東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第386話 英雄の掟

「じゃあ、ユリちゃんもどうして起きてるかわからないのか」

「は、はい……すみません」

「いや、謝るようなことじゃ……」

 あれからユリちゃんに話を聞いたのだが種子ちゃんの力が効かなかった理由はわからなかった。種子ちゃんもきちんと俺以外の人を眠らせようとしたし、再度眠らせようとユリちゃんに力を使ってみたが通用しなかったのだ。大人でも何の抵抗もできずに眠ってしまうほど強力な力だ。子供のユリちゃんが抵抗できるとは思えないのだが。

「さーとーるー!」

 どうしたものかと頭を掻いていると慌てた様子の奏楽ちゃんが飛んで来た。彼女の表情はどこか焦っているように見える。何か嫌な予感が――。

「突破された!」

「なっ! 雷撃で迎撃できないか!?」

『すみません、雷撃では威力が高すぎるあまり他の方を巻き込んでしまう可能性がありまして……後30秒で眠っている人たちに接触します!』

 奏楽ちゃんの雷撃は強力だが周囲への被害も大きい。調整も難しいのだろう。それに時間がなさすぎる。考えている暇はない。とにかくお客さんたちを守らなければ。

「くっ……奏楽ちゃんは今すぐそこへ向かって時間を稼いで!」

「わかった!」

「私も行きます!」

 俺の指示を聞いて頷いた奏楽ちゃんと種子ちゃんは急いで妖怪がいる方向へ飛んで行った。飛んでいる奏楽ちゃんたちなら数秒で妖怪のところへ辿り着くはずだ。しかし、雷撃を封じられた奏楽ちゃんと力をほぼ使い切ってしまっている種子ちゃんでは妖怪を倒せるとは思えない。

「……しょうがないか」

 すみれちゃんの話ではあの妖怪たちは力は強いが大人が全力でバットで殴れば消えてしまうほど脆いらしい。なら、俺の持っている警棒を使って倒せるはずだ。

「か、神様?」

 奏楽ちゃんと種子ちゃんが向かった方向へ歩き出した時、ユリちゃんが俺の袖を掴んで引き留めた。この子は何かと察しがいい。俺が妖怪を倒しに行くと何となくわかったのだろう。目に涙を溜めている。

「……大丈夫。すぐに戻って来るさ」

「で、でも!」

「安心しろって俺は神様なんだぜ?」

 ポンと彼女の頭に手を置いて優しく袖を掴む小さな手を外した。ユリちゃんは再度俺に向かって手を伸ばすが何を言っても無駄だと悟ったのか震える手を降ろす。申し訳ない気持ちで心が痛むが今は緊急事態である。我慢して貰おう。もう一度ユリちゃんに『大丈夫だから』と伝え、俺も奏楽ちゃんたちの後を追った。

 走って1分もかからずに奏楽ちゃんたちを見つけ、立ち止まる。やはり今の奏楽ちゃんと種子ちゃんでは妖怪たちを倒し切れないようで時間稼ぎに徹底していた。特に奏楽ちゃんは周囲に被害が出ないように手加減するので精一杯なようで動きがどこかぎこちない。それに加え、3体の妖怪の連携が不気味なほど上手いのだ。どんな格下でも実力を出し切れない状況では倒すのは至難の業である。そんな感想を抱きながらベルトに括り付けてあった警棒を両手に持ち、左右に振って最大まで伸ばす。

「奏楽ちゃん、種子ちゃん!」

 走りながら2人に向かって叫び、警棒のスイッチを押してスパークを起こした。バチバチという音を聞き付けたのか1体の妖怪がこちらに気付き、雄叫びをあげながら突進して来る。それを見た俺は立ち止まり腰を低くして右の警棒を構え、妖怪も右腕を引いた。

「――ッ」

 徐々に迫る妖怪をジッと観察し、タイミングを見計らって妖怪が振るった腕を“躱して奥にいる2体に向かって突撃する”。後ろを一瞥するとまさか無視されるとは思わなかったのか攻撃して来た妖怪は驚いた様子でこちらを振り返っていた。

「どーん!」

 そこへ雷を纏った奏楽ちゃんが体当たりを仕掛け、激突。その刹那、凄まじいスパークが起こり、妖怪が悲鳴をあげた。元々耐久の低い妖怪だ、まず助からないだろう。そこまで確認した俺は再び視線を前に移す。種子ちゃんが大きな狼姿(それでも最初に比べて小さい)になって妖怪たちを牽制している。そこへ割り込むように突っ込み、手前の妖怪に警棒を振るった。

「――」

 火花が散る音に紛れ、妖怪が絶叫する。手加減が苦手な奏楽ちゃんはともかく普通の大人が殴っても倒せる相手だ。雷を纏った警棒で殴られれば一溜りもないだろう。その証拠に俺が殴りつけた妖怪は黒こげになって灰となってその場に崩れた。

「悟!」

 振りかぶっていた警棒のスイッチを切って電撃を消す。ずっと放出していてはすぐにバッテリーが切れてしまうからだ。残り1体と改めて気合いを入れたところで奏楽ちゃんの声が聞こえた。そちらを見ると狼姿の種子ちゃんが綺麗な白い毛を紅く染めて倒れていることに気付く。俺が妖怪を倒している間に反撃されてしまったらしい。苦しそうに顔を歪ませているが命に別状はないようでホッとする。

(あの妖怪はッ!?)

 だが、問題は種子ちゃんに怪我を負わせた妖怪だ。奏楽ちゃんの様子を見るに彼女も妖怪を見失っている。やばい、脆いとはいえ相手は妖怪。このままでは誰かが被害に遭ってしまう。

「か、神様? 奏楽ちゃん?」

 その時、聞き覚えのある声が耳に届いた。まさか、いやそんなはずない。もしそうならばまずいことになる。だからこそ、俺は信じない。

 そう自分に言い聞かせながら声が聞こえた方に視線を向け、見てしまった。

「あの、大丈夫、ですか?」

 心配そうに俺たちに声をかけるきょーちゃん人形を抱えたユリちゃんと彼女の背中に迫る妖怪の爪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は楽しい一日になるはずだった。何の変化も起きない平凡な日常の中で特別な思い出となる一日。事実、お姉ちゃんの学校で開催された文化祭はとても楽しかった。途中で憧れの人である響さんにも会えた。友達である奏楽ちゃんは会った時は寝ていたが彼女が起きた後、たくさん遊べると思っていた。それなのに、そのはずだったのに。

「ユリちゃん、後ろ!」

「え?」

 神様たちが向かった先がピカピカと光ったので心配になって様子を見に来た途端、神様が絶叫した。奏楽ちゃんも泣きそうな表情を浮かべながらパチパチと電気を纏ってこちらに向かって来る。そんなことよりも背後だ。何だろうと振り返り、目を見開く。すぐそこまで鋭く尖った爪が迫っていたのだから。

「きゃっ」

 吃驚して背中から地面に倒れる。そして、私の前髪が宙を舞った。子供でもわかる。今、私は“死にかけた”、と。恐怖で震えてしまい、カチカチと歯から音がした。自分に落ち着けと言い聞かせながら腕の中にいるきょーちゃん人形を抱きしめていると大きな影がかかる。おそるおそる顔を上げるとこの世の物とは思えない不気味な姿をした生物が私を見て笑っていた。

「ひっ……」

 小さな悲鳴を上げて慌てて逃げようとするが化け物に背中を向けた瞬間、化け物に左手で押さえつけられてしまう。その拍子にきょーちゃん人形を手放してしまい、少し離れた場所に落ちる。

「や、やだ……たすけっ――」

 見れば奏楽ちゃんも神様も私を押さえつけている化け物に似た生物と戦っていた。必死にこちらに向かおうとしているけど確実に間に合わない。やだ、やだやだやだやだ! 死にたくない! まだ、死にたく――。

 

 

 

 

 

 ――実は俺、魔法使いなんだ。

 

 

 

 

 

 不意に響さんの言葉が脳裏を過ぎる。魔法、使い。

 そんなもの現実にいないことぐらい知っている。

 私を殺そうとしている化け物もゲームの中の存在だってわかっている。

 願ったところでこの状況をどうにもできないことぐらい悟っている。

「響、さん」

 勝利を確信しているのか化け物は嬉しそうに雄叫びをあげている中、私は必死に目の前に落ちているきょーちゃん人形に手を伸ばす。涙のせいで視界が歪む。恐怖で指先が震えている。化物の左手の爪で肌が傷ついてジンジンと鈍い痛みが走る。でも、それでも私は手を伸ばすことを止めなかった。

 届いて。

 届け。

 届いてよ。

 お願いだから――私を助けてよ、魔法使いさん。

 

 

 

 

 

「たす、けて……響、さんっ」

 

 

 

 

 

 掠れた声で呟くと私の指がきょーちゃん人形に触れ、頭上から風を切る音が聞えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユリちゃん!」

 妖怪に押さえつけられながら泣いている女の子の名前を呼んだ。今すぐ助けに行きたい。だが、どこかに隠れていたのかいきなり現れた数体の妖怪に邪魔されて近づくことができなかった。奏楽ちゃんもユリちゃんの名前を何度も叫びながら妖怪を倒している。しかし、今から向かっても間に合わない。すでに勝利を確信しているのか妖怪は嬉しそうに雄叫びをあげていた。

 こんなことになるならユリちゃんも一緒に連れて来るべきだった。俺なら倒せるなんて慢心しなければよかった。そんな後悔が脳裏を過ぎる。しかし、そんなこと気にしている場合ではない。たとえ、間に合わなくても最後まで諦めない。諦めたくない。諦めてしまったら俺はきっと壊れてしまうから。

「くそっ……くっそおおおおおおお!」

 すでに警棒のバッテリーは切れている。そんなこと知るか。倒さなくていい。前に進むことだけを考えろ。

「――――――」

 妖怪と妖怪の隙間からきょーちゃん人形に手を伸ばすユリちゃんが見えた。ボロボロと涙を零し、唇を噛んで、震える指先を必死に伸ばしている。そして、何かを呟いた瞬間、彼女の指先がきょーちゃん人形に触れ――妖怪の爪が彼女の頭に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

「――よくやった」

 

 

 

 

 

 

 その刹那、きょーちゃん人形から“星型の結界”が現れ、妖怪の爪と激突した。ガリガリと結界と爪がぶつかり合い、火花を散らす。だが、その均衡はすぐに崩れた。きょーちゃん人形からもう1枚の結界が出現し、一瞬にして妖怪を両断してしまったのだ。

「きょーちゃん?」

 体を起こしたユリちゃんは彼女の目の前でふわふわと浮かんでいるきょーちゃん人形を呼ぶ。見ればきょーちゃん人形が着ている制服――具体的には胸に刻まれている校章に重なる形で幾何学な魔法陣が展開されていた。

「あれは……」

 気付けばこの場にいる全員がその光景に見とれていた。俺も、奏楽ちゃんも、種子ちゃんも、妖怪たちも。その魔法陣から溢れる光がとても幻想的で美しかったから。

『数年前に刻んだ魔法陣だったが……問題なく起動したな』

 ほどなくしてきょーちゃん人形から今となっては懐かしく感じる声が響いた。ああ、何だよ。いつも遅いんだよ、お前は。

『よく頑張ったな、ユリちゃん』

 声はそう言った後、きょーちゃん人形の校章に展開されていた魔法陣がどんどん広がり、それにつられるようにきょーちゃん人形の体が上を向いた。

「ぁ、あぁ……」

 ゆっくりと浮上する人形を追いかけるように顔を上げるユリちゃん。その頬は涙で濡れていた。いつしか人形は動きを止め、魔法陣も2~3mほどの大きさになっている。

「さてと……随分と大変なことになってるみたいだが――」

 そして、魔法陣から――。

 

 

 

 

 

 

 

「――後は任せろ」

 

 

 

 

 

 ――約2時間ぶりに見る俺の幼馴染、『音無 響』が現れた。




Dパート完結。

次回(2週間後)から改めて響さん視点=Eパートの開始です。




さぁ、無双タイムですよ。





なお、響さんは約1年ぶり(2016年6月18日以来)の登場です。

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