東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第397話 絶望再戦

 目を覚ました時、まず視界に映ったのはキョウの背中だった。おそらく気絶してしまった私たちを守るためにずっと独りで戦っていたのだろう。そんなことを考えていたがすぐに彼の様子がおかしいことに気付いた。肉の焼ける音が彼の体から聞こえたのだ。それに加え、キョウの背中には蝙蝠のような小さな翼が生えている。だが、何より気になったのが彼から放たれる気配が人間のそれとは異なっていたことだった。

「何というか……お前らしい最期だな」

 その時、男の声が聞こえた。キョウに集中し過ぎていたため、彼の前にいた男の存在に気付かなかったらしい。男は見覚えのない鎧を着ていた。おそらくキョウと戦っている間に着たのだろう。私たちは相当手加減されていたらしい。しかし、キョウの実力は私よりも低い程度だった。そんな彼が桔梗なしで男の本気を引き出せるとは思えないのだが。

「霊、夢」

「っ……霊奈?」

 霊奈の声を聞いて初めて彼女が隣で倒れていることに気付いた。守りやすいようにキョウが私たちを一箇所に集めたのだろうか。

「ッ――」

 彼女に話しかけようと口を開けた刹那、脳裏に紅いレーザーに撃ち抜かれるキョウの姿が過ぎった。咄嗟に懐から博麗のお札を取り出し、キョウの前に移動しながら術式を組み上げる。

「『SCORPION LASER』」

「『二重結界』」

 男の手から紅いレーザーが放たれるのと私の目の前に2枚の結界が出現したのはほぼ同時だった。紅いレーザーは2枚の結界に阻まれ、四方へ飛び散る中、隣を見れば霊奈も私の隣で顔を歪ませながら右手に鉤爪を展開している。だが、彼女の目を見て私と同じ気持ちなのだとすぐにわかった。

「ぜ、絶対に」

「キョウは殺させないんだから!」

「……ほう?」

 だからだろう。すでに満身創痍の私たちは息を切らしながらも頷き合い、結界の向こうにいる男に堂々と宣言した。しかし、何工程も省略して構築した術式だったからか結界に皹が走る。

「くっ……」

 急いで補強するためにお札を投げたがそれでも結界の皹は大きくなるばかり。何としてでも食い止めなければ全員レーザーに飲み込まれてしまう。

 だが、そんな私の気持ちは届かず、結界は音を立てて粉々に砕かれてしまった。少しでも彼のダメージを軽減するために立ち塞がるように両手を広げる。

「はぁっ!!」

 レーザーが私に届く寸前で私の前に躍り出た霊奈は右手の鍵爪を振るった。鉤爪に当たったレーザーは軌道を変え、霊奈の左肩を掠ってしまう。彼女の肩から血が迸る中、レーザーは私とキョウのすぐ左を通り過ぎ、後方へ消えて行った。

「霊奈!」

「だい、じょうぶ!」

 肩から血を滲ませながら霊奈はぎこちない笑みを浮かべる。無理しているのは明らかだ。でも、無理しなければキョウを守ることはできない。チラリと後ろを見ると体から煙を昇らせながらキョウは苦しそうに顔を歪ませながら呻き声を漏らしている。

(キョウ……)

 意識が戻ってから彼を正面から見るのは初めてだったがキョウの目は赤黒く染まり、八重歯が牙のように伸びていた。何があったのかはわからないが男を倒すために暴走状態になって戦っていたようだ。背中の小さな黒い翼、赤黒く染まった瞳、牙のように伸びた八重歯、彼から放たれる人間ではない気配。これらを考慮すれば自ずと彼の正体も掴めた。

「れ、ぃ……」

 日光を浴びてもがき苦しんでいた彼だったがとうとう限界が訪れたのかキョウは私たちを見て安心したように笑みを浮かべ、地面に倒れてしまう。そして、暴走状態が解除されたらしく、背中の翼がフッと消えた。気配も人間のそれに戻っている。

「やっと沈んだか」

 気絶したキョウを見てため息交じりに呟く男。私たちを圧倒した彼でも暴走状態のキョウを相手にするのは大変だったのだろう。私たちは無言のまま、キョウを庇うように一歩前に出た。

「……はぁ。あんな玩具にいいようにされてたお前らなんかで俺を止められると思ってんのか?」

 そんな私たちに対して、呆れたように問いかけて来る男。あの鎧にどのような機能があるかわからないがこのまま黙ってキョウを殺させるつもりはない。沈黙を貫いている私たちの様子からこちらの答えを察したのか男はため息を吐いた後、ガツンと拳をぶつけ合った。

「覚悟は出来てんだろうな……さすがにもう怪我だけじゃすまないぞ」

「そんなの最初から出来てる!」

 男の問いかけに叫んだ霊奈は新しく左手に鉤爪を展開して突撃する。先の見えない(希望のない)戦いが再び始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翠色の火柱から距離を取って私は周囲の様子を確かめる。霊脈付近の妖怪は翠色の火柱の余波を受けて消滅しているが遠くにいる妖怪はまだ消えていない。翠炎のナイフで霊脈を無効化できたとしても妖怪を全滅させるまで気は抜けないだろう。

『雅、大変よ』

「どうしたの?」

 その時、少しだけ焦った様子で朱雀が私を呼んだ。何か問題でも起きたのだろうか。とりあえず霊脈がちゃんと無効化できたか確認してからにして欲しいのだが。

『『四神憑依』が解除されてる』

「え?」

 そう言えば翠色の火柱から距離を取った時、私は自分の体を動かした。『四神憑依』している時は体の所有権は響にあるので私の意志では体を動かすことができない。急いで自分の体を確認しようと視線を下に向けた瞬間、視界いっぱいに橙色が広がった。

「……は?」

 『四神憑依』が解除されているならば私は朱雀を宿している姿――尾羽が生えている姿になっているはずだ。なのに、何故か私の体は橙色の何かに覆われている。両手を持ち上げてみると私の両手はもこもこの橙色の翼に変わっていた。

「はあああああああ!?」

『あー、『四神憑依』で炎への恐怖心が消えたから本来の姿に戻ったのね』

「本来の姿って何!? これ、完全に着ぐるみだよね!?」

 もこもこの翼で体中をもこもこと触って私の顔以外が橙色のもこもこに覆われていることに気付いた。傍から見れば顔の部分だけ出るタイプの着ぐるみにしか見えないだろう。

「尾羽しかなかったはずなのにどうなってるの!?」

『言ったでしょ? 私たちの相性は抜群だって。もうちょっとで100%だったのに惜しかったわ』

「ホントだよ!!」

 相性100%なら奏楽のように自由に姿を変えられる。こんな着ぐるみ姿にならなくても済んだのだ。

「ぐぬぬ……やっぱり脱げない! しかも着ぐるみなのにもこもこに感覚があるよぉ……変な感じするぅ」

『だって、地肌だもの。触覚あるに決まってるじゃない』

「……待って」

 朱雀の言葉に待ったをかける。この着ぐるみは着ぐるみではなく地肌? それはつまり私、今全裸?

『そうなるわね』

「いいいいいやあああああああああ!」

 もこもこの翼で体を抱きしめながらその場にしゃがむ。『四神憑依』の姿はとても格好良かったのに素の姿は着ぐるみに見える全裸とか冗談じゃない。

『そんなことよりほら、霊脈が見えたわよ』

「そんなこと!? 全裸だよ!?」

『いいから見なさい』

 今の姿は嫌だがどうすることもできないので仕方なく、霊脈に視線を向ける。朱雀の言葉通り、翠色の火柱は消えていたが、破壊したはずの霊脈は未だグラウンドに刻まれていた。まさか失敗?

『いえ、霊脈の機能は停止してる。翠炎の出力が足りなくて霊脈そのものは破壊できなかっただけ』

 中身の破壊には成功したが、外側までは破壊し切れなかったらしい。だが、これで霊力爆破が起きることも妖怪が溢れることもない。後は――。

「――妖怪を全滅させるだけ」

 すでに私以外の皆は妖怪を倒すために動いている。私も急ごう。

「……その前に着ぐるみ(これ)何とかならない?」

『ならない』

 因みに着ぐるみ状態でも炭素はもちろん炎も使える上、威力も申し分なく、尾羽だけだった時よりも強かった。


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