東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第393話 汚れた一撃

 ズガン、という音が境内に木霊する。それは男の拳とキョウの霊力で出来た鉤爪が激突した音だった。オカルトに強い素材で出来た鎧と赤黒い霊力がぶつかったせいかスパークを起こし、その余波で2人の足元が抉れていく。

「ちっ」

 ただでさえ吸血鬼化が進み、化物染みた腕力を発揮するようになったキョウの怒りに身を任せた渾身の一撃には勝てなかったのか吹き飛ばされたのは男の方だった。舌打ちをしながら何とか空中で体勢を立て直すがその隙にキョウの周囲に霊力の弾丸が現れ、一斉に射出。肉眼でも見えるので鎧の隙間を狙っているわけではないらしいが、弾丸にぶつかった時に体勢を崩され、その隙を狙われてしまう。

「『SHIELD』!」

 右手を前に翳して盾のコードを使用し、男の前に現れたタワーシールドが霊力の弾丸を防ぎ切る。だが、次の瞬間、男の背中に凄まじい衝撃が走った。そのままタワーシールドに突っ込み、盾を粉々に砕きながら境内をゴロゴロと転がる男。タワーシールドで視界を遮られたせいで背後に回ったキョウを見過ごしてしまったのだ。幸いなのはキョウの体は霊力に包まれているので装甲を貫かれなかったことだった。

「く、そがァ!」

 あえて自分から転がってキョウから距離を取った男は片膝を付いたまま、左腕を前に突き出した。

「『FLYING FISH』!」

 コードを叫んだ男の左腕の装甲の一部が開き、そこから3本のトビウオ型のミサイルが飛び出す。男の兵器が動物をモチーフにしたものが多かったのはコードとして登録しやすくするためだった。鎧の内部に仕込んであったのでななを襲ったトビウオミサイルより小さいがその分、加速力は増している。

「ッ――」

 理性を失っていてもななの腹部を貫いた兵器だとわかったのか彼の体を覆っていた霊力が炎のように激しく揺らいだ。そして、その霊力が前方へ放出され、凄まじい速度で迫っていたトビウオミサイルを包み込み、霊圧を操作して真ん中からへし折った。

「なっ」

 トビウオミサイルが有効打になるとは思っていなかったが簡単に対処され、戸惑いを隠せなかった男は声を漏らしてしまう。その隙にキョウは足の裏から霊力を放出してジェット機のように低空飛行で男へ接近する。

「このっ――」

 隙を突かれた男が悪態を吐きながら右へ飛んで突撃して来るキョウを回避した。すれ違った時、赤黒い霊力が鎧を掠るが素材のおかげか大きな怪我も衝撃もなく、2人の立ち位置が入れ替わる。

(埒が明かねぇな)

 今のところ、お互いに有効打を与えられていない。むしろ、『RECOVERY』がなければ男は負けていただろう。このまま戦闘が長引けば『RECOVERY』すらできなくなってしまうかもしれない。それに加え、『RECOVERY』などのコードは使用する時、鎧の中を循環しているエネルギーを消費する。更に数百キロという重量を誇る鎧を身に纏っていながら戦えるのは鎧のアシスト機能のおかげであり、エネルギーがなくなればコードはもちろんそのアシスト機能も停止してしまうため、身動きが取れなくなってしまうのだ。

(……それに)

 男の作戦は順調に進んでいる。進んでいるはずなのに彼の体に変化が一向に現れない。その原因はあの赤黒い霊力のせいだろう。言ってしまえば、あの霊力を何とかしてしまえば形勢が逆転する。そして、その霊力をどうにかする手段を男はすでに考えついていた。

「『RABBIT』」

 右腕を横に突き出してコードを宣言。右腕の装甲の一部が変化し、そこから暴走する前のキョウを散々苦しめたあのウサギミサイルが射出された。

「……? ッ!」

 だが、ウサギミサイルが撃ち出された方向にキョウはいなかった。不思議そうに首を傾げた彼だったがすぐに目を見開く。ウサギミサイルが向かった方向には未だ気絶して倒れている霊夢と霊奈がいたのだ。

「ガァああああああ!」

 それに気付いた彼は全速力で2人の元へ向かい、ウサギミサイルが霊夢たちに接触する前に割り込み、大爆発に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 火柱が黒いドームの天井に激突し、四方八方に火の粉が飛び散るのを見ながら私は隣に立っている響に視線を向ける。

「もしかして四神憑依したら私たちもああなるの?」

「さぁ……弥生の時は龍になったけれど。憑依してみなきゃわからない」

 そう答えた後、クスクスと笑う響。その視線は私の両手両足、尻尾に向いている。おそらく、私の姿を見て四神憑依した時の姿を予想しているのだろう。彼の中でどんな姿になっているか気になるが今はそれどころではないので尻尾で落ちている石を拾って響に投げるだけで終わらせた。

「そろそろ準備はいい?」

「……」

 どうやら私が不安に思っていたことは筒抜けだったらしい。弥生はもちろん、雅と奏楽と違い、私は『式神憑依』すら経験したことがないのだ。苦痛は感じないらしいがそれでもすぐに踏ん切りはつかなかった。

「大丈夫、なんだよね?」

「ああ、安心しろ。リーマは何でもそつなくこせそうだし」

「根拠に納得できないけど……まぁ、いいか」

 絶望的だった戦況を一瞬でひっくり返してしまう人だ。もし失敗しても響が何とかしてくれるだろう。小さくため息を吐いた後、能力を使って大人モードになる。この姿を維持するにはそれなりに地力を使うがどうせこれから『四神憑依』するのだから関係ないだろう。

「なんかその姿で肉球ハンドとか付けていると色々と問題だな」

「それはどういう意味かしら……それよりやるなら早くやってしまいましょう?」

 そう言いながら彼に肉球ハンドを差し出す。見れば雅だけでなく弥生も『四神憑依』して腕や尻尾を巨大化させて妖怪たちを薙ぎ倒している。炎を吐く姿はまさに怪獣だ。

「そうだな」

 私の肉球ハンドを掴み、目を閉じる響。私も彼に倣って目を閉じた。そして――。

「「四神憑依」」

 特に合わせたわけではないが自然と彼と声が重なり、私の体が彼の中へ移動する。雅たちの話通り、苦痛は感じない。むしろ、心地よかった。響と私と白虎が混ざり合って一つの存在になっていくのがわかる。

「四神憑依『リーマ―白虎―』」

『……って、何なのこれえええええええ!?』

 『四神憑依』が完了し、目を開けて響の中から自分の姿を確認して思わず声を荒げてしまう。

 体は鎧のように白黒の硬い装甲に包まれ、首には地面まで着いてしまいそうなほど長いマフラー。丁度、雅がいる方から吹いて来た熱風に煽られ、マフラーの余っている部分がバタバタとなびく。よく見ればマフラーの余っている右側は白、左側は黒で背中の黒い翼だけはマッチしていないがその姿はまさにヒーローだった。

「へぇ、鎧か。白虎は金を司っているからこうなったのか?」

『そんな考察どうでもいいのよ! なんで、雅はあんなに可愛い服なのに私は特撮ヒーローみたいになってんのよ!』

『うるせぇ。格好いいだろ』

 白虎はこの姿を気に入っているらしい。だが、女の子からしてみれば特撮ヒーローは納得できないのだ。

「フルフェイス部分は虎みたいになっているぞ」

『そんなことどうでもいいわ!』

 動転していたせいでいつの間にか少女モードに戻っていた。あんな可愛い服になった雅が羨ましい。

「さてと……それじゃそろそろこちらも動く、かな!」

 ガツン、とガントレット同士をぶつけた響は目の前に迫る妖怪たちを一瞥し、右腕で思い切り地面を殴ると前方の地面が消滅した。いや、違う。“陥没”したのだ。『成長を操る程度の能力』を応用して地中深くの地面の成長を“戻して”その大きさを小さくしたのだろう。だが、問題はその規模である。成長を戻したとしても鉱石がなくなるわけでもなく、限界まで小さくしてもその差は微々たるものだ。つまり、これだけの範囲を陥没させるには恐ろしいほど地中深くから地表付近までの鉱石全てを小さくしなければならないのである。

「潰れろ」

 響はいきなり地面が陥没し、空中へ身を投げ出された妖怪たちに呟くように言うと口のように空いた陥没した地面がバクリと閉じる。今度は左右の地面を成長させて陥没した地面を埋めたのだ。成長速度があまりにも速すぎて生きているかのように見えたのだろう。

『す、すごい……』

「何言ってんだ? お前の力だろ?」

『……うん、そうだったね』

 思わず、声を漏らしてしまった私に呆れた様子で響が笑う。たったそれだけなのに私の実力を認められたような気がして悪くない気分だった。

 


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