「会長、貼って来ました」
「ああ、ありがとう」
無事にグラウンドに辿り着いた悟は早速リーマから受け取ったお札の束を使おうとした。しかし、すぐに問題が発生する。霊力を流せば簡易的な結界を張れるとリーマから伝えられたがグラウンドにいる人の中でお札に霊力を注ぐことができるのは奏楽と種子しかいなかった上、使い方自体知らなかったのだ。もし、一般人でもお札を扱えられたのならば配布して助けが来るまで自衛できただろう。また、結界陣を使えたのならお客さんを守るようにドーム状の結界を張ることもできたはずだ。霊奈に電話すれば簡単な結界陣を教えてくれるかもしれない。でも、彼女は霊脈の解体を行っている。できるだけ邪魔はしたくなかった。
『……はい、大丈夫です。綺麗に組めていると思います』
そこで助け船を出したのが麒麟だった。彼女は基本的なお札の使い方を知っていたのである。麒麟に結界陣を教えて貰い、急いでファンクラブメンバーを集めてお札を指定した位置に貼るように指示。メンバーたちは何も聞かずに手分けしてお札を貼りに向かった。そして、今まさにその作業が終わったのである。なお、柊たちは結界の外で護衛するため、陣の外で待機していた。
「それじゃ奏楽ちゃん、お願い」
「オッケー!」
ずっと悟の肩に座っていた奏楽は頷くとふわりと浮かび、陣の中心に貼ったお札の上に着地した。ゲームの中と信じているメンバーたちはそれを見てギョッとし、『ああ、ゲームの中だからできるのか』と納得する。奏楽が本当に浮遊していると考えるよりこの世界はゲームなのだと考える方が現実的だったからだ。
「えっと、これぐらい?」
奏楽が足元のお札に霊力を注ぐと地面が赤く輝き、彼女を囲むように結界陣が形成させた。更にその結界陣から四方へ赤いラインが走り、東西南北それぞれで赤い光の柱が空へ伸びる。麒麟の教えた結界陣は『四神結界』と呼ばれるもので中央と東西南北に小さな結界陣を作り、その小さな結界陣を繋いで大きな結界を作る仕組みになっている。
『もうちょっと……ええ、それぐらいで大丈夫です。奏楽さん、私の言うことを繰り返してください』
「はーい!」
本来この『四神結界』は小さいと言っても結界陣を5つ作り、それらを繋げなければならないため、凄まじい量の霊力を必要とする大規模な結界だ。通常、術者5人で協力して作る結界であり、とてもではないが1人で作れるものではない。だが、今回の場合、術者は規格外だった。『魂を繋ぐ程度の能力』を持つ奏楽と四神の分霊である麒麟が協力していたからである。奏楽は凄まじい霊力を持ち合わせている上、魂ですら繋いでしまう彼女に遠いところに作った結界陣を繋げることは容易いことだった。子供ゆえ霊力のコントロールは大雑把だったがそれをカバーしたのが麒麟である。相性が100%だったこともあり奏楽の霊力をほぼ損失なしで動かすことができたのだ。莫大な霊力、繋ぐことに特化した能力、麒麟のフォロー。『四神結界』を作るのにここまで適した人材はいないだろう。その証拠に麒麟と奏楽が詠唱を終えた瞬間、お客さん全員を囲むように結界が出現した。
「おぉ……すげぇ」
信用していなかったわけではないが大規模な結界を見た悟は感嘆の声を漏らす。因みにお客さんには事前に結界を張ることを知らせてあるのでパニックにはならなかった。
「奏楽ちゃん、どこか痛むところとかダルイところとかない?」
「ないよー?」
『本来であれば干乾びてもおかしくないのですが……本当にこの子は……』
小さな結界陣の中にいる奏楽はにへらと笑いながら答え、麒麟はそんな奏楽の様子にドン引きしていた。なお、彼女は小さな結界陣の中にいるが結界そのものは他の小さな結界陣と繋がっているため、彼女の周囲には結界は存在していない。
「そっか……奏楽ちゃん、麒麟。結界は任せたぞ」
「奏楽ちゃん、頑張って!」
「うん、任せて!」
『ええ、お任せください』
悟とユリの言葉に2人は頷いた。奏楽は結界陣の中から出られない。そのため、仕事のある悟とはここで分かれなければならないのである。もちろん、最初奏楽は少しばかりぐずった。そこで悟が説得するために何でも言うことを聞くと約束したのだ。
「お泊りー、お泊りー」
『楽しそうですね、奏楽さん』
「うん!」
ユリと手を繋いで仕事に向かった悟の背中を見ながら奏楽は笑った。少し前に奏楽は悟の能力について調べるために彼の家に泊まったことがあり、今回の約束でもう一度家に泊めて貰おうと思っているのだ。
『そんなことが……それで悟さんの能力は何だったのですか?』
「さぁ?」
お泊り会の話を聞いた麒麟の質問に彼女は笑いながら首を傾げる。はしゃぎ過ぎた奏楽は悟の胸の中でぐっすりと寝てしまったのだ。
「でもね、お星さまが綺麗だったのは覚えてる」
『へぇ、お星さまですか』
「うん! また見たいなぁ」
奏楽は結界陣の中でニコニコと笑顔を浮かべていた。彼の目に浮かぶ星を思い出しながら。
「はぁ!!」
近づいて来た妖怪たちを龍の鱗に覆われた腕を振るい、吹き飛ばした。たったそれだけで妖怪たちは砂のように消え失せる。
『ふむ、脆いな』
「そうだね」
青竜の言葉に頷いた弥生は大きく息を吸った後、妖怪が密集しているところに向けて火球を吐き出す。火球に飲み込まれた妖怪たちは一瞬にして焼失してしまう。
霊脈から妖怪が現れたのを見た弥生はすぐに妖怪に攻撃したのだが、予想以上に妖怪たちは弱かった。式神通信で雅たちと連絡を取り合いながら動いているのだが、他の霊脈から現れた妖怪も動揺らしい。
「よっと」
背後から接近して来た妖怪をひらりと躱し、すれ違いざまに翼でその体を切り裂いた。そのまま飛翔し、状況を確認する。
「……」
確かに妖怪たちは弱い。下手をすればただの人間の攻撃でも倒せるかもしれないほどだ。しかし、問題はその数である。妖怪たちが現れ始めてからまだ10分ほどしか経っていないのにすでに3桁を越える妖怪が霊脈から溢れていた。
『状況はあまり芳しくない。今も妖怪の出現速度は上昇している』
「殲滅するっ!」
青竜の言葉に弥生は再び息を吸い込んだ。だが、今度はすぐに吐き出さず数秒ほど溜めた。そして、爆炎を眼下に広がる妖怪の絨毯へ放つ。爆炎は地面に叩きつけられると同時に四方八方へ広がり、着弾地点付近だけでなくその周辺にいた妖怪すらも焼き殺した。
「……くっ」
だが、それでも妖怪の数は減らない。倒した途端、その倍以上の妖怪が霊脈から出現する。埒が明かないどころではない。このままでは捌き切れなかった妖怪がグラウンドの中央へ向かってしまう。その証拠に妖怪たちは何かに導かれるようにグラウンドの中央へ歩みを進めていた。
「魔眼!」
黄色い瞳で妖怪がいる空間を圧縮し、爆破させる。それとほぼ同時に炎を吐き出して別の場所にいた妖怪を焼き払う。とにかく数を減らす。弥生にはそれしかできなかった。
弥生だけではない。他の霊脈にいる式神たちも同じだった。
尻尾の穴から水を噴出させて霊脈へ向かった霙は上空を旋回しながら霊脈の様子を窺っていた。しかし、妖怪が現れ始めてから彼女はすぐに地上に降りたのである。甲羅の中に顔、手足、尻尾を収納したまま。
「大丈夫なんでしょうか?」
『うん、大丈夫だよー。ねー?』
『ええ、きっと大丈夫よ』
甲羅の中から迫る妖怪を見ながら不安げに玄武に聞く霙に対し、玄武“たち”はのん気に答えた。玄武は亀に似た姿をしていると言い伝えられているがその亀の尻尾は蛇であるとも言われている。そのため、声は2つ存在しているのだ。なお、おっとりとした声は亀。少し低い女性の声は蛇である。
「……わかりました。私も覚悟を決めます」
玄武たちの言葉を聞いた霙は小さく深呼吸した後、一気に冷気を放出し、地面を凍らせた。その後、手足の穴から水を噴出させ、その場でクルクルと回転し始める。
『僕たちの相性はー、バッチリー』
『ましてや扱う属性すら同じ』
凄まじい速度で回転する霙の耳に玄武たちの声が届いた。『霙』。雪と雨が混ざり合った天気。ご主人様である響が付けてくれた大切な名前。霙の力の源。水と氷を操る力を持つ神狼。水の力を操る四神と相性が良くないわけがなかった。
「それでは……まいります!」
十分な回転速度に達した霙は水の噴出を止め、全ての穴から同時に同じ水圧で水の刃を周囲に放つ。水の刃は妖怪の体を捉え、それを真っ二つにしてしまった。しかも一体だけでなくその後ろに立っていた妖怪たちも一緒に両断している。
「……」
『どんどんいこー』
「あっ……は、はい!」
予想以上の威力に回転しながら呆然としてしまった霙だったが玄武の声で我に返り、次から次へと水の刃を撃ち出す。
これほどの速度で回転していれば三半規管がやられてしまうだろう。しかし、そこで役に立ったのが玄武の言い伝えだった。玄武は『亀蛇、共に寄り添い、もって牡牝となし、後につがいとなる』と言われており、陰と陽は合わさっている様子に例えられたことがあり、陰と陽――つまり、相反する力を同時に保有している。その言い伝えを利用して回転する方向とは逆方向の作用を霙の三半規管に伝え、バランスを取っているのだ。本物の玄武ですらこんなことはできないだろう。しかし、この玄武は響の能力の影響を受けている。そのため、言い伝えを利用できるのだ。なお、視覚に関しては玄武の視界を共有しているおかげでいつも通りに見えている。
『よーし、次は前だー』
『いえ、まずは背後の敵を倒しましょう』
「どっちかにしてくださああああい!」
水の刃を撃ち出しながら霙は玄武たちの指示通り甲羅を滑らせて移動する。地面は凍っているため、摩擦力は小さく、軽く水を噴出するだけで移動することができた。どうにかして霙を止めようと妖怪たちも彼女たちに迫るがそのほとんどは近づく前に水の刃に両断され、近づいても高速回転する霙に触れようとした途端、はじき飛ばされる。霊脈偵察組の中でも霙が断トツで妖怪討伐数が多かった。
『右ー』
『左よ』
「うええええええん!」
本人は玄武たちに振り回され、泣きながら我武者羅に水の刃を撃ち出しているだけだが。