東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第383話 過去から現在へ

「くっ……」

 霊夢は咄嗟にお札を投げて結界を張り、妖怪の攻撃を受け止める。だが、結界はすぐに破壊されてしまった。攻撃を防ぐために簡略化した術式だったため、いつもより脆くなったようだが彼女の結界は恐ろしいほど頑丈である。少なくともキョウは一度も破壊することはできなかった。そんな結界を一撃で破壊してしまう妖怪の攻撃力は計り知れない。直撃はもちろん掠っただけでも致命傷になりえる。

「桔梗【ワイヤー】!」

 地面に降り立ったキョウが声をかけると長方形の箱に変形し、彼の腰に装備される桔梗。そして、霊夢に向かってワイヤーを飛ばした。彼女はキョウの意図に気付いたのかすかさず飛んで来たワイヤーを掴み、すぐにワイヤーが回収される。霊夢の体はワイヤーと共にキョウの元へ引き寄せられた。しかし、それを黙って見ているほど妖怪は間抜けではない。霊夢の後を追い、今度はキョウに向かって爪を振るった。霊夢を引き寄せ終えた彼は爪の餌食になる直前で桔梗【ワイヤー】を桔梗【盾】に変形させ、寸でのところで防御する。

『ッ……』

 キョウと感覚を共有しているせいか凄まじい衝撃に襲われた。つまり、妖怪の一撃は桔梗【盾】の衝撃波でも殺し切れないほどの破壊力を持っていることになる。

「時間稼いで!」

 何か考えでもあるのか後ろで霊夢が叫ぶ。それを聞いたキョウはすぐに盾を引き、一気に前へ突き出した。突っ込んで来るとは思わなかったようで妖怪の体に桔梗【盾】が接触し、ドンと重い音と共に衝撃波が発生。まともに衝撃波を喰らった妖怪はうめき声を漏らしながら後退する。本来であれば桔梗【盾】の衝撃波は相手を吹き飛ばすほどの威力を持っているのだが踏ん張られてしまった。衝撃波で吹き飛ばせないほど重いのか、はたまた妖怪の脚力が凄まじいのかわからないが吹き飛ばして体勢を崩す作戦は失敗した。お返しとばかりに妖怪がキョウへ迫る。妖怪の攻撃を受けようと盾を構えるが攻撃する寸前でキョウの前から妖怪は姿を消した。妖怪の反応は――キョウの背後。

「後ろです!」

 桔梗の叫び声を聞いて彼は盾ごと振り返ったが、少し遅かった。何とか直撃は避けたが爪は盾の縁に当たり、上手く衝撃波で勢いを殺せず吹き飛ばされてしまう。急いで桔梗【翼】を装備して空中で体勢を整えた。

「霊夢!」

 術式を組んでいる霊夢に妖怪が向かっているのを見てキョウが叫ぶ。しかし、彼女は術式を組むのに必死で動こうとしない。術式を組むのが得意な霊夢でも額に汗を滲ませるほど難しいらしい。キョウもそれがわかったのか翼を振動させてトップスピードで霊夢の元へ飛翔する。だが、このままでは間に合わない。そう判断した彼は博麗のお札を妖怪の足元へ投げ、爆発させる。いきなり足元で爆発が起きたからか怯んだ妖怪はバックステップして爆発から逃げた。

「はああああ!」

 背中から鎌を抜いたキョウは妖怪に向かって振り降ろした。振動を真上に放って威力を底上げした渾身の一撃。しかし、妖怪はいとも簡単に鎌を爪で受け止めた。更に攻撃後の硬直で動けないキョウの脇腹へ妖怪が足蹴りを繰り出す。

『キョウッ……くっ』

 咄嗟に力を譲渡して防御力を高めようとするが狂気の言葉が頭を過ぎり、動きを止めてしまった。その間に妖怪の一撃がキョウへ直撃する。その瞬間、キョウを通して凄まじい衝撃と激痛が私を襲う。キョウはあまりの衝撃に意識が飛んだようだが私は何とか持ち越えた。

「ガッ、は……」

 地面に叩きつけられた拍子に我に返った彼だったが痛みで呼吸が上手くできていなかった。キョウの体を調べてみると肋骨を含めた数本の骨が折れている。早く治療しなくちゃ。でも、それをしてしまうと彼をこちら側へ引き寄せてしまう。それだけは駄目だ。じゃあ、どうすればいい? 私にできることはないの? こうしてただ黙って見ていることしかできないの?

「マスター、大丈夫ですか!?」

 キョウの背中から桔梗の心配そうな声が聞こえた。しかし、彼は返事をしない。いや、それができないほどのダメージを受けてしまった。共有している視界も霞んでいる。その視界の中で妖怪が霊夢の方へ向かっていた。

『……嘘』

 私は思わず声を漏らしてしまった。それを見たキョウは痛みで動けないはずなのに霊夢の元へ向かおうともがいていたから。痛いはずなのに。骨も折れているのに。キョウの実力ではあの妖怪を倒すことはできないのに。キョウだってそれぐらいわかっているはずなのに。

『どうして、そこまで頑張るの?』

 霊夢には悪いがキョウが身を挺して守るほど密接な関係ではない。だからこそわからなかった。そこまでする理由がないから。

「がん、ばる……」

 立ち上がろうともがきながら彼は小さく呟く。そこで私と彼の繋がりが強くなっていることに気付いた。まずい。このままでは吸血鬼の力がキョウに――。

 

 

 

『確かに僕と霊夢は出会ったばかりだ』

 

 

 

『え?』

 どうにかして繋がりを元に戻そうとした時、不意にキョウの声が頭に響いた。繋がりが強くなったせいで彼の心の声が私に流れ込んだのだ。

 

 

 

『僕の時空跳躍が発動するまでの関係。でも、彼女は僕に手を差し伸べてくれた。一緒にご飯を作ったり食べたりしてくれた。それが、嬉しかった。桔梗と出会う前――いや、幻想郷に来るまで僕は独りだったから。両親も、友達もいたけれど、僕と一緒にご飯を食べてくれる人は、一緒に寝てくれる人はいなかった』

 

 

 

「絶対、に……」

 桔梗【翼】から桔梗【盾】に変改させ、地面に付き立てるキョウ。そして、それを支えにして立ち上がった。霊夢と妖怪の距離は目と鼻の先。唯一の救いは霊夢が動けないと知っているからか妖怪の歩みが遅いことぐらいである。それでも今から向かったとしても妖怪が霊夢を八つ裂きにする方が早いだろう。

 

 

 

『それ、でも……諦めたくない』

 

 

 

 それなのに彼の声は死んでいなかった。絶望的な状況なのに諦めてなどいなかった。

 

 

 

『彼女は言ったのだ。時間を稼いでくれ、と。こんな僕を信じて託してくれた』

 

 

 

 その声は喜びに満ちていた。独りぼっちだった彼にとって霊夢の言葉は嬉しかったのだ。こんな状況でも彼女の言葉は立ち上がる力を彼に与えた。

 

 

 

『その期待に応えたい。彼女を、守りたい』

 

 

 

 ああ、そうか。そうだった。私はキョウで、キョウは私。キョウの守りたいものは私の守りたいもの。キョウのしたいことは私のしたいことになる。理屈なんかどうだっていい。事情なんかどうだっていい。大切なのはキョウの気持ち。

 

 

 

『もうあの時の悲劇を繰り返さないために』

 

 

 

 また間違えるところだった。吸血鬼の力を譲渡すればキョウはこちら側へ近づいてしまう。それは嫌だ。彼には普通の人間と同じような人生を歩んで欲しい。でも、それは“キョウの幸せ”が絶対条件。出し惜しみしてキョウが不幸になったら、キョウの守りたいものが傷ついてしまったら意味がない。

『ふふっ。そう、ね……そうよね。なら、力を貸してあげる。今度こそ、守ってあげる』

 自然と笑みが零れた。そして、キョウの体を治療する。いきなり体が治って彼は目を丸くした。

『さぁ、一緒に霊夢を守りましょう?』

「……うん!」

 キョウが頷くと突然桔梗【盾】が輝き始めた。その輝きに妖怪が動きを止めてこちらを振り返る。ここにいる全員が驚愕する中、盾の形が変わり、蒼い弓になった。私はその弓を見て思わず息を呑んでしまう。私にはその弓がとても美しく見えたから。

「これは……」

「嘴と糸の変形です、マスター!」

 新しい変形に驚いているキョウだったが霊夢よりも彼を脅威だと感じたのか妖怪が再び突っ込んで来た。慌てて桔梗【弓】を構えるが矢がないことに気付き、動きを止めるキョウ。

「矢は!? 矢はないの!?」

「……ないですね」

「そんなああああ!」

 キョウが絶叫している隙に接近した妖怪が爪を振るう。咄嗟に桔梗【弓】で受け止め、甲高い音が響き渡った。妖怪の剛腕に膝を付きそうになる彼だったが歯を食いしばって耐える。

「きつっ……」

『頑張って!』

 応援しながら更に力を譲渡。今度は吸血鬼の力の他に魔力も渡した。そのせいか力を渡すとほぼ同時に弓が青く光り風が吹き荒れる。それはあの青い怪鳥の羽ばたきによって生じた風圧を彷彿とさせた。

「ッ!?」

 弓から生じた暴風によって妖怪の体が浮いて吹き飛んだ。チャンスは今しかない。

『キョウ!』

「マスター!」

 私と桔梗の声に応えるようにキョウは弓を構え、魔力を指先に集める。彼が創造したのは一本の矢。あの妖怪を貫けるほど鋭く、細い、頑丈な矢。するとキョウの手に青い矢が生まれた。それを弓に番え、力いっぱい弦を引くと弓の輝きが増して矢に風が付加される。

「いっけええええええ!」

 キョウが絶叫しながら矢を放った。パシュととても小さな音と共に矢が射出される。

 何があっても、どんな絶望的な状況でも立ち上がり、ただひたすら目標(ハッピーエンド)に向けて突き進む彼のように。だからこそ、私は思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 この先もこの青い矢のように真っ直ぐ未来へ歩んで欲しい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、思っていたのに。どうして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ」

 境内に響き渡った銃声の余韻に紛れるように男が声を漏らす。その表情はとても楽しそうだった。

「……霊夢?」

 先ほどまで銃口を向けられていたキョウは視界いっぱいに広がる小さな背中に声をかける。紅い巫女服を身に纏った小さな女の子。その女の子の目の前に展開された結界の破片が地面に落ちて霧散する。

「無事、みたいね」

 彼女はチラリとこちらを見て微かに微笑む。そして、人形のようにバタリと倒れてしまった。うつ伏せに倒れた彼女の腹部から血が零れる。男が引き金を引く寸前、霊夢はキョウの前に移動して結界を張ったのだ。しかし、至近距離から放たれた銃弾を弾き飛ばせず結界は破壊され、銃弾は霊夢の腹を抉った。

「ぁ……」

「あーあ、やっちゃったなぁ。他の奴は殺すなって言われてんだけど……まぁ、後始末が終わった後に治せばいいか」

 男が面倒臭そうに何かを呟き、もう一度キョウへ銃を向ける。しかし、それを気にしてなどいられなかった。

「あ……あぁ……」

『ぐっ……きょ、ぅ』

 なながやられてから蝕み続ける負の感情が更に巨大化し、私のいる空間へ流れ込む血の量が増えた。何とか飲み込まれないように抵抗するがすでに血は私の首を飲み込んでいる。これに全身を呑まれた時、私は――キョウは――。

『駄目っ……もう』

 言葉を紡いだ後、とうとう私は血に飲み込まれ、口から空気を漏らす。空気は泡となって上へ昇って行った。

(キョウ……)

 その泡を掴もうと手を伸ばすがその前に意識が遠のいて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして――こうなってしまったのだろうか。キョウは……私はただ大切なものを守りたいだけなのに。

 

 

 最後に思ったのは理不尽な現実に対する疑問だけだった。

 




次回からAパートとCパートが合併します。
つまり、Dパート→Aパート→Dパートというように2パートを交互にしていくことになりますのでご了承ください。

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