漏らしたのは男性だった。姿は見えないのにその声だけで背筋が凍りついてしまった。他の人も冷や汗を掻いてキョロキョロと辺りを見渡している。お父さんだけは影から顔を出すだけでつまらなさそうにしているが。

『……もー、駄目だよー。威圧しちゃー』

『うっせぇ』

 また別の声。おっとりした声音で威圧した男性を宥めている。声は中性的で男性か女性かわからない。これで青竜さんを入れて念話に参加しているのは5人。やっぱり、この人たちは――。

『まぁ……すでに私たちの正体を察している人がちらほらと。優秀な方たちなのですね。ですが、やはりここは自己紹介をしておきましょう。ここから共に戦う仲間なのですから』

 丁寧な口調が特徴的な女性がそう言った途端、5つの光が屋上を照らす。その光は水色、紅、黄色、緑、白。そして、その発生源は――。

 

 

 

「青竜……これは一体?」

 水色の光は弥生ちゃんから。

 

 

 

「え、ええ?」

 紅い光は雅ちゃんから。

 

 

 

「うわー、キラキラー!」

 黄色い光は奏楽ちゃんから。

 

 

 

「な、何なのでありますか!?」

 緑の光は霙ちゃんから。

 

 

 

「これって……」

 白い光はリーマちゃんから。

 

 

 

 光は彼女たちの胸から漏れている。すぐに5人は首から提げていた小さな袋を服の中から引っ張り出し、その袋の中に入っていたビー玉を手の平に落とす。

 

 

 

 

 

 

 

『では、改めまして……皆さま、初めまして。私の名前は“麒麟”。青竜が大変お世話になりました。本来ならきちんと具現化してご挨拶させていただきたかったのですが、まだ本調子ではないため、黄色い珠の中から失礼いたします』

 

 

 

 

 女性――麒麟は黄色い珠を点滅させながら楽しそうにそう言った。

 






第7章
第227話:水色の珠

第8章
第264話:紅い珠
第284話:黄色い珠、緑の珠
第296話:白い珠


参考にどうぞ。

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