東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第385話 変化と起動

 ああ、きっとこれは夢だ。僕は目の前に広がる光景を呆然と見ながらそう思った。

 だって、1時間前まで僕たちは普通に暮らしていたのだ。ななさんとお昼ご飯を作って、お昼寝していた霊夢を起こして、桔梗と一緒に神社のお掃除をしていた。そう、普通に生きていただけなのに。

「……へぇ?」

 境内に響き渡った銃声の余韻に紛れるように男が声を漏らす。でも、僕には彼の表情を見ることができなかった。前に立つ小さな背中が僕の視界を塞いでいたから。

「……霊夢?」

 その背中に声をかけた瞬間、彼女の前方に展開されていた結界が粉々になって崩壊する。結界の破片が地面に落ちてガラスが割れたような音を立てながら霧散した。

「無事、みたいね」

 彼女はチラリとこちらを見て微かに微笑み、糸の切れた操り人形のように倒れてしまう。霊夢に震える手を伸ばすがうつ伏せに倒れた彼女の腹部から血が広がっていくのを見て体を硬直させた。

「ぁ……」

「あーあ、やっちゃったなぁ。他の奴は殺すなって言われてんだけど……まぁ、後始末が終わった後に治せばいいか」

 遠くの方で男が何か言っていたがその言葉を理解できなかった。いや、違う。僕の意識は霊夢に向いているので聞き流しただけ――ううん、気付いてしまったのだ。

「あ……あぁ……」

 彼女は僕と男の間に割り込み、結界を張った。だが、質量兵器である銃弾を受け止め切れずに貫通。そのまま霊夢の腹部を貫いたのだ。僕を守るために。

(そうか……僕はまた……)

 もう悲劇は繰り返さないとあれほど誓ったはずなのに守れなかった。それどころか僕のせいで霊夢は――。

 

 

 

 

 ――駄目っ……もう。

 

 

 

 

 脳裏に苦しそうな女性の声が響く。だが、僕はそれを無視した。無視するしかなかった。

「はぁ……はぁ……」

 胸が熱い。心臓が痛い。必死になって抑えていた赤黒い何かが溢れ始めた。当たり前だ。もう抑えていないのだから。僕に銃口を向けていた男も怪訝そうな表情を浮かべている。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」

 息が苦しい。体が軋む。抑えつけていた何かが体の中でグルグルと暴れ回っているのだ。でも、気にならなかった。今はただ――目の前の男をどうやって殺すか考えるのに忙しいから。

 

 

 

 

 ――なら、いい方法を教えてやる。体を駆け巡っているそれを一気に解放すればいいだけだ。

 

 

 

 

「ぁ……ああああああああああああああああああああああああ!!」

 その声に従い、僕は赤黒い何かを解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の行動は早かった。霊夢を撃った後、様子のおかしくなったキョウを観察していたが赤黒い何かが溢れ始めた時点で引き金を引いていたのだ。

「なにっ……」

 しかし、すぐに男は目を見開いた。音速を越えた速度で射出された銃弾をキョウの周囲を旋回していた赤黒い何かが受け止めたのだ。キュルキュルと高速で回転していた銃弾だったが数秒経った後、地面に落ちてしまった。

 基本的にオカルトは質量兵器に弱い。その証拠に霊夢の結界は爆風を防ぐことは可能だが至近距離で放たれた銃弾を防ぎ切れなかった。そのはずなのに彼の周囲を旋回しているだけの何かに銃弾は防がれた。

「くっ……」

 驚きのあまり一瞬だけ硬直してしまった男だったが銃を構え直して何の躊躇いもなく何度も引き金を引いた。しかし、先ほどの銃弾と同様に全て赤黒い何かに受け止められてしまう。

(何だ……何が起きてやがる)

 弾切れを起こしたのでマガジンを取り換えながら彼は思考を巡らせる。あの赤黒い何かの正体。おそらくあれは霊力。それもただの霊力ではなく何か混ざっている濁った霊力だ。普通に生きていれば手に入ることはおろか見ることすらないだろう。

「……」

 だからこそ男は不思議だった。目の前の少年はどうやって濁った霊力を手に入れたのだろうか、と。そう思いながら呼吸を荒くしたまま睨みつけて来るターゲットを見据える。だが、すぐにその疑問を頭の隅に追いやった。やっとここまで来たのだ。あの濁った霊力さえどうにかしてしまえば男“たち”の積年の悲願が果たされる。そのために男はしたくもない仕事をして来た。心の奥底で煮えたぎる憎しみを隠し続けて来た。我慢し続けた。やっと、やっとこの恨みを晴らすことができるのだ。

「『起動』」

 開発同時から設定していたキーワードを呟くと男がジャージの下に着込んでいた鎧からブォンという音が漏れ、霊夢のお札によって破損して露出していた右腕の溝に青い光が流れ始めた。そう、男の鎧は今まで待機状態だったのだ。

 そもそもこの鎧はただの鎧ではない。男が一から設計して開発した特別製だ。待機状態でも素材にオカルトに強い特殊な合金を使用しているため、霊夢のお札ではダメージを与えることはできなかったのである。

 今までの兵器も全て男が開発した兵器だ。彼は小さい頃から機械いじりが大好きでよく機械仕掛けの玩具を作って妹にプレゼントしていた。今でも玩具を貰った時の妹の顔を思い出すほど男は妹のことを溺愛していたのだ。

「……」

 今も鎧の起動が終わるまでの間、幼い妹の顔を思い出しながら空を仰いでいた。だが、それも長くは続かない。

「ぁ……ああああああああああああああああああああああああ!!」

 突然、息を荒くしていたキョウが空に向かって絶叫したのだ。その刹那、今まで彼の周囲を旋回するだけだった霊力が彼の体に纏わりついた。ドロドロとした霊力が境内に零れ落ちて霧散する。それを黙って見ていた男だったが再びキョウに視線を向けられた瞬間、背中を凍りつかせた。

(こいつっ……)

 幼い少年の瞳が赤黒く染まっていたのである。また、彼から感じる悍ましい気配が男の心を蝕んだ。男は今まで戦いながらも少年の雰囲気がどこか幼かった頃の妹のそれと似ていると思っていた。だが、今の少年からはそんな雰囲気を微塵も感じられない。それどころか別の存在だと言われた方が納得してしまうほど変化していた。

「――ッ!」

 男を黙って見ていたキョウは獣のように四つん這いになって姿勢を低くし、目にも止まらぬ速さで突っ込んで来た。咄嗟に――というよりも鎧の機能の一つである『絶対防御』が作動して自動で動いた右腕でキョウの頭突きを受け止める。その余波によって男の周囲に霊力が飛び散り地面を抉った。更に受け止めたはずなのにキョウの勢いは衰えることはおろかどんどん勢いが増していく。彼は纏っている霊力を後ろに噴出させているのだ。

「くっそが!」

 オカルトに強いはずの鎧の軋む音を聞いてこのまま受け止め続けるのは愚策だと判断して右腕を突き上げるように動かしてキョウの軌道を真上に逸らした。キョウはそのままロケットのように空を飛翔して男が見上げる程度の高度を保ちながら男の方へ体を向ける。彼の腕の中に先ほどのどさくさに紛れてキョウに回収された霊夢の姿があった。頭突きは霊夢を回収するためのカモフラージュだったらしい。霊力を足の裏から噴出させて浮遊しているキョウを見ながら男はそう結論付けた。雰囲気が変わっても根本的な本質は変わらないようだ。その証拠に濁った霊力の中にいる霊夢は“傷一つ”なかった。

「……まぁ、いい」

 確かにキョウの様子はおかしい。優しそうだった表情はどこかに消え、泣きながら男を殺すと言わんばかりに睨みつけ、体に濁った霊力を纏っている。だが、男には関係ない。やることは最初から決まっている。

「『MODE:ATTACK』」

 やっと起動し始めた鎧を着ながら男は起動時に拡張されたガントレットをガツンとぶつけ合いながらキーワードを呟く。すると、溝を流れていた青い光が赤に染まり、流れる光の速度が上がった。

「かかって来い」

 腰を落として構えた男が飛んでいるキョウを挑発すると一つ吠えた後、霊夢を抱えたまま再び突っ込んで来る。濁った霊力を纏うキョウと鎧を起動させた男の戦いが幕を開けた。


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