東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第382話 カウントダウン

 ――よ、よろしくお願いします……。

 ――そう、ですか……では、お言葉に甘えさせていただきます。これからよろしくお願いしますね。

 

 

 2人の女の子(女性)の顔を思い出す。2人の年齢は一回りほど離れていた上、生きて来た環境も違う。一方は記憶すら失っていた。それなのに僕は2人と出会った頃のことを思い出した。

 

 

 ――あ、ありがとう……。

 ――……ありがとうございます。

 

 

 彼女たちは僕にお礼を言った。1人はしっかりと頭を下げながら、1人は泣きそうな表情を浮かべながら。違う。僕はお礼を言われるような人じゃない。感謝を述べられるようなことはしていない。だから、頭を上げて。

 

 

 ――あ、あぁ……月、ごめんね。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんねええええ!

 ――……キョウ君、そこに正座してください。

 

 

 1人は妹を想い、涙を流していた。1人は僕のために叱ってくれた。僕にとって彼女は()のような存在だった。

 

 

 ――こいしお姉ちゃん! 今の内にキョウ君を!

 

 

 また、あの言葉が脳裏に響いた。悲鳴にも近い絶叫。この声を聞く度に僕は胸が締め付けられる。駄目だ。止めて。逃げて。今更そんなことを願っても無意味なのは知っている。だが、祈らずにはいられなかった。

 

 

 ――うん。ありがとう、キョウ君。

 

 

 彼女の最期の言葉。僕のせいで死んでしまったのにその声はとても優しかった。

 

 

 そして、彼女は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごぼっ……」

 胸からトビウオ型のミサイルの弾頭を生やしたななさんは口から血を吐き出した。だが、それでも胸に抱いた桔梗を離そうとしない。それどころか桔梗にミサイルの弾頭が当たらないように位置を調整している。

「っ……嘘っ」

 隣にいた霊夢は声を震わせながら呟いた。僕もすぐに気付く。ななさんの胸を貫いたミサイルはまだ動いていることに。胸に刺さった衝撃で止まっていたが再び回転運動を始めていたのだ。ぐちゃりと肉が千切れる音が微かに聞こえる。しかも、断続的に。そう、ミサイルの推進力もまだ死んでおらず、ななさんの体を引き裂きながら前に進んでいるのだ。

「ッ――」

 痛みで彼女は顔を歪ませる――歪ませただけだった。激痛で絶叫してもおかしくないのに、死んでもおかしくないのにななさんは悲鳴すら上げず、ただ黙って痛みに耐えている。もちろん、桔梗を守りながら。

(どうして、そこまで……)

 桔梗はオーバーヒートを起こしているので今すぐに壊れることはない。最悪、男に攻撃されないような場所へ投げればそれだけで桔梗の命を守れる。ななさんだってわかっているはずだ。わかっているはずなのに彼女は一向に桔梗を放す気配を見せなかった。いや、違う。おそらくななさんが桔梗を手放した瞬間、男は身動きの取れない桔梗を狙い撃ちするだろう。あれだけ桔梗対策を施していたのだからこんなチャンスを逃すとは思えなかった。だからこそななさんは桔梗を放さない。放さなければ桔梗を破壊される前に自分の身を挺して守れるから。

「くっ……」

 そんな彼女を見て僕は拳を握ることしかできなかった。桔梗もいない、鎌もない、お札も満足に扱えない僕ではななさんを助けられない。それが悔しくて、悲しくて、情けなくて。もう、あんな悲劇を繰り返さないと誓ったのに。どうして僕はこれほどまでに無力なのだろうか。

「――ッ」

 俯いて悔やんでいると霊夢が小さい悲鳴を上げた。すぐに顔を上げたがその時にはすでにトビウオ型のミサイルはななさんの胸を貫通し、彼女の胸に大きな穴が開いていた。役目を終えたミサイルはそのままどこかへ飛び去り、ななさんの体は落下し始める。

「ななさん!」

 桔梗を抱きしめながら頭から落ちてゆく彼女の名前を叫ぶ。僕の声が聞こえたのかななさんの顔が少しだけ動き、目が合った。生気のない目を向けられた僕は思わず顔を強張らせてしまう。嫌でもわかってしまったのだ。もう、彼女は――助からない。

「――」

 その時、僅かにななさんの唇が動く。読唇術なんて学んだこともない僕でも不思議と彼女の言葉を理解することが出来た。

 

 

 

『ごめんなさい』

 

 

 

 その6文字を紡いだななさんは微かに微笑み、林の向こうに消えた。何に対する謝罪なのかはわからない。でも、僕はそれを気にしていられるほど冷静ではなかった。

 

 

 

 ――うん。ありがとう、キョウ君。

 

 

 

 救えなかった女の子の声が聞こえる。ああ、また僕は駄目だったのだ。また繰り返してしまったのだ。僕の、せいで。ぼくのせい、で。ボクノセイデ。

 ――ッ! 駄目、キョウ!

「ガッ……」

 誰かの叫びが脳裏に響いた刹那、体の中で何かが弾けた。痛みは感じられない。だが、体の芯が氷のように冷たくなっていく。たまらずその場に膝を付いてしまった。上手く体が動かせない。

「キョウ!?」

 僕の異変に気付いた霊夢が駆け寄り、僕の体に触れた。しかし、触られた感触がない。体から赤黒い何かが漏れ始める。視界がどんどん狭くなっていく。

 ――自分を責めないで! キョウは悪くない!

 誰かが声を震わせながら必死に僕を励ます。でも、僕にもっと力があればななさんを救えた。あの兵器を破壊できるほどの力があれば誰も死なずに済んだ。強大な力があれば咲さんが死ぬことなんてなかった。

「あああああああああああああああああああ!」

 遠くの方から誰かの絶叫が聞えた。顔を上げると両手両足に鉤爪型の結界を展開した霊奈が泣きながら男に突っ込むのが見えた。吹き飛ばされた拍子に切ったのか頭から血を流している。それでも彼女は止まらない。

「敵討ちってか?」

 突っ込んで来る彼女を見てニヤリと笑った男は霊奈が振るった右の鉤爪を右腕で受け止める。男が着ている鎧が頑丈なのか、怒りで組んだ術式が雑になっていたのか霊奈の鍵爪は簡単に折れてしまう。だが、霊奈はそれを無視して左の鍵爪を振るう。男も同じように左腕でガードした。飛び散った鉤爪の破片が霊奈の頬を掠り、血が流れる。今度は足の鍵爪で攻撃しようとその場でジャンプする霊奈。

「悪いな、チェックメイトだ」

「ッ! 霊奈、逃げて!」

 霊夢の忠告が境内に響いた瞬間、霊奈の真下の地面が割れて何かが飛び出す。それはモグラのような造形をしており、先端が鋭く尖って高速回転していた。ドリルである。男は僕たちがななさんに気を取られている間に新しい兵器を用意していたのだ。見れば彼の足元に大きな穴が開いている。

 突然現れたドリルモグラに目を見開く霊奈だったが空中では逃げることができず、ドリルが霊奈の体を捉え――ようとした時、彼女の目の前に“五芒星”の結界が出現した。ドリルと結界が激突し甲高い音が耳を劈く。しかし、質量兵器であるドリルとは相性が悪かった結界はすぐに砕けてしまうが結界が稼いだ時間で霊奈は咄嗟に体を捻った。

「ぐっぁ、あああああああああああああ!」

 何とか直撃は避けたものの横腹をドリルに引き裂かれた霊奈は背中から地面に倒れた。その後を追いかけるようにドリルモグラが先端を霊奈に向けて落ちる。このままでは――。

 

 

 

 ――うん。ありがとう、キョウ君。

 ――ごめんなさい。

 

 

 

「う、うぉおおおおおおおおお!」

 絶叫しながら右手に体から漏れていた赤黒い何かを集めてドリルモグラに向けて放った。僕の手から放たれた何かはドリルモグラに当たり、粉々に砕く。この感覚は『夢想転身』の練習で霊力を爆発させて放った時と似ている。じゃあ、この赤黒い何かは霊力?

「ぬぐっ……」

 今まで体から漏れていた霊力がグルグルと体の中を回り始める。このまま放置していれば霊力が暴走してしまいそうだ。何とか抑えようと霊力をコントロールするが速度を抑えるだけで精一杯だった。

「……やっぱりお前も潰しておくべきか」

 赤黒い霊力を放った僕を男がギロリと睨んだ。まずい。桔梗と鎌はななさんと一緒に林の中。お札は霊力を抑え込むだけで精一杯で使えない。どうすることも出来ず奥歯を噛みしめていると僕の前に霊夢が移動する。

「れい、む?」

「私が、守るから」

 掠れた声で彼女の名前を呼ぶ。霊夢はチラリとこちらを見て微笑んだ。

「お前のお札は効かないって知ってるだろ?」

「ええ、知ってるわ。だから……こうするのよ!」

 霊夢が前方に結界を何枚も張ると同時にウサギミサイルの発射台を囲んでいた結界が一気に収縮して発射台が破壊される。そして、大爆発が起こった。爆風が僕たちを襲うが霊夢の結界に阻まれる。結界の1枚が砕けたがすぐに新たな結界が展開された。確かにこの大爆発なら男に通用するかもしれない。だが、問題は地面に倒れていた霊奈だ。

「霊奈には師匠お手製の術式がこれでもかってぐらい刻まれたお守りがあるから大丈夫よ。さっきの星型の結界もその内の一つ。こんな爆発じゃ霊奈は死なないわ」

「へぇ、そんな仕掛けがあったのか」

 僕の不安を和らげようと説明してくれた霊夢の目の前にスコップを持った男が現れた。見れば地面に穴が開いている。大爆発が起きる直前、先ほどのドリルモグラが開けた穴に飛び込んだのだろう。そして、彼が持っているスコップでここまで移動して来たのだ。男は僕たちの目の前で悠々と端末を操作して新しい箱を取り出す。隙だらけなのに僕たちはそれをただ見ていることしかできなかった。僕はもちろん霊夢も爆発から身を守るために結界を維持しているせいで動けないのだ。男の手の中で箱が変形していき、一丁の銃になった。

「じゃあな」

 カチャリと音を立てながら銃を僕に向ける男。そして、何の躊躇いもなく引き金を引いた。


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