東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第373話 連続変形

「すぅ……」

 ゆっくりと息を吸い込む。いつものように矢を射っていけない。このまま射ってしまうと目の前で銃弾を防いでくれている霊夢に直撃もしくは結界を破壊してしまうから。では、どうする? 霊夢を傷つけず確実にガトリング砲や砲台を破壊するにはどうすればいい?

「はぁ……」

 吸い込んだ息を吐き出し、魔力の矢を弓に番える。そして、限界まで弦を引っ張り、息を止め、射った矢が結界の上部ギリギリを通り抜けるよう少しだけ上に向けた。霊夢の体が邪魔でここからターゲットは見えない。それにターゲットは複数なので一本の矢で同時に射抜くことは不可能である。なら、“まとめて吹き飛ばせばいい”。魔力を桔梗【弓】と矢に注ぎ、もう一度深呼吸。

「――ッ」

 パシュ、という音は銃声に掻き消された。射った矢は狙い通り結界の真上を通り過ぎ、ある程度進んだところでいきなり軌道が変わる。矢から放たれた風を利用して無理矢理軌道を変えたのだ。

「霊夢、下がって!」

 桔梗【弓】から桔梗【盾】に変形させた僕は叫びながら霊夢の前に立ち、盾を地面に叩きつけてしっかりと固定する。それとほぼ同時に風を纏った矢が男の目の前の地面に突き刺さり、爆風を巻き起こした。

「くっ」

 男は咄嗟に背後に控えさせていた機械仕掛けの鳥たちを前方に移動させ、爆風を防いだ。しかし、ガトリング砲や砲台たちは爆風に煽られ、空中に投げ出された後、地面に叩き付けられる。そのまま壊れてしまったのか動かなくなってしまった。

「霊夢」

 爆風で粉々に砕けてしまった結界の破片を桔梗【盾】で防ぎながら懐から博麗のお札を取り出して霊力を注ぐ。見れば今の爆風でほとんどの鳥たちが壊れてしまっている。今がチャンスだ。

「ええ」

 僕がお札に霊力を注いでいる間にすでに準備を終えていた霊夢が5枚のお札を投げた。だが、そのお札は数羽だけ残っていた鳥たちが自分の体を犠牲にすることで防がれてしまう。すかさず僕もお札を投げて追撃した。

「ッ……」

 迫るお札を彼は目を見開きながら体を傾けることで回避するが大きくバランスを崩した。もしかしたら彼自身の能力はそこまで高くないのかもしれない。桔梗【翼】を背中に装備した僕はそう思いながら低空飛行で男へ突進する。狙うのは彼が持っている端末。あれさえどうにかしてしまえばこれ以上兵器を召喚されることはないはずだ。彼も僕の狙いが端末だと気付いたのだろう。バランスを崩しながら慌てて端末を操作して箱を出現させた。

「桔梗!」

 ガチャガチャと箱が変形していくのを見ながら叫ぶと翼が鋭くなった。あの箱が変形し終える前に翼で両断する作戦である。体を傾けて右翼を彼が持っている箱に当たるように調整した時、男はニヤリと笑った。

「キョウ!」

「――ッ」

 背後で霊夢の声が響いたのと右翼を振動させて左にスライドしたのはほぼ同時だった。僕が先ほどまでいた場所に一本の赤い光線が通り過ぎたのだ。更に男が手の平に乗せた小さい蠍のような機械をこちらに向け、蠍の尻尾の先端から連続で光線を放った。翼を振動させて左右へスライドして光線を躱すがこのままでは桔梗がオーバーヒートを起こしてしまう。

「はぁ!」

 どうしようか必死に思考を巡らせていると霊夢が再び男に向けてお札を投擲した。男の気を引くつもりなのだろう。だが、男はすでに新しい箱を出現させており、変形を終えるところだった。

(あれは、傘?)

 男が手に持ったのは機械仕掛けの傘。それを開き、霊夢が投擲したお札の方へ向けた。まさかあれでお札を防ぐつもりなのだろうか。桔梗【盾】でもあれを無効化するには最大出力とまではいかないが強力な衝撃波を放つ必要がある。桔梗のような特別な武器でない限りあれを防ぐのは――。

「なっ」

 ――不可能。そう思っていた。しかし、男の傘とお札が激突する直前、雨を受ける部分が高速回転しお札を弾き飛ばしてしまったのだ。驚愕するあまり回避が遅れてしまい、光線が右頬を掠った。

「ほらほら、こんなガラクタに苦戦してんじゃねーよ」

 光線を放つのを止めた蠍を僕に向けながら男はニタニタと口元を歪ませる。どうする? 僕は光線を回避するのにせいいっぱい。霊夢の攻撃はあの傘で防がれてしまう。チラリと下にいる霊夢に視線を向ける。彼女はお札を持ちながら僕を見上げていた。

(上手くできるかわからないけど……よし)

 それだけで何となく彼女の考えがわかり、男に向かって急降下するが同時に蠍からの攻撃が再開する。翼を振動させて光線を躱すが先ほどよりも攻撃が激しい。やむを得ず降下するのを止めて上昇した。僕の後を追うように光線が何度も通り過ぎていく。まだだ。まだ、耐えろ。

「ここっ!」

 僕に迫っていた光線に右手を翳す。その掌には1枚のお札。僕の前に結界が展開され、衝突した光線が四方へ分散した。それを見た男はすかさず蠍を操作して光線を放とうとするがその直前に霊夢の投げたお札が地面を抉り、砂埃を巻き上げる。その隙にひび割れていく結界を放置して男の真上に移動し、全力で降下した。

「くそっ……」

 砂埃のせいで反応が遅れた男は舌打ちしながら光線を放つが翼を振動させてくるりと回転するように光線を回避。だが、彼も僕が光線を躱すことを予測していたのだろう。回避した先には迫る光線。

「桔梗!」

「はい!」

 僕の声に応えてくれた桔梗は盾に変形し光線を真正面から受け止める。衝撃波の影響か光線はいくつにも分散し、後方へ流れていく。その間も僕たちは重力を利用して男へ迫る。しかし、光線を受け止めているせいかいつもより桔梗【盾】が熱くなるのが早い。このままじゃ男に一撃お見舞いする前に桔梗がオーバーヒートを起こしてしまうだろう。それなら別の作戦に変えるまで。

 ――肉体強化、オッケー。いつでもいいわよ。

 脳裏に響く声に驚きながら僕は落ちながら思い切り後ろへ仰け反った。その時にはすでに桔梗【盾】は別の変形に移行しており、僕の目の前を赤い光線が通り過ぎていく。そして、くるりと一回転した後、桔梗【ワイヤー】を男の足元に飛ばし地面に打ち込んだ。

「なにっ」

 それを見て声を漏らす男を無視してワイヤーを回収するが、ワイヤーの先端はアンカーのように開いているため、僕の体が地面に向かって引き寄せられた。急いで両足を下に向けて男の目の前に着地し、その衝撃で地面が少しばかり割れる。普通なら足の骨が粉々になってもおかしくない衝撃だったが何とか持ち堪えてくれたらしく、桔梗【拳】を装備した右腕を男に向かって振るった。だが、男も黙っていたわけではない。手に持っていた傘を閉じ、桔梗【拳】に向けていたのだ。

「ッ!?」

 僕は驚きのあまり、声にならない悲鳴を上げてしまった。桔梗【拳】が傘に当たる寸前、いきなり傘がミサイルのように射出されたのだ。

「ぐっ……」 

 桔梗【拳】と傘が激突し、火花を散らす。すぐに弾こうとするが傘の勢いが予想以上に強く押し切られないように手首のハッチを開け、ジェットを噴射させる。しかし、それでも拳と傘の勢いが均衡するだけだった。まずいと急いで男の方を見れば持ち手しか残っていない傘を放り投げて蠍をこちらに向ける。蠍の尻尾の先端に赤い光が集まっていく。

「――私を忘れないで欲しいわ」

 その声と共に右から飛んで来たお札が小さな蠍を粉々に破壊し、男にも数枚のお札が直撃して吹き飛ばした。

「れい、む……」

 徐々に傘の勢いが弱くなっていくのを拳ごしに感じながら助けてくれた彼女に視線を向ける。霊夢はため息を吐いた後、お札を持ったまま、僕の方へ歩き出す。そして、完全に傘が停止し、地面に落ちるのを見届けてから俺の隣に立った。

「ありがとう、霊夢。助かったよ」

 初めて試みた桔梗の連続変形。桔梗は何度も変形すると熱を持ってしまう。そのため、できるだけ連続で変形することを避けていたのだが、今回ばかりは連続変形していなければ男の攻撃を防ぎ切れなかっただろう。まぁ、最後は霊夢に助けて貰ったのだがそのおかげで男も無力化でき――。

「……まだ終わってないみたいよ」

「え?」

「そりゃそうだろ。あんなお札でやられてちゃ俺たちの目的が達成されるわけねーからな」

 そんな言葉と共に吹き飛ばされた男はゆっくりと立ち上がった。お札の直撃を受けたせいでジャージがところどころ破けている。最も破損が激しいのは咄嗟に防御したと思われる右腕。

「あれ、は……」

 その隙間から見えたのは甲鉄に覆われた男の右腕だった。

 


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