東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第381話 霊脈攻略 後編

「――うん、これなら大丈夫だろ。このまま資料作りしちゃって」

 渡された資料を流し読みした悟は1つ頷いた後、O&K社員かつファンクラブメンバーである部下に資料を返す。お礼を言いながら資料をクリアファイルにしまった部下はそのまま資料作りを任されているファンクラブメンバーたちのところへ向かった。

「神様、今のはなんですか?」

 不安で力いっぱいきょーちゃん人形を抱きしめていたユリはタブレットを操作していた悟に問いかけた。なお、抱きしめられているきょーちゃん人形はそのあまりの腕力にサバ折りにされている。

「お客さんたちの個人情報とお詫びの品をまとめた資料だよ。見やすいようにまとめてって頼んだ」

「……どうして、そんなに落ち着いていられるんですか?」

 人見知りである彼女は他人と接する時、安全な人なのか判断するために相手の表情や言葉、声音で考えていることや感情を読む癖がある。そのおかげで知り合ってまだ数時間しか経っていない悟が平常心で仕事していることに気付いていた。だからこそ、質問したのだ。自分は震えるほど怖い思いをしているからこそ何故、彼が平気そうな顔でいられるのか不思議だったから。

「……そう、だな」

 ジッと自分を見上げる彼女に対して悟はタブレットから視線を外して空を仰いだ。身長差のせいでユリには彼の表情を見ることができなかった。

「信じてるんだろうな」

「信じ、てる?」

「ああ、あいつの力を知ったのは最近だけど……いつだってあいつは乗り越えて来たんだ。きっと今回も簡単に問題を解決して俺たちを助けに来てくれるさ」

 そう言いながらユリに笑ってみせる悟。その顔には不安や心配の色は一切見受けられない。彼は本当に信じているのだろう。

「……そうですよね。響さんならきっと」

 この世界はゲーム(本当は現実世界だが)だ。響が騒ぎに気付いたとしてもここに来る可能性は低い。幼い彼女でもその事実に気付いている。悟の言葉にユリは強張った顔を少しだけ緩ませた。

 

 

 

 ――実は俺、魔法使いなんだ。

 

 

 

 数時間前、久しぶりに会った憧れの人が言った言葉。彼女自身、この世界に魔法があるとは信じていない。それなのに信じてしまう。彼ならば魔法を使って助けに来てくれるのではないかと期待してしまう。恐怖に震えるユリが縋れる人物は彼しかいないから。

「響さん……わたしたちを助けて」

 彼女の小さな願い事を聞いたのはその腕に抱かれているきょーちゃん人形しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四神結界に影響がないギリギリのところまで下げた前線は円を描くような形になっていた。東西南北に設置されている霊脈から現れる妖怪たちが合流し、四神結界を包囲するように攻めて来ているからだ。本来であれば合流された時点で前線は突破される。物理的に敵の数が増え、範囲も広がるからだ。だが、今のところ――いや、むしろ前線を下げる前より安定していた。

「よっ」

 西の霊脈を担当していたリーマはそんな声を漏らしながら妖怪たちに背中を向けて“尻尾”を振るう。尻尾は迫る妖怪たちを薙ぎ払い、消滅させた。

『次だ』

「ほい」

 白虎の声に返事をして今度は逆の方向に尻尾を振るうと反対側から迫っていた妖怪たちも消滅する。そんな動きをひたすら繰り返していた。もちろん、ただ尻尾を振っているだけでは妖怪を倒すことはできない。リーマの尻尾は彼女と白虎の能力を使って鉱石を纏わせて巨大化しているのだ。更に殺傷力を高めるために巨大化させた尻尾に茨を巻きつけている。尻尾を振るう速度はその重量のせいでさほど速くない。だが、激突した瞬間、茨の棘が体中に突き刺さる。それだけで妖怪たちは消滅してしまうのだ。妖怪たちの耐久力は一般の成人男性がバットで全力で殴っただけで消えてしまうほど低い。そのおかげでリーマは尻尾を振るうだけで妖怪たちを倒すことができる。実際には尻尾を振るだけでは鉱石の質量のせいで千切れてしまうので尻尾だけでなく鉱石そのものを動かしているのだが、白虎の能力が使えるリーマにとってさほど難しくないことだった。それこそ彼女の担当範囲は前線の3分の1であるにも関わらず安定して妖怪を処理できるほどである。

『こちらリーマ。こっちは安定してるけどそっちはどう?』

 もはや戦闘ではなく作業と化していたせいで暇を持て余していたリーマは式神通信を使って他の式神たちに語りかけた。

『大丈夫じゃないです! 敵が多すぎませんか!?』

 リーマの言葉に答えたのは霙だった。彼女は先ほどと同様に水の刃を飛ばして妖怪を両断しており、切羽詰っているような声音で叫んでいるが今のところ問題は起きていない。彼女の担当範囲もリーマと同程度であり、範囲だけ見れば前線を下げる前より狭くなっている。だが、敵の数は増えているため飛ばす水の刃の数も増やさなければ間に合わず、結果的に前線を下げる前よりも忙しくなったのだ。

『大丈夫そうね』

『大丈夫じゃないって言ってますよね!?』

『こちら雅。霙と同様こっちも今のところ大丈夫だよ。柊たちも来てくれたし』

『何で無視するんですかぁ!』

 大変そうだがヘルプは出していないので大丈夫だと判断したリーマと雅は泣き叫ぶ霙を無視してお互いの状況を軽く教え合う。

 炎に対するトラウマのせいで朱雀の力を使えない雅と殲滅戦が苦手な弥生は残った3分の1を担当している。2人で戦っていたため前線を下げる前よりも安定して戦えていたが何度か突破されそうになった場面があり、どうしようか悩んでいた時、四神結界を守るために結界外にいた柊、種子、風花が雅たちに合流した。炎を飛ばせる種子や空から攻撃できる風花はもちろん遠距離技を持たない柊も能力を使って戦況を的確に把握し、雅たちに指示を出すことで効率的に妖怪を倒せるようになったのだ。

「尾ケ井、右に薙ぎ払え。上代は炎!」

 式神通信を終えた雅は柊の指示通り、右に炭素を払うように展開して靴底に纏わせていた炭素を操作して滑るようにその場から離れる。そして、次の瞬間、弥生の口から撃ち出された火炎弾が右に散布された炭素に当たって大爆発を起こした。

「風花!」

「はいよっと!」

 爆風が雅たちに届く前に庇うように地面に着地した風花はその手に持った団扇を思い切り振り降ろす。団扇から放たれた突風が爆風を押し返し爆発に巻き込まれなかった妖怪たちを消滅させた。

「おー」

「何ぼさっとしてんだよ。次だ次」

 まとめて吹き飛んだ妖怪を見て感嘆の声を漏らした雅にジト目を向ける柊。能力を使用している彼の目はチェス盤のように白黒だった。

「はいはい。次は?」

「とりあえず手当たり次第に頼む。種子行くぞ」

 巨大な狼の姿に変化している種子の背中をポンと叩き、種子に乗ったまま迫る妖怪へ突っ込んだ。柊は両手に装備したグローブを使って、種子は青い炎を放って妖怪を倒していく。雅もそれを見て炭素を操作して滑るように別の場所から接近して来る妖怪の方へ向かった。

「……ん? なっ!?」

 だが、その途中でガラスが割れるような音が耳に届く。何だろうと振り返り、目を丸くする。全員が必死になって守っていた四神結界が粉々に砕け散っていたのだ。

『奏楽、何で結界が!』

『わ、わかんない! いきなり割れちゃった!』

 すぐに式神通信を使って奏楽に問いかけるが彼女も何が起こっているのかわからなかった。それこそ四神結界が崩壊する直前まで欠伸をしていたほど何も起きていなかったのだ。それなのに結界は砕け散った。まさか自分たちが気付かない間に妖怪が結界を破壊してしまったのだろうか。

『そんなっ……』

 結界を守り切れなかった悔しさのあまり奥歯を噛みしめる雅の脳裏に麒麟の震えた声が響いた。彼女は気付いてしまったのだ。

『麒麟、どうしたの!?』

『……内側から破壊されています。北に設置した結界陣を結界内にいた誰かが破壊したのです!』

 敵は外だけでなく結界内にもいたことを。そう、今まさにお客さんの近くに結界陣を破壊できるほどの力を持った敵がいるのだ。その事実に気付いた雅は顔を青ざめさせた。

「尾ケ井!」

 麒麟の声に耳を傾けていた雅を柊が呼ぶ。彼は携帯片手に表情を強張らせていた。四神結界が崩壊した直後に偵察班であるすみれから連絡が来ていたのだ。

「霊脈から妖怪が溢れるスピードが速くなった! 一気に数が増えるぞ!」

『奏楽さん、上昇してください! 結界を張り直す時間はありませんので私たちも戦います!』

『わかった!』

 3時15分。四神結界が崩壊し、妖怪の数が増加。戦況は確実に悪い方へ向かっていた。

 




次回(3週間後)、Dパート完結。

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