東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第398話 犯人

 響の式神たちが妖怪の残党を処理している頃、中央の霊脈があった屋上ではちょっとした騒ぎになっていた。

「響! しっかりして!」

 未だ稼働し続けている霊脈の傍で息を荒くして倒れている響の体を霊奈が叫びながら起こす。式神組が霊脈に翠炎のナイフを突き刺した直後、響は何の前触れもなく崩れ落ちたのだ。

 しかし、彼が倒れたのは当たり前のことだった。黒いドーム内に駆けつける前にぬらりひょんと死闘を繰り広げていたのだから。最後の翠炎の弾丸である程度回復したとはいえ、本調子ではない中、『魂共有』という荒業を土壇場で成功させ、『四神憑依』はもちろん『魂同調』まで同時に発動したのだ。翠炎のナイフを霊脈に刺すまで根性で分身を維持していたが翠炎のナイフの効果が4か所で同時に発動したことで残り少なかった地力を根こそぎ奪われ、倒れてしまったのである。

「お兄ちゃん!」

 遠くで周囲を警戒していた望も響の異変に気付き、慌てて駆け寄って来る。だが、響は青ざめた顔でそちらをチラリと見るだけだった。声すら出せないほど疲労しているのだ。長年彼と共に暮らして来ただけあって望は響の容態を一目見ただけで把握し、グラウンドの中央にいる悟へ電話を掛けた。

『もしもし、師匠? 何かあったのか?』

「お兄ちゃんが倒れたの! そっちの状況は!?」

『やっぱりか……いきなり『四神憑依』が解けたって奏楽ちゃんが騒いでるんだ。見れば上空で援護射撃していた響の姿もない』

「じゃあ……」

『ああ、相当無理していたんだろうな……今、奏楽ちゃんに雅ちゃんたちに響の容態を伝える。詳しい状況を教えてくれるか?』

 すぐに悟に響の様子を伝えた望は指示があるまで待機するように悟に言われ、電話を切ったその刹那、望の目に激痛が走る。能力を酷使し過ぎた反動だ。

「くっ……」

「望、大丈夫か?」

 激痛でふらついた望の体を築嶋が咄嗟に支えた。彼女も望の後を追いかけて来たのだ。だが、望は彼女の問いかけには答えず、顔を歪ませながら屋上の端へ移動する。

「なんで……」

「望?」

 フラフラと落下防止のために設置されていた金網に手をかけ、グラウンドを見下ろす望。その声は震えていた。様子のおかしい彼女を見て霊奈と築嶋が顔を見合わせる。

「望ちゃん、急いでグラウンドに向かって」

「どうしたのだ? 霊脈を破壊したのだから焦る必要は――」

「――まだ終わってない!」

 築嶋の言葉を遮って絶叫した望の言葉を証明するようにグラウンドの中央で大爆発が起こった。霊奈も築嶋もハッとした表情を浮かべ、慌てて(霊奈は響を抱えながら)望の傍へ駆け寄った。

「どうして……」

 望は奥歯を噛みしめて言葉を漏らした。あの激痛の中、彼女の目はしっかりと視ていたのだ。今回の事件を引き起こした犯人の姿を。

『ふ、ふふふ……やはり、あの霊脈をどうにかするためには音無を犠牲にするしかなかったようだな』

 学校の敷地内にいる全ての人に見えるように至るところにモニターが突如として現れ、1人の男が映った。その姿を見た霊奈は訝しげに目を細め、築嶋は愕然とした様子で目を見開く。

『お疲れ様だな、音無。まさかあのぬらりひょんをほぼ無傷で倒してここに来るとは思わなかったぞ……いや、違うな。無傷になって来たのか。もし、本当に無傷で倒せていたら普通に翠色の炎を霊脈にぶつければ終わっていたもんな』

「なんで、貴方が……」

『だが、お前の犠牲は無駄に終わる。お前さえどうにかすれば“俺たち”の勝利は確実だった。そして、お前はガス欠を起こして戦闘不能。ここまで上手く行くと本当に上手く行っているのか不安になってしまうな』

「笠崎先生!!」

 望は一番近くに浮かんでいるモニターを睨んで叫んだ。そこには響と悟の元担任であり、現在は望たちの担任を務めている笠崎が“ジャージ姿”でニヤニヤと口元を歪ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けほっけほっ……もう、びっくりしたぁ」

 奏楽ちゃんが咄嗟にお客さんを囲むように結界を張っていなければ今ので全員死んでいただろう。だが、あの奏楽ちゃんの結界でさえ爆発を防いだ瞬間、砕けてしまい、爆風がが俺たちを襲った。

「奏楽ちゃん、助かった!」

「よっと」

 俺の前で咳き込んでいた奏楽ちゃんの頭を撫でていると風花ちゃんが団扇を振り降ろして舞っていた砂塵を吹き飛ばす。そして、砂塵が晴れてまず目に入ったのは空中に浮いているいくつものモニターだった。

「何だこれ……」

「黒幕のお出ましってところか」

 目の前の光景に呆然としていると不意に後ろからリョウが呟く。敵は響が動けなくなるのを待っていたのだろう。どうする? 敵の思惑通り、響は動けない。俺たちだけで何とかするしかないが響が倒れたタイミングで出て来た敵だって俺たちのことを忘れているわけではないだろう。

『ほう……あれを防いだか。少し侮り過ぎたかもしれないな』

「笠、崎!?」

 モニターに映っていた男を見て思わず叫んでしまった。四神結界を内側から破壊されたのでグラウンドにいるお客さんの中に犯人が紛れているとは予想していたがまさか笠崎が犯人だとは思わなかったのだ。

「お前……いつから!」

『あ? ああ、影野か。音無を守るために会社を立ち上げやがって……お前には散々俺たちの計画を邪魔されたぞ。それで、いつからだっけ? まぁ、最初からだ』

「最初からって……俺たちがまだこの学校に通ってる時からずっと?」

『いや、お前らが入学する前からだ。俺たちは音無を殺そうとしていた。だが……どうしてもできなかった。事ある毎に邪魔が入ってな』

「高校に入る前……まさか中学時代に起きた『音無響を外国の偉い人に売って良い生活をさせてあげよう事件』や『音無響拉致計画』はお前らが仕組んだことなのか!?」

 てっきり響を盲目的に好きになってしまった奴らの暴走だと思っていたのに。まさかあいつらを操って響を殺そうとしたのだろうか。

『え、何それ初耳なんだけど……』

「……何で響を狙うんだ!」

 変な空気が流れそうになったので慌てて話を逸らした。あいつら、社長権限で減給してやる。そもそもなんで中学生が外国の偉い人に伝手があったり、あんな拉致計画を立てられるのだろうか。無駄にハイスペックだから余計、阻止するのに手古摺った覚えがある。

『別に音無を恨んでるわけじゃない。ただ邪魔なだけだ』

「邪魔なだけ……ふざけてるのか?」

 さすがに黙っていられなかったのかリョウが影に匿っていたお客さんを適当に放り出して無数の影棘を目の前に浮かんでいるモニターに飛ばす。しかし、影棘はモニターに刺さらずにすり抜けてしまった。どうやら、あのモニターには実体がないようだ。笠崎が属している組織には未知数の技術があるらしい。

『おいおい、怒んなよ。お前らがあいつを説得してくれるならこれ以上ちょっかいかけないぞ?』

「ふん。お前の企みを知らないでどう説得すればいい? それにあいつの力は強大だがそこまで警戒するようなものか? あいつだって人間。目に映るものしか守ることはできないだろう?」

『確かに全てのものを守ることはできない……なら、自ずと答えは絞られるだろう?』

 リョウの質問を鼻で笑いながら一蹴する笠崎。人間は全てのものを守ることはできない。地球の反対側で今にも殺されそうになっている子供を助けに行くことはどうやっても不可能だ。それは響だって同じ。それでも彼らにとって響は邪魔になる。つまり――。

(――奴らの目的は……響の目に映るもの?)

『さて……冥途の土産は十分に持っただろ。そろそろ終わらせよう』

「終わらせる? 何を言って……」

 俺の言葉を遮るように笠崎は右手を挙げる。その手には1つのリモコンが握られていた。

『音無が必死になって壊した霊脈の起爆術式……だが、あいつが壊せたのはそれだけ。爆弾はまだそこにある。影野、お前ならもうわかっただろう?』

 ここに響が駆けつけるまで彼が何をしていたのかは奏楽ちゃんから聞いている。最初は人工妖怪であるぬらりひょんを使って響を殺すつもりだったのだろうと思っていたが、ぬらりひょんをぶつけたのも霊脈を仕込んだのも響の地力を削ぎ、翠炎の力で起爆術式のみを破壊させるためだったのだ。

「最初から……お前の手で霊力爆破を起こすつもりだったのか!」

 俺の絶叫に笠崎は勝ち誇るように笑いながらリモコンに1つだけ付いているスイッチに指を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前らの企みは“何となく”わかってたぞ』

 

 

 

 

 

 

 そんな声がモニターから聞こえ、笠崎の持つリモコンが両断された。彼は両断される直前にリモコンから手を離していたので彼の手が切り飛ばされることはなかったが顔を歪ませて後ろを振り返る。

『開力『一転爆破』』

 だが、モニターに笠崎の背後に立つ人が映る前にすぐ近くで凄まじい爆発が起こった。再び奏楽ちゃんが結界を張って爆発に巻き込まれることはなかったが爆発が起こった方を見て俺は思わず笑みを零してしまう。

「これでお前らの企みは全て潰した……だろ、笠崎先生?」

 そこには校舎の屋上で倒れているはずの響が周囲に4枚の星型の結界を浮かべたまま、笠崎を睨んでいた。


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