「ごめんね」
フランは俯いて謝った。
「いや、大丈夫だって。骨も治ったし」
それを一言で許す。だが、フランの怪力で骨が折れた時は冷や冷やした。何故なら、その骨が肺に突き刺さり、痛みで気絶するほどだったのだ。外にいた皆がフランを止めなかったら俺は天に召されていたかもしれない。
「じゃあ、行くか」
謝るフランの頭を撫でてから立ち上がる。
「どこに行くの?」
「散歩。血を飲んでから体がどんな感じになったか確認しておきたい。何より、暇」
体の事を考えて今日は紅魔館に泊まる事にしたのだ。もちろん、望には連絡済みである。
「私も!」
フランが手を挙げて訴えた。
「? いいけど……本当に歩くだけだぞ?」
「いいの!」
「……まぁ、いいか。よし! 行くぞ!」
何となく号令をかけた。
「おー!」
それにフランも笑顔で答えてくれる。
「ほら」
「?」
部屋を出る前に俺はフランに左手を差し伸べる。だが、フランは首を傾げてこちらを見上げて来た。意味が分かっていないようだ。
「手」
「手?」
それからフランは右手と左手を見比べて左手で俺の手を握った。
「それだと握手になるだろ? 右手だ」
「えっと、こう……ってええ!?」
やっと手を繋いでくれたが、今度は目を見開いて驚いてしまった。忙しい奴だ。
「こ、これって……」
「嫌だったか?」
フランを見ていると小さい頃の望と出かける時、手を繋いでいたのを思い出したのだ。
「ううん! 逆に嬉しい!」
首をぶんぶんと横に振って喜んでくれた。
「そ、そんなにか? ま、いいや。案内よろしく頼むわ。まだここの事、詳しくないし」
「まかせて!」
こうして、俺とフランは散歩に出かけた。
「そう言えばさ」
「何?」
30分ほど歩いた所で俺はふとある事に気付き、フランに声をかけた。
「俺たちって血、繋がってるよな?」
「……そう、なるね」
「て、事は……俺はフランの兄? いや、年齢的に弟か」
見た目は小さいがフランは吸血鬼。かなり、長生きしているはずだ。
「私の事を『お姉様』って呼ばなきゃだね」
「だが、断る」
自分より見た目が幼い子を『お姉様』と呼んでいると何だか危ない人に見えそうだ。
「じゃあ、私が『お兄様』って呼ぶ」
「……何で?」
「だって……兄妹だもん。体つきでお兄様の方が大人だもん」
フランはとびきりの笑顔でそう言った。
「……お好きなように」
溜息を吐きつつ承諾する俺。
「わかった」
えへへ、と微笑みながらフランが頷く。
「あら? お散歩?」
そこにレミリアがやって来る。
「俺とフランの血が繋がってると言う事は……レミリアとも繋がってるのか」
「『お姉様』とお呼び」
俺の呟きを聞いたレミリアはニヤリと笑ってからそう続けた。
「だが、断る」
「ま、そうよね。私の事は好きなように呼びなさい」
「俺の事もそれでいい」
「よろしく、響」
「こちらこそ、レミリア」
それから数秒間、お互いにお互いの目を見つめる。その沈黙を破ったのはレミリアだった。
「……本当に『お姉様』って呼ぶつもりは「ない」わよね」
遮って拒否する。それを聞いて少し残念そうにしているレミリアだった。
「あ、咲夜だ」
フランの声を聞いて前を見てみると咲夜が歩いていた。
「妹様、弟様? お散歩ですか?」
あちらも俺たちに気付き、問いかけて来る。
「はい、ストップ!!」
咲夜の言葉に気になる単語が紛れていたので止めた。
「どうかなされましたか? 弟様?」
首を傾げる咲夜。
「それだよ! どうして、弟様なんだ!?」
「いえ……お嬢様がそう呼べと」
レミリアは最初から血が繋がっている事に気付いていたようだ。
「私も不思議に思っていたんです。響様は女の子のはずなのに」
「……」
咲夜の言葉を聞いてフランが俺の顔を見る。
「……確かに。知らないと勘違いするかも」
「もう、慣れたよ」
溜息を一つ。ここで幻想郷では俺の溜息が大量生産される事に気付く。
「あ、すみません。仕事があるので」
そう言うと咲夜が目の前から消えた。時間でも操ったのだろう。
「足に包帯、巻いて無かったな」
咲夜は足に怪我を負っていたはずだ。でも、その傷跡すらなかった。
「能力を使えば一瞬で治るよ」
「……人間とは思えないぜ」
「それは言えてる。でも、どうして男だって言わなかったの?」
目を細めて俺の顔を覗き込んで来るフラン。何か勘違いしているようだ。
「……紫に口止めされてる」
「え? どうして?」
「弾幕ごっこ」
「……あ、なるほど。確かに言えないね」
「もう、嫌だ」
溜息がまた生産される。
「それにしても……今、思えばお兄様の骨もすぐに治ったよね」
「まぁ、吸血鬼の血が少量だけ流れてるからな」
「そうだったね」
「「……」」
会話が途切れ数秒間、沈黙が流れた後ほぼ同時に歩き始めた。
「うわ……もう、直ってる」
咲夜と別れてから更に30分後、俺は修復された図書館の扉の前にいた。
「あれだけ盛大に暴れたのにね」
「ああ、普通2~3か月かかるはずだけど……幻想郷じゃ常識に囚われちゃいけないんだったな」
早苗の言葉を思い出し、苦笑する。
「そう言えば、霊夢たちって帰ったの?」
ふと気になってフランに質問した。
「わかんない」
「だよね」
そう言いながら図書館の扉を開けた。
「邪魔すんな!」
「泥棒はいけません!」
「泥棒じゃないって! 借りるだけだ! 私が死ぬまで」
「それが泥棒なんです!!」
大量の本によって大きくなった袋を担いで箒に跨っている魔理沙と神風を撒き散らす早苗が図書館で弾幕ごっこをしていた。
「いたね」
苦笑してフランが呟く。
「うん、いたわ」
溜息を吐いてその下を見ると霊夢とパチュリーがお茶を飲んでいるのを見つけた。
「おっす」
「響? もう、動けるの?」
こちらに気付いた霊夢は不思議そうに問いかけて来る。
「ああ、吸血鬼の血をなめちゃいけねーぜ」
「……その様子じゃもう大丈夫そうね。じゃあ、私たちはそろそろ帰ろうかしら」
「あれを止めるのか?」
「あれが終わってから。止めるなんて面倒じゃない」
もう一度、二人を見た。
「くっ……八卦炉があったら」
ここであれをぶっ放すつもりなのだろうか。
「くっ……室内だから風のコントロールが難しいです。出力を抑えないと……」
あれだけの暴風で出力を抑えているらしい。
「終わりそうにないな」
二人が同時にスペルカードを取り出した所で霊夢に向き直る。
「もうしばらくかかるわね。お茶」
「はい! ただいま!」
霊夢がティーカップをクイッと傾けると小悪魔が慌てて飛んで来た。パチュリーは本を読んでくつろいでいてこちらを見ようともしない。
「おっと!」
その時、魔理沙が一冊の本を落とす。その本は真っ直ぐ俺の頭に向かって落下して来た。
「危ないな……全く」
このままでは脳天に直撃してしまう。それを阻止する為に空中でキャッチしようと手を伸ばした。
「お兄様、ダメ!」
「え?」
近づくにつれ、本のタイトルが読めるようになってわかったのかフランが慌てて叫ぶが遅かった。すでに俺の手に本は収まっている。
「なっ!?」
その瞬間、本から暴風が吹き荒れる。その威力は早苗の神風を凌駕していた。近くにいたフラン、霊夢、パチュリーは机ごと吹き飛び、空中にいた魔理沙と早苗は暴風に巻き込まれ遠くに飛んで行った。だが、俺だけはその場に留まっている。いや、固定されていた。
(本に引き寄せられてる!?)
まるで俺以外の人を遠ざけたようだ。本は空中に留まっており、一人でにパラパラとページが捲られる。
『……ジュシンチュウ』
「ッ!?」
頭に直接、音声が響いた。
『アナタニ、テキゴウ、スル、マドウショ、ヲ、コノ、トショカン、カラ、エランデ、イマス』
「何なんだよ。これ」
俺はただ呆然とするだけだった。
「ん~! んん!!」
本に生き埋めにされた私は足をブンブンと振って脱出しようとする。
「ほら、落ち着きなさいって」
それを霊夢が引っ張り上げてくれる。助かった。
「ありがと」
「それほどでも」
「まああああありいいいいいさああああああ!!」
その時、パチュリーが大声で魔理沙を呼んだ。喘息なのに大丈夫なのだろうか。
「いたた……何が起きたんだ?」
「わかりませんよ……」
すぐ近くに魔理沙と早苗がいた。先ほどの暴風で墜落させられたらしい。
「魔理沙! あの本、どこから持って来たのよ!?」
「あの本?」
「あれよ、あれ!」
パチュリーが指さした方向には魔導書の傍から離れないお兄様の姿があった。
「ああ、あれは……あそこの扉の奥に」
魔理沙の視線の先にあった部屋のドアは少しだけ開いていた。
「そこは禁書を封じ込めていた場所よ!! 何してんのよ!」
「そうなのか? 入っても何も罠がなかったらからてっきり」
「え? 作動しなかったの?」
「このとおりピンピンしてるぜ」
腕を曲げて胸を張る魔理沙。
「もしかして狂気が暴れた時、魔方陣に亀裂でも入ったのかも……」
「パチュリー、あの本はどんな本なの?」
先ほどから気になっていた事をブツブツと何かを呟いているパチュリーに問いかける。あの本から変な力を感じたから注意したけど具体的にどんな魔法が発動するのかわからなかった。
「あれは、『インデックス』って言う禁書で使用者に適する魔導書を見つける為の本なの。でも、適する本がなかったら使用者の魂を喰らう。危険な本よ」
「この図書館にお兄様に適する本はないの?」
「お兄様? そうね……響には確かに魔力はある。ただ、それは本当に微量なの。ギリギリ、弾を一つ発射出来るぐらいね」
一瞬、目を見開いたパチュリーだったが私がお兄様を『お兄様』と呼ぶ理由がわかったらしく、私の質問に答えた。
「少ないね」
それを能力で補っていたらしい。だが、どうしてだろう。お兄様からは魔力の他に何かあるような気がする。
「ちょっと待って。響は霊力も持っているわ。それにさっきから妖怪の気配がするんだけど」
パチュリーの言葉を否定する霊夢。
「あ、私も気配を感じます。丁度、響ちゃんがいる場所から」
皆の話をまとめるとお兄様は魔力、霊力持ちで何やら妖怪の気配もあると言う事らしい。
「一気に人間から遠のいたね」
「今はそれどころじゃないの! 例え、本が見つかってもその本が禁書だったらどうするの!」
「どうなんですか?」
今度は早苗が質問する。
「また暴走するかもしれない」
パチュリーの発言に皆、顔を引き攣らせた。狂気のトラウマが残っているようだ。
「じゃあ、私の能力であの本を壊せば……」
「そうすると今度はあの本が暴走するわ。禁書ってそう言う物なのよ」
「なら、どうすんだよ!」
そう叫びつつ魔理沙がパチュリーに詰め寄る。
「とにかく近づける所まで近づきましょ?」
パチュリーはそう言うとお兄様の方へ歩いて行った。それを見て私たちは後を追う。