東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第396話 中央から届く小さな炎

 3時50分。響が仲間の元に駆けつけてから20分ほど経過したが戦況は劇的に変化していた。

 グラウンドの中央に集まっているお客さんたちは種子の力によって眠らされ、戦闘の余波から彼らを守るために展開された巨大な結界とその中央で1つの術式を構築し、その時が来るのを待っている奏楽と『四神憑依』した(吸血鬼)。更にその上空では(吸血鬼)の分身が改造された10丁の狙撃銃を操り、援護射撃に励んでいる。

 そして、東西南北に設置されている霊脈に向かう式神組と彼女たちの穴を埋める形で暴れている『トール』や『闇』と『魂同調』した分身たち。その後ろで『猫』と『魂同調』した分身の代わりに(吸血鬼)の分身がサポートに徹していた。

「……」

 その様子を屋上から眺めている人物がいた。『魂共有』した(吸血鬼)の分身である。(彼女)の視線の先では『トール』と『魂同調』した分身が神力で編んだ無数の剣を妖怪たちに向かって射出し、『闇』と『魂同調』した分身は広範囲に及ぶ重力操作によりその範囲内にいた妖怪たちを押し潰している。また、『魂同調』している2人に比べ、『回界『五芒星円転結界』』を操作している分身の殲滅力は低いが2人の猛撃を潜り抜けた妖怪を的確に処理していた。

 今のところ、3人の分身のおかげで前線は何とか保たれているが『四神憑依』した式神組がそれぞれの霊脈に向かったせいでいつ崩れてもおかしくない。(吸血鬼)の力は強大だが個人では守ることのできる範囲に限界があるのだ。狙撃銃による援護射撃もグラウンドにクレーターを作るほどの威力を誇るがその分、砲撃準備(リチャージ)する必要があるため、砲撃だけでは処理し切れないのである。柊たちも先ほどまで頑張って戦っていたがさすがにガス欠を起こしたらしく、悟の近くに移動して今後の方針を話し合っていた。

「響、私も手伝った方がいいんじゃない?」

 (彼女)の隣でグラウンドの様子を見ていた霊奈が不安そうにそう提案する。式神組が『四神憑依』している間に霊脈の仕組みは理解したので準備が整うまで手持無沙汰だったのだ。だからこそ、霊奈は加勢するべきだと言ったのである。

「……いや、その必要はないみたいだ」

「え?」

「「『影針』」」

 その時、サポートに徹していた分身を飛び越えようとした妖怪の体に数本の針が突き刺さり、消滅する。更にその奥にいた妖怪たちも無数の針の餌食になっていた。

「あの人たちは……」

「リョウとドグだな。校舎内の見回りを終えたらしい」

 そう言いながら視線を針が飛んで来た方に向けると丁度、学校の巡回していたリョウとドグがグラウンドに出て来るところだった。すでに『式神共有』しているようだが、彼らの影が大きくなっている。それに気付いた(吸血鬼)が魔眼を使って影の中を探ると最初から影の中にいた静以外の生体反応を見つけた。どうやら、逃げ遅れた人も少なからずいたらしく、影で保護しているようだ。しかし、保護する人が多すぎて容量オーバーになったのか彼らは『式神共有』を使って2人の影を共有し、影そのものを大きくして容量を増やしていた。

「彼らが来たならもう心配ないだろう。そろそろこっちの準備を進める」

「準備?」

 首を傾げる霊奈を放置して(吸血鬼)は再び霊脈の前に移動し、その場で片膝を付いた。霊奈はもちろん、望たちも(彼女)の傍に近寄る。

「そろそろ式神組が霊脈に辿り着く。チャンスは一回。霊奈は霊脈の監視をして少しでも不審な動きを見せたら教えてくれ」

「うん、わかった」

「望は少しの間だけでいいから能力で周囲を観察してくれ。無理はしなくていいぞ」

「大丈夫。任せてよ」

 (吸血鬼)の指示に頷いた2人は早速、作業に取り掛かった。そんな2人の余所に指示されなかった『築嶋 望』は少しだけ寂しそうに(吸血鬼)を見つめている。

「……築嶋さんは周囲の警戒。妖怪がここに来る可能性もあるからな」

「っ! ああ、任せておけ!」

 命令された彼女は嬉しそうに笑い、搭屋の上に跳躍一つで登り、キョロキョロと周囲を警戒し始めた。そんな彼女を見て苦笑を浮かべた後、(吸血鬼)は目を閉じて胸に手を当てる。

(今日はぬらりひょん戦で翠炎の白紙効果はおろか銃弾に込めて放った。そのせいで翠炎の力は残り少ない。だから、かき集めろ……何としてでも形にしろ)

 魂の中に残っている翠炎の力を右手にかき集めながら自己暗示をかける(吸血鬼)。その右手は仄かに翠色の炎が灯っていた。

『こちら、雅。霊脈に辿り着いた!』

『こっちも辿り着きました! ですが、敵の数が多くてこの場に留まり続けるのはちょっと難しいそうです!』

 その時、『式神通信』で雅と霙が今の状況を報告する。霊脈から妖怪が溢れているため、『四神憑依』している彼女たちでも霊脈の傍は危険だ。奏楽の能力で生み出した白い靄がなければ数の暴力に飲み込まれていただろう。

『はいはーい、こちらリーマ。こっちは比較的安全に辿り着いたわ。今も潜ってるから大丈夫だし』

『同じく弥生も霊脈に到着したよ』

 白虎を宿しているリーマは地面の中を移動したので他の3人とは違い、妖怪に襲われることなく、辿り着くことができた。

『奏楽、準備はいいか?』

 『魂共有』している(吸血鬼)は10人に分身しているが、その全てに意志が存在し、話すことも考えることも可能である。しかし、今回の作戦には全ての分身の意識を統一する必要があり、主人格は最初に動く中心の霊脈の傍にいる(彼女)だった。

『バッチリだよー!』

『よし……じゃあ、行くぞ。式神組は合図があったら右手を思い切り、霊脈に叩き付けろ!』

 作戦を開始した瞬間、(彼女)の右手に灯っていた翠色の炎が小さなナイフに変化する。『魂装』を展開するには翠炎の力が足りず、ナイフを作るだけで精一杯だった。もちろん、『魂装』のように白紙効果もなければ矛盾を焼却する力も劣化している。そのため、どんなに翠炎の力が強力だったとしてもこのまま霊脈にナイフを突き刺したところで霊脈そのものを破壊できず、霊脈に仕掛けられた術式が作動して『霊脈爆破』が起きてしまうだろう。たった独りでそれを行えば、だが。中心の霊脈を破壊もしくは傷を付ければ霊脈爆破が起きてしまうならば中心の霊脈ではなく、4つの霊脈を同時に破壊すればいい。そのために『四神憑依』した式神たちを霊脈に向かわせたのだ。

 しかし、問題は翠炎の力が足りないことだった。翠炎のナイフでは霊脈を破壊出来ない上、1本のナイフを作るだけで翠炎の力は尽きてしまった。だからこそ、奏楽たちは今まで戦闘に参加せずに術式を準備していたのだ。

転送(トランスファー)!」

 右手に持っていたナイフをグラウンドの中央で術式を起動していた奏楽と『四神憑依』している分身へ転送した。ナイフを受け取った分身は術式に右足を叩きつけて起動させ、術式から4本の霊力の光が伸びる。その光はグラウンドを駆け抜け、東西南北に設置された霊脈の前にいる式神組の足元もしくは頭上で術式が展開された。すぐに雅、霙、弥生は術式の上に移動し、地面に潜っていたリーマも術式の真下から飛び出して術式に乗る。

模倣(イミテーション)!』

 奏楽と『四神憑依』している分身が叫ぶと他の式神たちと『四神憑依』していた分身の姿が奏楽と『四神憑依』している分身と同じ姿になった。『模倣(イミテーション)』は自分の姿を対象と同じものにする力で姿を真似るだけで能力までは引き継ぐことができない。今回は他の式神たちと『四神憑依』していた分身を奏楽と『四神憑依』している分身と同じ姿にしただけである。もちろん、分身が持っていた翠炎のナイフも4人の分身の右手に存在していた。また、『模倣(イミテーション)』は自分の視界に対象がいなければ使えないが奏楽たちが準備していた術式のおかげで『模倣(イミテーション)』の欠点を補っている。

 本来であれば彼らが持っているナイフはただの虚像。しかし、彼らの持つナイフには質量が存在している。そう、響の本能力で虚像を本物にしたのだ。これによりナイフで霊脈を刺せば翠炎の力が働く。後は翠炎のナイフの出力を上げるだけ。そして、その問題はすでに解決していた。

「今だ!」

 中心の霊脈の傍にいた(吸血鬼)が合図を出すと式神たちは持っていたナイフを振りかざし、ナイフから漏れていた翠色の炎の勢いが増した。翠炎のナイフは所持している人の力に比例してその効果を増加させる。今の(吸血鬼)は『魂共有』しているとは言え、翠炎そのものの力が少ないので霊脈を破壊できるほどの力はない。

 では、『四神憑依』している分身ならどうだろうか。その結果はナイフを見れば一目瞭然である。四神にはそれぞれ司る方角が存在し、麒麟がいる場所を中心とすればそれぞれの方角に設置されている霊脈に該当する四神が近づいている今の状況はまさに四神たちの力を最大限発揮できる。それこそ、一撃で霊脈を破壊できるほどに。

 『模倣(イミテーション)』により奏楽と『四神憑依』している分身と同じ姿だが、本能力で実体化させたのはナイフだけなので中身は何も変わってないため、ナイフの出力が増加したのである。

『『『『いっけえええええええ!』』』』

 4人の式神の絶叫が自然と重なり、同時に翠炎のナイフを霊脈に突き刺す。その瞬間、反転していた影響で妖しい光を放っていた4つの霊脈から翠色の火柱が昇り、その周囲にいた妖怪もろとも消滅した。

 




簡単にまとめますと


・中心の霊脈を破壊すれば4つの霊脈が霊力爆破を起こす。
・4つの霊脈の内、1つを破壊しても霊力爆破を起こす。
・中心の霊脈には霊脈爆破する機能はないが、異常を感知する機能がある。
・霊力爆破を回避する為には4つの霊脈を同時に破壊する必要がある。


この条件を満たすために

・中心の霊脈を監視しながら翠炎のナイフをグラウンドの中央にいる分身に渡す。
・ナイフを受け取った分身が術式を使って4つの霊脈の前にいた分身の姿を自分と同じ姿に変える。
・本来であればそのナイフは虚像だが、響さんの能力により実体化。
・四神を宿しているため、司る方角にいることで力を増幅。
・4人同時にナイフを霊脈に刺した。


なお、虚像のナイフを実体化させた本能力ですが、第339話で使った『シンクロ同調』と同じ仕組みでたとえ偽物でも概念させあれば本物にしてしまう能力です。これも本来の能力の一部にしかすぎず、結局まだ本能力名は明らかになっておりません。

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