東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第365話 気

 ――あの子。あまり、人と関わろうとしないの。でも、桔梗ちゃんにはあんなに心を開いて……。

 

 

 雪と桔梗が楽しそうに話しているのを見ながらキョウに笑顔でお礼を言う咲。自分だって先の見えない現実に恐怖していたはずだ。だが、そんな状況でも人見知りの激しい妹の心配する立派な姉だった。

 

 

 

 

 

 ――あ、あぁ……月、ごめんね。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんねええええ!

 ――よかった……本当に、よかったよぉ。

 

 

 病気の妹が助かって涙を流す咲。本当に妹想いのお姉ちゃんだと思った。

 

 

 

 

 

 ――キョウ君たちは月の病気を治してくれたし、皆の治療もしてくれた。その点に関してはすごく感謝してた。でも、もし……もし、それも何かの作戦だったら? キョウ君の正体は妖怪みたいな人外で、こいしお姉ちゃん以上に強かったら? 私たちは皆、殺されちゃう。だから……だから、キョウ君のテントに行って何か手がかりになる物でもあればいいなって、思って。

 ――私、すごく最低だ……キョウ君たちは私たちのために見回りまでしてくれてたのに疑って。ごめんね、キョウ君……ごめんね。

 

 

 こいしの代わりにキョウを警戒していた咲。きっと怖かっただろう。心細かっただろう。でも、彼女は皆を守るためにたった独りで動いていた。そして、キョウが味方だと気付き、罪悪感に苛まれ、心を痛めた。とても弱くて、優しくて、とっても強い女の子。

 

 

 

 

 

 ――へ!? あ、ううん! 何でもないよ!

 ――ひゃいッ!

 ――は、はぃ……大丈夫、です。

 

 

 キョウへの淡い恋心に気付き、戸惑いながらも彼との仲を深めようと頑張っていた。それが初々しくて応援していた。

 

 

 

 

 

 ――こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!

 

 足を震わせながら妖怪に泥団子を投げる咲。怖かったはずなのに、すぐにでも逃げたかったはずなのに、キョウを守るために囮になってくれた。ちょっとしたことで壊れてしまう人間でありながら。

 

 

 

 

 そして、私は――私たちはその言葉に甘えてしまった。きっと大丈夫だと高を括り、彼女から目を離してしまったのだ。

 

 

 

 

 

「嘘、いや……嫌ぁ……嫌ああああああああああああああ!!」

 結果、彼女の頭が地面に転がることになってしまった。目の前の光景にこいしが絶叫する。その隙に妖怪がこいしの背後から迫っていた。

「こいしさん! 危ない!!」

 それに気付いた桔梗が叫ぶとこいしは首のない咲の体を抱えて前に跳んだ。何とか妖怪の拳を回避することはできたが妖怪はしつこくこいしの後を追う。

「咲! 起きて! ねぇ!!」

 首のない体にこいしは何度も声をかける。だが、もちろん返事はない。完全に錯乱している。あのまま逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろう。

「ど、どうしたら……」

 桔梗もそれがわかっているようでキョウの背中を守りながらそう呟いた。しかし、ここにはこいしの他に気絶しているキョウしか――いえ、ワタシしかいない。

『ぁー……』

 自然と声が漏れた。おかしい。いつものわたしじゃないみたいだ。あたしじゃない、みたい。

(咲が死んだ)

 いえ、そんなはずない。だって私が守ると決めたのだから。ありえない。ワタシは吸血鬼。正体が露見してしまう恐怖さえどうにかすれば――。

(どうにもならなかったくせに)

『……』

(思い出せよ。お前は何度も覚悟を決め、何度もそれをなかったことにした)

『なかったことになんか……』

(じゃあ、何故何度も覚悟を決めた? お前が決めなければならない覚悟はたった一つ。『正体の露見』。そのはずなのに何故?)

『あ、あぁ……』

 指摘されて気付いた。そうか、私は――。

(本当にお前は薄情者だな。キョウやその周りにいる人たちを守ると誓ったのに……正体の露見を恐れた。自分が一番大切だから)

『そ、れは……』

(その結果がこれだろう? お前は自分のことが一番大切なんだよ。キョウよりもな)

『ッ……』

 そう、なのだろうか。わたしは薄情者なのだろうか。私は。ワタシ、は。あたしは――。

(なぁ、悔しくないか? 咲をあんな目に遭わせたあの妖怪が)

『……』

(憎くないか? 報復したいと思わないか? 壊したいと思わないか?)

『――たい』

 ああ、憎い。咲を殺したあいつが。

『――したい』

 壊したい。ワタシが薄情者だと気付かせたあいつを。

『殺したい』

(ああ、なら“俺”に任せろ。咲の分まで……お前の分まで仇を取ってやるから。大丈夫、お前の振りをしてやる。そうすればお前の正体が露見した時、お前の手柄になる。きっと、キョウも褒めてくれるはずさ)

『キョウ、が、ホめ、て……くレ、ル?』

(もちろん。咲の仇を取ってくれてありがとうって言ってくれるだろう)

『……そっカ。ソッカ』

 キョウが褒めてくれる。ワタシのことを受け入れてくれる。もし、それが本当になったらどんなに嬉しいことだろうか。だが、その前に聞かなければならないことがある。

『アナタハ、イッタイ?』

(俺か? 俺はお前だよ、吸血鬼。まぁ、それも今日までだろうけどな)

 私の問いに答えたワタシはケタケタと笑う。そして、私の意識は闇の中へ沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体の所有権を強奪した俺は吸血鬼の力をフル活用して地面に落ちていた鎌を拾った後こいしの前に移動し、彼女に拳を振るおうとしていた妖怪の懐に潜り込んで全力で殴った。吸血鬼の力を使っているので巨大な妖怪の体は後方へ吹き飛び、地面に背中から叩きつけられる。

「……はぁ」

 そして、思わずため息を吐いてしまう。何故、こんな弱い妖怪相手にここまで追い詰められているのだろうか。

「……あれ?」

 こいしは間抜けな声を漏らしながら目を開け、妖怪が遠くの方で座り込んでいるのに気付いた。それを見て咄嗟に罵倒しそうになったがあいつとの約束を思い出し、グッと堪える。

「全く……お願いだから世話を焼かせないでよ」

 あいつの口調を真似ながらこいしの方へ顔を向ける。彼女は目を丸くして俺を見ていた。まぁ、さっきまで気絶していた奴が目の前に立っているのだ。驚くのも無理はない。

「キョウ?」

「マスター?」

 こいしと背中の桔梗がほぼ同時にキョウの名前を呼んだ。しかし、俺はキョウじゃない。まだ“吸血鬼”だ。

「ゴメン……今、私はキョウじゃないわ。でも、緊急事態でしょ? 桔梗、力を貸して」

 だが、正直に吸血鬼と名乗るわけにも行かず、そう言って誤魔化した。どうせこの戦いが終わったら俺も吸血鬼ではなくなるし。

「……はい、わかりました。好きなように使ってください」

 今の状況を考慮し、俺の正体よりあの妖怪を処理する方を優先した桔梗。俺としてもありがたい。早くあの妖怪をぐちゃぐちゃにしたくてたまらないのだ。早くしないと手当たり次第に――コワシテシマウ。

「ありがとう。こいし、離れてて。危ないから」

 胸の奥から湧き上がる破壊衝動を抑えながらこいしに話しかける。近くにいたら思わず攻撃してしまいそうだから。

「で、でも!」

 だが、こいしはすぐに食い下がって来る。こいしにとってキョウは守るべき人であると決めつけている。それが“気に喰わない”。『キョウは弱い』と見下しているから。

「大丈夫」

 ああ、そうだ。大丈夫だ。キョウは強い。ただまだ自分の力を自覚していないだけ。まだコントロールできないだけ。彼の能力はそれほど強力で危険なものなのだから。だから、今だけ俺がコントロールしてやる。

「……うん」

 俺の目を見つめていた彼女は戸惑いながら頷き、近くの木の影に隠れた。頷いてくれてよかった。もし、抵抗するようだったら――。

「さて……妖怪さん、よくもキョウをいじめてくれたじゃない」

 桔梗【翼】を装備し、緋色の鎌を手に持ってやっと立ち上がった妖怪を睨む。それに対して妖怪は咆哮で答えた。

「そうだったわね。貴方に応える脳みそはなかったわ」

 そう言った後、俺は目を閉じる。すでにこの力はあいつが使っている。あの時、あいつはコントロール出来ず暴走してしまった。吸血鬼であるあいつでさえもコントロールできなかったのだ。

「桔梗。少しの間、負担かけちゃうけどゴメンね」

「大丈夫です。それよりもマスターの体にあまり、無茶はさせないでくださいね?」

「それこそ大丈夫よ。ただ、私はキョウの力を借りるだけ」

 俺はキョウで、キョウは俺。俺はキョウにできることしかできない。あいつだってそうだ。俺たちはキョウがいて初めて存在できる。

「きょ、キョウ!」

 こいしの悲鳴が聞こえ目を開けると妖怪がすぐそこまで迫っていた。しかし、その時点で俺の準備は整っていた。

「え……」

 翼から桔梗の呆けたような声が聞こえる。驚くのも無理はない。今、俺たちは白い空間を“移動している”のだから。

「私の名前は『時任 響』。能力は『時空移動』」

 そう呟きながら鎌を構えた。そして、視界が開ける。そこには妖怪を中心にたくさんのキョウが鎌を振り上げていた。その数、約20。そう、その全てが“未来の俺”だ。吸血鬼の怪力を駆使して鎌を振るい、妖怪の腕を斬りつけた。他の俺も同時に妖怪を攻撃し、赤い血が舞う。その次の瞬間、俺たちはまた白い空間を移動していた。

「マスター……これは」

 戸惑いながら桔梗が問いかけて来るが無視して振り下ろしていた鎌を再び、振り上げる。そして、また視界が開けた。

「ッ……」

 その光景を見て息を呑む桔梗。また俺たちはたくさんのキョウが妖怪を囲んでいる場所にいるのだから。チラッと視線を動かすと数秒前の俺たちを見つけた。さっきと同じように妖怪の足を斬り、白い空間に戻る。

「まさか……」

 どうやら桔梗も気付いたらしい。

 妖怪を斬りつけた後、時空を移動して数秒前の時間に戻り、また妖怪を斬る。それを何度も繰り返す。その結果、『1つの時間軸に複数のキョウが存在する』現象が起きた。あの時、妖怪の周りにキョウは20人以上いた。つまり、俺たちはこれから20回以上あの時間軸に移動し続けるのだ。更に全員妖怪を斬りつけに成功しているので邪魔されないことも確定している。だが、20回では足りない。もっと痛めつけなければ。俺は――あいつは満足しない。だから、俺たちは手を止めない。俺たちの憎しみはこんなものでは解消されないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度斬りつけただろうか。途中から桔梗もどこかに行ってしまった。気配は感じるのでこの時間軸にはいるみたいだが。

「キョウ?」

 すでに肉塊になってしまった妖怪を眺めていると背後からこいしに呼ばれた。無言で振り返ると彼女は俺を見て顔を強張らせた。その表情は恐怖。

(こんな子供を怖がるなんて……まぁ、仕方ないか)

 キョウの能力の一つ――と言うか副産物により干渉系の能力を無効化できる。まだキョウは能力を自覚していないので上手く無効化できないが、俺やあいつは別。体の所有権を持っている間ならこいしに心を読まれることはない。

「ッ……」

 その時、ぐにゃりと視界が歪んだ。どうやらそろそろ時間切れらしい。

「後は、お願い、ね」

 咲が殺され、元々あいつの中にいたあれが目を覚ましてしまった。あのままあいつを放置していたらあれに飲み込まれ、狂っていただろう。そうすればキョウにも影響を与えていた。それだけは避けなければならなかった。だから俺が生まれた。あいつの精神がおかしくなる前に、あいつがあれに飲み込まれる前に入れ替わる必要があったから。あいつが目を覚ました時、俺はいなくなっているだろう。元々1人だったあいつと俺が分かれ、俺はあれに飲み込まれるのだから。おそらく今までのようにはならない。それほどあれは厄介なのだ。

 

 

 

(頑張れよ、“俺”。絶対に負けるなよ)

 

 

 

 そして、俺はあれ――狂気に飲み込まれた。

 




俺=狂気ではありません。

俺は吸血鬼の別人格で咲が殺され、狂いそうになった吸血鬼が無意識の内に生み出したもう1人の自分です。
そのもう1人の人格である俺が狂気に飲み込まれ、狂気――今で言う狂気になりました。
狂気が響さんの身を案じていたのはもう1人の吸血鬼の名残だったりします。
また、狂気に自分がもう1人の吸血鬼だった記憶はありません。何となくフランの中から響の魂に移動したことぐらいしか覚えていません。

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