東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第384話 前線の崩壊

「種子!」

 すみれとの通話を切った柊は急いで巨大な狼の姿に変化していた種子から飛び降りた。いきなり自分から降りた主の行動に驚きながらも彼女は彼に視線を送る。

「すぐに悟と合流して今後どうするか話し合え。最悪、客全員を眠らせてもいい。パニックを起こされたらおしまいだ」

「……わかりました。ご主人、ご武運を」

 狼の姿に変化している間は言葉を話すことはできない。だが、どうしても気持ちを伝えたかったのかメイドの姿に戻り、頭を下げた後、もう一度狼の姿になって悟の元へ向かった。

「種子を向かわせてよかったの?」

 炭素を薙ぎ払うように操りながら雅が問いかける。これから今まで以上に激しい戦いになることは明白なので種子を前線から離脱させて大丈夫なのか気になったのだ。

「よくはない。だが客がパニックを起こして収拾がつかなくなった方がもっとまずい。それに――」

 柊が何か言いかけたがそれを遮るように背後で雷鳴が轟き、視界がホワイトアウトする。そして、2人の目の前に蔓延っていた妖怪たちが一瞬にして黒焦げになっていた。麒麟を宿した奏楽からの援護射撃である。四神結界がない今、一体でも突破されてしまえば被害者が出てしまう。しかし、だからと言って四神結界は準備に時間がかかってしまうため、もう一度展開するのは現実的ではない。そこで麒麟は上空からの援護射撃を選んだのだ。

「うっわ……なにこれ」

「予想以上だな……」

 雷撃によって真っ黒になった地面を見て雅と柊は顔を引き攣らせた。雅は式神通信を使って、柊は『モノクロアイ』の能力で奏楽から援護射撃が来ることは知っていたが妖怪はおろか地面まで焦がすほどの雷撃が飛んで来るとは思わなかったのだ。更に2人が驚いている間もあちこちに雷が落ちていた。四神結界をたった1人で展開しただけある。

「まぁ、こういう理由で種子を向かわせた。あと俺たちの中で客を全員どうにかできるのはあいつしかいなかったしな」

「そっか」

 柊の言葉に短く答えた雅だったがその表情は少しだけ安心したように緩んでいた。しかし、すぐに気を引き締めて妖怪たちを見据える。奏楽の援護射撃によって妖怪は減ったがすでにその穴は妖怪たちで埋まっている。すみれが言っていたように妖怪の数が増えているのだろう。また奏楽の援護射撃は一度にたくさんの妖怪を倒せるが雅と柊がいる場所だけ集中するわけにもいかない。奏楽に頼って油断していた結果、突破されてしまったら死んでも死に切れない――いや、響に顔向けできない。

 だから雅は足に纏わせた炭素を操作して妖怪が集まっている場所へ移動する。きっと今も自分たちを信じてくれている彼のため、朱雀を扱い切れず迷惑をかけたのに何も言わずに助けてくれた仲間たちのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悟さーん!」

 四神結界が崩壊して慌てふためくお客さんたちをファンクラブメンバーたちが宥めているのを見ていると上空から種子ちゃんが降りて来た。柊の指示で俺のところに来るように言われたのだろう。

「ご主人に合流するように言われました。そちらの状況は?」

「一応パニックは起きてない。でも、時間の問題だな」

 正直種子ちゃんが来てくれて助かった。柊の話では種子ちゃんは治癒術を応用して人を眠らせることができるらしい。それを使えばパニックを起こしそうになっている人たちを沈黙させられる。

 だが、問題は仮に雅ちゃんたちが妖怪に突破されてしまったら眠っているお客さんたちは抵抗できずに殺されてしまうこと。そして、何より四神結界を崩壊させた犯人がまだ見つかっていないことだ。今の状態でお客さんを眠らせるのは危険である。どうしたものか。

「会長!」

 悩んでいると幹事さんが慌てた様子で駆け寄って来た。何か問題が起きたらしい。思わずため息を吐いてしまう。お客さんたちがパニックを起こしそうになったせいで対応に追われている内にはぐれてしまったユリちゃんの顔が無性に見たくなった。

「何があった?」

「一部のお客様が暴動を起こしそうになっています。このまま放っておけば……」

 そもそもゲームの中に閉じ込められた時点で暴動が起きてもおかしくないのだ。ここまでよく持った方だろう。犯人は見つかっていないが背に腹は代えられない。

「……しょうがないか。種子ちゃん、お願いできる?」

「はい、わかりました。悟さん以外の肩を対象に力を使います」

 そう言って種子ちゃんは狼の姿に変化して空中を蹴るようにして空を駆けて行った。白髪メイドがいきなり狼になったからか目を丸くしている。

「か、会長……あの子は?」

「お助けキャラ」

「それは……どう、いう……」

 俺の解答を聞いても幹事さんは納得していなさそうな表情を浮かべていたが種子ちゃんの力が発動したのかこちらに倒れ込んで来た。怪我をしないように受け止めてそっとその場に寝かせ、周囲の状況を確認する。種子ちゃんの力のおかげで暴動を起こしそうになっていたお客さんを含めた全員が気持ちよさそうに眠っていた。

「悟さん、これで大丈夫ですか?」

「ああ、かんぺ――え、ちょ、どうしたの!?」

 仕事を終えて帰って来た種子ちゃんを見ると明らかに小さくなっていたので声を荒げてしまった。今までは奏楽ちゃんよりも少し大きい程度だったが現在の種子ちゃんは幼稚園児ほどの身長になっていたのだ。

「え? あ、すみません。力を使い過ぎると身長が縮んでしまうんです」

「使い過ぎるって……大丈夫なのか?」

「はい、ある程度休めば元に戻ります。ですが……すぐには前線に戻れそうにありません」

 肩を落として落ち込む種子ちゃん。きっと主である柊が戦っているのに自分は戦えないことが許せないのだろう。だが、彼女が力を使ったのは柊の指示でもある。

「種子ちゃんの力のおかげで安心して戦えるようになった。それだけでも十分柊の役に立ってると思うよ」

「……はい」

 フォローしても彼女の表情は暗いままだった。種子ちゃんを元気づけられるのは柊だけなのだろう。それだけ彼は種子ちゃんに愛されているのだ。響と雅ちゃんたちのような――信じ合い、助け合い、頼り合う主従の関係。

 ショボンとしている彼女を見て苦笑を浮かべてしまう。そんな相手がいることにほんの少しだけ羨ましいと思ってしまったから。

「あの……」

 その時、不意に後ろから声をかけられた。だが、今ここにいる人で起きているのは俺と種子ちゃんだけ。話しかけられること次第があり得ない状況の中、その可愛らしい聞き覚えのある声を聞いた俺はおそるおそる振り返った。

「か、神様! み、みんな……急に寝ちゃったんですが」

 そこにはきょーちゃん人形が折れてしまうのではないかと心配になってしまうほど力強く抱きしめながら俺を見上げているユリちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 妖怪の数が増えてから10分ほど経った。正直言ってきつい。奏楽の援護射撃があっても追い付かない。必死に炭素を操って妖怪を薙ぎ払って数を減らしているのにあざ笑うかのように妖怪の数は増えるばかり。考えてはいけないと自分に言い聞かせているのにどうしても考えてしまう。この戦いに終わりがあるのだろうか、と。

「尾ケ井、そっち行ったぞ!」

「わかってるよ!」

 相変わらず私の近くで妖怪を蹴散らしている柊が叫んだ。敵が多すぎるあまりいらつているようでその言葉には棘があった。私も声を荒げて返事をした後、炭素を飛ばして妖怪を倒す。しかし、倒された妖怪を飛び越えるように別の妖怪がこちらへ向かって来た。

「もう! きりがない!」

「文句言ってる暇があったら手を動かせ!」

「わかってるって!」

『雅、落ち着きなさいよ』

 今まで沈黙を貫いていた朱雀が呆れたように忠告する。そう言われてもいつ終わるかもわからない戦いなのだ。少しぐらい見逃して欲しい。

「ッ……来るぞ!」

 『モノクロアイ』が何かを見つけたのか柊は顔を歪ませて右手を前に突き出し、左手で右手首を握った。初めて見る構えだ。

「俺が妖怪を薙ぎ倒す。撃ち漏らしは頼んだぞ」

「薙ぎ倒すって何をするつもりなの!?」

「いいから少し下がってろ! <ファイナル≪G≫>」

 彼のグローブから甲高い音が響く。<ギア>を回しているのだろう。大技が来る。柊の傍にいたら巻き込まれてしまいそうだ。急いで後ろに下がった。

「いっけええええええええ!」

 眩い光を放っていたグローブから妖怪に向かって極太のレーザーが撃ち出される。更に柊は無理矢理右から左へ腕を動かした。もちろん腕の動きに合わせてレーザーも横薙ぎに払われ、妖怪たちは光線に飲み込まれた。だが、運よく消滅を逃れた妖怪もいる。そいつらに向けて炭素を飛ばして仕留めた。

「尾ケ井、上だ!」

「ッ――」

 何とか柊の撃ち漏らしを処理できたと安心した束の間、顔を歪めて右腕を押さえていた柊が絶叫する。咄嗟に上を見ると数体の妖怪がこちらに向かって飛びかかっていた。おそらく味方の体を踏み、上空へ逃げてレーザーを凌いだのだろう。

(まずっ――)

 炭素を操っても間に合わない。肉弾戦をしても数で押し切られる。柊は動けない。奏楽の援護射撃も期待できない。なら――。

「ぁ、あ、ああああああああ!」

 気合いを入れるために叫びながら妖怪たちへ突っ込む。捨て身の特攻。絶対に通さない。この身がどんなに傷ついたとしても絶対に守ってみせる。一番近くにいた妖怪を思い切り殴り、そのすぐ後ろにいた妖怪に向かって吹き飛ばした。

「ガッ……」

 攻撃直後の硬直の隙を突かれ、背中を鋭利な何かで抉られる。爪か、牙か。いや、今はそんなことどうでもいい。激痛で顔を歪ませながら振り向き様に回し蹴りを繰り出す。爪を紅く染めた妖怪の顔面に直撃して数本の牙が宙を舞う。

「<サード≪G≫>!」

 左手に白い拳銃を持った柊が何度も発砲した。白い弾丸に撃ち抜かれた妖怪の体が灰のように消滅する。それでも妖怪の数は減らない。

「くそ、くっそおおおおおおおおお!」

 悪態を吐きながら炭素を両手に纏わせて手当たり次第に妖怪を殴る。ああ、駄目だ。無理だ。こんな数、処理し切れるわけがない。悔しい。絶対に通さないと誓ったのに。これじゃ響に顔向け、できないよ。

 

 

 

 

 

 

「奏楽、ごめん……数体、通しちゃった」

 

 

 

 

 

 式神通信を使って奏楽に報告したが思わず声に出してしまった。その声は、自分でも情けなくなるほど震えていた。

 




Dパート終わる予定でしたが予想以上に長くなったため、分割しました。次回こそ(2週間後)Dパート完結です。

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