東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第37話 フランドール・スカーレット

「落ち着きなさい!」

 真っ赤に染まった部屋でお姉様の声が響いた。

「お、おね、おねえ……さま」

 体が上手く動かない。私が響に触れた瞬間、響の体が弾けた。つまり、無意識の内に能力を使ってしまったのだ。また、私が響を壊してしまった。

「フラン! よく見なさい!」

「え?」

「響は皮膚が引き裂かれたの。それも内側からね。その証拠に響の服は全く傷ついてない」

 お姉様の言う通り、響の服は紅く染まっているがどこにも穴がなかった。

「それに貴女が無意識で能力を発動してしまったのなら、響は粉々になっているはずでしょ!」

「じゃ、じゃあ……」

「響がこうなってしまったのは貴女のせいじゃないって事! パチェ! 治癒魔法! 咲夜は代わりとなる血液の準備! 美鈴は咲夜の補助!」

 お姉様は皆に素早く指示を出した。それを聞いて咲夜と美鈴は部屋を出て行き、パチュリーは響に手を翳し、呪文を唱えた。

「私! 咲夜さんを手伝って来ます!」

 天狗も部屋を出て行った。名前は確か、射命丸だったような気がする。

「早苗! 結界、貼るわ! 手伝って!」

「あ、ああ……」

 霊夢が早苗に協力を求めるが早苗は響を凝視して硬直していた。それほどショックだったらしい。

「放心してんじゃないわよ! 動かなかったら響が死ぬの!」

「っ!? は、はい!」

 霊夢の言葉を聞いて早苗が我に返った。

「いい? 貼る結界は……」

「わかってます! ばい菌などが入って来れないようにするんですね!」

「そう! 他にも回復を促進したりするからよろしく!」

 部屋にペタペタとお札を貼りながら話し合う巫女二人。

「パチュリー! 賢者の石、頼む!」

 魔理沙はパチュリーの近くまで駆け寄り、叫んだ。

「……魔力、借りるわね」

 どうやら、先ほどとは逆に魔理沙の魔力をパチュリーに送るつもりらしい。

「おう!」

 魔理沙は5つの結晶に魔力を注ぎ、パチュリーに魔力を送り始めた。

「パチュリー様! 包帯、持って来ました!」

「貴女は傷の手当てを。これだけ傷口が多かったら出血多量で死ぬから」

「はい!」

 それぞれが響を助ける為に動いている。

「……」

 それを私はただ眺めていた。何も出来なかった。それがとても悔しい。私は壊す事しか出来ないから。

「貴女には貴女のやるべき事がある」

「お、お姉様?」

「皆がやっている事は時間稼ぎ。それは皆、知ってる。でも、助けたい。助けたいから諦めずに運命に逆らおうとしてる。どうしてかは分からないけどね」

 私の肩に手を置いてお姉様がウインクした。

「あの時と同じでしょ? だったら、あの時と同じ方法で解決出来るんじゃない?」

「ま、待って! これ以上、私の血を飲めば吸血鬼になっちゃう! それに狂気だって力が増す……また、暴走しちゃうかも」

「そん時はそん時よ」

 お姉様が無責任な事をほざく。

「お姉様!」

「冗談よ。私が言いたいのはこのまま放置して響が死ぬ。それを貴女は一生、後悔するんじゃないの?」

「そうよ」

 その声を聞いてこの部屋にいた全員が響を見る。何故なら、声を出したのは響だったからだ。目を開けて私を見る。その目は真紅だった。

「お、お前は……」

 お姉様が呟いた。

「お久しぶり。フラン、レミリア、パチュ」

 背中から漆黒の翼が生え、その反動で響は起き上がった。小悪魔が巻いていた包帯が一気に紅くなる。霊夢、魔理沙、早苗は驚いて目を見開いていた。

「あ、あの時の吸血鬼!」

 だが、私はそれどころではなかった。

「うん。あの時の吸血鬼よ。また会うとは思わなかったけどね。さて、時間もないし皆、作業しながらでいいから聞いて。私は響の中にいる吸血鬼。そこまでいい?」

 それぞれが黙って頷く。

「それで魂の状況の何だけど……見事、響は狂気に打ち勝ってこの体の所有権を奪還したの。でも、狂気が最後の抵抗を見せて響の内側からこの体を引き裂いた」

「響は今どこに?」

 霊夢が結界を貼る準備をしながら質問した。

「魂の中で休んでる。今、目を覚ませば激痛でショック死するわ。私だってきついのよ?」

 見れば吸血鬼の口元がピクピクと引き攣っている。それほど辛いのだろう。

「パチュ、後どれくらいでこの体は死ぬ?」

「そうね……後、3分くらい? いや今、結界を貼ったから5分ね」

「ッ!?」

 パチュリーの言葉を聞いて私は目を見開く。

「吸血鬼……一つ、いい?」

「何?」

 私の方を見て首を傾げる吸血鬼。その衝撃だけでも首から血が溢れた。

「響は生きたいと思ってる?」

「……ええ。自分の存在が変わろうと俺は俺だって言ってたわ」

「そう……」

 それを聞いて私は黙って右手の人差し指の先端を噛み千切った。痛みで顔が歪む。少なくない血が流れる。

「お、おい! 何やってんだよ! フラン!」

 魔理沙が慌てて私の傍に駆け寄ろうと結晶から離れた。

「魔理沙、戻って。時間が短くなる」

 しかし、パチュリーがそれを止めた。それを聞いて魔理沙は数秒間、私を見て戻って行った。私が狂気に取り込まれていないか確認したらしい。

「やっぱり……これしかないんだよね?」

「そうね。響には悪いけど……生きる為だもの」

「ま、待ってください!」

 私が人差し指を吸血鬼に差し出そうとした時、早苗が叫んだ。

「何するつもりですか!」

 そう叫びながら早苗が私を睨む。それを霊夢が止めに入った。

「だって! 響ちゃんの身に何かが起きたらどうするんですか!」

「今は時間がないの。黙って」

「霊夢さん!」

「黙りなさい!!」

「っ!?」

 霊夢の怒鳴り声にこの部屋にいた全員が肩を震わせる。

「このままだと響は死ぬ! それだけなの! 貴女は響が死んでもいいの!?」

「……」

 早苗は俯いてごめんなさいと謝った。

「続けて」

「わかった。吸血鬼? 出来るだけ少なく飲んで」

 霊夢から許可を得て、吸血鬼に忠告した。

「それはもちろん。でも、この傷だから結構、飲まなきゃ駄目みたい」

「とにかく、響を助けて!」

「わかってる。じゃあ、飲むわよ?」

 私が突き出した人差し指を吸血鬼は咥えて血を飲み始めた。固唾を飲んで見守る皆。いつの間にか咲夜たちも戻って来ている。

 数分後、響は峠を越えた。

 

 

 

 

 

「それにしても……吸血鬼の治癒能力には驚きだぜ。あれほどの傷がみるみる治って行くんだもんな」

「元々、響の体の中には吸血鬼がいたから血の量も少なかったし、よかったよ」

 ベッドに腰掛けながら魔理沙と私は話し合っていた。響はまだ後ろで寝ている。しかし、その顔色はとても良かった。これでもう安心だろう。

「でも、どうして響の体の中に吸血鬼や狂気がいたんだ?」

「それは……話せば長くなるから勘愛で」

「……ま、いいけどな」

 60年前の事は出来るだけ話したくなかった。理由は自分でもわからない。でも、話したくないのだ。

「これで狂気異変も解決だな」

「そうだね」

「いや~今回はどうなるかと思ったぜ。さて……」

 そこで魔理沙はベッドから降りた。

「どうしたの?」

「本を借りに行くだけだ。お前はここで響の様子を見てろよ」

「え? ちょ、魔理沙!」

 名前を呼ぶが魔理沙は彗星の如く部屋を出て行った。因みに他の人は紅魔館の修理の手伝いだ。

「……」

 何故か緊張する。それもそのはずだ。今回の異変の元凶は私なのだから。

「響が起きたら何て言おう……うぅ~」

 もし、許してくれなかったらと思うと怖くなり、弱々しく唸る。もう一度、響の顔を見ようと振り返った。

「え?」

 それと同時に頭に手が置かれる。

「お疲れ。フラン」

 そして、笑顔でくしゃくしゃと私の頭を撫でた。

「響?」

「ああ」

「本当に響なの? また、吸血鬼とか狂気とかじゃないよね?」

「今の俺は俺だ」

「……」

 どうしてだろう。視界が歪んでいる。

「ほら、泣くなって……」

「え? 泣いてる? 私が?」

「ああ」

 私の目を親指で拭って見せてくる。見ればほんのり濡れていた。

「自覚なかったのか?」

「うん」

 私は泣くつもりなどなかった。でも、自然に出て来てしまう。止められない。

「そうだ。フラン」

「何?」

「ありがとう。俺がこうやって生きていられるのもフランのおかげだ」

「で、でも! 今回は私のせいだし……それにまた響は吸血鬼の血を飲んだから吸血鬼に近づいたんだよ! 人間じゃなくなっちゃうんだよ!?」

 吸血鬼の血は人間の血を殺し、その量を増やしていく性質がある。つまり、体内に吸血鬼の血が一滴でも入ればいずれその人は吸血鬼になってしまうのだ。

「言ったろ? 俺は俺。人間であっても吸血鬼であっても俺は変わらない。俺が変わるのは死んだ時だ」

「……響」

「うん」

 私が名前を呼ぶと私の頭を撫でながら頷く響。

「響!!」

「うわっ!? 急に抱き着くなって! まだ完全に傷口はふさがってねえええええええええええっ!?」

 傷が痛み、絶叫する響だったが私はお構いなしに抱き着く。全力で。

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ……やっぱり、最後はフランかよ」

 響とフランドールがはしゃぐ部屋の外に霊夢、魔理沙、早苗、レミリア、咲夜、パチュリー、小悪魔の8人がいた。射命丸は異変の記事を書きに妖怪の山へ。美鈴は門番の仕事に戻った。魔理沙は頭の上で腕を組んでつまらなさそうにぼやく。

「仕方ないじゃない? 響が寝ている間、一番心配してたのフランだし」

 それを霊夢が宥める。

「入れないですね。良い雰囲気ですし」

「そうね。響が男だったらさすがに入ってるけど。妹様が襲われてしまったらと考えるとね」

 早苗の後に続いて咲夜が呟いた。残念ながら響は男だ。

「さて……私は図書館に戻るわ。小悪魔」

「は、はい!」

 宙に浮いてパチュリーは小悪魔を連れて帰って行く。

「あ、レミィ?」

「何?」

 だが、途中で何かを思い出しレミリアの方を振り返る。

「本当の事、言わなくてもいいの?」

「……今更、言う事もないでしょ?」

「それもそうね」

 それからフランに抱き着かれて絶叫している響の声がしなくなるまで6人はその場に居続けた。因みに響の骨が2本ほど折れたと報告しておこう。

 




これにてフラン編は終わりとなります。
もう数話ほど後日談がありますのでもうしばらくお付き合いくださいな。

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