東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第379話 この子だけでも

「……」

 絶叫した男を見て戸惑っていたななさんはすぐに僕の鎌を構えて警戒する。男は彼女のことを知っているようだが友好的ではなかった。記憶がなくなる前のななさんと男は敵対していた可能性が高いと判断したのだろう。しかし、警戒したななさんを見て彼はすぐに首を傾げた。僕たちの存在など忘れてしまったかのように彼女を観察して――。

「……はっ。はは、ははは」

 ――嗤う。あれだけ切羽詰った様子で叫んだ男がお腹を抱えて笑い出した。

「なんだ……そういうことか。あー、なるほど」

「……何がおかしいんですか」

「ぷっ……何がおかしいって? 全部だよ全部。その姿も、話し方も、在り方もめちゃくちゃじゃねーか。警戒して損した」

 そんな男の反応にななさんは眉間に皺を寄せる。笑われているのだ、不機嫌にもなるだろう。それにしてもやはりあの男は記憶を失くす前にななさんを知っているようだ。彼が言うには姿も話し方も在り方も今のななさんと違うらしいが1か月近く一緒に過ごしていた僕からしたら他のななさんの姿は想像できなかった。

「いやぁ、俺も馬鹿だった。どんな方法を使って追って来たのか知らねーけど事故って記憶失くしてちゃ元もこうもねーな……よし、予定変更」

「ッ! させないよ!」

 勝ち誇った様子で話していた彼は端末を操作して新しい箱を取り出す。それを見て霊奈が男に向かって駆け出した。僕と霊夢もその後を追おうとしたがすぐに止まった。霊夢はうさぎミサイルの発射台を止めるために結界を張っているし、桔梗も先ほどの無茶でまだ体に熱を持っている。彼女は戦ってもすぐにオーバーヒートは起こさないと言っていたがまだ休ませるべきだ。それに嫌な予感がする。男は僕を殺そうとしていた。だが、ななさんを見てすぐに予定を変更させると言った。つまり、彼は――。

「桔梗、ワイヤー!」

 予感が外れていればそれはそれでいい。そう思いながら僕は桔梗【ワイヤー】を装備する。そして、それとほぼ同時に霊奈の鍵爪が箱を持つ男に振るわれた。すぐそこまで迫っている鉤爪をチラ見した彼はニヤリと笑って左腕を上げて鉤爪をガードする。すると霊奈の鉤爪はいとも簡単に折れてしまった。

「えっ……ガッ」

 まさか折れてしまうとは思わなかったのか彼女は折れた鉤爪を見て硬直してしまう。その隙に男はその場でくるりと回り、霊奈の小さな体に蹴りを叩き込んだ。体重の軽い霊奈は吹き飛ばされて境内をバウンドしそのまま木に叩きつけられてしまう。それを見届けた男は再びななさんへ視線を戻した。やはり彼はななさんを殺そうとしている。僕の鎌を持っているとはいえななさんはまともな戦闘経験はない。記憶を失くす前はわからないが記憶喪失の彼女に鎌一つで男の攻撃を凌げと言うのは酷な話だ。

「桔梗!」

 霊奈も心配だが蹴りを受ける直前に小さな結界を張っていたから致命傷ではないはず。しかし、今からななさんの元へ向かっても男の持つ箱が変形し終えてしまう。それでは間に合わない。だから僕はななさんに向かってワイヤーを飛ばした。ワイヤーはそのままななさんの左腕に絡まり、僕の意図に気付いてくれた彼女は鎌から右手を放してワイヤーを掴んだ。いつもならワイヤーを回収してななさんをこちらに引き寄せていただろう。だが、僕とななさんは男を挟むように立っていたのでななさんがこちらに引き寄せられている間に男に攻撃されてしまう可能性が高い。見ればすでに箱の変形は終わっており、うさぎミサイルを撃ち出していた発射台とは違った形状の筒状の兵器を男はななさんに向けている。

「桔梗ちゃん、お願いします!」

 ななさんが桔梗にそう言うと桔梗【ワイヤー】から桔梗【翼】に変形する。だが、装備したのは僕ではなくななさんだった。桔梗を装備する時、必ず彼女に触れていなければならないという制約がある。しかし、逆に言えば“触れてさえいれば装備することができる”。それを利用して桔梗をななさんに渡したのだ。

 桔梗【翼】を装備したななさんは翼を振動させて急上昇して男から距離を取る。しかし、それを見ても男は焦らず筒状の兵器を真上に向けてトリガーを引いた。パシュ、という軽い音と共に筒状の兵器から細長い何かが撃ち出される。

「あれは、トビウオ?」

 その細長い何かはトビウオによく似ていた。トビウオは真っ直ぐななさんに向かって飛んでいる。うさぎミサイルと同じように追尾機能を搭載しているようだ。だが、うさぎミサイルとは違う点があった。

(速いッ……)

 トビウオの速度はうさぎミサイルと比べ物にならないほど速かった。細い形状なので空気抵抗が小さいのだ。あのままではすぐに追いつかれてしまう。ななさんもチラリと後ろを振り返って顔を強張らせ、速度を上げた。だが、それでもトビウオの方が速い。何度か翼を振動させて躱しているが桔梗【翼】の操作になれていないせいか少しずつ追い詰められている。桔梗も僕とななさんの体格は大きく違っているせいでいつものように飛べないようだ。あのままではトビウオに追い付かれて爆発に巻き込まれてしまう。今すぐに助けに行きたい。でも、僕は桔梗なしじゃ空を飛べないし、霊夢も結界を張っているせいで動けない。霊奈は木に背中を預けてぐったりしている。男を攻撃しようにも桔梗【弓】以外にあの男にダメージを与えられる手段がない。僕たちは黙って見ていることしかできなかった。そして、ついにその時が来てしまう。

「桔梗ちゃん!」

 これ以上に逃げられないと判断したのかななさんは振り返り、迫るトビウオを睨む。その手には桔梗【盾】。後ろから攻撃されるくらいなら真正面から受け止めた方がマシだ。そのままトビウオは桔梗【盾】に激突し、爆発――しなかった。うさぎミサイルとは違って物体に接触しただけでは爆発しないらしい。

「……違う」

 そもそもあんなに細いフォルムであれば大爆発を起こせるほどの火薬を積めないだろう。つまり、あのトビウオはうさぎミサイルとは別の――。

 そこまで考えた時、トビウオの勢いが増した。どうやら今まで抑えていたようだ。だが、問題はそこではない。トビウオが桔梗【盾】の衝撃波を受けても吹き飛ばされなかったことだ。トビウオは細い。そのせいで面の攻撃である衝撃波の威力が分散し、トビウオを吹き飛ばせなかったのだ。その証拠に何度か衝撃波を放っているがほとんど効果がない。それに加え、今のななさんは桔梗【翼】を装備していないせいで自由落下し始めていた。しかし、トビウオの特性はそれだけではなく、桔梗【盾】に触れながらその場で回転し始めたのだ。

『くっ……う、うっ』

 凄まじい量の火花が散る中、桔梗の悲痛な声が不思議と耳に届いた。衝撃波を放っている上、摩擦熱でどんどん桔梗の体が熱くなっているらしい。あのままではオーバーヒートを起こしてしまう。もし、そうなればドリルのように回転しているトビウオがななさんの体を貫く。そう、あのトビウオは対桔梗【盾】用の兵器なのだ。うさぎミサイルといい、あの男は桔梗に有効な手札が多い。いや、多すぎる。まるで“最初から桔梗を相手にする”と知っていたようではないか。

「ぁ……」

 その時、桔梗【盾】から凄まじい量の水蒸気が噴き出た。あれは桔梗がオーバーヒートを起こした合図であり、すぐに桔梗【盾】から人形の姿に戻ってしまった。あのままではななさんが危ない。それに人形に戻って目を回している桔梗もトビウオに貫かれてしまう。

「桔梗っ! ななさんっ!」

 たまらず僕は2人に手を伸ばしながら絶叫した。

 

 

 

 

 

 ――こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!

 

 

 

 

 

 聞いたことのない聞き覚えのある声が脳裏に響く。ああ、駄目だ。このままではななさんも桔梗もいなくなってしまう。それだけは嫌だ。絶対に守ると、もう失わないと決めたのに。お願いだからもう僕から大切な物を奪わないで。

「っ……」

 僕の悲鳴が聞こえたのかななさんは目を丸くしながら僕を一瞥した後、桔梗を掴んで抱き寄せた。オーバーヒートを起こしている桔梗は素手で触れれば火傷してしまうほど熱くなっている。ななさんも例外ではなく火傷を負ってしまったのか顔を歪めた。それでも桔梗を守るように抱えながらくるりと体を回転させてトビウオに背を向け――。

 

 

 

 

 

「な、ななさ――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼女の胸からトビウオの頭が飛び出したのを見て僕は言葉を詰まらせた。


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