東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第380話 巫女の素質

「よっ」

 キョウが的として置かれた大きめの石に3枚のお札を投げる。3枚のお札の内、石に当たったのは1つだけだった。それを見ながら追加のお札を懐から取り出して2本の木に投擲。今度は2枚とも命中し、最後に両手に3枚ずつ持って霊力を多めに流して追尾効果を付加した後、真後ろに放った。すると、6枚のお札は何かに導かれるようにキョウの後ろにある岩――の上に座っている霊夢へ向かって行った。

「はい、不合格」

 迫るお札を見てため息交じりにそう呟いた彼女に6枚のお札は掠ることなく通り過ぎて草むらの向こうへ消えた。どうやら、霊力の流し方に問題があったようで上手く追尾効果が付加できなかったようだ。

「あちゃー……」

 振り返って霊夢が桔梗【盾】を展開していないのを見て失敗したとわかったのかキョウは肩を落として声を漏らした。成功した時は霊夢の手首に装着されている白黒のリング――桔梗を盾に変形させて防御する手筈になっているのだ。

「ここまでにしましょう。そろそろ朝ごはんの時間だし」

「うん、わかった」

 頷いた彼は岩から降りた霊夢に駆け寄り、霊力の流し込みが甘いと指摘されながら神社へ向かう。それから桔梗も会話に参加して賑やかになった。

『もう、1週間か』

 そんな彼らの話を聞きながら何となく呟く。キョウと桔梗が博麗神社に来て巫女見習いである霊夢と霊奈と暮らし始めてから1週間が過ぎた。今のところ何も問題は――まぁ、博麗の巫女と巫女見習いにしか扱えない博麗のお札を何故かキョウが使えてしまったり、霊夢と霊奈と一緒に修行したり、輪っか状の鍋敷きを桔梗が食べてリングに変形できるようになったり、と色々あったが特に事件らしい事件は起きていない。特に最近は博麗のお札を上手く使えるように朝早くから修行している。吸血鬼の力を譲渡できない今、キョウが強くなるのは賛成だ。だが、修行の成果はあまり芳しくない。霊夢曰く『1週間でここまでできるようになったのは純粋にすごいとは思うけど実戦で使えるかって聞かれたらすぐに否定するレベル』らしい。また霊奈相手に組手をしているので対人戦の経験も積んでいる。襲って来るのが妖怪だけとは限らないし、人の姿をしている妖怪もいる。霊奈との組手で対人戦が得意になるとまでは言えないが何もしないよりかはマシだろう。

 そして、キョウに趣味ができた。桔梗の衣装作りである。今までは趣味らしい趣味もなく、旅をしたりお店の手伝いばかりしていたので息抜きができたのは喜ばしい。キョウもまだ5歳だ。少しでも長く楽しい時間を過ごして欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、なら蔵の掃除手伝って欲しいんだけど」

「蔵?」

 そんな平和な日々が続いていたある日、洗濯物を干し終えて何かすることはないかと霊夢に問いかけたキョウは面倒臭そうに指を差した方を見る。そこには大きな地震があれば簡単に崩れてしまいそうなほど古ぼけた大きな蔵があった。確かにあの蔵を1人で掃除するのは大変そうだ。

「うん、いいよ。雑巾とか必要かな?」

「まずは蔵の中にある物を外に出しましょ。バケツを倒したら面倒だもの」

 心なしかわくわくした様子で頷いたキョウにマスクを差し出した霊夢はそのまま蔵へ向かう。キョウも慌てて彼女の後を追いかけた。

「えっと、これだったかな」

 鍵束から錆付いた鍵を選んで錠前に挿し、錠前を外した霊夢が蔵の扉を開ける。蔵の中は薄暗く、ここからでも埃が大量に積もっているのがわかった。マスクなしで掃除はできそうにない。

「うわ……」

「私は細かい物を運び出すからキョウは大きな物、お願いしていい?」

「うん、大丈夫だよ」

 蔵の中を見てドン引きしていたキョウだったが霊夢に話しかけられてすぐに承諾した。桔梗【翼】の力を応用すればどんな重い物でも軽々と持てる。それに加えて細かい物は何かと繊細なのでちょっとしたことで壊れてしまうかもしれない。霊夢は壊れやすい物や大切な物を把握していると思うので彼女に任せた方が得策である。キョウはすぐに桔梗【翼】を装備して邪魔にならないように折りたたみ、入り口付近に置いてあった大きな箪笥を持ってぶつけないように注意しながら外へ出た。それから彼らは手当たり次第に荷物を蔵の外へ出して並べる。

「ん?」

 そして、蔵の中にあった荷物をあらかた外に出した頃、後ろで作業していた霊夢が声を漏らした。そちらを見ると彼女はアルバムのような物を開いて首を傾げている。何か気になる写真でもあったのだろうか。

「どうしたの?」

「……何でもないわ」

 キョウの問いかけに霊夢は首を振り、パタンとアルバムを閉じて段ボールの中に戻すがまだ動揺しているようで微かに手が震えていた。

「霊夢?」

「ほ、ほら! 早くそこの荷物運んじゃって!」

「う、うん……」

 誤魔化すように指示を出す彼女を心配そうに見つめながら古い段ボールを持ち上げるキョウ。しかし、段ボールの底が抜けてしまい、中身が床に落ちて床の埃が舞う。

「もう、何やってんのよ」

「段ボールの底が抜けたんだよ……えっと、本かな?」

 持っていた段ボールを床に置いて散らばってしまった本の一つを拾った。とても古くタイトルの類はどこにも見受けられない。だからだろうか、キョウは自然とその本を開いていた。

『……何これ』

 だが、そこに書かれていたのは私には読めない文字だった。いや、文字ですらない。暗号化されている。特定の人もしくは暗号の解き方を知っている人にしか読めないように仕掛けが施されているようだ。おそらくキョウにも読めない。そのはずなのに彼は何故かページをめくり続け、最後のページを見て『へぇ』と声を漏らした。

(まさか……読めてるの?)

 慌ててキョウの視界情報を共有する。すると今までぐちゃぐちゃだったページは家系図のような物に変化した。やはりキョウには読めていたらしい。その家系図は歴代の博麗の巫女の名前や務めた年代、該当するページ数が書かれている。

「ねぇ、霊夢」

「何よ」

「霊夢の師匠の名前って霊夜?」

 家系図の一番下に『博麗 霊夜』と書いてあった。キョウの言う通り霊夢たちの師匠かもしれない。

「それは今の巫女の名前よ。私たちの師匠は先代巫女の……って、何で霊夜さんの名前を?」

 こちらを見ずに答えた霊夢だったがすぐに振り返ってキョウが持っている本を見て目を丸くした。まぁ、ここに来て1週間ちょっとしか経っていないキョウが読めるのはおかしいか。

「それ、見たの?」

「見たって言うか……読んだって言うか」

「……いや、あり得なくないか。博麗のお札も扱えるんだし」

 ため息交じりに呟いた後、彼女は再び荷物の整理に戻った。つまりこの本を読めるのは博麗のお札を扱える人――博麗の巫女の素質を持った人だけらしい。それにしても何故キョウに博麗の巫女の素質があるのだろうか。男の子なのに。そんなことを考えているとキョウの視線が『博麗 霊夜』の上に移動する。霊夢たちの師匠は先代巫女であるなら『博麗 霊夜』の上に書かれている巫女が彼女たちの師匠だ。

(……どうして?)

 だが、私はもちろんキョウもその名前を読むことができなかった。黒く塗り潰されていたから。

「ねぇ、霊夢」

「……」

 そのことについて聞こうとしたのかキョウが霊夢に話しかけるが彼女は何も話さないと言わんばかりにそれを無視して荷物を持って外に出てしまった。彼女から話を聞くことはできないだろう。彼もそれに気付いているがそれでも気になるようでしばらく黒く塗り潰された名前を観察した後、息を吐いて本を閉じた。そのまま未だ床に散らばっている荷物を片づけようとして――。

「ッ……」

『この感じっ……』

 いきなり博麗神社近くの林に妖力が発生した。数秒前まで何も感じなかったのに。しかも、その近くに霊夢もいる。そう言えば博麗の巫女は勘が鋭いらしく霊夢たちの師匠は未来予知レベルで当たると言っていた。霊夢の巫女の素質があるので異変が起こると予測して現場に向かってしまったのかもしれない。

「霊夢!」

 キョウは慌てて蔵の外に出たがやはり霊夢の姿はない。すぐに桔梗が地面に彼女が外に運んだはずの荷物が散乱していることに気付き、その近くに足跡を見つけた。急いで神社に鎌を取りに戻って桔梗【翼】を装備し低空飛行で足跡を追った。

「いたっ!」

 林の中を飛んでいると前方に霊夢の姿を見つける。だが、その刹那禍々しい姿をした妖怪が彼女に向かって爪を振るった。

 


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